第5章 争乱編 第38話 総攻め③
「ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………!」
地鳴りのような雄たけびと共に迫る帝国軍。
「よおし。十分に引き付けてから射るんじゃ……今じゃ、放てー!」
アウル砂漠に布陣していた二十万以上の帝国軍は、全軍が一丸となって北部裏門に殺到。
ブラックベリーの北部城壁、通称『裏門』では、十番隊がわずか千人で二十万以上の帝国軍を迎えていたのだった。
「ち、ちょっと、これはやっべーぞ!」
「こいつら、次から次と……きりがねえ」
「チェッロ様! もう、こいつあ、支えきれませんや!」
「どうなさいます?」
「ほっほっほ。援軍が来るまでもう少しじゃぞい。みんなあとひと踏ん張りじゃ」
慌てる部下の姿にも動じることなく、いつもと同じ笑みを浮かべるチェッロ。
「それ、皆、もう少しじゃぞ。頑張らんかい」
「……そ、そんなこと、言われてもなあ」
「でも、チェッロ様がそう言うなら……」
「俺……やっぱ、もう少し頑張ろうかな」
未曽有の大軍を前にしても、いつもと変わらぬチェッロ。その飄々とした姿を目にして、十番隊の将兵たちは、無意識ながらも安堵していったのだった。
帝国軍の大軍を前に浮足立った十番隊の将兵たちも、あくまで普段どおりのチェッロの姿を見て少しずつ落ち着きを取り戻しているのであった。
元々、第一騎士団は、一番隊から九番隊までの編成の予定だった。
しかし各隊には自分の隊に色んな意味でついて行けないはみ出した者がいる。
チェッロは、パンデレッタから直々に頼まれ、そんな各隊からつまはじきにされた者たちをまとめて一軍とした十番隊を任されたのだった。
元々は、ハウスホールド騎士団の最古参。歳を重ね、退役間際だったチェッロは、その豊富な経験と温厚な人柄を買われ、退役を許されるどころか、異例の抜擢を受けてこの場に立っている。
その後、各隊からチェッロを慕う者が合流し、今の千人の十番隊になったのである。
「お前たち、もう少しこの老いぼれに付き合ってくれんかのぉ」
「もちろんですとも!」
「どこまでも、お供しまっさ~♪」
チェッロを隊長に戴いた十番隊は、ギリギリの戦いを繰り広げながらも、その眼は死んではいなかったのである。
◆
帝国軍が総攻撃をはじめて二日目。この日、本陣には思いもかけない知らせが告げられた。
「申し上げます! 帝国軍は北の城門付近に攻撃を始めました。その数およそ二十万! 十番隊から応援要請が来ております!」
「何だと! カール、予備隊五百を連れてすぐ応援に行ってくれ!」
「承知いたしました」
「なお、十番隊は、奮戦中。今の所、帝国軍の猛攻を凌いでいるということです」
「お兄様!」
「セリスは残り三百と共に矢の準備を。出来次第、すぐに行ってもらうぞ!」
「はい!」
この予備隊というのは、ブラックベリーの本来は非戦闘員の者たちで構成されている。
山エルフの職人や、人間やエルフの農民や商人といった一般の人たちである。
彼らにも一通りの訓練を積ませ、いざというときの戦力として戦ってもらうことにしているのである。
「申し上げます! 北部城壁より追加の補給が欲しいとの知らせが来ております」
「今、カールに加えてセリスを行かせたところだ。何とか持ちこたえるよう伝えてくれ!」
「はっ!」
もはや、本陣にはドランブイとニーナ、そしてクラーチ家の者が残るのみ。文字通りの総力戦である。
「ドランブイ、いざというときは頼んだぞ」
「レオン様、全てはこのドランブイにお任せあれ」
俺はいよいよとなると、本陣はドランブイに任せ、自ら前線に立つことにしていた。
俺に万一のことがあったとしても、ドランブイなら何とかしてくれるだろう。
「に、ニーナもお役に立ちたいですの~」
「ありがとう。でもニーナはもう十分役に立ってくれているよ」
「で、でも~」
颯爽と戦場に向かうセリスを見送りつつも、大きな耳をぺたんと垂らして泣きそうな顔をするニーナ。
ニーナは、セリスのように戦場に出たいのだろうが、それは訳あって難しい。
元々勇敢な白狼族の姫として生まれたニーナだったのだが、生まれつき心臓が弱く、強い負荷を与えれば、命の危険があるのだ。
もちろん、日常生活を送る分には不都合はない。
だが、刺激に満ちた戦場にニーナを送り出すと、どうなることか。
このことは、俺も幼少時代に祖父から繰り返し聞かされていた。
そういや俺は子どもの頃、ニーナを悲しませてショックなど受けない様に、例え泥団子を差し出されても、我慢して口を付けていたんだったっけ……。
「ニーナにはニーナにしか出来ない仕事を頼みたいんだ」
「でも、本当は、ニーナは、ニーナは……戦場でレオン様のお役に立ちたいですの~」
「ありがとう。でもね、今日の戦いが終わってお腹をすかせた皆のお世話は、ニーナにしかできないよ」
「ううっ、レオン様~っ」
「ニーナはニーナ。それだけで十分だ」
泣き出してしまったニーナだったが、俺が頭に手をやり、なでてやると落ち着いてきた。
最初は、スイーツ以外、つくらなかったニーナも、この間の『ウドン』をはじめ、ブラックベリーの食事を支える上で欠くことの出来ない存在に成長している。




