やはり以心伝心ですわね!
どれもこれも、全部推測でしかない。何一つ確証がない。
ただでさえ手探りの中、新たな可能性が浮上してしまった。
こうも増えないでいてほしかった選択肢も他にない。
私はプレイヤーとして……つまりミーシャの視点から、アーロン王子を一方的な被害者だと思い込んでいたけれど、彼が原因の可能性があるような気がしてきた。
「被害妄想」「でっち上げ」までは言い過ぎかもしれないが、「メルヴィルが悪い説」で挙げたように、大して気にするほどでもないディアナ様の言動に「過剰反応」しているのはアーロン王子、という筋が有り得てきたのだ。
そうでもなければ、あんな思い出したように逃げる……? たった今まで楽しそうに話していた相手を振り切って? わかりやすい嘘を吐いてまで……?
「無視しろと言われていたのを思い出した」。そんな顔にしか見えなかった。
それをどうやら忘れていて、すっかり会話を楽しんでいた様子だったのは、幼さゆえなのか、純粋すぎるからなのか……。
あるいは過剰反応と言ってしまうのもひどいというか……他者の勝手な物言いに過ぎず、アーロン王子にとってはかなり辛い状況という可能性も。
彼は想像以上に繊細で、過敏な性格であるとも考えられる。
「無視しろと言われていた」のではなく、『ディアナ様と接したことが知られたら、きっと悲しいお顔をされる』ことを思い出したのかもしれない。
そしてなおかつ、「本当にディアナ様が多かれ少なかれ悪い」「彼らに全く自覚がなく、周囲の圧力や空気によるもの」などの可能性も依然として存在している。
もうどうしたらいいんだ。こんなに嫌な無限の可能性初めてだ。
無限だというのなら、いっそ「不仲の事実など全くなし! 私の勘違いとリアムの考えすぎ! ゲームの三人の様子はぜーんぶ私の記憶違い!」説を提唱したい。
(うーん……でも待って。メルヴィルはアーロン王子の忠実な従者だってことは確定だし、どの可能性にしても、絶対にアーロン王子の一番の味方だからこその態度なのよね。そうだ、さっきの観察で「昔からずっとディアナ様が嫌いだった」なんて最悪の可能性はない、嫌いだから不仲なんじゃないってことがわかったじゃない。ゲームでの冷たすぎる態度は、今はまだ幼いその姿勢が、むしろ「完璧」になったからだった? その場にいない主君を気遣っての行動だったとすれば、まあ納得かな……)
「いや……でも納得したところで、問題がなんにも解決してないことは変わらないのよね……」
「そうなんだよねぇ……」
悶々と考え込んだ末、つい口をついた独り言に等しい呟きだったが、深く重く頷くリアムからは、即座に同意が返って来た。
考えていることは二人とも同じらしい。
リアムもいつも、きっと理解はできる事態。納得は納得なのだろう。
それから、身分にもできることにも私とは大きく差があるリアムでさえ、解決策に皆目見当のつかない問題であることも。
喜んでいる場合では全くない。
しかし今、私達はまるで真の姉弟のように、同じことで思い悩んでいる。そんな関係とこの状況を、私はなんだか少し嬉しく感じていた。
(問題は「まるで」じゃなくて、マジで真の姉弟である双りのことなんだけど……)
今断言できることは、たった二つだけ。
一つ目は……ディアナ様の淡い恋心は、きっと本物だということ。
ゲーム内で、ディアナ様がメルヴィルに想いを寄せる描写こそあれ、その理由まで深く語られることはなかった。
弟の従者なわけだし、昔から身近に出入りがあったのだろうと想像がつく。
身分も相応で、不自然・不釣り合いであったり、プレイヤーが疑問を持つような関係ではない。
何よりライバルキャラの恋愛模様をそこまで掘り下げる必要もないので、当然と言えば当然かもしれない。
でも……今日、実際に目の当たりにして思った。
幼い頃――ディー様とメルヴィル、二人の間には確かに幸せなひとときがあったのだ。
あのような瞳で、あんな夢のような言葉を交わす時間。同性としてわかる。
あれで好きにならないわけがない……!
ディー様はきっと……ずっと消えることなく、その気持ちを抱き続けたんだ……。
成就するかどうかではなく――「あの時」のような幸せな時間が、きっと二人の間に、再び訪れると信じて。
……それはきっと叶わないことを、心のどこかで感じながら。
メルヴィルの中で「何か」が積もり積もっていったのか。それともいつかどこかを機に、がらりと変貌してしまったのか。それはまだわからない。
しかし。そのことからはっきりと推測できるのが、二つ目の確信。
リアムは二人と双りの不仲を、「誰の目にも明らか」だと言った。
だが私には、それは外れているように思えてきた。
この子は非常に賢い。背負うべきものが多い境遇ゆえか、この年齢にしてすでに酸いも甘いも噛み分けており、どこか達観している節がある。
……この事態……おそらく、おっとりした方や人を疑うことを知らない方など……気付かない方は全く気付いていないと思う。
一瞬何かに気が付かれたにしても、何しろ〝途中までは〟〝現在の普段〟があの態度なのだ。
お優しい方、純新無垢な方、周囲を気遣う方であればあるほど、「顔色が優れないから、ご体調が悪いのだろう」「急用を思い出したのかしら」「いつも仲が良くていらっしゃるから」と、さして疑問も持たず、それを信じて疑わなさそうな気がする。
――そうして誰も介入することなく、放置された結末こそが、『学園シンデレラの世界』なのだ――……!
