第5章 争乱編 第4話 ハウスホールド
「おい、モルト置いてくぞ!」
「ち、ちょっと待って欲しいっす~!」
カールトンたちが、キールに助けられインスぺリアルに向かっている頃、俺たちはハウスホールドの王宮にたどり着いていた。
「申し上げます! レオン辺境伯様がお見えになられました!」
「おおお! 大陸指折りの武人の御到着か!」
「これは心強い」
「帝国に目にもの見せてくれようぞ」
騒めく中、無言で微笑むエルフ王。王宮の謁見の間には、文官、武官がずらりと並び、その中には、大陸最強と言われるシークやパンデレッタの顔も見える。
もともと、大陸南部では評判が良かったクラーチ家。
それに加え、武闘大会では、決勝で敗れはしたものの、それまでの戦いぶりに加え、大会後のパーティーでは、シークが俺のことをやたら持ち上げてくれたらしい。
俺は周囲からの好意的な視線を浴びて、なんだか居心地が悪いくらいだ。
「あれが、シーク殿に互角以上と言わしめた、レオン殿か」
「パンデレッタ殿も、あのまま戦い続けていたら敗けていたとか」
「さすが、クラーチ家の当主ですな」
「皆の者、レオン殿に失礼の無いように」
王に代わって、カーノが厳かに告げると、それまでのざわめきが一転し、まるで水をうったかのように、静まり返った。
「アウル領辺境伯、レオン=クラーチです」
ハウスホールドの名だたる高官たちの視線を一心に受け、リューク王の前に進み出る俺に、笑顔を浮かべつつも無言のエルフ王。静かに右手を動かすと、傍らに控えるカーノが厳かに進み出て王の言葉を告げる。
「レオン殿、どうやらブラックベリーは帝国の手に落ちているようです」
「覚悟はしておりましたが、やはりそうですか……。それで、カールトンたちや領民は無事なのでしょうか」
「生存確認は出来ています。手引きする山エルフが潜入しているらしいですし、キール様自ら助けに行ったそうですから心配はないでしょう。それよりレオン様は謀反の疑いがかけられいます」
「謀反ですと! そんなバカな!」
独立の話をそそのかされたことはあるものの、俺は断っていたし。なのに、謀反って!
「アウル領を独立させた上、帝国に宣戦を布告したということになっています。帝国は謀反の鎮圧とイザベル様救出のため、五十万の兵を進めています。イザベル様はこちらにおられるにもかかわらず、愚かなことです」
「しかし、五十万もの大軍ですか!」
「この度の大規模な軍事行動は、南部への侵攻と見て間違いありません。ハウスホールドは、インスぺリアルと同盟を結び、帝国を迎え撃つつもりです。レオン殿も是非、我らに加わって頂きたいのです」
「ありがとうございます! 仰せのまま存分に戦いたく思います」
王の言葉をどうやって代弁しているのか知らないが、流石はカールの実弟。カールによれば、リュークは、自分の真意に正しく代弁したときは頷き、間違っているときは首を横に振るのだとか。
俺が標的とされている以上、逆にインスぺリアルやハウスホールドに迷惑をかけているようにも思うのだが、ハウスホールドからすれば、このような事態に関しては予測済み。
いつ戦が始まってもいいように、何年も前から入念に準備をすすめてきたということだ。
すでに帝国には、インスぺリアルとハウスホールドそれにブルームーンが、連名で書状を送りつけ済み。帝国が軍を王国以南へ進めた場合、開戦と見なすことになっているそうだ。
しかし、帝国のやり方は許せない。人の所領を勝手に襲って奪った上、俺に謀反の濡れ衣を着せるなんて。しかもイザベル救出のための軍だと?
「レオン殿、今後のことについて相談したい。少数で王の私室までへ来ていただけませんか」
「お兄様」
「お気をつけくださいまし~」
「ここは、私の様な商人が出る幕ではございませぬな」
謁見を終えた俺は、セリスたちを控室に残し、モルトとカールを連れてリューク王の私室に向かったのだった。
◆
「レオン様!」
リューク王の私室で俺たちを迎えたのはイザベルだった。
「レオン様ったら、あのお手紙……。私、嬉しくて」
「……え?」
「式の日取りはいつにいたしましょう」
そう言って、人目もはばからず俺の胸に顔をうずめるイザベル。
リューク王は少し困ったような笑顔でイザベルを呼び寄せると、俺を見据えて静かに語り出したのだった。
「レオン殿。イザベルへの文なのだが……」
「はい」
「レオン殿の気持ちはよく分かった。だが婚儀は、この戦役に勝利した後に改めて考えて欲しい。この通りだ」
恥ずかしそうに顔を赤らめるイザベルと、なぜか俺に頭を下げるリューク王。
ど、どうしてこうなった?! まるで俺がイザベルに求婚したと思い込んでいるとでも?!
俺はモルトとカールを招き寄せ、小声で話す。
「一体、どうなっているんだ」
「知らないっすよ~」
「私も何のことやらさっぱり……え、い、いやこれは……」
確かあのとき、俺はモルトにせかされるまま、手紙を書いたというか写した。そのこと自体に問題はないのだが……。
「レオン様、もしや、あの紙は……」
大陸南部では、貴族が婚姻の際に羊皮紙に書かれた恋文が使われるという。受け取った相手がサインすれば、それが婚姻届となるそうだ。
「一番の上等な羊皮紙を使っちゃったっす~!」
「私が付いていながら、何たること……」
「絶対、サインしてるぞ」
「レオン様ちょうどいいじゃないっすか」
「お、お前って奴は……」
「レオン殿。申し訳ないが、二人の婚姻届はこちらで預からせてもらっている。すべては帝国を打ち破り、戦乱を終わらせてからにして欲しい。イザベルもいいね」
「はい。レオン様のお帰りをお待ちしております」
俺は、ブラックベリーそしてインスぺリアルに向かうことになった。
「公爵様は、イザベル様のことはご存じなのでしょうか」
「もちろんだ。帝国への輿入れは今回の件で完全に破談になった。私もイザベルには是非幸せになって欲しいと願っている」
この後、俺たちはリューク王の口から、思いもよらない秘密を聞かされることになるのである。




