~花の記憶:言の葉~
朝日の中を駆はバイクで走っていた。朝日に照らされ、眩しく輝く道端の草木もすみれの記憶が見つかることを願って、応援してくれている様な気がする。
すみれはアパートと前で待っていた。すみれが駆に気づき、手を振っている。バイクでの移動となるので、昨日事前に服装のアドバイスをしておいたのだが、やはりどんなラフな格好もすみれに似合っていた。
「おはよう!お世話になります。」すみれが丁寧に頭を下げる。
「……。」
(そういえば、私服とかちゃんと見るの初めてだよな…。)昨日と一昨日はそんな余裕は無かったのだ。すみれに見とれていると、
「…駆くん?どうかした?」
少し困った笑顔ですみれが聞いてきた。
「…え?あ、ごめん。はよっ!」慌てて挨拶をするが、顔が火照っているのが自分でもわかる。
「じゃ、じゃあ出発するか!」すみれにヘルメットを手渡す。
「うん!」すみれの顔は希望に満ちていた。
駆たちの住む町から少し離れた喜多郷村に着いた。のどかといえば聞こえはいいが、閑散としているという方がしっくりくるそんな雰囲気の村だ。ふたりはバイクを降りた。
「すみれが持っていたメモによると、このへんなんだけど、なんか見覚えあったりする?…と言っても田園風景なんてどこも変わらないし、わかんないか?」すみれが傷つかない様に言葉を選びながら、彼女の様子を窺う。
「…うーん…。」キョロキョロと辺りを見渡すすみれの瞳が頼り無げに揺れる。
「あ、じゃあさ。少し歩いてみよう。バイクで走っただけじゃ気づかないことってあるかもだし!」バイクを押しながら歩き出す。
「……。」朝は明るい表情をしていたすみれだが、記憶探しの難しさを思い知ったのか、とぼとぼと下を向いて歩く。
そんなすみれに歩幅と歩調を合わせながら、
「あんまり思い詰めないで?『今』のすみれが在るんだから、当然『過去』も絶対在るんだ。」にこりと笑う。
「そう…なのかな。でも、思い出せないなら、ないのと一緒じゃ…。」すみれの声が掠れる。
「違うよ!小学生の頃に俺らが会ったことを夢に見たって言ってたじゃん?そんな風にちょっとしたきっかけで思い出せるんだよ!全くないのとは全然違うさ。」すみれを安心させる様に優しく言葉を紡ぐ。
「それに…。」と駆が続ける。
「?」
「すみれはさ、今までたくさん失ってきたでしょう?だからこそ、過去の記憶を取り戻して、今度こそ幸せになってほしい。」事故直後、病院で見たすみれは、まるで空っぽだった。人間は、受けたショックがあまりに大きいと、自分自身を守る為心にブレーキをかけるらしい。目が虚ろで、何を話しかけても表情も変えない、あんなすみれはもう見たくなかった。
「…なんでそんなに私のことに真剣になってくれるの?」少し伏せ目がちにすみれが聞いてきた。
「それはっ…。」すみれが初恋の相手で、心配してお見舞いも何度も行ったなんて言えない。もしかしたら、気持ち悪がられるかもしれない。
「や、やっぱさ、心配だろ?元クラスメイトなんだし!」
(これなら妥当な理由だろう。)無理矢理笑顔を作る。
「そう…。ありがと。」少し淋しげにすみれが笑う。
少しの間無言で並んで歩いた。大きな夕日がふたりを照らしている。
「あっ!」小さな声をすみれがあげた。
「!?…何か思い出した?」直ぐ様駆が聞く。
「あ…、ごめんなさい。猫がいたの。」すみれが指を差した先に、猫がいた。トラ猫だ。猫はすみれが近づくとゴロンと横になり、お腹を見せた。すみれが優しく撫でる。
「…猫、好きなの?」記憶ではなくて少し残念だったが、あんまり焦っても仕方ないし、何よりすみれが楽しそうなのでまぁいいやと思い、すみれの隣にしゃがむ。
「うん!多分昔飼ってた猫なんだけど、『まぐろ』っていう猫が写った写真があったの!」少女の様な笑顔ですみれが話す。
「…まぐろ?なに…そのネーミングセンス…ぶはっ。」笑いを堪えていたが、思わず吹き出す。
「な、なに!?笑わなくたって…。かわいいでしょ?」すみれは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしている。
「かわいいかぁ、ソレ?…そういえば、俺も猫飼ったことあるな。一時期だけど。」夕日を眩しそうに見つめて言う。
「へぇ。どんな猫?なんていう名前なの?」すみれは興味津々の様子だ。
「もともと野良で、ボス猫だったらしくて、気高い猫だった。自由に生きて自由に死んだ。名前はそのまま『野良坊』とか呼んでた。」何物縛られず、自分の行きたい様に生きる。その生き様が駆にはとても新鮮で眩しく思えた。
「『野良坊くん』?じゃあその子にぴったりの名前だったんだ。」目を輝かせるすみれ。
「…笑わないの?」自分の様にすみれが笑うと思っていた。
「なんで?いい名前じゃない。」いい名前だとは思っていなかったが、すみれに言われるとそう思えてくるから不思議だ。
気づくと、辺りは薄暗くなっていて、猫もいつの間にかどこかへ行ったらしかった。
「疲れただろ?そろそろ帰ろう。大丈夫。きっと見つかるよ!この村には無かっただけだ。」バイクのところへ戻りながら言う。
「うん、ありがと。もう少し頑張ってみる!」少しだけ元気を取り戻したすみれが言う。ふたりを乗せて、バイクが走り出す。
「もし…。」見つからなかったとしてもすみれは俺が守ると言いかけて、止める。
(『もしも』の話なんか今は必要ない。それにそんなのすみれは望まないかもしれない。)
「ん?何か言った?」
「…なんも?」
ふたりの頭上には1番星が輝いていた。