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第5章 争乱編 第33話 決断

 

「まさか、ここまでとは……」


 輸送部隊の長を任されたハールトンは、東トーチ砦の前で絶句していた。

 砦の両側にそびえていた岩山がえぐれるように崩れ、入り口が岩石と土砂で完全にふさがれており、復旧のメドなどいつになるやら見当もつかない。


 しかも、砦の帝国守備軍とは連絡することすらできない有様である。

 これは、自然現象なのか人為的なものなのかはわからない。

 とにかく今は、地盤が不安定な可能性もあるため、うかつに近づくことすらためらわれる状況にある。


 元々、ハールトンは、その腕を見込まれて御者として公爵家に仕えていた。

 その実直な人柄に加えこの度の人手不足もあり、この輸送部隊の部隊長に抜擢されたのだった。

 この緊急事態に、ハールトンは、何はともあれ急ぎ王国に報告しようとした。


「誰ぞおらぬか」

「ハールトン様、ここに!」

「自分たちに任せて欲しいっす!」


「ウーゾにモルトか。お前たち、すぐに行ってくれるか」

「畏まりました」

「もちろんっす~!」


 その後、ハールトンは、部隊を開いた平地にまで後退させると、悠々と野営の準備に取り掛かったのだった。



 ◆



「何だと!」

「我が軍の食料は、どう切り詰めても十日も持たんぞ!」

「とにかく、守備を任せていたマダルの処分を!」


 輸送部隊が届かないという東トーチ砦のトラブルを受け、帝国本陣は混乱の極致にあった。


「もう、こうなったら撤退するしかない!」

「そうだ! 撤退して軍を立て直しべき!」

「撤退撤退というが、一体どこに撤退するのだ!」


「アウル砂漠を北上すれは、王国にたどり着けるはずだが」

「青サソリや赤サソリのことは知っておろうが!」

「これだけの大軍なら問題あるまい」

「そのような考えが今の窮地を招いたのだ!」


 帝国軍本陣では、上陸作戦の失敗に続き、東トーチ砦からの急報を受け、不毛な議論が延々と繰り返されていた。


 何しろ、短期決戦のつもりでいた帝国の目論見は大きく外れ、滞陣が続いている。しかも援軍はマダルが気を利かせたせいもあり、兵ばかり、新たに二十二万人も増えたのだ。


「とにかく、どうにかして、食料の確保を!」

「こうなったら、ブラックベリーを手に入れて中の食料を確保するしかないぞ!」

「それより、全軍で東トーチ砦の修復にあたるのはどうか」


 東トーチ砦は兵の通行が不可能。険しい崖を登って、王国側に出られることはできるが、到底何十万もの移動は難しい。途中で食料が尽きるであろう。

 しかも、守備を任せていたマダルは今だ現れない。


「ええい、マダルはどうしておる!」

「まさか、寝返ったのではあるまいな」

「今回の土砂崩れは、まさか奴の仕業か?」

「これは、軍法会議ものだぞ」

「奴の首をはねよ!」


 皇帝ご臨席にもかかわらず、口々に罵る側近たち。現在置かれている困難な状況を、誰か―――できればこの場に居ない者のせいにしようと必死である。


 そしてこれらの不毛な議論の行く先に、帝国軍本部は、恐るべき決定を下したのだった。



 ◆



「レオン様、帝国軍に動きがあります。大幅な陣替えです」

「そうか」


「パンデレッタを呼んできてくれ」

「はい」



 ――――――



「レオン様、さすがにその戦い方は……」


 あまりのことに声を詰まらせるパンデレッタ。


「すぐにでも、帝国軍は総攻めを仕掛けてくるだろう。帝国に対してこちらの取るべき手段はこれしかあるまい」

「そんなの在り得ないよ! 大丈夫なの~!」


 余りの驚きに、パンデレッタも思わず素に戻ってしまったようだ。


「とにかく、頼む」


 俺がパンデレッタに指示したのは、一般的な戦とは真逆のことだったからだろう。


 この後、俺は混乱するパンデレッタに、この作戦の真意について噛んで含めるように、延々と説明することになったのだった。



 ◆



 東トーチ砦の封鎖作戦の成功の報を受け、リューク王の自室には、南部諸国連合の主だった首脳が集まっていた。


 皆、相次ぐ作戦の成功に、高揚気味である。


「これは、我らの勝利間違いなし!」

「後は、この戦の幕引きだけですな」

「帝国には、相応の責任を負ってもらおう」


「そうそう、捕虜の引き渡しには、一人当たりいくらくらいが妥当だとお思いですか」

「そんなことより、損害賠償請求に領土の割譲もあり得ますぞ」



「……ただ」


 一通り、意見が出尽くしたのを見計らい、リューク王が静かに口を開いた。


「ブラックベリーはわずか一万で、帝国軍全てを引き受けている……」


 この戦いにおける完全勝利は、あくまでブラックベリーが陥落しないことが前提である。

 ブラックベリーが落ちれば、帝国の支配圏は、インスぺリアル領からアウル領にまで広がる。

 万が一そのような事態になれば、南部諸国の喉元にまで帝国の勢力範囲が迫ることになるのだ。


「ここはやはり、ブラックベリーに援軍を送った方がいいのではないか」

「いやいや、我らの輸送力ではせいぜい数万を送るのがやっと。焼け石に水じゃ」

「…………」



「すまん、すまん、待たせたの!」


 煮詰まった場に急に現れたのは、キール。ハウスホールドの閉塞作戦を第二艦隊に任せてきたらしい。


「お主ら、レオン殿を信頼せんか。大船に乗ったつもりで、ゆるりと見ておられよ。わしもすぐに戻るでの」


 キールはそう言うと、茫然とする一同を尻目に、きびすを返して再びブラックベリー沖へ出立していったのだった。

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[一言] 一体どう戦うのか(゜Д゜;)
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