第5章 争乱編 第18話 帝国本軍
帝国本軍は、かつてマルコら先鋒軍がいた付近まで陣をすすめ、更には慌ただしく総攻撃の準備がすすめられていた。
「…………」
不機嫌な顔で一言も発しない皇帝の前で、側近たちが激しい議論を交わしていた。
「ええい、何をぐずぐずしておる!」
「一日も早く、山エルフたちの砦を落とすのだ!」
「まず、大規模な偵察部隊を遣わすのが先決」
「斥侯部隊をすでに十分派遣しておる。まずは彼らの報告を待つべきじゃ」
「それではいつまでたっても動くんではないか!」
「…………」
「申し上げます!」
そんな中、帝国軍本陣には、斥侯部隊からの知らせが次々ともたらされた。
「東トーチ砦はもぬけの空です」
「何だと! 昨日はまだ立てこもっていたという報告があったばかりではないか」
「そ、それが、インスぺリアル勢は、南へと退却した模様」
「まことか!」
「申し上げます! 先鋒軍でインスぺリアル領に侵入した我が軍、約一万が接近中」
「何だと! あいつらは知らぬ間に山エルフどもに蹴散らされていたというぞ」
「いえ、本人たちは、自らインスぺリアル領に侵入したと申しておりますが」
「どうでもいいわ!」
「し、しかし水と食料が底を尽いたとかで、我が軍に保護を求めております」
「ええい、放っておけ! 」
「……待て」
「はっ!」
「まずは持ち物検査じゃ。先鋒の負け犬どもには、金貨一枚たりとも持たすことは許さぬ」
この日、皇帝がはじめて発した言葉は、先鋒軍の生き残りに対する、尋問と処罰だった。
◆
そして、翌日、帝国軍は高覧車の残骸などに苦労しつつも、夕刻には東トーチ砦に無事入城。かつてキールが使っていた大広間を本陣とした。
無傷で砦を手に入れた帝国軍は、山エルフたちのふがいなさと、そんな連中に敗北したマルコ率いる先鋒部隊をあざける声が絶えない。
「『戦闘民族』などというからどれ程のモノかと思えば、このザマか。口ほどにもないわ」
「山エルフたちめ、我らの大軍の前に尻尾を巻いて逃げたに違いない」
「まこと。一戦も交えずに退却するなど、武人の風上にも置けませぬな」
「それにしても、この程度の相手に先鋒は総崩れとは情けない」
「しかも司令長官のマルコは兄弟そろって今だ逃亡中とか」
「恥の上塗りとはこのことよ」
沸き立つ陣中を見回し、満面の皇帝が珍しく立ち上がった。
「我らはインスぺリアルになだれ込む。山エルフのモノは、全て取り放題といたす! 亜人の全てを我らがモノとせよ! 早い者勝ちじゃ!」
「うわ~っ!」
「おおお……!」
皇帝の言葉に士気上がる帝国軍。インスぺリアル領への侵攻は明日からと決められていたのにもかかわらず、その日の晩、何人かの兵士が闇に紛れて抜け駆けしていった。
そして翌日、全軍が怒涛の勢いでインスぺリアル領になだれ込んでいったのだった。
◆
「くっ……、何で俺たちはこんな屈辱を受けなくちゃならないんだ!」
東トーチ砦では、帝国軍先鋒、第一隊隊長のマダルが唇を噛みしめていた。
第一隊は最初の総攻撃で多数の死傷者を出して潰走した後、後方で負傷者の移送を命じられていた。
その後は、間道を伝った奇襲作戦に、食料も与えられず参加させられた。
無事、東トーチ砦の背後には出たものの、それぞれ数十名程度の部隊はそれぞれ、ハエを払うように追い散らされ、インスぺリアル領に逃げるしかなかった。
お宝が眠る山エルフの国と聞かされていたのだが、実際のインスぺリアル領は、完全に撤退したらしく、無人。財宝はおろか、一粒の食糧もなかった。
幸い井戸は生きていて水だけは確保できたが、ここ数日まともなものを口にしていない。
そんな中、帝国本軍が砦を占拠したと聞き、仲間を集めて助けを求めたところ、それがどうだ。
帝国本軍からはインスぺリアル領での略奪を疑われ、今こうして自分の隊は全員全裸で入念な身体検査を受けている。
マダルとて、一隊を任されるほどの誇り高き帝国の騎士。
こんな屈辱は耐えられない。
「お前ら、本当に何も持ってないのか」
「ああ。この通りだ。何度も言ってるじゃないか」
「じゃあ、山エルフのお宝は、どこかに隠してきたのか、聞かせてもらおうか」
「そんなものは、隠すどころか見たこともない!」
「どうせ、インスぺリアル領でお宝を漁りやがったんだろうが。どこに隠した」
「だからそんな物見たこともないと言ったろうが!」
「嘘を付け!」
「我らは、食料を確保するだけで精いっぱいだったのだ。それすら満足に出来なかったのにお宝など……」
「まあ、いい。今度は俺たちが奪い尽くしてやるからな」
「いいか? 俺たちは小部隊で間道を通って砦の後方に出る作戦に駆り出された。しかも食糧無しで」
「そんなバカな作戦を立てる司令官がいる者か。つくならもっとまともな嘘にするんだな」
「くっ……、あのバカ司令官めが!」
帝国本軍は、インスぺリアル方面から三々五々集まって来た先鋒軍の生き残りに、入念な取り調べを行った挙句、一部は拷問まで加えた後、わずかな武器と食料だけで東トーチ砦の守備につかせた。
そして、およそ五千にまで減った彼らを東トーチ砦の守備として残し、残りの三十万以上の大軍は、我先にと、インスぺリアル領になだれ込んだのだった。




