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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
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赤と金の後悔


 あれから二時間が経った。

 私達は今、リアムの居城であるガーベラ宮へと戻って来ていた。

 しばらく歩き回り、疲労に張った足の重み。普段なら身に染みて堪えるその痛みは、今は取るに足らない些末な問題と言える。


 そう、これは喩えるならば。

 ほどこうとした絡み合う糸を、やっとの思いでときかかった矢先。それはほどくべき一本の糸ではなく、そもそも触れてはいけない、固定しておくべき結び目であったことに気付いたような。

 一進一退の攻防を繰り広げていたすごろくの盤上で、ゴール一歩手前でふりだしに戻された挙句、一回休みを喰らったかのような。


 ーーなんだこれ、どうすればいいのこれ。

(どうしようもないじゃん……!)


 そんな徒労感、無力感。先行きの見えなさに対する、心の疲れを何より感じていた……。


  ◇◇◇


 あの後。ディアナ様は強張った表情のまま、しばしその場に佇んでいた。

 改めて感じたのは、やはりそのお顔は、傍目には何の感情を湛えているのかわからないということ。

 見る人により、茫然自失とも悲しみとも、怒りとも取れる。


 ……確かにあの表情は、「自分が怒らせてしまったのでは」と誰かは思い、誰かは恐れ。遠巻きにされてしまうだろう。

 しかしすでに私は、それがただ深い悲しみに沈む表情であることを、よく理解していた。



 今すぐに飛び出して行って慰めて差し上げたい……! それが何にもならないことは承知の上だ。彼女には一切関わらず、忘れていた方が身のためだということも。

 しかし、私を友人と呼んでくれたディアナ様に、今の私にはそうすることはできない……!


 ……でも私が出て行ったところで迷惑なだけでは? そもそも一度や二度会っただけの私のことなど、覚えていらっしゃらない可能性も……。

 いっそ私が「メルヴィルこの野郎」と彼の背中を引っ掴んで、再び御前に連れて来られるような身分だったらどんなに良かったか。後ろ盾のない平民上がりの男爵令嬢というこの身分が、今初めて恨めしく思えた。


 目的を果たせなかったのも痛恨の極みだ。一瞬目的をまるで忘れていたツケが来たということだろうか。

 せっかく二人と接点を持てるかもしれない絶好の機会を逃した。

 あのまま和気あいあいと会話を続けてくれていたならば、リアムに連れられ紹介してもらったり、タイミングを見てご挨拶に上がったりなど、上手く接触できていた可能性が高かったのに……。

 それをみすみす木陰で見送ってしまった今、アーロン王子、メルヴィルどころか、ディアナ様にさえこのまま学園卒業……もしくは一生、あるいは破滅の時を迎えるまで、二度とお目にかかることもない可能性すらある。


 ……いや……この身分だからこそ、私風情だからこそ。今はそれが良い気もする。

 家同士の関係も、身分も気に留めなくても良い。マナーなどをお気になさる必要もない。「よくわからない、何者でもない」令嬢もどきを相手にしていた方が、よほど気も紛れるのでは。むしろ無視されても、八つ当たりされたとしても構わない。それでディー様の気晴らしになるのなら、少しでもあの御方のお役に立てるのであれば……!


 かと言ってどう姿を現せばよいものかわからず、茂みに身をひそめたまま逡巡する。

 いくらなんでも、頭や身体に葉っぱを乗せたまま急に茂みからぬっと現れ、やあこんにちはと出て行くわけにはいくまい。


 今取るべき手段は何? 考えろ私!

 ひとまずちゃんとした道に出よう。話はそれからだ。せめて最低限の行動を取らなければ。

 ここは私を姫と呼び愛してくれる、また私の愛する森の領地ではない。大陸の中心で、双子神の末裔をまさに祀る、エレーネ王宮なのだから。


 リアムに連れてもらい、またはリアムから小声で道を教えてもらって。なんとかぐるりと回って舗装道に出つつ、その道中で身だしなみを整えて……。


 確か身分の低い側から挨拶をする際は、「ご機嫌よう」ではなく「ご機嫌麗しゅう」が正しいんだったっけ?

 ご挨拶の文言は……「誇り高きフローレンスの御名に栄光と祝福を」……あっ待てよ、違う! これは「身分の低い貴族」または「平民」から、「身分の高い貴族」に対する挨拶だったはず! ディー様は王族なんだからこれは使えない!


