第5章 争乱編 第28話 王都にて
皇帝からの勅書を受け、帝都では大急ぎで兵が整えられた。とはいえ、あくまで強制的な徴兵。帝国は、このような事態を見越してあらかじめ村ごとに徴兵対象者のリストを作っていたのだ。
各村の徴兵対象者は、村長の名の下あまねく召集され、最寄りの守備軍の駐屯所に送られ、人数を満たした駐屯所は帝都へ急ぐ。
広い帝国領、遠方地に対しては多少の配慮があるものの、召集に遅れれば罰せられるため、皆必死である。
こうして、わずか二十日で十五万の兵を新たに確保することが出来たのだが、農村では働き手を根こそぎ取られた格好になった。
さらに帝国は国内の駐留軍をわずか一万にまで減らし、十九万の第三軍を編成。
多くの武器・食料と共に王都へ向けて送ったのだった。
「しかし……心許ないものだな」
第三軍の臨時司令官を務めるマダルは、馬上で心配を隠せないでいた。
元々、帝国国内の守備軍の大半は予備兵と言われる退役間近の高齢の兵。そして新たに徴兵された兵は、徴兵直後で錬度が不十分。
しかも帝国内の頑強な者の多くはすでに軍に入隊しているため、新たに徴兵された者は体力、気力とも十分とは言い難い。
マダルはこれらの兵を東トーチ砦までの行軍によって調練を施そうとした。
具体的には元守備兵ひとりにつき二~三人の新兵を付けて小隊とし、十小隊で中隊、更に十中隊で大隊とし、大隊同士を競わせたのだ。
行軍や規律を大隊ごとに確認し、優秀な大隊を翌日発表する。
下位の隊には何らペナルティーを与えるわけではないが、これを繰り返すうち、どの隊も動きが見違えるように良くなってきた。ただ、いかんせん急造の軍隊である。
生粋の軍人たるマダルからすれば、武器を使っての訓練すら一切行っていないこともあり、依然として素人の集団にしか見えない。
しかし、指示された人数を揃え、一刻も早く帝国軍本部に送るにはこうするしかない。そのことは、上も分かっているだろう……。
だが、これはあくまでも希望的観測であり、もしこの第三軍を用いた作戦が失敗したときには、全ての責任を負わされることは十二分に考えられる。
東トーチ砦では、バカな作戦のせいで、有能な部下たちを多く失った。
もはや帝国には愛想が尽きたのだが、命じられた任務をやり遂げるのは、帝国軍人としてのプライドがまだ残っているからだろう。
しかし今、とにかく自分がなすべきことは、王都まで急ぐことである。
「……とは言っても、そろそろ潮時か」
マダルは、こんなひとり言が増えていることに気付かない。
「まずは王都だ。そこで軍を編成し直す。皆急げ!」
◆
「バド、久しぶりっす!」
「おう、モルト! 元気そうで何よりだ」
王都の外れにあるウーゾの店。通称『裏ギルド』には仕事を終えたバドが久しぶりに帰ってきていた。
「とにかく、バドお疲れ様っす!」
そう言って、エールのジョッキを渡すモルト。
「おっ、俺の好みの泡二割りじゃねえか。グラスも冷やされてるし、何か板についてんな~」
「バドの好みはよく知ってるっすよ」
「モルトもここで働くのはどうだ? お前なら王都のどの店でも通用するぜ」
「それもいいかも知れないっすね~」
「だろ? 歓迎するぜ」
そう言いながら、もふもふ尻尾をパタパタさせて、一気にエールをあおるバド。
「く~っ! ところでモルトは飲んでねえのか?」
「今はさすがに飲めないっす。これから公爵様の所に談判に行くっすから」
“ブ~~~ッ!”
「き、汚いっす~!」
「お前、それどころじゃないだろうが! 公爵様といやあ今や国王代理。それを気軽に遊びに行くみたいな言い方しやがって。そんな奴は王都広しといえどもお前くらいだぞ!」
「当たり前っす! それより、バドには帝国軍の情報を教えて欲しいっす」
「あのなあ。情報って言っても、俺が見聞きしたことしか知らんぞ」
「よろしくお願いするっす」
「全くお前って奴は……」
バドはあきれ顔で小さく首を振った後、エール片手にぽつぽつと話し出したのだった。
◆
モルトがウーゾの店を出てからしばらくして後、国王の代理であるグレン公爵も、公爵家の別邸に向かっていた。
(しかし、自分の家に帰るのにお忍びとは、難儀なものだな)
「イザベル……」
血は繋がってはいないが、それ故余計に愛した娘の顔が浮かぶ。イザベルの美しさは、親のひいき目を差し引いても王都一だった。
ここはそんなイザベルゆかりの建物。
つい数か月前までは、イザベルはここを使っていたのだ。
自分もお屋敷が欲しいなどと、可愛いわがままを漏らした娘への誕生日プレゼントとして建てたものだ。
「本当に、私はなんて愚かなことを……」
娘の良縁を願うばかり、帝国の誘いに乗ってしまった自分の愚かさがやり切れない。
今となっては、公爵家の迎賓館として使わせてもらっている。ここは王都でも指折りの豪奢な館なのである。
「イザベル……」
もう、自分の娘ではない。
本当はずっと自分の娘でいて欲しかった。
しかし、ハウスホールドで、実の父親の側で幸せになってくれるなら、それが一番いい。
そう、これは、イザベルと周囲をだまし続けてきた私たち夫婦への罰。
願わくば、愛する人と一緒になって、幸せを掴んで欲しい。
「旦那様、先程よりお客様が御待ちです」
「うむ。すぐ行く。くれぐれも丁重にもてなすように」
「はっ」
別邸に到着した公爵は足早に応接室に向かったのだった。