けれど。
ディアナ様の憂いをなんとかして差し上げたい。ささやかでいい、その小さな想いのお手伝いをして差し上げたい。少しでもいい、その御心の支えになりたい。
私を友人と呼んでくださった、麗しく愛らしいディアナ様のために。
「できたらいい」じゃない。絶対になんとかする!
血の繋がりなどない私とリアムのように、いや、それを超えて。仲睦まじい二人と双りの姿を実現させてみせる。
その決意は、より一層強まった。
そのためにも、今は反省と作戦会議に集中せねばなるまい。
リアムの声が聞こえないものだから、ついつい意識飛ばしぐるぐるモードに入ってしまっていた。
だが彼はどうやら少し席を外していたようだ。
「今ね、ルシアちゃんの帰りの準備をしてきたからね!」という可愛らしい声と、扉の音でそれに気が付いた。
「か……帰りの準備ってなあに?」と目を白黒させる。
今日私は、ヒューゴが御者を務めてくれる馬車で王都まで来ている。帰りもまた、元アシュリー商会の近くで待ち合わせだ。そのことを確かに彼にも伝えていたはずだから、その疑問は当然だった。
しかし当然のように告げられた言葉に仰天した。
「んー? ルシアちゃんをここから歩かせるわけにいかないもん。疲れちゃうでしょ? その領民との待ち合わせ場所まで送っていくための馬車だよ!」
……だそうだ。い……いいのに……正直ありがたいけれど、いいのに……! 恐縮すぎる……!
でもまあ、本当にありがたいことは事実なのだし、リアムが私のためにやってくれたことなので、「ありがとうね、リアム!」とお礼を言い、こそばゆそうに目を細める彼を、もふもふわしゃわしゃになで回したのだった。
◇◇◇
いつの間にか対面の席を片付け、私の隣に座ったリアム。もう……可愛い……。
今日の出来事を思えば、やはり心は重苦しくなるばかりなのだろう。少し暗い面持ちを湛えていたが、「むにー」と言いながら頬をふにふにしてみる。
すると少しばかりは和んでくれたのか、「むに~」と返事をしつつ、膝の上へと移動してくれた。
なにこれ可愛い。さすが可愛い。リアムかわいい!
そんなこんなで会議が開始されたのは、十分ほど経ってからのことだった。
「まず話し合いたいのは……今日の行動についての反省ね。ほら、今日は完全に大失敗だったことと、なんだかんだで正解だったことがあるじゃない? あなたに一緒に考えてもらって、もし次があれば活かしていきたいわ……」
この話し合いとは、次回への課題を見つけること。
次回にもリアムの都合がうまく付き、共に偵察ができるかはわからない。
そもそも次の機会がいつになるのかも不明だ。
それでも振り返ることで、今日の失敗に意味を見出し、今日の一応の成功を活用していくことはできるはずだ。
「うん、ボクも思ってたよ。あれは失敗だったよね……。さっきから考えてたんだ。二人でちゃんと話し合えば、きっと次に役立つもんね」
そんな私の曖昧な考えにも、リアムは間を置かずに頷き、快諾してくれた。
しかもこの話しぶりだと、おそらく今ここでも、彼と思いは同じだったらしい。
(やっぱり私達、以心伝心なのね)
示し合わせたわけでもないのに、私達は自然と同じタイミングで口を開いた。
続く言葉も、当然異口同音に…………
「なんと言っても、今日の失敗はせっかくメルヴィル様にご挨拶できるチャンスがあったのに、うだうだしてるうちに完全にフイにしたことよね。リアムがいてくれるからこそのチャンスだったのに……大失敗にも程があるわ。逆に正解だったのは、一見人通りが少なそうな裏庭をルートに選んでくれたことよね! 一緒にお散歩するのにも最高の道だったけど、判断も最高だったと思うの」
「やっぱり今日の失敗は、ガーベラ宮近くの庭園を選んじゃったことだね。おさんぽしながら女官達の噂話なんかが聞けるかなって思ったんだけど、まさかメルヴィルくんのお気に入りのところだったなんて……ボク、知らないことがいっぱいあるね。調査不足だし大失敗だった。でも正解だ、よかったなって思ったのは、メルヴィルくんに会いに行かなかったことだよね! 後になってからハラハラしてたもん。ルシアちゃんを危ない目にあわせなくて済んでよかった」
……ん? え、あれ?




