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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
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可能性という分岐、ですわ!

□うわわ、有言不実行となってしまいすみません……! 言い訳はできません。ペース上げていきます! これからもよろしくお願いいたします!


 デ……? デから始まる言葉ってなんだろう。あ、「ディアナ様偵察プラン」?

 何か言いかけてやめたような気がしたけれど、今はそれを話題に上げることはやめ、他に人の影がないことを確認してから、私達はゆるゆると立ち上がった。

 リアムは護衛の軍人さんに、私はリアムから手を貸されながら。


 目の前の光景に気を取られていたのはもちろん、あまりにも気配を感じなかったこともあり、すっかりその存在を忘れかけていた護衛さんだったが、どうやら迷彩を活かし、木陰でずっと身を伏せ気配を殺していたらしい。さすがはプロといったところか。

 上着は洗ってお返ししますと申し出たところ、驚愕に満ちた表情で断られてしまった。


 至極当然の申し出のつもりだったが、そういえば私の立場は「男爵の嫡女」であり、「隣国の王太子殿下の連れ」でもあり、「その王太子殿下本人から、共に護衛を命令されている相手」であった。

 恐縮すぎるけれど、この場では「ありがとうございました」と笑顔でお礼を述べ、上着を手渡すに留めることが最善なのかもしれなかった。

 ただそれでは、しばらく上着を敷いてもらった事実を忘れ、ピクニックシートさながらに座り続けていてしまった身として、また平民歴の方が圧倒的に長い身として、あまりに申し訳なさすぎる。


 後日お礼状をお送りしようーーそう心に決めたのだった。


 やがて私達は、この場所に来る少し前までのように……もはや二人とも早足で歩く気力がないというのもあるが、のんびり、ゆっくり。ゆるく繋いだ手を揺らしながら、散歩を再開した。



 しかし。


 人のいなくなった庭園を、間近で改めて見て回る。

 つい先ほどまで、あそこの花が綺麗、噴水を近くで実際見てみたい、メルヴィルの見ている景色はどんな世界なのだろう……そう考えていたはずだった。しかしもう、目や耳が認識した情報に対し、感情が全く追い付いてこない。


 最も楽しみにしていた噴水でさえ、それを見て浮かんできたのは、「本当だ。水が……青いなあ」というただの事実確認のような感想だけだった。

 もう綺麗だとか素敵だとか、そうした言葉が出てこない。

 もはや現在の私の頭が読み取り、言葉に変換できるのは、コードのように機械的で、表面的な情報だけなのだ。


 いつの日にか、本当にこの景色を楽しめたらいいな……。


 今を一言で表すなら、「無」。

 そして、そんな心情はリアムも同じだったらしい。

 色々な考えが頭を占めているのだろう。存在を主張するのは、繋いだ手の触感と、その小さな手の温もりだけ。先ほどからずっと押し黙ったままだ。

 散歩を満喫する弾む声色も、一生懸命に説明してくれる案内も。今は、ない。


 正直なところ……外での散策を続ける理由は、きっともうお互いにないのだ。

 何か一言ずつ交わした気もするが、認識ではお互い無言のまま、やがて足取りは宮の方角へ。

 私達はきっと今、腰を下ろすことを。身体と心を休める場所を。気力を回復させることを、無意識のうちに切望していた…………。


  ◇◇◇


 ガーベラ宮所属の使用人さんたちは、帰宮した私達を見るなり、すぐに新しくお茶を淹れてくれた。

 アシュリー男爵領では、領民の皆からおすそ分けしてもらったり、側近の若者たちが淹れてくれたりするお茶も、使用人の皆が淹れてくれるのも、はたまた自分達で淹れてあおるお茶も。必然というべきか、ベリーティーばかり。

 もちろんとても美味しいうえ、最近ではベリーの種類や季節ごとに変化する味わいを感じ取れるようにもなり、最高の贅沢であることに間違いない。

 しかしその分、慣れ親しんだ「いつも」とは違う美味しさは格別だった。


 ヴァーノンの名産が味わえる幸せ、この美味しさ、当たり前だと思ってはいけない……!

 このエレーネ王国全土において、まさにガーベラ宮(ここ)でしか飲めないものだろう。

 適温のミッヒティー。香り高いアッサムとミルク、そしてヴァーノンの味とエレーネの茶器。二つのフロマージュは優しく喉を潤し、疲れた心までを溶かし、癒してくれるような気持ちがした。


「美味しい……! 以前父様と母様と一緒に、ここであなたに誕生日のお祝いをしてもらった、とっても幸せなことがあったじゃない? 今の方、その時にもお茶を淹れてくれた使用人さんじゃないかしら? すごく美味しいわ! きっとお茶の名人なのね」


