月光と羅紗
□いつもありがとうございます! ついに8月3日、一迅社アイリスNEOより書籍発売です!
■「活動報告」を更新いたしました。
「それで……ルシアちゃん、どうしよう? このままここから様子を見てみる? お庭のおさんぽに戻る? それとも、せっかくだしメルヴィルくんに会いに行ってみる? ルシアちゃんがいいなら、ボクから紹介するよ。きっとお話ししてくれると思うよ」
「え……うぇえ……⁉ ど、どうしようかしら……」
メルヴィルは今なお、「泉の東屋」とリアムが呼ぶ場所で読書を続けている。
気持ちはよくわかる。
天然の泉。爽やかな空気。花の香り。洗練された庭。「美」をもって周囲から空間を遮断する、白い東屋。
美しい泉を眺め、その立ち上る音を楽しみながら。
森の美しさとはまた違った、有意義な時間を味わえそうな素敵な場所である。
ひとり穏やかに過ごすのには最適だ。
心地よさはきっと格別だろう。
逆に言えば、こちら側は膠着状態。
出るに出られず、おとなしく密偵を続けるしかない。
こうしていても埒が明かないのは二人とも承知の上だ。
そんな中でのリアムの提案は、一筋の光明だった。
「うーん……出て行った方が……ううん、やっぱりここで……いえでも……!」
……本当ならば即答したかった。
ひたすら真剣に考えた。いろんな可能性を考慮した。この願ってもない状況を活用したかった。
しかし考えれば考えるほど、このままこうしていた方がいい気がする。
もともと彼らと直接接触するつもりはなかったわけだし、会って言葉を交わしたところで、結局その先はどうする?
まさかトントン拍子で仲良くなり、アーロン王子に紹介され、やがて一同の対話の場が設けられるわけもない。私には何もできないのだ。
私の「できること」とは、きっとディアナ様に寄り添うこと。そして、「できることを探す」こと。
事態をひっかき回すことで、解決に導けるような経験や知識、身分があるなら良い。
しかし、私にはそのどれもがない。
ならば「彼らと接点を作る」というのは、検討の対象外。
もっと縁の下で頑張れることがあるはずだ。
そもそもそう考えていたじゃない。
……でもそれは、こんな状況が訪れるとは思ってもみなかったからこその考えで……。
こんな状況――今まさに鴨が葱を背負ってそこに座り続けている状況を、みすみす逃していいの……⁉
考えれば考えるほど気が遠くなるが、さっきのリアムの説明にもあった通り、メルヴィルは雲の上の存在。
この機を逃せば、次に顔を合わせる機会が果たして訪れるのかも怪しい。
かと言って、紹介してもらい会話開始……というのもハードルが高い。
原作の彼を考えるに、相当な身分差のある私相手でも、そう邪険にされることはないと思う。多分丁寧に応対してくれるんだろうし、リアムがそばにいればきっと警戒も薄れる。
リアムの言うように、確かに会話はしてくれるはず。
しかし、私の身の振り方がわからない。
例えば「どうぞ座ってください」と言われたとして、お礼を述べたあと素直に腰を下ろすのが正しいのか、それとも申し出を断り、私一人は立っているのが正しいのか……。
「大陸ランク2次期公爵と平民上がりの男爵令嬢」間のマナーはどのようなものなのか。
「貴族として」の立ち居振る舞いは、いったい何が正解なのか。
私の方が身分が上か、あるいは彼と身分が近いならともかく、そのあたりがさっぱりわからない以上、いざ突撃とは行きがたい。
そのうえ、まさかいきなり核心に触れることを聞き出せるわけもないし、自然とそんな会話の流れになるとも思えない。
覚悟を決めて飛び出していくべきなのか判断がつかないのだ。
「ルシアちゃん? ルシアちゃんが嫌なら、おさんぽの続きしよう? あ! それかルシアちゃんはここにいてもらって、ボクひとりでお話ししてきてもいいよ!」
頭を抱えて考え込む私を心配そうに覗き込み、新たな提案をしてくれるリアム。
どちらかと言えば「立ち去る」よりも「何か情報がほしい」に私の意識が傾いていることがわかったのかもしれない。
私を優先してくれようとする、その優しい心遣いが嬉しい。
「そうね……リアムにお願いして……。いや待って、ごめんリアム。それはダメよ!」
ついその心遣いに乗る方向に考えが進んでしまった。
我ながら混乱がひどい。それは絶対にダメだ。
王族として、国の代表として。
リアムの小さな肩には、重い立場がのしかかっている。それを先程痛感し、意識を改めたばかりなのに。
たとえ取り留めのない会話で終わり、なんの情報も得られなかったとしても。
それをさせることは、この子をスパイにしてしまうことと同義になる。
幸い彼らの仲は良好のようだし、なんでもない会話に終始するならば、誰かに会話を聞かれたとしても、きっとそれは日常の風景。
「何かを探っている」「ヴァーノンの国の意向が絡んでいる」とは思われにくい。それは確かだ。
だがそういう問題ではない。私のために動こうとしてくれていることはとても嬉しいけれど、リアムのためにも、その優しさに甘えてはいけない……!
