第5章 争乱編 第5話 秘密
「私とイザベルのことを話しておきたい。レオン殿、よろしいだろうか」
いつになく真剣な顔で語り掛けるエルフ王。セリスとニーナにも聞いて欲しいということで、王の私室に二人を呼んだのだが……。
「……お、お、お兄様!」
「この綺麗な人は一体誰ですの~!」
「あら。初めまして。ごきげんよう」
激高するセリスとニーナに対して、平然と笑みを浮かべるイザベル。
この子には人に対する”悪意”などという感情が初めからないような気がするのだが、それはともかく、あ、あの……。ここは王の私室なのですが……。
「二人とも、奥に王がいらっしゃるぞ」
「え? あ、そ、その……申し訳ありません」
「お許しくださいまし~」
「こ、コホン。こちらです」
カーノに案内され、王の待つ奥の間に入ると、大きなテーブルの奥に私服のリューク王がゆったりと腰をかけていた。
「世に公表するに先立って皆に教えておきたい話があるのだ」
「リューク王さま」
「いや、いいのだ。彼らには本当のことを知っていただかなくてはならぬ」
心配するカーノを制し、王は静かに口を開いたのだった。
◆
今から十八年前。イザベルが産まれたばかりの頃のことである。
この頃、ハウスホールドの王室には、王国の公爵家に嫁いだ王妹が里帰りをしていた。初産ということもあり、実家で安心して出産したかったそうだ。
しかし、出産した子はしばらくして息を引き取った。女の子だったという。
産まれたばかりの姫の急死。
嘆き悲しむ王妹だったのだが、このとき兄であるリューク王もまた深い悲しみに沈んでいた。
リューク王がまだ王太子の頃、彼にはハイエルフの婚約者がいた。
代々人族と婚姻を重ねてきた王家に対して一部の貴族から反発もあったようだが、当時の王が押し切ったという。
家の都合で婚約した二人だったが、いつしか互いに魅かれ合い、愛し合う仲になっていった。
ところが、ほどなくして王の暗殺というクーデター事件が発生。
このハウスホールド史上まれに見る凶悪な事件は未遂に終わったものの、婚約者の父は関係者として責任を取り、貴族の地位を返上して野に下った。犯人に連座した形であり、その後、ほどなくして無念の死を遂げたそうだ。
この大事件を受け、二人の婚約も破棄されていたのだが……。
「燃え上がる二人の愛を止めることなんて、出来るはずないっすよね~♪」
もふもふ尻尾を揺らしながら、したり顔のモルト。
“スパーン”
「痛いっす~!」
「ウチのバカ執事が申し訳ありません」
「バカは余計っす~!」
「コ、コホン。この後は私からお話させて頂きます」
わざとらしい咳ばらいの後、たまりかねたように、カーノが王の前に進み出たのだった。
「お二人の婚約は解消されたものの、王太子様は頑として他の女性との縁談を断り続けられ、そのまま王に即位されました……」
そして数年後、元の婚約者はひっそりと女の子を出産した。子どもは元気に産まれたものの、母は出産後命を落とした。リューク王はこの子に愛する妻の名をとってイザベルと名付けた。
その後、間もなくして、王妹が産んだ赤ちゃんが急死したのである。
彼には、悲しみに暮れる妹の心が痛いほどよくわかったことだろう。
そして、イザベルにとっても、産まれながら母がいないことより、両親揃っていることの方が幸せなのではないのか。
そして遂に……王は我が子イザベルを妹が産んだ子として、公爵家に預ける決断を下したのだった。
「愛する我が子を妹の子として差し出すのは、断腸の思いだったであろうと思います」
涙をうっすら浮かべながら滔々《とうとう》と説明するカーノ。リューク王も無言で頷いている。
「お父様……」
「イザベル。すまなかった」
「そんなの今更ですわ。十五の誕生日に、お母さまから教えてもらったときは、びっくりしましたけれど」
亜人たちに対する差別感情が残る王国の貴族社会。その中心に位置する公爵家にいたイザベルは、自然と亜人たちと距離を置いてきた。
そして十五になり、母から事実を告げられたとき、衝撃を受けはしたものの、悲しさよりも安堵の気持ちの方が強かったという。
それは、自分の容姿や勘の良さが、亜人であるエルフに似ていることを、誰よりも分かっていたから。
「私は王都のお父様とお母さまから可愛がっていただきました。その上、ハウスホールドのお父様からも。私は三人もの両親から愛されて幸せです」
「なんと優しい子に育ってくれたのだ!」
呆然とする俺たちをよそに、涙を流すリューク王。
「イザベル。この戦役が終われば、私はそなたをハウスホールドの王姫とし迎えたいと思う」
王国は、今や帝国の属国のような扱い。この度も軍を出すよう命じられたのを、王国の国王自らが人質となることでなんとか回避できたという始末。今は公爵が王の代理を務めているという。
「もう王国の流儀に合わせなくてもよいぞ。お前にはエルフの血が流れているのだから」
「お父様……」
リューク王はそう言ってイザベルの手を取ると、俺たちの方を向いて頭を下げた。
「とにかく、イザベルのことよろしく頼む」
「そんな、陛下! お顔をお上げください」
「いや、レオン殿。これはそなたに頭を下げたのではないぞ」
「と、言われますと?」
「後ろにおられる、セリス殿とニーナ殿へじゃ」
「……?」
「二人とも、どうかイザベルと仲良くしてやってもらえぬだろうか」
「はじめまして。これからよろしくお願いしますね」
「あ、は、はい……」
「こちらこそ、仲良くしてくださいまし~」
セリスもニーナも恐縮してよく分からないながら受け答えするのがやっとのことである。
そして翌日、俺は1万の軍とともにブラックベリー目指してカルア海を渡ったのだった。