「えへへ、そうかな? ルシアちゃんが嬉しいならボクも嬉しい! 『リゾート領地の次期領主がすごく褒めてたよ』って、あとで伝えておくね。きっとアンネも喜ぶよ! アンネは今は客室係女中ステイルーム・メイドだけど、ルシアちゃんのお墨付きなら、お茶淹れ専任(ティーサーバー)にしてもいいかもね」


 そんな他愛もない話題で盛り上がっていたあたり、後から考えればこの時点で、二人ともだいぶ平静を取り戻していたんだろう。ここはリアムにとって唯一息をつける場。私は室内ならばどこでも安息の地となるゆえ、とりあえずの判断ではあったけれど、こうして戻って来て正解だったのかも。

 テーブルに向かい合い、しばし歓談し。一息つくと――自然と最初に話題となったのは、メルヴィルのあの一言についてだった。


「『ピオニー宮に顔を出すように言われてる』っていうの。あれはねー……嘘だよ」

「う、うん……。そうよね……」


 まあ、うん……まあね。そうだろうなあ……。それは私も思った。


 咄嗟に考えた言い訳。

 それを思い出してしまったために、その方の名を持ち出し、逃げた。

 元々嘘を吐くのが苦手なのだろう。明確に自身より身分の高いディアナ様に対し、嘘を吐く心苦しさもあったのだと思う。でもそれ以上に、頭を灼き尽くすような焦燥が募っているように見えた。


 傍観者としては、あまりに苦しく粗末な嘘。

 それであっても、そんなことにも考えが及ばないほど。……形振り構わず、ただただ必死に逃げた。私の所感ではない。リアムも同じ視点で見ていた事実がそれだった。

 また私とは違い、それはもう何度目かもわからない、不意に訪れる繰り返しの景色。


 その人物とは言うまでもない。ディアナ様の実弟であり、メルヴィルの主君であるアーロン王子のことだ。


「ピオニー宮」というのは、アーロン王子が住まう宮なのだそうだ。メルヴィルが王宮に訪れている時は、公務の手伝いをしたり共に授業を受けたり、おおよその時間をそこで過ごしているらしい。

 リアムも招かれ、二人とそこで過ごしたことは何度もあるという。


 しかし「公務の手伝い」とはいえ、まだ幼いアーロン王子とその側近が、そこまで量と重責の伴う仕事を担うはずもない。

 ほぼ同等の地位にあるリアムが語るところによれば、書類の仕分けや正式書状への回答、すでに王宮で幾度も会議にかけられ、裁可が内定しているものに対しての形ばかりの承認業務など、実質的には実技授業と変わらない仕事が主なのだという。



 ――彼を泉の東屋で発見した時は、すでにお昼過ぎだった。

 何か行事や神事がある日でもないし、王宮内の予定も特に聞き及んではいない。つまりお昼前くらいには公務も終わり、二人でしばらく歓談していたのだろう。

 そして特に宮廷の予定がない日ということは、彼らの父君であるクラウス国王とハートランド公爵もまた、さほど多忙ではないということ。漏れ聞こえた会話にあったように、夕刻前あたりまでお気に入りの場所で時間を潰し、もう公爵に連れ帰られるのを待っているだけだったのだろう。


 この時間に宮に顔を出させる意味も、理由もない。アーロンくんは、自分の気まぐれで意味のない命令を言い渡すような人ではない。正直に言って、わかりやすい嘘。それを察していたからこそ、ディアナちゃんも微妙な、悲しそうな態度だった。


 アーロンくんにはディアナちゃんの名前を、ディアナちゃんにはアーロンくんの名前を出すと、途端に空気が変わってしまう。もしその間にメルヴィルくんがいたならば、独り取り残されてしまうのはいつもディアナちゃんの方。


 陛下と公爵の執務室へ駆け込んだのか、それとも言葉通り、再びピオニー宮へと向かったのか……。それはわからない。

 ただわかるのは、驚きながらも迎え入れられた先で、たった今過ごしたディアナちゃんとの時間を、メルヴィルくんはきっと「なかったこと」にしてしまったこと。

 そして必死に、とにかく遠く、遠くへ走って行ってしまったことだけ――。



 ……リアムの話の要約はこんな感じだった。

 ちなみにディアナ様は「カトレア宮」という、ピオニー宮とは離れた宮にお住まいだそうだ。

 物理的な距離が心の距離も表しているような、そんな悲しい考えがふと過ぎった。


「リアム……あなたが『なんとも言えない』って言ってた理由、さっきやっとわかったわ……」


「……うん。ディアナちゃんはずっと怒ってるんだって思ってたけど、ルシアちゃんに言われて、ディアナちゃんも悲しいお顔をしてるんだって気付いて……ボクのおともだちが、三人皆が困ってて、三人皆が悲しい顔をしてる……。なのにボクはなんにも……ディアナちゃんとアーロンくんの間には、きっと誰も触れられない『何か』が。ディアナちゃんとメルヴィルくんの間には、また『別の何か』があるってことしかわからない。なんにもしてあげられないんだ……」


