第5章 争乱編 第31話 閉塞作戦
「申し上げます! 港に逃げ帰る帝国兵とインスぺリアル艦隊の船影を確認しました」
「よし!」
ブラックベリーの領主館で、俺は待ちに待った報告に思わず声をあげた。
カルア海海戦が始まってから半日。辺りはもう夕闇が迫っていた。
「合図を上げてくれ。それから、大至急皆を集めて欲しい」
ブラックベリーから打ち上げられる花火を横目に、俺たちは次なる戦いに備えていたのだった。
◆
カルア海では、インスぺリアル艦隊が、敵兵の救助活動に従事していた。
「キール様、敵に対してこのような情け、本当によろしいのですか」
「構わぬ」
「しかし、帝国は我らの里をっ!」
「……すまん。
訳は後で話す。機密ゆえ、今は許せ」
「キール様が、そうおっしゃるのなら……」
「帝国兵は殺してはならん。ひとりでも多くブラックベリーに届けるのじゃ」
「はい!」
キールは、波間に漂う敵兵に対して、漁に使う網を投げ入れるよう指示した。
この辺りの海域は塩分濃度が濃いため、革鎧で武装した帝国兵は溺れることもなく、波間に大量に浮かんでいる。
彼らは『イザベル』から降ろされた網を見ても、訝しんでいる様子でしばらくはためらっていたのだが、ひとりの兵が網につかまるのを見ると、帝国兵は我先にと網に縋りついていった。
この利敵行為ともいうべき行動をする旗艦にならい、後続艦も次々と網を投げ入れては、海に浮かぶ敵兵を助けていく。
そして、ブラックベリーの港の湾内深くまで入るとUターンした。
帝国軍は不思議に思いつつも、残った小船を出して湾内を漂う仲間の救助に向かう。
この後インスぺリアル艦隊は何度もカルア海の沖合とブラックベリーの港との間を往復し、十万人以上の帝国兵を救助したのである。
◆
一方、ハウスホールドも漁船や商船まで使って帝国軍の救助及び拿捕にかかっていた。
カルア海の海運はインスぺリアルに任せてはいるというものの、この海とも呼ばれる大きな塩湖に接するハウスホールドも軍船を持っている。
もっとも、インスぺリアル艦隊の様な本格的なものではなく、古いガレオン船が主体であるが。
ただし昔から運河が発達していたということもあり、国内には小型の船舶の数が多い。
シークの総指揮の下、ハウスホールドの近くに流されてきた者だけでなく、ガレオン船を沖合まで出した。
これにより、ハウスホールドは三万人以上の捕虜を得た。重傷者はハウスホールドの療養施設で手当てを受け、軽傷もしくは無傷の者は、ユバーラに移送されていったのである。
◆
「ば、ばかな……」
目の前で繰り広げられた、完全な敗戦に皇帝は言葉を失っていた。
乗って行った船は全て沈められ、二十五万人が出撃に逃げ帰った者はわずか十万あまり。
残りの将兵たちは全てハウスホールドに捕虜、もしくはカルア海に沈んでいったのだった。
そしてブラックベリーの周囲には、元々街を包囲していた十万に加え、新たに到着した二十二万の軍、それに逃げ帰った兵も合わせ、四十二万人がひしめくことになったのである。
◆
キールたちインスぺリアル艦隊は、帝国軍の救助を終え、引き続きブラックベリー港付近を航行。
翌日、ハウスホールドの港から、インスぺリアルの第二艦隊と言うべき船団が出航した。
今までカルア海全域に散らばり、帝国軍の船団を見張っていた高速船たちである。
これより後、ブラックベリーの港の湾外には、この二つの艦隊が入り口を塞ぐように交代で航行することになる。
どちらの艦隊も、帝国軍が残った船でブラックベリーの港から湾外に出ようとすると、これをたちまちのうちに沈めた。
東トーチ砦方面からブラックベリー港へ入ろうとする船も同様である。
世にいうブラックベリー閉塞作戦である。
これにより、ブラッベリーの街を包囲する帝国軍は船を使っての物資の補給が出来なくなった。
◆
「せえのお、よいしょ~っ!」
「もう一丁! せえのお、よいしょ~っ!」
「も、もう、疲れたっす~」
「だから言わんこっちゃない。お前も少しは鍛えておけって言っただろ」
「護衛の女の子たちにでもおんぶしてもらったらどうだ?」
「そこまでしてもらうのは、いくら何でも自分のプライドが許さないっす~!」
「モルト様」
「ご遠慮なく。いつでもおんぶする準備は出来ております」
「ようやく名前を憶えてくれたのは嬉しいっすけど、おんぶは恥ずかし過ぎるっす~!」
王都で編成された食料を中心とした物資を運ぶ輸送部隊は、平地では馬車に乗ってすすんだのだが、インスぺリアルとの国境山道に入ると馬車を押して進む。
そのほとんどは、王国から正式に依頼された裏ギルドが集めた人夫である。
この裏ギルド始まって以来の大仕事には、マスターであるウーゾ以下、バドやモルト、さらにはピニャやコラーダも参加していた。
「おお、モルト見てみろよ! ようやく東トーチ砦が見えてきたぞ」
「あ、本当っす! 助かったっす~!」
「何か急に元気になったな」
「心配して損したぜ!」
呆れ顔のバドもウーゾも気にせず、さっきまでは垂れていたふもふ尻尾を、何食わぬ顔でぶんぶん振るモルトなのだった。