「リアム、いろいろありがとうね。考えたんだけど……紹介だけしてもらってもいいかしら? せっかくのいい機会だものね! あなたに迷惑だけはかけない。それは約束するわ! もしメルヴィル……様の反応が悪ければ、その瞬間退散しようと思うの。メルヴィル様をここで見かけられるかもってわかっただけで大収穫だしね。それに、何よりリアムとの時間が最優先だもの。いざとなればすぐお散歩に戻りましょう」
ーーーいろいろ考えた末、この機会を活用することに決めた。
これは最大かつ非常に恵まれたチャンス。
対応を間違えたり、反応が悪ければ、リアムにその場で切り捨ててもらい、独り逃げることができる。そしてこの先、永遠に顔を合わせずにいることもきっと可能だ。
メルヴィル自身、不快な思いをさせるような、なおかつ接点のない私の存在などすぐに忘れてしまうだろう。
絶世の美少女でも高貴な家柄でもない、新興最下級貴族である私だからこそできる芸当だ。
いざという時には、全部忘れて散歩に戻ろう。
せっかくのリアムとの貴重な時間なのだ。有効活用しなくてはもったいない!
案内付きで王宮の庭を歩ける機会もそうそうない。
それにたとえ今日完全撤退しても、リアムのいない次回以降、一人で新情報、新展開を掴むことも有り得るかもしれない。
「そっかぁ……うん、そうだね! じゃあボクの昔からの一番のおともだちとして紹介するね。アシュリー男爵領はヴァーノンに近い領地だから、そんなに怪しまれないと思う。たぶんメルヴィルくんなら大丈夫だけど、もし危ない感じになったら、なんとかルシアちゃんの逃げ道だけは作るからね。そうなったらルシアちゃんはここに戻って来てて。ボクは頑張ってうまく切り上げる。そしたらまたおさんぽに戻ろう!」
散々悩んだあとの唐突な発案だったが、リアムは笑顔でそれを肯定してくれた。
すぐさま具体的な作戦が組み立てられていくところを見るに、本当にこの子は素の能力が高いなと感心する。軍事能力というか、王としての器というか。
攻略作戦から撤退作戦まで周到だ。私はただリアムの案に頷くばかりだった。
それから……「一番のおともだち」と言ってもらえたことが、私にはなんだかとても嬉しかった。
◇◇◇
「――よし! それじゃあ早速行きましょ……うあわっ⁉」
「ルシアちゃんっ! ダメ! 隠れて‼」
一通りの流れを理解し、意気揚々と立ち上がったのも束の間。
つい先ほどまで一緒に出ていく手筈だったリアムに、急に腕を引っ張られ、再び茂みに勢いよく引き戻された。
突然足場を失ったことに焦り、素頓狂な声をあげてしまった。
倒れ込む瞬間、無意識ながらこれは痛いぞと覚悟を決めたが、リアムは小さな身体全体を使って私を受け止めてくれ、幸い痛みは全く感じずに済んだ。
そっと口をふさがれ、「しー」と無言でジェスチャーを送るリアム。
ここで再び先ほどと同じ展開になってしまった。
「ふりだしに戻る」まではいかないものの、「5コマ戻る」くらいだろうか。
いやそんなことより、なに? いったい何が起こったの?
「な……なになに? どうしたの、リア……」
状況が掴めずうろたえていたのは、この瞬間までだった。
リアムの返答を待たず、自分の言葉が終わるのも待たず。
……聞こえてきたその声に、瞬時に全てを理解する。
「あら? メルヴィルではありませんの! ごきげんよう」
「……あ……ディアナ殿下……。ご機嫌麗しく、何よりです……」
■皆様に支えられ、たくさんのご意見やご感想をいただき、成長することができました。このたび発売となるのは、作者と読者の皆様とで一緒に作らせていただいた書籍です。皆様が拙作を本に、「作品」にしてくださいました。本当にありがとうございます!
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