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第5章 争乱編 第1話 宮廷 ☆☆☆

挿絵(By みてみん)


(四月咲 香月 さまより)

 

 北の王国などと称されるグレンゴイン王国の宮廷は、恐るべき噂に支配されていた。


 大陸北部を完全制圧したカサティーク帝国が、矛をそろえて王国を併呑へいどんすべく南下してくるというのだ。

 王都が戦火に巻き込まれるのを恐れ、一部の大貴族は自分たちの家族や家財を秘密裏に自らの所領に避難させる動きまであるくらいだ。


 実際、王国との国境には帝国の大軍が駐屯している。演習という名目ではあるものの、そんなことを信じている者は、もはや誰もいない。


 そして、宮廷に集う王国貴族たちは、次々ともたらされる情報に一喜一憂しながら右往左往するばかりである。


「帝国が攻めて来れば、王都陥落など時間の問題ですぞ」

「帝国が北部一帯を制圧した後は、こうなることなど自明の理。これは外交の失敗というほかありませんな」

「だから、我らはいざというときに備えて王姫様をはじめ、帝国とよしみを結んだのではないか」

「婚姻が決まった公爵殿の姫は、こんなときに南部遊学中だとか」

「ウチなど、長男を婿として帝国に差し出しておるのですぞ」

「そういえば公爵殿、姫様のご成婚の件はどうなっているのですか」

「まさか、イザベル様の輿入りが延びているせいで、帝国を怒らせたのではないでしょうな!」

「公爵様は、イザベル様に甘すぎるのではありませぬか」

「……くっ」


 貴族たちから、ここぞとばかりに非難され、口惜しさで顔をゆがめる公爵。国王もずっと顔を曇らせたままだ。


 そんな中、ひとりの急使が飛び込んできたのだった。


「申し上げます! アウル領ブラックベリーにて、レオン辺境伯様ご謀反!」

「何じゃと!」

「く、詳しく話してみよ!」

「アウル領は独立。ブラックベリーの城門を閉ざし、帝国へ宣戦を布告したとのことです!」

「それは誠か!」


「レオン辺境伯と言えば、あの公爵家の姫が御執心とかいう……」

「こ、これ! 少しばかり声が大きいぞ」

「しかも、断られたとか」

「『王国の天使』も哀れなものよ」

「今まで散々、甘やかされてきたツケだな」


 レオンの話題が出るや、ひそひそと陰口を言い合う貴族たち。もちろん、批判の声は陰口だけにとどまらず、正面からの批判もある。


「公爵殿! だから、あ奴を信用してはならぬのじゃ。しかも我らの反対を押し切り、伯爵風情を辺境伯にするからこのざまだ!」

「確かに。レオン伯爵の辺境伯へ昇進に一番熱心だったのは公爵様だったような」

「それをこれも、レオン殿がイザベル様の婿になるのを見越しての抜擢だという噂までありますぞ!」

「これは責任は免れませんぞ! 公爵殿、いかに!」

「くっ、くうぅ……」


「皆の者、まだ、辺境伯が謀反したと決まったわけではあるまいに……」


 唇を噛みしめ、益々肩身を狭くする実弟に国王リチャード=ヘネシー14世は思わず口を開いた。

 そんな王の言葉に公爵も進み出る。


「公爵家からの使いをイザベルの元に遣わせているところです。もし、辺境伯の謀反などがあれば、我が手勢を速やかに送り、公爵家のみで鎮める所存です」

「うむ……」



 深く頷く王の元へ、新たな急使が駆け込んできた。


「申し上げます。帝国よりイザベル様救出のため、アウル領へ軍を動かすとのことです。王国は、インスぺリアルと共に謀反者のアウル辺境伯を成敗するための先駆けをされよと」


「何だと!」

「そのような重要事を我らに諮ることなく、一方的に命令されるとは」

「くっ……これでは、わが国は帝国の属国ではないか」

「なんたること!」

「帝国の狙いは、やはりこういうことか」


 気高いインスぺリアルが、帝国の脅しに屈するとは思えない。おそらくはハウスホールドと同盟を結び、帝国に反旗を翻すだろう。

 そして、大陸南方諸島からなるブルームーンは、王国よりハウスホールドとの絆を深めている。順当ならば、亜人たちの領域と呼ばれる大陸南部はひとつにまとまって、帝国の侵攻に対抗するに違いない。


「皆の者、よく聞け!」


 いつ果てるとも分からない重臣たちの愚かな議論を遮るように、グレンゴイン王国国王、リチャード=ヘネシー14世は声を上げたのだった。


「我らはなんとか中立を保つ。今、戦を起こすようは体力など我が国には残っておらん。帝国兵は通すが、大陸を二分するであろうこたびの戦乱、我々は中立を貫くものとする」


「そ、そんなことが許されましょうや」

「帝国を本気で怒らせることになるやも知れません」


「どう思う」

「あるいは」

「いや、難しいのではないか」

「本当に大丈夫だろうか」

「いや、それは……」


 他人の批判をしたり足を引っ張ることには精力的だが、自らが重責を負うのを嫌う我が国の重臣たち。王の宣言を受けても、おろおろするばかり。

「仕方あるまい」ため息交じりにそんなひとり言を漏らした王は、声を張って高らかに宣言した。


「儂自ら帝国に赴こう。王が人質となるなら、帝国もそれ以上の無理は言うまい」


「王よ!」

「なりませぬ!」

「何も、そこまでせずとも」


 王の突然の宣言に、王国宮廷は、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。


「婚姻政策だけで大陸を安定させることなどはかなき夢であったわ。儂の不在の間、王の代理を公爵に命ずる。皆の者、これよりグレン=ヘネシーを国王として仕えるがよい」


「はは~っ!」


 こうして、後に王国史に名君として歴史に名を残すことになるリチャード=ヘネシー14世は、その生涯を帝国領にて過ごすことになったのである。


 ◆


「カールトン様、こちらです」

「皆、そろっているか」

「はい」


 アウル領ブラックベリーでは、夜陰に紛れカールトンをはじめ多くの住人が夜陰に紛れて密かに脱出を図っていたのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自らが人質として帝国に向かうと言う国王陛下、重い決断を下されましたが、凄いです。 ここまでしないと帝国を納得させて、王国に被害が行かないようにする為とはいえ、自らを犠牲にされるなんて、慌て…
[一言] 人質交換とかしたところで、約束を反故にして攻め込んでこないとも限りまへん(;'∀')
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