 落ち着け……。思い出せ思い出せ……唸れ、私の紅色の脳細胞よ!

 そうだ、王族に対する文言なら「御名」ではなく「聖血」を使うはずだ。

 あと「誇り高き+名字」じゃなくて、「天空におわす+国名」。

 理由は国名イコール、各国の王家の祖先の名前であり、王族の真名だから。

 そして、王族は祝福を与えられる側ではなく与える側であるため、末尾は「永遠の栄光を」だった! そうノートに書いたはず!

 はず、確か、多分の域を一向に出ないけれど。全く自信ないけど!


 なら正解は、カーテシーをしながら「ご機嫌麗しゅうございます。天空におわすエレーネの聖血に永遠の栄光を」になるのかしら……?

 しかし、これで他国の王族へのご挨拶なら正解だけれど、エレーネ王家にのみ使われる特別な所作があるとかだったらどうしよう。そんなの習ってないわよね……? 確か……。


 ……わからない……実体験を経て学んだことがないから、肝心な時に何一つわからん……!



 迷っている時間は、それでもおそらく数分もなかった。


(だから! こうしてる時間がそもそももったいないんだっての! これが大無礼だったなら、むしろお気の済むまで叱っていただいて、見下げ果てられ要因になってみせようじゃないの!)


 そう思って身をバッと起こすまで、聡明なリアムからまだなんの反応もなかったことからも、後からそれが窺えた。

 秒の単位のうちに色々と混乱し、色々なことを考えた。

 そして一分と少しのあと、とりあえずいざ行かんと勢い良く行動に打って出ようとした。


 しかし、その数秒。わずか数拍が遅かったらしい。


「まあ! ディアナ殿下、こちらにいらしたんですのね! ご機嫌麗しゅうございますわ。私共、殿下をずっと捜しておりましたのよ…………」


 どこへともつかず、いや、脚を動かしているご自覚すらないのか。危なげな足取りで、一歩、また一歩……。ふらふらと俯いたまま辺りを彷徨われていたディアナ様。

 そのお耳に届いたらしい複数人の声に、まだ暗い強ばったご表情ながら、気品ある所作で姿勢を正し、声の主を探していた。

 やがてここからはかなり遠く、お顔すらよく見えはしない王城の廊下の先には、私と同い年くらい……つまりディー様にとっても同年代であるご令嬢たちの影が。


「……あっ!? ここにいる場合じゃな……っ」


 心の中で思っていたはずの考えが口にも出ている。そう自覚した時には、もう完全に遅かった。

 ディアナ様は、メルヴィルの態度が変わるつい先ほどまで見せていたような、輝いた笑顔に変わり。

 きっとご友人なのだろう、彼女を弾む声色で呼ぶご令嬢たちの方へ、少し早まる足取りで向かっていってしまわれたのだった。



「……ごめんなさい、リアム……」


 その謝罪が示すことはあまりに多すぎた。

 咄嗟のこととは言え、私と同じ場所……しかも護衛の方の上着の上、そして茂みに直に座らせ、しばらくその体勢でいさせてしまったこと。呑気に人間観察を気取っているうち、決定的な機会を逃したばかりか、そもそもせっかく多忙な彼が作ってくれた今日という大チャンスを無駄にしてしまったこと……。


 次があるなら良い。全く今日と同じか、今日をも上回る絶好の機会が。

 いや、それもそうだけれど……私は今、リアムとの貴重な時間、忙しいリアムの自由時間、麗しく愛らしい友人を救う機会、何もかもを無駄にしてしまったんだ……!


「ううん、ルシアちゃんはなんにも悪くないよ。……宮からも近いし、護衛も少なくて済むからって、裏庭を選んだの大失敗だったね……。もっと色々調べなきゃいけなかった。ルシアちゃんがわがままなんて言うわけないんだし、最初にお手紙もらったずっと前から準備しておくべきだった。そしたら今日は、うんざりするくらい護衛がついたとしても、もっと安心なところに行けたかもしれないのに……。ボクが今日のデ……違う、今日の調査プランをちゃんと立てられなかったせいだよ。ごめんね、ルシアちゃん」


▪️もう少し書くはずだったのですが短くてごめんなさい……! 今週はあと1回は更新する予定です!

□いつもご愛読ありがとうございます!

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