 事態は思っていたよりずっと深刻で複雑だった。

 なおかつ、どう手を付けたら良いものかさっぱりわからない。


 信じて寄り添うことと、原因を探ることは別の話。

 私は正直……二人と双りの不仲の根底には、大なり小なり、ディアナ様に原因があるものだと考えていた。


「ディアナ様が悪い説」。思いつくだけでも多々浮かぶ。



 まず、「真の悪役王女」という可能性。

「鈍感・純粋・素直のヒロイン特性を併せ持つミーシャと、令嬢界ベストオブアホの私が気付いていないだけで、他の誰がどう見ても悪でしかない」とか、「平民や謁見権のない下級貴族など、ご自分に害を及ぼし得ない相手、気に障る振る舞いをしない相手にだけは優しい」など、こじつけも含めたならば、いくつものパターンを想定できた。

 しかし先程お見かけした、殿下をお誘いするために王宮中を探していたというご令嬢たちの存在や、どちらかと言えばディアナ様に同情を寄せている様子のリアムを見るに、この線は立ち消えたと言えよう。


 次に、「他の誰に対しても優しいけれど、アーロン王子へのいじめは事実」または「アーロン王子には当たりが強い」パターンも考え得る。

 ゲーム内、アーロン王子のみのセリフではあるが、いじめを匂わせるような発言は確かにあった。

 私個人としては、この可能性を考えたくはない。

 ただこれは、いくら私が信じたくなかろうが、仮にアーロン王子以外の全ての人がディアナ様の味方になろうが、アーロン王子本人から言質を取れることでもない限り、依然として最後まで残り続ける有力な可能性だということを忘れてはならない。


 最後に、「無邪気・無自覚にアーロン王子を傷つけている」可能性だ。

 無意識に他者のコンプレックスを刺激してしまうことは誰しも有り得る。王族、しかも双子となれば、それはなおさらかもしれない。

 また、この年頃なら普通に話しているつもりでも、幼さゆえに配慮に欠け、嫌味に取られかねない言動をしてしまうことは多い。

 ディアナ様の天真爛漫で何事にもご興味を示される雰囲気、記憶の限りのアーロン王子の繊細な雰囲気を踏まえれば、十分に考えられる可能性だった。



 ……とまあ、この「ディアナ様が悪い説」が最有力と見ていた。

 その確率、およそ七割。


 何度か接触を図り、観察を繰り返し。

 そのうちきっと、「あ〜」と思わず唸ってしまうような、明確な原因が見つかるはずだと。

 それを見つけさえしたら、あとは私にできることを探して。

 お話相手になったり、陰からサポートしたり……。

 原因を取り除くまではいかなくとも、少しでもその御心を癒すお手伝いができればと、そう考えていた。


 残りの三割の内訳は、「メルヴィルが悪い説」が一割、リアムが教えてくれた「誰とも何ともつかない、『周囲』が悪い説」が二割とみなしていた。


 理由は、ライバルイベントと言うより「VS.王女ディアナ」イベントと名付けた方が適確なほど、ゲームにおけるメルヴィルの口撃、冷たい態度が本当に容赦ないからである。

「過去の言動や行動を恨み続け、しつこく引きずっている」「そこまで気にするほどでもないことに過剰反応している」などの可能性……つまり「ディアナ様に非があると考えているのはメルヴィルだけ」という可能性が、わずかながら否めなかったのだ。


 当初は「メルヴィルが悪い説」が三割と考えていたが、彼ら三人とほぼ同等の位であり、王族や王宮の事情をよく知る、かつ私の大切な友人のリアムが説明してくれた内情を聴き、考えと比率を改めた。

 記憶も経験も薄い私の予測より、リアムの考えの方に説得力があるのは当然のこと。それに元々メルヴィルにさほど嫌疑もなかったため、その推定確率は一割に減ったのだ。



 しかし今再考するに、「メルヴィルが悪い説」のポイントが持ち直した。

「周囲が悪い説」は微増。

「ディアナ様が悪い説」は大幅に落下した。私の希望を抜きにしても、もはやこの線は最有力ではない。

 四つの可能性がきっかり四等分に。各確率、二十五パーセントずつ。


 もう一つの可能性――「アーロン王子が悪い説」が、ここに来て急浮上した。


 心から会話を楽しんでいるメルヴィルとディー様の様子。突然空気が変わり、慌てて態度とその身を翻したメルヴィルの顔色を見て思った。


 短命ながら、日本人女性として前世を生きた私には……その様子はどこか見覚えのあるものだった。

 それはちょうどこの年頃に起こり得る事象。

 あの時のメルヴィルは……「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」。

 そう、まるでそんな顔色に見えた――。


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