同じクラスの五寺さんは緊張すると誤字る
瑞月風花さん主催「誤字から企画」参加作品。
自分の参加を快諾してくださった瑞月風花さんに、この場を借りて感謝を!
俺の名前は佐藤 敏夫。
どこにでもいる高校二年生。
そんなどこにでもいる俺と同じクラスに。
ちょっとどこにもいそうにない、一人の女の子がいる。
その子の名前は五寺 優花さん。
五寺さんは、ちょっと緊張しやすくて大人しい女子だ。
人畜無害を擬人化したような存在と言ってもいい。
身長、やや低め。
茶色のボブヘアで、左右に小さな編み込み。
あどけなさが残る顔をしていて、正直、けっこうかわいい。
そんな一見するとどこにでもいそうな女の子が、どうしてどこにもいそうにないのかというと、それは彼女が発する言葉にある。喋り方とかではない。なんというか、言葉そのものなのだ。
例えば……おっと、噂をすれば何とやら。
スマホをいじっていた俺に、五寺さん本人が話しかけてきてくれた。
「あ……あの……砂糖くん、ちょっといい……?」
……おわかりいただけただろうか。
俺の名前は『佐藤』なのに、五寺さんは『砂糖』と言っている……。
どうも五寺さんは、緊張すると誤字が発生してしまうらしい。
何を言っているのかわからねーと思うが、俺もちょっとよくわからないです。
五寺さんの誤字は、大きく分けて二種類ある。
一つ目は今の『佐藤』と『砂糖』のように、元の言葉と誤字で発音が一致する時に発生する『誤変換タイプ』。五寺さんはちゃんとした方の言葉を使っているつもりでも、俺たちの耳には誤字の方に聞こえてしまうのである。何かの呪いだろうか。
そして二つ目は……。
「ね、ねぇ? 伊藤くん? 聞いてる……?」
……この通り、『誤字・脱字タイプ』である。
一部の文字が元の文字と変わっていたり、変な文字が足されていたり、逆に抜け落ちていたりするのだ。単なる言い間違いとも言えるか。
こんな事情を抱えているからか、五寺さんはあまり他の友達と喋らない。
元がちょっと緊張しやすいので、すぐに誤字が混ざってしまうようだ。
「ねぇ……さやえんどうくんってば。聞いてるの……?」
「もはや『佐藤』の原型すら留めていない件について。……あ、いや、ゴメン、聞いてるよ。何か用かな?」
「え、えっとね、これを……」
そう言って彼女が俺に手渡してきたのは、一通の手紙。
それを渡すや否や、彼女はパタパタと自分の席へ戻ってしまった。
俺はとりあえず、渡された手紙を読んでみた。
『砂糖と塩くん
今日の誤字
産科医の渡り老化まで来てください』
と、書いてあった。
……今日の誤字???
これは、何かの問題だろうか?
一日一問、今日のクイズ!みたいな。
とりあえず「渡り老化」は「渡り廊下」のことだろう。
「産科医」も、これは正しくは「三階」ってところかな。
そして俺の名前は佐藤敏夫である。
よし、これで全問正解のはずだ。
俺は友達からよく「お前って思い込みとか勘違いとか激しいから、こういう問題って苦手そうだよなー」なんて言われるが、これくらいなら楽勝よ。
それで……これは……。
あとで五寺さんに答え合わせでもしてもらえばいいのだろうか?
