第5章 争乱編 第6話 宮廷
「イザベル……」
王国では、事実上の人質として帝国に赴いた王に代わり、実弟である公爵が国政の重責を担っていた。ただその心は、未だ行方がわからないひとり娘へのことに捉われているようだ。
「イザベル、どうか、無事でいてくれ……」
こうして玉座に座っていても、どこか上の空。傍目から見ても、気もそぞろで落ち着かない様子。
「申し上げます!」
「イザベルについて何かわかったか?」
「いえ……ウーゾの一団は、ブラックベリーに向かわず、ハウスホールド行きの船に乗り込んだとのことです」
「何……」
「申し上げます!」
「イザベルか!」
「はっ。イザベル様は、ハウスホールドにてリューク王の元におられるということです」
ほっと胸をなでおろす公爵だったが、また別の使者が走り込んできた。
「申し上げます! レオン辺境伯はハウスホールドにてリューク王、及びイザベル様と御面会の後、一軍を率いてカルア海を北上中」
「何だと?!」
「一体どういうことだ?」
「アウル領の反乱はどうなっておる」
「まさか、辺境伯は王国に攻め寄せてくるのではあるまいな」
「王都の防衛体制はどうなっておる」
「帝国軍は五十万もいるのだぞ」
「辺境伯の奴、良からぬことを企んでおるのではあるまいな」
「まさか……」
宮廷には貴族たちが詰めているのだが、新たな情報が入る度、「ああでもない」「こうでもない」と、右往左往するばかり。
騒めく宮廷に、暗部から新たな情報がもたらされた。
「アウル領ブラックベリーの街を占拠しているのは帝国軍。ハウスホールドはインスぺリアルと同盟を結び、ブラックベリーに向けて軍を動かした模様。なお、レオン辺境伯も、ハウスホールドの軍に加わっているとのことです」
「やはりアウル領の反乱など、帝国のデマだったか!」
「我らをたぶらかしおって!」
「まんまと騙されるところだったわ」
「イザベル様の救出と反乱の鎮圧のために五十万もの兵を動かすなど、初めから在り得ない話だと思っていたがな」
「侯爵殿はその割に、辺境伯殿のことを責めておられたように思われますが」
「そう言えばレグサス様はハウスホールドでも辺境伯と試合をされたとか」
「ほう。それは初耳ですな」
「今回ばかりは、レグサス様もお勝ちになられたことでしょうな」
「これ、声が大きい」
「ではまさか……」
「……」
「私は初めから、反乱など何かの間違いだと思っていましたよ」
「そうですな。いやしくも我々王国貴族が反乱など起こすはずがない」
「まったくですな」
「辺境伯殿も濡れ衣を着せられとんだ災難ですな」
「そうそう、辺境伯といえば……」
「……」
舌の根も乾かぬうちに、調子のいいことを言う者まで出てくる始末。
国政を担っている彼らではあるが、そのほとんどは、自らの保身と他人の足を引っ張ることしか考えていないのは明らか。
ここで文句を垂れ流すだけで、王国内に我が物顔で駐留している帝国軍に何ら為すすべも持ち得ていない。
「申し上げます!」
その後も、宮中には大陸南部の情報が次々と寄せられてきた。
「インスぺリアルでは非戦闘員が続々とハウスホールドへと避難中。カルア海全域の船という船がインスぺリアルに集められています」
「申し上げます。ブルームーン軍がユバーラに到着した模様。ユバーラには、他にも大陸南部の亜人たちの軍が続々と集結中です」
「申し上げます。帝国軍は先程インスぺリアル領に入りました。先鋒は、インスペリアルの東トーチ砦前にて陣をはっている模様。今だ戦端は開かれておりません」
王国は兵こそ出していないものの、王都では帝国に協力する形で戦時体制が敷かれている。ひっきりなしにやって来る伝令からもたらされる情報に、王宮の貴族たちは相変わらず右往左往するだけである。
(これでは、兄上も、やり切れなかったに違いない)
かつては憧れたことのある王国の玉座。しかしいざ座ってみると、貴族たちの無能さにあきれるばかりである。何とも頼りない臣下ばかり。
広間を見渡してみても、レオン辺境伯のような骨のある貴族は一人もいない。
あきれ顔で小さく頭を振る公爵の元に、ハウスホールドから一通の手紙が届けられた。
「公爵様! リューク王より私信が届いています」
「何? 義兄上からか?」
「…………」
リューク王からの私信には、見慣れた文字で綴られたもう一通の手紙が添えられていた。
(もはや、これが一番いい選択かも知れない)
公爵は頷くと、その場で返書をしたためたのだった。
◆
その頃、レオンたちはハウスホールドの軍と共にブラックベリーの港に到着していた。続々と上陸する騎士団とそれに続く補給部隊の隊列。
「レオン様、遂に着いたっすよね」
「よし、上陸するぞ」
「船番は自分に任せてほしいっす」
「アホか、敵なんてブラックベリーにしかいないだろうが!」
「いや、クラーチ家筆頭執事の身に何かあれば問題っすから」
「お、お前なあ……当主自ら剣を振おうとしてんのに、何考えてんだ!」
「戦場なんて、恐過ぎるっす~!」
ハウスホールドを出発し、カルア海を船で渡った俺たちは、無事ブラックベリーに到着。そのまま街を一万の軍勢で包囲したのだった。




