どうしてこうなりましたの?
長いこと意識を飛ばしていた……!
取り戻した現実の視界に再び広がるのは、華々しい絶望。
こちらの方が夢であったならどんなに良かったことか。
また夢の世界に移ろいたくなる……。
克明に脳内映像まで再現されていた。
それも仕方ないと言い訳させてほしい。
というのも、動き喋ることを許されているのは、爵位を与えられる張本人かつ一家の当主である父様だけ。
私と母様は豪華すぎる椅子に座り続け、その様子を眺めていることだけしかできないのだ。
他にできることと言えば、前世からつい数日前までを回想し、ただただ嘆くのみ。
いや……回想というよりも、走馬灯に近かったかもしれない。
叙爵式という名の公開処刑。
当の私達アシュリー家の胸には、今もなお興奮と喜びではなく、断頭台を目前にした絶望だけが占めているのだから……。
私達の表情筋が限界を迎えつつあった頃、滞りなく進んでいた式が無事に終了した。
ワッと会場全体を包み込む盛大な拍手。厳かなる国王陛下の式辞を終え、静まっていた貴族のお歴々は再び歓喜に湧く。
こうして中流商会の一人娘にしか過ぎなかった私ルシア・アシュリーは、本日をもって男爵令嬢に。アシュリー商会はアシュリー男爵家になりました。めでたしめでたし。
……何もめでたくないわ!
全く嬉しくない! 私の悠々自適、小金持ち生活はどうなるの!?
やはりどう考えてもおかしい。私の転生担当だった神様に直接問い詰めたい……!
どうしてこうなったの……!?
「おめでとう」
「アシュリー家に、女神エレーネの祝福を!」
……しかし祝福の言葉を口々に掛けられると、ずっとそう思っていた心も和らぎ、わずかに喜ばしい気持ちも感じた。
騎士に促され、退室のために謁見の間の扉が開かれる。
入場の際とは別の、淑やかな雰囲気のある協奏曲が奏でられ始めた。
父様はその場で、まず陛下に向かって深々とお辞儀をし、数秒してから顔を上げて、今度は参列者の方を向き直して頭を下げる。私と母様もそれに倣う。
それを受けてか、大きな拍手と歓声とが再び一室を満たす。
言葉によらぬ温かな歓迎と祝福を背に受けて、白目の般若三人は会場を後にしたのだった――。
豪勢すぎる控室からも退場した後、死んだ魚より濁った瞳の私達は、プロの空き巣の如き足取りでお城の廊下を滑走していた。
口を真一文字に引き締め、眉間にシワを寄せて。
もう今日はひたすらゴロゴロする。もう解放してくれ……! その一心で。
よくわからないことに、先程まで案内や世話をしてくれた騎士や役人、使用人の皆さんに取り囲まれていたのだ。とても輝いた表情で。
深い感謝の意を伝えられたり、私にまで握手を求めてきたり。
どういう事情なのか、おそらく誰かと勘違いしているのだろう。
無碍にするわけにもいかず、何やらすごい感謝と尊敬を集めるどこかの誰かさんの代わりに、謎の握手会に対応していたのである。
しかもそれだけでは終わらなかった。
今度は、おそらく式典後の会議や後処理には携わらなくともよいのだろう、退出を許可されたと思われる遠方の下級貴族といった面々とエンカウントしてしまったのだ。
廊下の片隅に寄り、頭を垂れて通り過ぎるのを待とうとした私達に対し、ご夫人様方がお声をかけてきた。
「ご機嫌よう! 本日はまことにおめでとうございます」
「これよりレードニア子爵邸にて、打ち上げの舞踏会を開催いたしますのよ! ぜひ皆様もお越しくださいな」
……心底ぎょっとした。度肝を抜かれた。
私達家族に対するお誘いのお声がけだったのである。
ずっと上の空で絶望していたせいもあってか、「ああ、そういえば私達も今日から下級貴族の一員になったんだっけ……」とこの時初めて自覚した。
後から聞けば両親も同じだったらしい。
それに対し、父様は感情を表に出さず即答した。
「申し訳ありません。私共はお誘いくださった皆様に恥をかかせないような礼儀も知らぬ端者でございますので。ありがたいお気遣い痛み入ります。残念ですが、辞退させていただきたく存じます」
式の最中よりもハキハキと、淀みなく言い切った。
当然である。我々引きこもり人間は、そういう無駄な飲み会とか懇親会とかが大の苦手なんだよ!
コミュニケーションやら人脈作りより、趣味や家族との時間、「何もしない時間」!
一人の時間イズベスト&マスト!
気軽な意見交換とか気楽な席、イコール楽しいプライベートではないのだ!
「ふむ……お気になさる必要はないように見受けられますがな」
「あらぁ……残念ですわね。ではぜひ次の機会に」
身内びいきかもしれないが、それは毅然とした態度、謙遜と敬意が光る、完璧なお断りだったと思う。何のしこりもなくご納得していただけたようだった。
そうして今、大幅に時間と気力を消耗し尽くし、ようやく城門へ続く廊下を疾走しているのである。
やっと終わった。一生分の気力を使い果たした……。
疲労、安堵、先行きへの不安。
魂まで抜けそうな溜め息を揃って吐き出しながら、家族の心は今一つだった。
まさかこれが……これが日常になるのかよ……!