いきなりこんな問題を渡してきた意図がさっぱり見えない。
とりあえず俺は手紙をポケットに仕舞いこみ、スマホいじりを再開した。
さて、昼休みが終わり。
五限目、六限目の授業も終わり、今は七限目の歴史。
その間、五寺さんがずっとこちらをチラチラと見てくる。
心なしか、どこかソワソワしているようにも見える。
さっきの問題を俺がちゃんと解いたのか気にしてるのかな。
心配しないで。ちゃんと解き終わったよー。
軽く手を振ってやると、五寺さんは安心したように微笑んだ。
その時、歴史の先生が五寺さんを指名した。
「1637年、江戸時代に起こった『島原・天草の一揆』、これは一揆の種類で言うと何一揆にあたるでしょうか? じゃあ……五寺、分かるか?」
「え、あ、はいっ、百掌一気ですっ」
なんだその北斗百裂拳みたいな一揆は。
島原・天草は修羅の国だったのか。
どうやら五寺さんは、いきなり指名されて焦ってしまったみたいだ。
見れば、歴史の先生も困惑している。
「お、おう、百姓一揆だな。それじゃあ、この島原・天草一揆の総大将となった、当時16歳の少年の名前は?」
「ええと……あほ草四郎です!」
あ ほ く さ
「……じゃなくて……あし草四郎ですっ!」
あ し く さ
天草四郎も、まさか四百年後の未来でこんなふうに名前をいじられるとは思うまい……。
……それから時間は流れて、放課後。
教室で友達と少し喋り、そろそろ帰ろうかと席を立つ。
ちなみに五寺さんは、もうすでに教室にはいないようだ。
ホームルームが終わると、なぜかすぐに教室から出ていってしまった。
ふと、俺はポケットから手紙を取り出す。
五寺さんから手渡された、あの問題が書かれていた手紙だ。
あれからというものの、どうして五寺さんがいきなりこんな問題を手渡してきたのか、ずっと気になっていた。けれど、その答えがまだ分からない。
五寺さんはいったい何の意図で、俺にこの問題を渡してきたのだろう。
それを直接聞こうと思っても、五寺さんはもう教室にはいない。
俺はもう一度、手紙の文面を見つめてみる。
何か、見落としたものはないだろうか?
『砂糖と塩くん
今日の誤字
産科医の渡り老化まで来てください』
……………………うん?
もしかして。
この「今日の誤字」って、「今日の五時」ってことか!?
つまりこれって「今日の五時に三階の渡り廊下まで来てください」っていう手紙だったのか! うわぁなんで気づかなかったんだ俺! 文脈とかで気づけよ! 完全に誤字クイズか何かだと思ってたよ! 「お前ってこういうクイズ苦手そう」なんて言っていた俺の友達は間違ってなかった!
それにしても五寺さん、緊張すると書き言葉にまで誤字が発生するのか! テストの時とか大丈夫なのか!? 今度、国語の点数とか聞いてみよう!
いや違う。今は五寺さんのテスト事情とかどうでもいい。
この手紙の意味に気付くのが遅れて、時間なんか気にしてなかった!
いま何時だ!?
……ぎゃあ! 5時15分!
頼む五寺さん、まだ三階の渡り廊下に居てくれよーっ!!
五寺さんがまだ待っていることを祈りながら。
俺はひたすら必死に、全力疾走で廊下を駆ける。
良い子はマネしないでください。
悪い子もマネするんじゃないぞ。
息を切らせながら、ようやくやって来ました三階渡り廊下。
周囲に人の気配は無く、夕日が窓から差し込んでいる。
そして、そこに五寺さんの姿は……。
「あ……佐藤くん、来てくれたんだ……。もうちょっと待っててよかった」
やった! まだいた!
俺は全力で頭を下げて、遅れてしまったことを五寺さんに謝罪する。
「ごめん、遅くなった! ええと……この手紙、クイズか何かだと思って、呼び出しの手紙だって気づくのが遅れたんだ……」
「クイズ……? わ、ホントだ、こんなこと書いてたんだ私。これじゃ勘違いしちゃうのも無理ないよね……佐藤くんは悪くないよ……」
「いやいや、俺がこんなひどい勘違い人間じゃなければ、こんなに待たせることは……」
「ううん、私がこんなゴジラ人間だから……」
「ゴジラ人間!? なにそれ怖い!? 妖怪人間の最終進化系かなにか!?」
「あ、いや、そうじゃなくて、誤字だらけの人間だから……」
「あ、ああ、なるほど……」
ともかく、ここでお互いに謝り続けていたら話がいつまで経っても進まない。謝罪もそこそこに、俺は改めて五寺さんから用件をうかがう。
「それで、五寺さん。俺に何か用?」
「うん。えっと、その、佐藤くん、消えてほしいの……」
「ふぁ!?」
「あ、や、ち、違うの! 『消えて』じゃなくて、『聞いて』ほしいことが……というか、伝えたいことがあるの!」
「な、なんだ、びっくりした。『聞いて』の『い』が『え』に変わって『きえて』に聞こえちゃったんだな……。それで、俺に伝えたいことって?」
「えっと……ええと……」
もう一度俺に質問されると、五寺さんは顔を紅潮させて、もじもじし始めた。見ているぶんにはとてもかわいいと思う。
……それで、薄々思ってたけどさ。
この人気の無い廊下に呼び出されて、女の子と二人っきり。
そしてさらに、伝えたいことがあるって。
これってやっぱり、そういうことですか……!?
