第5章 争乱編 第17話 もふもふ尻尾だっちゅーの ☆
「レオン様、セリス様、用意が万端整いました。大船に乗ったつもりで任せて欲しいっす!」
リュックを背負ってもふもふ尻尾をブンブン振るモルト。
「くれぐれも無理するんじゃないぞ」
「危ないときは一目散に逃げてね」
「迷子になるなよ」
「励ましてもらうのはうれしいんっすが、もっと他に言いようは無いんすか……って、前もこんなだった気がするっす!」
そうこうするうちに、護衛としてモルトに同行してくれるピニャとコラーダがやってきた。
革の軽甲冑に腰には半月状のシミター。フード付きマントがよく似合っている。
「ご無沙汰してます」
「よろしくお願いしま~す♪」
「二人とも久しぶりっす! さすがに自分のこと、覚えてるっすよね!」
「もちろんです」
「モヒート様でしたよね!」
「モルトっす! 自分の名前、絶対覚える気ないっすね!」
「まあまあ。筆頭執事が細かいことで一々目くじらを立てるんじゃないよ」
「お兄様のおっしゃる通りです。そんなことどうでもいいので、王都で目的を果たしてきてね」
「れ、レオン様はともかく、セリス様まで……。ウーゾからも何か言ってやって欲しいっす!」
「ワハハハハ……。そりゃ傑作だ! モヒート様、よろしくな!」
「……み、みんな、ひどいっす~!」
今回はモルトの王都行きに、裏ギルドの一団も同行することになった。
俺は詳しくは知らないが、どうやらクラーチ家が王都から離れたことにより、非公式ながら公爵家が後ろ盾になってくれているそうだ。
裏ギルドの仕事の方は、モルトの幼馴染でもあるバドがまわしてくれているらしいが、店の方は、ウーゾの不在により開店休業状態なのだとか。
口には出さないものの、ウーゾも気にしていることだろう。
「ご無沙汰しておりますレオン様!」
「ネグローニ、久しぶりだな!」
俺がモルトに頼んだ今回の任務は、アウル砂漠を突っ切って王都でひと働きしてもらうというもの。
この度は、インスぺリアルの最新鋭戦艦で、アウル砂漠を縦断し王都に行ってもらうことになったのだった。
「お久しぶりです。この度の任務、命にかけても成し遂げて御覧に入れます」
「お兄様!」
「い、痛たたたた……」
「レオン様、浮気しないでくださいまし~!」
何で俺がセリスにつねられてんだ! しかもニーナまで何言ってる?!
「レオン様もよく懲りないっすね~。男のチラ見は女のガン見っすよ!」
こ、こいつは……自分の名前が覚えてもらえないからって、いらんことを!
そしてネグローニさん、お願いです。
そんな顔を赤らめて恥ずかしそうに、胸を中途半端に隠そうとモジモジするくらいなら、どうか山エルフの正装にいちいち着替えて俺の前に来るのはやめてください。
谷間が、祖父の書斎の奥の方に大切そうにしまわれていた資料にあった『だっちゅーの』(*注1)みたいになってます。
「皆さまどうぞ港へ。最新鋭戦艦『アウル』をご案内します」
◆
「こ、これか……」
ブラックベリーの港に係留された噂の最新鋭戦艦。その威容に俺たちは圧倒されていた。
『アウル』は、全長四十メートル程のフリゲート艦。両側には大砲が備え付け可能だそうだが、今は四門ずつ残して他は取り外されている。
乗組員は、船長のネグローニ以下、山エルフたち約百名。それに加えて、百名以上の兵を乗せることが出来るそうだ。
「正確には、水陸両用というより、乗り心地を考えれば、陸は砂地専門です。台車に載せて砂地まで運ぶと、水上のように航行できますよ」
得意気に語るネグローニ。今まで何度もこの船に乗り、砂漠を越えたことがあるという。
「でもあんなに危険なアウル砂漠を縦断なんて本当に出来るのか」
「ご安心くださいレオン様。アウル砂漠は不規則に風が吹くと思われていますが、風の吹き方はカルア海と同じです。赤サソリや青サソリも船の上にいれば安全ですので」
「ほ、本当に大丈夫なんすかね~。やっぱりレオン様にも付いてきて欲しいっす~」
尻尾を垂らして不安そうなモルト。
こいつは昔から恐いと思うと、俺の側を離れたがらなかったからな。……ってお前、主のことを何だと思ってるんだ?
「そんなに不安なら、中を見せてもらったらどうだ。いいよな、ネグローニ」
「もちろんです」
船内は、思ったより広く、武器や食糧をはじめ多くの物資が収容されていた。
船底にはひときわ大きなスペースには、何故か空の鉄製の檻が詰め込まれていた。
「これは何なんだ?」
「アウル砂漠に設置してある檻を回収した後、新たに設置する予定です」
ネグローニによると、前回仕掛けたサソリ用の罠の回収や設置の仕事もあるとのこと。
砂漠を渡ってモルトたちを降ろした後は、アウル砂漠に身を隠してもらう事にしてもらうことにしてもらった。
「大役、任せたぞ!」
「必ずやり遂げて見せるっす~!」
この戦役の帰趨はモルトの働きにかかっていると言っても過言ではない。
俺たちは、いつも間にか着替えを済ませたネグローニの横で、もふもふ尻尾をブンブン振るモルトを、姿が見えなくなるまで見送ったのだった。
(*注1) かつて異世界で海賊の名を冠して活躍したとされる二人組。書斎から彼女たちに関する関連本が多数見つかったことから、どうやら祖父は、かなり興味を持っていたと思われる。




