~花の記憶:決心とつぼみ~
「それはそうと!腹減ってない?お祝いになんかおごるよ!ちょうどこの辺にオススメのほうとうの店が…。」と歩き出そうとして、
「ほうとうもいいけど…お弁当作ってきたから、よかったら食べてもらっていい…かな?」すみれが恥ずかしそうにリュックからお弁当箱を出す。中身は、たこさんウインナーに、厚焼きたまご、りんごのうさぎ…など見るだけでも楽しいお弁当だ。
「駆くんの好きなもの聞いておけば良かったんだけど…タイミング逃しちゃったから、なるべく一般的なのにしてみたんだけど…。」余程恥ずかしいのか、小声になるすみれ。
「え、俺?俺、何でも好きだよ!敢えていうなら卵かなぁ。結構簡単に料理できるし、色々使えるし、安いし。何より、美味い!」ニカっと笑う。
「くすっ…主婦みたい。そっかぁ、良かった。じゃあコレも好きかな?」すみれが楕円形の揚げ物を指さす。
「ん?これ…何?」こんなの初めて見た。
「食べれば、わかるよ!」すみれがにこにこと笑う。
「…あ、目玉焼きとハム?!…美味い。」揚げた目玉焼きなんて驚きだが、それよりもその味に驚く。
「気に入った?スコッチエッグって言うんだよ。私が高校生の頃引き取って面倒見てくれた叔母さんがよく作ってくれたのって…言ってもそうメモに残ってるだけなんだけどね。でも、とても可愛がってもらったことだけはぼんやりと覚えている気がする。」すみれが遠い目をする。
「その叔母さんは今は…?」なんとなく予測できたが、ちゃんと聞いておきたかった。
「…亡くなった。今では顔も写真見ないと思い出せないけど、もっと一緒にいたかった。」すみれが泣きそうな顔で笑う。
「そっか、大切な人だったんだね。」
(俺がすみれの支えになれればいいのに…。)
「全部美味かったよ!ごちそうさん!すみれ料理上手いな。」お世辞ではなく、本当にすみれの手料理は美味しかった。
「そ、そお?」すみれが顔を真っ赤にする。
「うん!あっ…そうだ!お礼に今度うち来いよ。うちの母ちゃんの料理も結構美味いからさ。それにひとりで食べるより、絶対楽しいから!」ひとりでの食卓は父が早くに死んだ駆も嫌というほど経験したのだ。
「じゃあ…、今度行くね!」すみれは満面の笑顔で笑った。
約束の日の当日。約束の時間は18:00だが、駆は朝からそわそわと落ち着かず、掃除を入念に行っていた。
「友達が来るだけでしょ!何をそんなに張り切ってんの?…まさか…好きな子?」母には友達が来るからとしか伝えていないのだ。
「た、確かに女の子だけどっ!そんなんじゃねぇよっ!」顔が赤くなっているのが自分でも分かったので、母とは顔を合わせない。
「ふーん?ま、そういうことにしといてあげる。」疑っている様子の母。
17:45分。駆はすみれを迎えに行くため家を出て、途中の道ですみれに鉢合わせた。
「あ、すみれ!迎えに行くって言ったのに…。」てっきり家で待っているものだと思っていた。
「夕御飯ご馳走になるのに、迎えまでしてもらうなんて悪いもん。」すみれが微笑む。最近のすみれは以前より明るくなり、よく笑う様になった。記憶を見つけたことが、彼女に良い変化をもたらしているらしい。
「ただいま。ほら、すみれも入って?」駆が玄関に先に入り、すみれを呼ぶ。
「…お邪魔します。」少し緊張している様子のすみれ。
「いらっしゃーい!あらぁ美人さんねぇ。愚息なんかには、勿体無いわぁー。」普段駆と話す時とは、2トーンくらいは軽く違う声を出しながら、母が出迎える。ちゃっかり服まで着替えている。
「だ、だからそんなんじゃないって言ったろ!?それと普通にしててくれっ!!」焦る駆。こんな母をすみれがどう思うか不安だった。
「駆ったらぁ、こぉんないい子がいるならもっと早く紹介してくれても良かったのに…。」母はカマトトぶっている。
「母ちゃん!もういい加減にしてくれよ!!」母の振る舞いが恥ずかしくて、怒鳴ると、
「まったく、煩いわね。わかったよ、普通にすればいいんでしょ!いらっしゃい、どうぞ上がって?」と母はあっさりと普段の話し方に戻る。
「……始めからそれでいんだよ。」むすっとして言う。
「…クスッ…。仲がよろしいんですね。私清水すみれと申します。駆くんにはいつもお世話になっています。」やりとりを見ていたすみれが笑い、丁寧にあいさつをする。
「さぁ、沢山食べてってね!」駆の母は、ひじきごはんに肉じゃがや、茶碗蒸し、ほうれん草とシラス干しのソテー、玉ねぎを溶き卵でとじた味噌汁などを手際よくテーブルに並べる。
「はい、ありがとうございます!いただきます。」にっこり笑ってすみれが返す。
「ねぇねぇ早速だけどさぁ〜ふたりの出逢いとか聞かせてくれる?」駆の母が食後にお茶を出しながら聞く。どうやら冷やかしたいらしい。
「あ、えっと…私実は小学4年生の時の駆くんのクラスメイトで…。今回お仕事を駆くんにお願いしたんです。」すみれが真面目に答える。
「えぇ?それだけ!?」あからさまにガッカリする母。
「…?…あの…すみません?」なんのことだか、さっぱりわからないすみれが謝る。
「だから言ったろ?そんなんじゃないって…。」改めて口にして凹む。
(俺たちはなんの関係もないんだ…。)
すみれを送る帰り道。
「ごめんなぁー騒がしい母ちゃんで。いつもあんなノリだからさ、びっくりしたろ?」すみれと並んで歩きながら言う。
「ううん!あ、まぁ少し驚いたけど…すごく楽しい人だね。」すみれがいたずらっぽく笑う。
(あ、なんか今なら言えそうかも。)足を止める。
「駆くん?どうかした…?」すみれが振り返る。
「俺さ…すみれのこと…その、好き…なんだ…。」数日前まで言えなかった言葉が、途切れ途切れだが、なんとか言えた。
「嬉しい!私も駆のこと大好き!」照れもせず、はっきりと言うすみれ。
(ん?なんか…?)好きとは言われたもののなんだか、違和感がある。夢のように、すみれが恥ずかしそうにするのを想像していた。
「そっか。ちなみに…うちの母ちゃんは…?」まさか…という思いがよぎる。
「ん?駆くんのお母さんも大好きだよ?面白いもん。」そう言い、駆と母のやりとりを思い出したのか、すみれが楽しげに笑う。
(「も」って同列ー!!??)なんというか、一気に気が抜けてしまった。