連綿の金織物と私の葛藤ですわ!
▪️本当の本当にお待たせしております……。いつもありがとうございます!
メルヴィル・ハートランド……!
幾度となく彼のルートを周回し、否応なしに目に焼き付けられたその姿とは――視線の先にいる人物は、印象が随分違っていた。
陽の光にあたると金色に見えるミルクティー色の髪、いかにも貴族令息らしい優美でスマートな雰囲気こそ変わらない。
しかし今の彼は……正直なところ、女の子にしか見えない。
失礼なことは重々承知だ。
だが、もしなんの予備知識もなく彼と会っていたならば、確実に少女だと思い込んでいただろう。
成長した彼はなかなか背が高く、中性的な男性としての魅力があったのだが……。
今見据えるその姿は、優美、中性的というより、深窓の令嬢といった方が正しい表現に思える。
ところで、可愛いと言えばリアム。リアムと言えば可愛い。
そんなウルトラ可愛いリアムではあるが、それでも彼は、きっと誰が見ても男の子だとわかる。
彼の可愛さは小動物的、弟的なもの。男の子としての可愛らしさであり、俗っぽい言い方をすれば「ショタ可愛い」的な種類だからだ。
それに相対し、メルヴィルはまるでお姫様のよう。
「学園シンデレラ」の舞台となるのは、中学~高校にあたる学園。
まだまだ子供である今の私。その同年代の姿と、思春期を迎えた姿とではやはり違うということか。
メルヴィルの印象がこうも違うとなれば、成長したリアムも随分違って見えるのかな……。
よくよく考えれば、50シュクー札の肖像……彼のご先祖様である初代ハートランド公爵も、なかなかの女性顔かもしれない。
〝神に愛されし マルヴォロ・ハートランド公爵〟(サンクトゥス・グランデューク・ハートランド)
と、男性の公爵を意味する単語が列記されているうえ、すでに歴史の授業で学んでいるからわかったようなもので、商会時代、あるいは前世に肖像だけを見せられ、性別を問われていたのなら、こちらも間違えていた可能性はある。
……私は実際に「学園シンデレラ」の登場人物を目の当たりにしさえすれば、全員すぐに気が付くだろうと考えていた。
現に、同様に初対面であったディアナ様のお姿は一目でわかった。
しかしそれは、殿下が私の安全……ひいては生命を脅かしかねない存在だったから。私の中に危機感があり、すでに記憶の引き金に手がかかっていた状態だったからだ。
また殿下は、リアムから誕生日プレゼントとしてもらった、愛読書の主人公……実際にエレーネ王族がモデルであり、王家の女性の特徴を正確に描写しているのだろう、「海の王女さま」その人にそっくりだということもある。
それは言わば、テレビや雑誌、SNSで見かけない日はないような、有名人気タレントを目撃したようなもの。
実際に目にするのは初めてであれ、特徴は刷り込まれていた。一発で彼女を識別できる土壌が、私の中にすでに形成されていたのだ。
……今はリアムに連れられ、「三人が通る可能性がある場所」「何か三人に関連する情報が得られるかもしれない場所」を目指し、エレーネ王宮の庭を歩いていた。
だからこそ、視線の先の面影の薄い「彼」が、メルヴィルだと認識できた。
でもこれが学園ですれ違っていたとしたら? 半強制的に連れてこられたパーティーなんかで顔を合わせていたとしたら?
ちょっと面影が薄いくらいで、別人と見紛う可能性を確かに感じている。貴族服の男女の違いもよくわかっていない私なのだ。少し変わったドレスを着たご令嬢にしか思わない気がする。
ということは。全っ然気付けていなかったんじゃない……?
えっ……? 私の前世の記憶、薄すぎ……?
これはディアナ様にそっくりなはずの双子の弟、アーロン王子でさえわかるか怪しいぞ……。
最悪主人公のミーシャにさえ気付かないのでは?
