第5章 争乱編 第37話 総攻め②
文字通り総力を挙げた総攻撃が失敗に終わり、帝国軍の本陣ではこの日も怒号が飛び交っていた。
「なぜ、これだけの大軍で総攻撃しても陥せんのだ」
「しかも今日の総攻撃では、こちらの死者はほとんど出てないというではないか!」
「口減らしさえできぬとは、前線の指揮官たちはやる気があるのか!」
「軍法会議モノだ!」
「食料はあと三日ほどしか持たんぞ!」
「……」
皇帝は昨日から臥せったまま。どうやら、体調は傍からみるより、随分思わしくないようだ。
寝所では、薬師が慌ただしく出入りしていることもあり、今では皇帝の容体が思わしくないことは、帝国軍将兵の端々にまで知れ渡っていた。
側近たちは、そんな皇帝の体調と心情を慮りながらも、不毛な議論を続けた。そしてその結末は酷薄な結論に落ち着こうとしていた。
「もはや、こうするしかあるまい」
「いや、さすがにそれは……」
「では、他にどうすればいいのだ!」
「むむむ……」
「なら、早い方が良い、今すぐ触れを出そう」
「気にすることは無い、やむを得ぬことなのだ」
こうして帝国軍は夜間にもかかわらず、大規模な陣替えを行ったのだった。
◆
ここまで、帝国軍の攻撃を防いできたブラックベリー。
その防御態勢は完璧かと思われたが、唯一手薄な所があるとすれば、街の北側にあたる裏門付近だろう。
アウル砂漠と接するこの城門は普段使われていなく閉じられている。
もちろんここも、他と同じく改修されたのだが、他よりは城壁は低く空堀も浅い。
それでも、アウル砂漠に接しているという土地柄故、赤サソリが頻繁に出ることもあり、ここにはさすがの帝国軍も部隊を申し訳程度にしか展開してこなかったのである。
ところが、一日目の総攻撃が終わった後、帝国軍はマダルが率いてきた二十万以上の大部隊を突如としてこの砂漠地帯に布陣させたのだった。
この部隊は大半が大陸北部出身のため、アウル砂漠について多くを知らない。
にもかかわらず、彼らは危険な砂漠地帯に布陣させられたのだった。
◆
「ジャーン! ジャーン! ジャーン!」
「ブォオ~ッ! ブォオ~ッ!」
「かかれ~っ!」
「うお~っ!」
「うわ~っ!」
帝国軍は日の出とともに、一番隊の守る南側を中心に、この日も大攻勢をかけてきた。
昨日と同じく、正面の帝国軍に向かうは、パンデレッタ率いる一番隊。
ハウスホールド第一騎士団の中でも、特に精強とされる虎人族が中核の最強部隊である。
「よ~し! みんな、今日も張り切っていっくよ~!」
「はい、若~!」
彼らは、パンデレッタの指揮の下、この日も迫りくる帝国軍を蹴散らしていった。
◆
一方、南部正門付近を中心とした総攻撃から時を置かず、アウル砂漠に展開していた帝国軍も一斉に攻撃を始めた。
「ごぉぉぉぉぉぉぉ…………!」
地鳴りのような雄たけびと共に、アウル砂漠に布陣していた二十万以上の帝国軍は、北部裏門に殺到した。
「こ、これは!」
「な、なんて数なんだ……」
目の前に広がるは二十万以上の帝国軍。
茫然とする十番隊に迫る帝国の大軍。その大地を埋め尽くすかの威容に、守る十番隊は動揺を隠せないでいた。
「こ、こんな大軍を俺たちだけでどうかしろと?」
「きりがないぞ」
「このままでは、突破されるのも時間の問題だ!」
「矢が足りない」
「すぐに本陣に連絡を! 急ぎ予備兵力を回してもらえ!」
「大丈夫じゃ。浮足立つでない」
浮足立つ配下へ声をかけるのは、ひとりの白髪の老兵。
「心配いらぬ。本陣には連絡済みじゃ! 援軍が来るまであと少しじゃぞ!」
ブラックベリーの裏門を守る十番隊隊長のチェッロは、動揺する部下を励ましつつ、笑顔で陣頭に立ち指揮をとっていた。
歳を重ね、髪も髭も真っ白ではありながら、なおも壮健な指揮ぶりである。
しかしその心中には忸怩たるものがあった。
(儂としたことが、ぬかっておったわ!)
正直、これまで帝国軍の攻撃は、申し訳程度のものだった。
目に前に布陣する軍の規模も小さければ、士気もさほどでもないもの。
チェッロ自身も、アウル砂漠自体が自然の要害である以上、それは当然のことと思っていた。
よって、部隊に配備された弾薬や矢が少ないことにも、何の疑問もなく受け入れていた。自分たちの所より、正面を受け持つ一番隊やその両隣である二番隊、三番隊を優先するのは当然として、その他の隊より少なくて当然だと見積もっていたのだ。
そして、今、目の前でそんな自分の甘い考えが打ち砕かれた。
危険なアウル砂漠に陣を張るのは常識外れだが、そんな常識に捉われていた自分たちは、まんまと裏をかかれた格好である。
とにかく、本陣には連絡済み。すぐに予備隊と武器弾薬の補充をしてくれるに違いない。
今できることは、援軍の到着まで何とか現有戦力で持ちこたえるしかないのである。
「くっ……」
チェッロは、背中一面にかいた冷や汗にもかかわらず、あくまで笑顔を崩さず指揮を続けるのだった。




