第5章 争乱編 第24話 総攻撃
ブラックベリーが包囲されて一週間。
街の中では、戦時の中でも日常が淡々と過ぎていた。
ここにきてようやくと言うべきだろうか、今まで静かだった帝国軍の陣に動きが見られた。
大幅な陣替えである。
戦いにおいてこのような大規模な軍の配置転換は総攻撃を意味することが多い。
そして翌朝。
大方の予想通り、帝国軍はゆっくりと動き出したのだった。
「ジャーン! ジャーン! ジャーン!」
「ブォオ~ッ! ブォオ~ッ!」
「よお~し、かかれ~っ!」
「行け~っ!」
「うお~っ!」
激しく打ち鳴らされるドラと角笛が吹き鳴らされる中、帝国軍三十五万の総攻撃が始まった。
帝国が前面に押し出して来たのは、投石器の一群。全部で二十台はある。
それにその後ろには高覧車も三十近く並べられている。
そして、一面の歩兵の海。
もっともこれだけの大兵力をもってしても、ブラックベリーの城壁の外には、一面に空堀が張り巡らされているので、投石器も高覧車も街の城壁へはなかなか近づけないでいる。
“ドゴーン”
“グシャ―ン!”
それでも投石器からは、岩石が次々と発射され、大きな岩が石壁を直撃する。
他の街や砦と違い、山エルフによって二重に設計し直された石壁のため、この程度の攻撃には耐えられるのだが、それでも大きな岩石が直撃する衝撃はいかんともしがたい。
ただ、高覧車をはじめ、相手の弓は、ブラックベリーの城壁上には届かない。
「よ~し、みんな~! 照準は合った~?」
正面城壁の上では、パンデレッタが声を張り上げて指揮を執っている。小柄な体を精一杯動かして、なかなか堂に入った指揮っぷりだ。
「みんな、くれぐれも弾を大切にしてよ」
「照準合わせたらそのまま待っててね~」
「……発射はまだ我慢だよ!」
やがて、第一隊の砲手が照準を合わせ終わったことを確認すると、パンデレッタは真っ直ぐ上げた右手を勢いよく振り下ろした。
「よ~し、発射っ! いっけえ~っ!」
パンデレッタの指揮の元、第一隊の砲台から次々と大砲が発射された。
“ドカーン!”
“ドカーン!” “ドカーン!”
“ドカーン!” “ドカーン!” “ドカーン!”
“ドカーン!” “ドカーン!” “ドカーン!” “ドカーン!”
濛々と煙をあげて数発が発射された。そのうちの何発かは、投石器や高覧車に見事に命中して炎をあげた。
そして……。
「うわ~っ!」
“バキバキバキバキ……ドォン!”
“……ズダーン!“
そのうち投石器の一台が、支柱をへし折られ、黒煙をあげながら横倒しに。しかも隣の隣の高覧車も巻き込んで横転した。
“ドォン! バキバキバキバキ……ドォン! ”
“……ズダーン!“
「うわ~っ!」
「ぎゃ~っ!」
「助けてくれ~!」
パンデレッタの指揮する第一隊は、その後も大砲をうち続け、目の前の投石器や高覧車をすべて倒すと、大砲を城壁のレールで動かし、両隣の隊を支援しに行った。
結局、帝国軍は総攻撃を開始してから半日もしない内に、用意してきた全ての投石器と高覧車が破壊。数千人の死傷者を出して総退却した。
ブラックベリー側での最大の殊勲は、第一騎士団第一隊。パンデレッタが直接指揮を執ったこの隊だけで、投石器八台、高覧車五台を破壊。最高殊勲の栄誉と報奨を得たのであった。
「みんな、今日はお疲れ様~♪ それじゃあ、いっくよ~。せえのお~~~乾杯~!」
今日の戦闘の後、レオン辺境伯から「この度の働き、比類なし!」などと褒められ、ひとりひとりに報奨金をはじめ、隊には冷えたエールが入った酒樽をいくつも賜ったのだ。
「若様、この度の我らの活躍。先代や先先代様も、きっとお喜びになられるかと思います」
「そうだね~。でも、まずは、ユバーラに残してきた、アリアにも早く知らせたいよ~♪」
「熱い熱い。若様相変わらずのろけですな」
「もう! 違うったら~!」
「では、もう一杯どうですか」
「若様の、ちょっといいとこ見てみたい!」
「仕方ないなぁ」
「……ング、ング、ング、ング…………プハ~ッ」
「さすがは若様、いい飲みっぷりです!」
「おっとこまえっす~♪」
たちまちジョッキのエールを飲み干すパンデレッタに、やんやの大歓声。
屈強な虎人族の中にあって、ひときわ小柄なパンデレッタなのだが、酒量は一族の中でも負けてはいない。
「皆、明日は非番なんだから、今日は無礼講だよ~!」
ハウスホールドでは第一騎士団は全部で十の隊に分けられている。
平時の警備は一日二交代でそれぞれ二隊ずつ。それ以外の隊は非番となっている。
明日は本来一番隊と二番隊の番だったのだが、一番隊には、明日の特別休暇が、酒とセットで与えられた。
城壁前には焼けた投石器や高覧車の残骸などが散乱しているため、帝国としてもしばらくは攻撃を仕掛けてこないだろう。
二番隊だけで十分だというのが、レオンたちの判断である。
「これで、胸を張って帰れるよ~」
「いやいや若様。戦はここから。まだまだ功名をあげましょう!」
パンデレッタたちは、久しぶりに心から酔いしれたのだった。