意外と私、破滅の道に堕とされる直前まで呑気にしているのかもしれない。
いっそ一人ひとり挨拶ついでに頭に衝撃を与えてもらうか、あるいは「私の名はアーロン・フローレンス。エレーネ王国の王子だ。メルヴィルとは無二の親友で、双子の姉とは険悪な関係にある。王神ロイの生まれ変わりとも呼ばれているぞ。そして姉と同様に疎ましく感じ始めているのが、そこなお前、ルシア・アシュリーだ。また近頃は、ミーシャ・エバンスに想いを寄せている。以上だ!」……くらいはっきりと、チュートリアルのように親切な自己紹介でもしてもらえないものだろうか。
この調子だと、たとえ登場人物の誰かが隣にいたとしても、全く気付かないんだろうな……。
「ルシアちゃん、こんな地面に座らせちゃってごめんね。足が痛くなったら言ってね! ……それで、あそこの東屋にいる子が見える? あの子はメルヴィルくん。ボクとも仲良しだけど、アーロンくんの一番のおともだち。ハートランド家っていう、とっても立派なおうちの子なんだよ」
そこで、先程まで独り考え込んでいたリアムの声が聞こえた。
リアムはどうやら、顔を出すことなく、このまま私としばらく様子を窺うことに決めたらしい。
隣で私の手を握ったまま、植え込みからわずかに頭をのぞかせ、視線の先の彼を見つめている。
すぐ隣から伝わる温もりが頼もしい。
私を優しく気遣ってくれながら、やがて順を追い、彼を取り巻く情報を教えてくれた。
メルヴィル・ハートランド。
年齢は私や両殿下と同じ、現在9歳。
「貴族のうちで最も高貴なる者」と称される、ハートランド公爵家の嫡男。次期公爵を継ぐのはほぼ確実らしい。
この国の王子アーロン・フローレンスの従者であり、最側近であり、無二の親友でもある。
アーロン王子が老獪な貴族や熟練の上級使用人たちなどより、同い年の彼に強く信頼を置いているのは明らかで、公務の際にも、講義を受ける時も。常にそばに在るのは、必ず彼なのだという。
その姿はまるで――ディアナ様よりメルヴィルこそ、見えない絆で結ばれた双子の片割れのようだとリアムは言う。
とはいえ、それは二人に限ったことではない。
現エレーネ国王のクラウス陛下、現ハートランド家当主のシルドゥユ・ハートランド公爵のお二人もまた、彼らの未来を投影したかのようなご親友同士なのだという。
……そういえば、歴史の授業でも学んだ気がする。
『友よ、私の友、マルヴォロよ。そなたの子もまた、この子の友にしてあげてくれ。仔らが友であり続ける限り。世界が阻たれようとも、友情は永遠である』
双子神が天空に還った日。王神ロイは、親友の初代ハートランド公爵にそう告げたとされる。
神話は現実となり、友情は真に永遠で在り続けた。ロイの願いは叶えられたんだ……。
――話の中で気付いた。この時はリアムの言葉、また急に動きかねない周囲の状況に集中していたが、後日になって思い返し、独り感慨深い思いを抱いていた。
ディアナ様との関係性はと言うと……仲が良くないことに間違いはない。仲が良いとはきっとお世辞にも言えない。そこには確かな緊張感がある。
リアムはそう語った。
しかし彼としては、「なんとも言えない」というのが正直なところらしい。
私の正直なところを言わせてもらえば、この回答はものすごく意外だった。
つまりリアムは、口論や腹の探り合いといった〝直接的〟な事態はおろか、使用人の噂話やヴァーノンにまで届く声など、〝間接的〟な事態にすら立ち会ってはいない。
聡明なリアムだからこそ、あくまでその空気を肌で感じているにしか過ぎないということだ。
あれ……? そんなはずないんだけどな……?
だってあの二人は、全プレイヤーを震撼させるような、学園中の誰もが知るような。壮絶な応酬を繰り広げる、そんな疑いようのない不仲のはずで……。
どうにも釈然としない。
しかし肝心の私の記憶に確証がないうえ、リアムに言っても仕方がないこと。
その思いは内心だけに留め、考え続けるのはすぱっとやめた。
一生懸命説明してくれるリアム。
話の内容は、ハートランド公爵家についての説明に続いた。
エレーネ王家……フローレンス家は、エレーネ王国の統治者であると共に、双子神を祀る法王の役目をも兼ねている。
「一国の王」であり、「信仰の長」。エレーネ王家が持つ称号は二つあるわけだ。
ゆえに、「一国の王」の称号のみを有する他国の王家より、言わば「ワンランク上」。
それこそかつてのヴァーノン皇家がそうだったように、国力・情勢等を理由にそれを認めない国もあるものの、エレーネ王家は絶対的かつ神聖なる「大陸に君臨する王者」。
他国の王家は、「女神エレーネにかつて選ばれし者」。つまり人間のうちの最高位であり、神の末裔であるエレーネ王家のわずか下に位置する存在。国際典範でそう定められているそうだ。
そして、「貴族のうちで最も高貴なる者」と称されるハートランド家は、その名の通り、大陸全土の貴族家の頂点に在る。
また各国の王家とハートランド公爵家は、全くの同等格にあたる。
「かつて女神エレーネに選ばれた」のが他国の王家とすれば、「かつて王神ロイに選ばれた」のがハートランド公爵家。
どちらも神に見出され、国と民を託された存在に変わりはない。
ただこの中央の国においては、弟神のロイこそが王の地位にあったために、ハートランドは公爵の地位を与えられたに過ぎない。
エレーネ王家が双子神の末裔として……「神」として信仰を集めているとすれば、他国の王家、そしてハートランド公爵家は「選ばれし人間」として、今日も民の尊敬を集めている。
「――つまりね、ボクはそういうのどうでもいいんだけど……ボクのスタンリー=ヴァーノリヒ家と、メルヴィルくんのハートランド公爵家は、家格が一緒。だからボクとメルヴィルくんは、全くおんなじ身分なんだって」
「そうなのね……ありがとう、リアム」
頑張って説明してくれたことにひとまずお礼を伝え、空いている片側の手でその亜麻色をなでた。
脳内で再び彼の言葉を咀嚼し、理解を深めるべく考えてみる。
ふんふん、なるほど……?
