表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

~花の記憶:言の葉~

朝日の中を駆はバイクで走っていた。朝日に照らされ、眩しく輝く道端の草木もすみれの記憶が見つかることを願って、応援してくれている様な気がする。


すみれはアパートと前で待っていた。すみれが駆に気づき、手を振っている。バイクでの移動となるので、昨日事前に服装のアドバイスをしておいたのだが、やはりどんなラフな格好もすみれに似合っていた。

「おはよう!お世話になります。」すみれが丁寧に頭を下げる。

「……。」

(そういえば、私服とかちゃんと見るの初めてだよな…。)昨日と一昨日はそんな余裕は無かったのだ。すみれに見とれていると、

「…駆くん?どうかした?」

少し困った笑顔ですみれが聞いてきた。

「…え?あ、ごめん。はよっ!」慌てて挨拶をするが、顔が火照っているのが自分でもわかる。

「じゃ、じゃあ出発するか!」すみれにヘルメットを手渡す。

「うん!」すみれの顔は希望に満ちていた。


駆たちの住む町から少し離れた喜多郷きたさと村に着いた。のどかといえば聞こえはいいが、閑散としているという方がしっくりくるそんな雰囲気の村だ。ふたりはバイクを降りた。

「すみれが持っていたメモによると、このへんなんだけど、なんか見覚えあったりする?…と言っても田園風景なんてどこも変わらないし、わかんないか?」すみれが傷つかない様に言葉を選びながら、彼女の様子を窺う。

「…うーん…。」キョロキョロと辺りを見渡すすみれの瞳が頼り無げに揺れる。

「あ、じゃあさ。少し歩いてみよう。バイクで走っただけじゃ気づかないことってあるかもだし!」バイクを押しながら歩き出す。

「……。」朝は明るい表情をしていたすみれだが、記憶探しの難しさを思い知ったのか、とぼとぼと下を向いて歩く。

そんなすみれに歩幅と歩調を合わせながら、

「あんまり思い詰めないで?『今』のすみれが在るんだから、当然『過去』も絶対在るんだ。」にこりと笑う。

「そう…なのかな。でも、思い出せないなら、ないのと一緒じゃ…。」すみれの声が掠れる。

「違うよ!小学生の頃に俺らが会ったことを夢に見たって言ってたじゃん?そんな風にちょっとしたきっかけで思い出せるんだよ!全くないのとは全然違うさ。」すみれを安心させる様に優しく言葉を紡ぐ。

「それに…。」と駆が続ける。

「?」

「すみれはさ、今までたくさん失ってきたでしょう?だからこそ、過去の記憶を取り戻して、今度こそ幸せになってほしい。」事故直後、病院で見たすみれは、まるで空っぽだった。人間は、受けたショックがあまりに大きいと、自分自身を守る為心にブレーキをかけるらしい。目が虚ろで、何を話しかけても表情も変えない、あんなすみれはもう見たくなかった。

「…なんでそんなに私のことに真剣になってくれるの?」少し伏せ目がちにすみれが聞いてきた。

「それはっ…。」すみれが初恋の相手で、心配してお見舞いも何度も行ったなんて言えない。もしかしたら、気持ち悪がられるかもしれない。

「や、やっぱさ、心配だろ?元クラスメイトなんだし!」

(これなら妥当な理由だろう。)無理矢理笑顔を作る。

「そう…。ありがと。」少し淋しげにすみれが笑う。


少しの間無言で並んで歩いた。大きな夕日がふたりを照らしている。

「あっ!」小さな声をすみれがあげた。

「!?…何か思い出した?」直ぐ様駆が聞く。

「あ…、ごめんなさい。猫がいたの。」すみれが指を差した先に、猫がいた。トラ猫だ。猫はすみれが近づくとゴロンと横になり、お腹を見せた。すみれが優しく撫でる。

「…猫、好きなの?」記憶ではなくて少し残念だったが、あんまり焦っても仕方ないし、何よりすみれが楽しそうなのでまぁいいやと思い、すみれの隣にしゃがむ。

「うん!多分昔飼ってた猫なんだけど、『まぐろ』っていう猫が写った写真があったの!」少女の様な笑顔ですみれが話す。

「…まぐろ?なに…そのネーミングセンス…ぶはっ。」笑いを堪えていたが、思わず吹き出す。

「な、なに!?笑わなくたって…。かわいいでしょ?」すみれは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしている。

「かわいいかぁ、ソレ?…そういえば、俺も猫飼ったことあるな。一時期だけど。」夕日を眩しそうに見つめて言う。

「へぇ。どんな猫?なんていう名前なの?」すみれは興味津々の様子だ。

「もともと野良で、ボス猫だったらしくて、気高い猫だった。自由に生きて自由に死んだ。名前はそのまま『野良坊』とか呼んでた。」何物縛られず、自分の行きたい様に生きる。その生き様が駆にはとても新鮮で眩しく思えた。

「『野良坊くん』?じゃあその子にぴったりの名前だったんだ。」目を輝かせるすみれ。

「…笑わないの?」自分の様にすみれが笑うと思っていた。

「なんで?いい名前じゃない。」いい名前だとは思っていなかったが、すみれに言われるとそう思えてくるから不思議だ。


気づくと、辺りは薄暗くなっていて、猫もいつの間にかどこかへ行ったらしかった。

「疲れただろ?そろそろ帰ろう。大丈夫。きっと見つかるよ!この村には無かっただけだ。」バイクのところへ戻りながら言う。

「うん、ありがと。もう少し頑張ってみる!」少しだけ元気を取り戻したすみれが言う。ふたりを乗せて、バイクが走り出す。


「もし…。」見つからなかったとしてもすみれは俺が守ると言いかけて、止める。

(『もしも』の話なんか今は必要ない。それにそんなのすみれは望まないかもしれない。)

「ん?何か言った?」

「…なんも?」


ふたりの頭上には1番星が輝いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