「その…………隙です」
「……隙です???」
つまり、隙ありってこと?
この人気の無い廊下で。
五寺さんと二人っきりで。
隙あり?
まさか、五寺さんは。
俺を消すために送り込まれた暗殺者だった……!?
やっぱり俺に消えてほしいの!?
「あ、いや、ち、違うの! 今の梨! じゃなくて、無し!」
「あっはい」
「も、もう一回言うね。ええと……す、鋤ですっ!」
そう言って、彼女は俺に鋤を手渡してきた。
ちなみに鋤とは、農作業などで使う、デカいフォークみたいな形をしたアレである。
……五寺さんは、俺に農業でもしてほしいのだろうか?
「ち、違うよ! もうっ、どこから出てきたのよ、この鋤は!」
そう言って彼女は、俺に渡そうとしていた鋤を窓から投げ捨てた。
下で誰かの悲鳴が聞こえた気がしたけど、気にしないことにする。
「と、とにかく、私は佐藤くんが鋤って言いたいの! イエスか農家で答えてくださいっ!」
事実上のイエス一択な件について。
もはやどうあがいても農家。
「そ……そうじゃなくて……隙なんですっ!!」
隙なんDeathっ!?
やはり五寺さんは暗殺者だった!?
「だから、そうじゃなくて……うう……ぐすっ、私のバカぁ……どうしてちゃんと家無いのよぉ……」
なんてこった。
今度は五寺さんがホームレスになってしまわれたぞ。
「だから、そうじゃないのよぉ……。ああ……やっぱりこんな誤字ばっかりの私じゃ、勘違いの激しい佐島くんに自分のキムチを伝えるなんてできなかったんだ……」
キムチはたぶん、気持ちのことかな。
キムチ美味しいよね。
いやとにかく落ち着け俺。
五寺さんは、俺に何かの気持ちを伝えようとしているらしい。
先ほどから五寺さんが言っている「スキ」という言葉を変換していこう。
隙……鋤……空き……犂……好き……。
……こうして落ち着いて考えてみると。
なんで俺は、一発で気付かなかったんだろう。
ホント、思い込みって恐ろしい。
「ごめん、五寺さん。いま分かったよ。五寺さんが伝えたかったことが」
「あ……本当に? よ、よかったぁ……」
五寺さんは安心したのか、柔らかい笑顔を見せた。
そしてすぐに、自分の気持ちが俺に伝わったことを改めて恥ずかしがり、顔が赤くなった。うん、やはりかわいい。
「五寺さんからそう想われていたなんて、とても嬉しい……けど、俺でいいの? 俺ってこの通り、思い込みや勘違いが激しくて、また五寺さんの誤字が分からずに困らせてしまうかもしれないよ? またイヤな思いをさせてしまうかもしれないけど……」
「うん、いいよ。むしろ、私の誤字を派手に間違えてくれる佐藤くんを見て、この人と一緒なら楽しそうだなって思っちゃったの。今のやり取りも、実はちょっと楽しかったんだよ」
「な、なんじゃそりゃ。仲良くなるからには、この勘違い癖もどうにか治そうと思ったけど、それならむしろ放っておいた方が良いの? 五寺さんは、勘違いする俺としない俺、どっちが良い?」
「うーん……どっちとも、かな」
「どないせいっちゅーねん」
こうして、俺と五寺さんのこれからがスタートすることになりました。
勘違いしやすい俺と、緊張すると誤字る五寺さん。
想像するだけで、この先色々と大変そうだ。
けれど一方で、こんなふうにも思う。
この先、どんな馬鹿馬鹿しい誤字に出会えるかと思うと。
五寺さんといっしょというのは、すごく、すごく楽しそうだなって。
誤字だらけの文章も、なんだかんだで読み取れてしまうように。
伝えようとする熱い気持ちさえあれば、誤字なんて関係なく伝わるよな。
文章であっても、俺たち二人の気持ちであっても。
「そ、それじゃあ佐藤くん、改めて……私と、突き合ってくださいっ」
「……それは、暗殺者らしくナイフで? それとも農家らしく鋤で?」
「あう……もうっ! 佐藤くんの馬鹿馬科婆鹿ーっ!」
そして俺は、五寺さんの鋤をガツンと思いっきり叩きつけられた。
人畜無害の擬人化とは何だったのか。
同じクラスの数奇な女の子、五寺優花さん。