相応しい表現ではないかもしれないけれど、おそらくこういうことか。
まず大陸全土のトップ、「ランク1」に位置するのが、双子神の血を引くエレーネ王家。
何人たりとも入り込む余地のない、不動の王座。
そして「ランク2」にあたるのが、他国の王家とハートランド公爵家。
リアムの説明で納得した。双子神は平等の象徴でもある。
神話をなぞらえて考えれば、「エレーネに選ばれた人間」と「ロイに選ばれた人間」は、確かに平等。同じ位置にある。
ハートランド家が公爵家なのは、この国だけの特例のようなもの。
実質的な地位、他国や貴族家からの扱いは、王家と大差ないものなのだろう。
そのため、きっとここも不動のランクだ。
続いて「ランク3」に位置するのは、他国の公爵家、各国の王家の分家筋、国の要職に就いていたりする諸侯貴族。
私の推測にしか過ぎないけれど、大方この認識で合っているはず。
それから勝手な想像を付け足せば、ご当主のアレクシス・ドートリシュ侯爵様をはじめ、ご長男一家も諸侯様で、広大な領地をも治めるドートリシュ侯爵家は、多分この「ランク3」に位置付けられるのだと思う。
そのあとは、領主貴族である侯爵家、辺境伯家などが「ランク4」……と続いてゆくのだろう。きっと。詳細はわからないけど。
それで……同じ「ランク2」であるヴァーノン王家、そしてハートランド公爵家。その直系の長男であり、跡継ぎ最有力候補。
おまけに歳も近いリアムとメルヴィルは、本当に全く対等の立場、かつ同じ身分にあたるわけか……。
ふんふん、なるほどね…………。
(……いや「なるほどね」じゃないわ‼)
出てくる身分がおとぎ話レベルだし天地の差どころの話じゃないし、とにかくスケールがデカい……!
よく考えたら怖い。
なんでそんな高貴な子が隣にいるの!
どうしてそんな雲の上の子と、今手なんて繋いでるの……⁉
リアムもリアムだよ! なでられて嬉しそうな顔しないで! そんな可愛い顔して喜ばないでよ! もっと積極的に無礼を咎めて⁉ 調子に乗るから!
すっかりなでるのが癖になりつつある……! 私の弟可愛い。
そしてディー様もディー様だ! 国どころか大陸最高位の方が私風情に話しかけていいの!? この間お隣に座って話し込んじゃったよ! ヴィオラも教えていただいたし! 「(一応)貴族=話しかけてOK、お友達候補」って認識でしかないんだろうなぁ……。優しさと愛らしさ。あれが社交性というものか。全くもう! プリンセス可愛い。
二人とも可愛いんだから……!
内心散々取り乱したあと、深呼吸して改めてお礼を伝える。
「リアム……あのね、嫌だったら嫌ってちゃんと言うのよ。言わなきゃ(私みたいな)バカ相手にはわからないの。目の前の相手より何より、あなたの尊厳が一番大事なんだからね」
と、厳重に言い聞かせることも忘れなかった。
しかし、「わかった! でもね、ルシアちゃんにされて嫌なことなんてないよ」と無邪気に微笑む彼は、正直あんまりわかっていないのだろう……。
◇◇◇
「それで……ルシアちゃん、どうしよう? このままここから様子を見てみる? お庭のおさんぽに戻る? それとも、せっかくだしメルヴィルくんに会いに行ってみる? ルシアちゃんがいいなら、ボクから紹介するよ。きっとお話ししてくれると思うよ」
「え……うぇえ……⁉ ど、どうしようかしら……」
説明を受けつつ、会話を交わしつつ。
しばらくメルヴィルの様子を観察していた私達であったが、一向に動きがないままだった。
突然の、でも当然とも言える提案。
確かにいつまでもこうして眺めていたってしょうがない。
そうだ、これは願ってもない大チャンスじゃないか……!?
□もう少しで良いご報告ができるはずです! その際には活動報告も更新いたしますね!
▪️皆様に支えられていること、更新をお待ちくださっている皆様の存在に改めて深く感謝申し上げます……!




