第1章 王都追放編 第10話 特別試合
緊張した面持ちで諸刃の聖剣を構える殿下に対しても、あの方はあくまでも自然体。この試合が決勝だとか相手が国王のご長男だとかは全く関係なさそうだ。
「殿下は確か王国師範から直々に剣の教えを受け、高弟に数えられるほどの実力者。さすがにあの男も、これまでのようにはいくまい」
「ええ、そうですとも。成り上りものの伯爵家の跡取り風情が勝つはずありませんわ」
お父さまとお母さまの話からすると、どうやらあの人は伯爵家の当主らしい。
そして、この大会に出場しているということはもちろん独身。決まったお相手のいる人は、殿下だけのはずだ。
イザベルは無意識にそんなことまで、心のノートにメモしてしまっていた。
なぜかイザベルはあの木刀を持った黒髪の剣士に勝って欲しいように思えてきたのである。
祈るように、試合の行方を見つめるイザベルだったが、試合は開始されるやあっけなく終わってしまった。
「きえええい!」
…………。
一瞬、場内は静寂に包まれた。
黒髪のあの方は、それまでと同じように聖剣で防御する殿下を、何の躊躇もなく一撃のもとに場外まで吹っ飛ばしたのだった。
レオン様が優勝され、今年の『格闘技オリンピア』も幕を閉じた。
悲喜こもごもの選手や親族。そして観客たち。
残すところは優勝者と王国師範との特別試合だけである。バルコニーの特別席には少し寛いだような空気が流れている。
ところが、それに比べて一般の観客席の盛り上がり方は尋常ではない。
次の特別試合は、勝敗は最初から分かっているようなものなのだが、今回に限っては場内の騒めきは、収まるどころか加熱していっているように感じる。
「レオン様~!」
「頑張ってください」
「お勝ちになって~」
「せえのお…………、愛してま~す!!」
さっきから、会場に詰め掛けている亜人の女の子たちの歓声が凄まじい。中には結婚して欲しいなどという、恥知らずな声援すら混じっている始末だ。
本当に、亜人の女の子たちは、淑女のたしなみや、常識すら持ち合わせていないのだろうか。
ああ、やだやだ。
まあ、あなたたちが、どうわめこうが、レオン様と結婚できるなんて、夢の又夢でしょうけれど……。
無意識にそんな事を思い浮かべ、ほおをゆるめるイザベルなのであった。
◆
本来、次に予定されている特別試合は、この大会の優勝者に対する褒美として、用意された特別試合である。立ち会うことすら、栄誉であるとされているものらしい。
剣を修める貴族の子弟なら、勝ち負けではなく、ここに立てたことを誇りにし、生涯の自慢話として、何度も繰り返して、話されるものだそうだ。
「レオン様……」
そうこうしているうちに、試合が始まろうとしていた。レオン様はいつも通りに見える。
ホッ……。良かった。
王国師範のシーク様は、初めて見るけど、なんだか強そう。風格があるというのかしら。頑張って! レオン様!
祈るように試合を見つめるイザベルの前で、試合が開始された。
「はじめ!」
黒髪のあの方……レオン様は、この、特別試合ですら、何の気負いもなく、淡々とされているよう。今までの試合と変わらないご様子。
「きえええい!」
激しい踏み込みからの、レオン様のいつもの攻撃。しかし、今回ばかりは、勝手が違っていた。
最高師範は、鋭い気合と共に振り下ろされた、レオン様の一撃を、紙一重でかわすや、わずかに体勢が崩れたレオン様の懐に入り、そのまま一閃。
レオン様は、派手に飛ばされ、試合はあっけなく終わった。
静まりかえる場内。
「勝負あり。勝者、最高師範 シーク=モンド」
「きゃー!」
「レオン様あ~!」
「パチパチパチパチ……」
場内には、歓声と拍手がこだましているが、敗者であるはずのレオン様の方が、最高師範より讃えられているようだ。
後で聞いたことだが、最高師範が、相手の最初の攻撃を警戒して避けたというこの試合は、その内容が前代未聞なのだとか。
何しろ、最高師範にこんなことをさせた、レオン様は、プロの剣闘士以上の腕前だという。
そしてこの瞬間、レオン様は、押しも押されもせぬ王国ナンバー2の剣士として認識されることになったそうだ。
ただ、不自然な点を挙げるとするならば、当の本人が、少しも嬉しそうではないこと。それどころか、めんどくさそうにも見える。
観客に媚びるとかファンサービスするとかいうような、気配が一切無い。
担架を断り、左手で胸を押さえながらも、一人で歩いて退場されるレオン様。こんなお姿もかっこいい……。
そして、この大歓声さえ、むしろうっとうしいくらいに思われているように、静かに試合会場に背を向けられた。素敵……。
お怪我をなされていないかだけが心配だ。
そして、私がレオン様のお姿を目で追っていると……
……ど、どういう訳か、レオン様は、不意に私のいるバルコニーに向かって振り返られた。
そ、そして、私の方を仰ぎ見られたレオン様は、まぶしそうに片目をつぶられた。
バチバチバチ……!
そのとき、イザベルに衝撃が走った。ひょっとすると、本当に音がしたかも知れない。
目、目が合いましたの!! う、ウインクされましたの!!
あ、あんな殿方、見たことがありませんわ……。




