第5章 争乱編 第22話 戦略
「いや~っ、気持ちいいっすね~!」
アウル砂漠を全速力で北上する水陸両用戦艦『アウル』では、モルトが甲板で、もふもふ尻尾をブンブン振って喜んでいた。
「はい。さすがは」
「インスぺリアルの最新鋭戦艦のことだけはあります」
モルトの護衛を務めるピニャとコラーダも、何だか自慢気に胸を反らせている。アウル砂漠は、刺すような陽光が降り注いでいるものの、日陰に入ると思いの外涼しくて快適である。
「そおっすね~♪ ところで、二人のそのしゃべり方、何とかならないんすか?」
「……」
「……チッ!」
「わ、悪かったっす~! 二人ともシミターに手を伸ばさないで欲しいっす~!」
ネグローニによると、いい風が吹いているので明日の夜にはアウル砂漠の北の端に到着できるとのこと。
そこでモルトたちを降ろした後は、砂漠中に仕掛けた赤サソリと青サソリ罠の回収と設置をする予定らしい。
「しかし、何だか暇っすね~」
「よお、モルト。今日は一日することもないだろう。久しぶりに飲まねえか」
「もちろんっす~♪」
モルトは、ワインとオードブルを乗せたワゴンを押すウーゾに、もふもふ尻尾をふりふり駆け寄っていったのだった。
◆
「何だか俺たちだけ楽しむのも悪いな。あのお嬢ちゃんたちも呼んでやったらどうだ」
「それが、護衛に徹するとか言ってきかないんすよ~」
船の甲板。大きな日傘の下で、テーブルを囲むウーゾとモルト。
冷えた白ワインを飲みつつ、オードブルをつまんでいる。
「……に、しては明らかに物欲しそうにしてないか?」
「いつものことっす。んなことより、このワインうまいっすね~。つまみもウーゾの手作りっすか」
「お、分かるか? ちなみにワインはエルフ王からもらった逸品だぞ」
「やっぱワインは、南部産のモノに限るっす~♪」
――――――
「……で、モルトよ。お前この戦どう見る?」
「まともに考えたら兵力的に帝国には敵わないっすよ」
「だろうな」
「ただ、帝国がここまで兵をつぎ込めるのは、王国を味方に付けているからっすね」
「そうだな。帝国がその気になりゃあ国が空になるまで兵を供給し続けられる。なにせ、脅威がないからな」
「これは、何か手を打たないとマズイっすね」
「ああ。この度の戦いには、大陸における亜人たちの運命がかかっているからな」
「で、裏ギルドはどう動いてくれるんすか」
「実はな、これはまだバドにも相談してないことなんだが…………」
――――――
「……そ、その話、マジっすか!」
「おうよ!」
“グ~ッ”
「我慢しなさい、コラーダ」
「何言ってるの、ピニャの音じゃない!」
見るからに美味しそうなワインとつまみ。
それらのごちそうそっちのけで話し込む二人の姿を遠目で見ながら、任務に専念する二人なのであった。
◆
インスぺリアル領からブラックベリーへ向かうには、ノイリー河を下ってカルア海に出る海路が一般的。
陸路でも行けないことも無いが、負担が大きすぎるため、陸路は滅多に取られない。しかしこの道のりを、五万もの大軍が荷駄を運んでいた。
「なんで俺たちばかりこんな目に」
「仕方ないだろうが。俺たちは帝国領になって一番日が浅いんだから」
「向こうについたらまた、寝る間も惜しんで組み立て作業かよ」
「今頃、他の部隊の奴らは、船で悠々とブラックベリーに到着していることだろうぜ」
他の帝国兵は山エルフたちが遺棄した船に分乗し、川を下った後は陸伝いにブラックベリーを目指している。
陸で輸送任務に就いているのは帝国でも「辺境」と呼ばれる周辺地域から招集されてきた兵たち。
彼らが陸路でブラックベリーを目指しているのは、この大量の荷駄を輸送するためである。中身は船で運べない攻城用兵器の一部である。
さすがの帝国軍も、東トーチ砦で懲りたらしく、ブラックベリーの攻城戦では大陸北部で使ってきた投石器と高覧車を大量に投入することになったのだ。
しかし、山エルフたちが残した船は数は多いものの小舟が多く、部品の一部は荷駄として持っていくしかなかったのだ。
◆
「申し上げます! 只今港より、敵船発見との報が入りました!」
ブラックベリーの領主館に伝令が駆け込んできた。
「ついに来たか! こちらから手出しは無用。全員城内に入り、守りを固めるように伝えよ」
「はっ!」
「ええ~っ! 何で上陸際を確固撃破しないの~?!」
「……」
俺の指示に、思わず素の反応をみせるパンデレッタ。これには、さすがのカールも渋い顔をしている。
「今こそ全軍で迎え撃つべきだよ~。……いや、迎え撃った方がいいと思います」
「この度の戦いは、ひとつの失敗も許されないんだ。その為には、目の前の手柄も捨ててもらわないといけない。どうか、俺とキールが立てた作戦に従ってくれないか」
「…………はい」
渋々頷くパンデレッタ。第一騎士団だけでなく、虎人族の栄誉まで背負う彼には悪いが、俺としては、あくまで今後の作戦を見越しての判断。
戦術で勝っても戦略がつまずけば、元も子もない。
その晩、俺は書斎にパンデレッタを招いて、噛んで含めるように今回の作戦の全てを余すことなく打ち明けたのだった。




