第5章 争乱編 第2話 砂漠の船 ☆
「領主館の者は全員いるか」
ブックベリーの裏門には、カールトンたち、領主館に勤める辺境伯家の者たちをはじめ、多くの者が集まっていた。
ここの門は、レオンたちが訪れる前から施錠されており、領主館の者たちですら一度も開けたことは無い。
しかも、全く使われていないものだから、門の前には普段は耕作用の農機具や木箱が積まれている始末。ここに門があることさえ、普段忘れ去られていたのだ。
(返す返すも、レオン様に申し訳ない。自分なんて領主代行失格だ)
ひとり肩を落とすカールトン。
イザベルを迎えに来たという五十名あまりの者はすべて帝国兵だった。しかも帝国兵は移住者の中にも多く混じっており、またたく間に帝国兵が元の住民を凌ぐ数にまでなっていたのである。
「カールトン様、こちらです」
静かに門を出た一行を待っていたのは、数人の山エルフたち。
「まさか、アウル砂漠を渡るのか」
「いくら何でもこんな……」
「これでは、領主館にいた方が良かったのではないか」
そう言いながら震える使用人たち。
アウル砂漠は、日中は灼熱の陽光が降り注ぐものの、夜は外に出した水桶に氷が張る程寒くなる。しかし、多くの者が震えているのは、寒さだけのことではないだろう。
この砂漠には、ソフトシェルと呼ばれる猛毒を持った赤サソリや、ハードシェルと呼ばれる、固い殻を持った巨大な青サソリが、数多く生息している。特に活動が活発となる夜間の砂漠への立ち入りは危険とされている。
「まあまあ、何か考えがあるそうだから」
カールトンは、不安そうな使用人たちをなだめつつ、一団をまとめて山エルフの後をついて行った。
「カールトン様、あちらに」
裏門を出て数分後、山エルフが指し示したのは、大きな岩山。どうやらその裏側に何かがあるらしい。
「これは!」
岩山の陰に鎮座していたのは一隻の巨大な帆船。その舳先に立つひとりの人影が、じっとこちらを見下ろしていたのである。
「カールトン、久しぶりじゃの!」
「あなた様は、もしや……」
翌日、カールトンをはじめ、多くの者が一夜にして消えたことに気付いた帝国兵だったが、特に何らかの反応を取りはしなかった。
彼らにとっては、ブラックベリーが反乱したという、帝国軍南下の口実が出来ればそれでよく、いずれ押し寄せて来るであろう帝国軍と合流しさえすればよいと考えていたに違いない。
◆
ハウスホールドの王宮では、リューク王の前に騎士団の幹部が勢ぞろいしていた。
城内は戦時の習いとして清浄に掃き清められ、緊張感が漂っていた。
皆を見回し、右手を上げるリューク王。無言の王の意思を皆に伝えるのは、側近にして今や王の右腕となっているカーノである。
伝説的な大宰相カルビンの直系の子孫にて、兄に代わって家を継いだばかり。
「この度、皆に集まってもらったのは他でもない。帝国の南部侵攻はもはや火を見るより明らか。皆の者、どうか力を貸して欲しい」
リューク王が静かに右手を上げたのを合図に諸将は跪き、礼の姿勢を取る。
「第一騎士団長! 前に!」
「はっ!」
王の前に進み出て、恭しく拝謁するのは、パンデレッタである。
彼は先のコロシアムの武闘大会の優勝者であり、この度の軍備の再編にて異例の抜擢を遂げていた。
「我ら一同、ハウスホールドの安寧のため力を尽くし、王の宸襟を安んじ奉る所存」
第一騎士団団長のパンデレッタが一同を代表してそう告げると、リューク王は満足そうに頷いた。
王を守るかのように側に控えるシークも笑みを浮かべる。彼もまた、軍の再編を受け、新設されたばかりの軍総司令官に就いたばかり。この先、ハウスホールドにおける一切の軍事作戦は、シークから発せられることになる。
「なかなか頼もしき御仁たち。私の出る幕など無いかも知れませぬな」
「これは心強いお言葉」
「シーク殿もご遠慮なさらず」
「これで、我がハウスホールドも安泰ですな」
大陸一とも言われている武人の言葉に、臨席するハウスホールドの重臣たちの間にも、安堵の笑顔があふれたのだった。
◆
「レオン様~!」
その頃、ハウスホールド王宮の一室では、イザベルがあられもない姿で愛用のぬいぐるみを抱きしめていた。
「レオン様なら大丈夫です」
「イザベル様、」
「何もご心配はありません」
「マリー。ピニャとコラーダも……。ですが私のせいで、こんなことに……」
「何を仰います! 悪いのは帝国です。こうなったら、イザベル様には何としても幸せを掴んでいただきたく思います。どうかしっかりなされませ!」
伊達メガネを中指で“クイッ”とあげつつ、イザベルを励ますマリー。ピニャとコラーダも、うんうんと頷いている。
「皆、ありがとう……」
「……あ! 今レオン様が御到着なされました! すぐにお迎えしないと!」
部屋を飛び出していこうとするイザベルを必死で止める三人。
「「「せめて何かお召し物を着ていってくださいませ!!!」」」
(でも、どうしてイザベル様はお分かりに?)
心の中で首をひねるマリーであった。




