犬と熊編 1st-contact
1st-contact
静かな不審者!
転校初日の昼休み。
昼食の準備をしていると、ふと首筋のあたりに視線を感じた。
辺りを見渡すと、1人の男子がじっと、こちらを見つめて座っている。
確か、篠田くんと一緒にいた海堂くんだっけ……。
そんなことを考えていると、バチッと目が合った。
ヤバっ、目合った……!
サッと視線を前に逸らすと、立ち上がる音と、足音が近づいてきた。
やばいやばいやばい!
その場から動くことも出来ずに固まっていると、そこへ声がかけられた。
「なぁ」
「へ?!は、はい、なんでしょう」
「俺、なんかしたか?」
オロオロした様子でそんなことを聞いてきた。
「い、いや。なんもしてへんよ。でも、見つめられんのはちょっと……」
「あれは、集られてんの、大変だろうなって思って」
どうやら気を遣ってくれたみたい。
案外いい人そうだ。
「転校すんの初めてじゃないから、そうでも無いねんで。気にかけてくれてありがとうな」
そこから休み時間ごとに、海堂くんは話に来てくれる。主に海堂くんの話題で、弟さんの話をしてくれる。両親が共働きで、家事は分担してこなしているそうだ。
「すごいお兄ちゃんしてんねんなぁ」
「びっくりするくらい俺に似てないんだけどな。それでも可愛いもんだぞ」
生き生きと話す様子に、
それからしばらくして、篠田くんが帰ったあとすぐ、海堂くんが部活から戻ってきた。
「あれ?白鳥さん、まだ居たのか」
「─でさ、篠田のやつ、顔真っ赤にして腹パンしてきたんだよ。しかも鳩尾を殴るもんだから、しばらく立ち直れねぇんだよなぁ」
「あははは、そんなことあったんやぁ!」
少し話していると、気さくな話し方に和まされて、私も自然と笑顔でいられた。
✲✲✲
今日転校してきた白鳥さんは、明るくて話しているのが楽しかった。
こんなに話したのはいつぶりだろうか。
「どしたん?急に俯いて」
「いや、なんでもない」
「そ?困ってる事でもあったら言ってや。出来るだけのことはしたいし」
その時、中学校の頃のことを思い出した。
あの時も、こんなことを言われて裏切られたはずだ。
そうだ海堂、信用するな。
またハメられるぞ。
「困ったこと、ね。じゃあそを聞いてどうするつもりだよ」
「どうするって……」
ほら、やっぱりだ。
すぐに答えられないところを見る限り、何かある筈だ。
「中学の頃にもあったんだよ、そんなこと聞いてきたやつが。そして騙された」
「……そんなことあったんや。でも、私はそんな事する気ない。やから、信じて?」
「言うだけは簡単だ!いくらでも嘘がつけるからな!」
その怒号で、一瞬怯む。
そして、俯いた俺には、彼女の震える手が見えていた。
「だから俺は篠田としかつるんでねぇし、これからもあいつ以外に信頼出来るダチはいねぇ」
「篠田くんを、信じられるのはなんで?」
「あいつはいつも真剣だ。いつも一生懸命だ。いつも楽しそうにしてる。俺があいつを傷つけた時も、あいつは笑って許してくれた。だからあいつを信じられる」
「うん。ならもう、信じてなんて言わへん。ごめん、踏み込みすぎた」
賑やかだった空気は、一気に冷たくなり、今にも凍りつきそうだ。
「ホンマに、ごめん」
教室を出る前に言ったその一言は、震えていた。
顔を上げると、静かに教室から出て行く姿が見えた。
何かきらりとしたものが零れた気がした。