◇◇◇
あれから、一週間後。
今日は生まれ育った王都と、アシュリー商会を離れる日。
私達はこれから、お迎えに来て下さった騎士団の馬車に乗り込み、アシュリー男爵家に与えられた領地へと移住する。
私達家族は一番馬車。従業員の皆は二番、三番馬車に。家財道具も別途運んでもらえる。
何から何まで至れり尽くせりだ。
一時は処刑も覚悟しただけに、ただただ呆然とし、感嘆するばかりだった。
そう。アシュリー商会は無くなり、人手に渡る。
貴族となれば、領地を運営して領民たちの暮らしを守っていかなくてはならない。
馬車に乗れば十分王都と行き来ができる距離だとは言え、どちらかを蔑ろにしかねない。
それは「貴族」としては、王家や愛する祖国、義務に反する行為であり、二心ある行いだ。
また「商人」としても、経営努力や取引・仕入が疎かになることは、商人のプライドに背くことになる。ご先祖様たちもきっと怒るに違いない。
そのため、父は国から与えられた貴族の仕事に専念することに決めた。
貴族になれば、家ごとに毎月決められた俸給がもらえる。
贅沢は元々しない家族である。たまに他国から珍しい本を取り寄せるくらいか。
たとえ税収が望めなくとも、俸給だけで十分生活していけるあてがあった。
その考えを聞かされた私と母も、大賛成であった。
お金がどうとかではなく、どちらにも中途半端で暮らすのは嫌だ。それは信用に欠ける行為だし、世の人々の安心や信頼を裏切ることにもなる。
そんなことは、この身に刻まれた商人根性が許容できなかった。
そして。なんと従業員の皆も、使用人となって全員が一緒に来てくれることになったのだ。
あの日……フォスター子爵様がお帰りになった直後の出来事。
「……旦那様、大変なことになりましたね」
「ああ奥様、どうかお気を確かに」
「俺らがついてますから大丈夫ですよ、お嬢様」
口々に心配し慮ってくれた従業員たち。
あの日シフト外の皆まで勢揃いしていたのは、店の外に出たまま一向に戻らない私達を心配したケイトが、様子を伺って仰天。皆の家々を回り緊急招集してくれていたからだった。
私達は周囲の状況も目に入らないほど混乱していたらしい。
私は押し黙ったままで、父様は意味のないうめき声をひたすら発し、精神と身体双方に限界が訪れたらしい母様は、家に入れられるや否やぶっ倒れる有様。
後から誠心誠意謝罪したが、従業員の皆もよっぽど修羅場だったようだ。
ちなみに母様の様子は、「少し顔色が悪いように見えた」あるいは「立ちくらんでフラついていた」などという可愛らしいものではなく、本当に文字通り「ぶっ倒れた」という表現が正しかったとのこと。
すぐにアンリとジル&ジニー兄妹に寝室へ運ばれ、看病されていたそうだ。
……「貴族になれますよ」と言われ、こうも沈痛な面持ちで集まる集団も他にいまい。
しかし働き者で主人に忠実であり、根っからの私達の引きこもり気質をよく知る彼らは、この絶望感と混乱もまた、よくわかってくれているようだった。
気が付くととっくに日が落ち、月の光が静寂を照らしていた。
その頃には私も幾分落ち着きを取り戻し、父様は消沈しつつも会話ができるようになっていた。
自然と始まったのは、今後の話。つまり、皆の雇用についてだ。
ぽつぽつ話を進めてゆく父様。
まだ悪夢の中にいるようだけど、これが現実ならば商会は畳むつもりだということ。二心のないよう、領地の運営と俸給で暮らそうと考えていること……。
重苦しい表情でそれを傾聴する皆。
だが父の言わんとしていることは、その時皆の考えていただろうこととは別だった。
「……できることなら、皆にも一緒に領地へ来てもらいたい」
ジョセフの膝に座る私も強く頷いた。
そう。なんとかして雇用を維持し、皆これからも私達のそばで、共に働いてほしい……!
母様はその場にこそいなかったものの、後日になって問うと、一瞬の間もなく同意していた。家族三人の意見は一致していたのだ。
しかし商会の従業員とお屋敷の使用人とでは、業務内容も全く違ってくる。王都を離れることに抵抗がある者もいるかもしれない。
私と顔を見合わせた後、父様が代表して皆に尋ねた。
「私達は、これからもずっと皆に支えていてほしいんだ。独善的というか、勝手な考えかもしれないけど……皆を家族の一員だと思っているから。待遇は今までと変わらない。ルシアが以前考えてくれた、『働き方改革』制度も続行だ。もちろん、無理強いはしない。仕事も居住地も変わってしまうんだ。断ってもなんの不利益も生じないよ。……だから自分のことをよく考えて、その上で問わせてほしい」
ここで言葉を区切り、緊張した様子で一呼吸を置いた父様を、皆は少し呆れたような、心はとうに決まったといった様子で見つめていた。
「これからは皆を、アシュリー男爵家の使用人として雇用したい。一緒に来てもいいと考える人は挙手……を……」
バッ‼︎
――まだ父様が喋りきる前に、全員が勢い良く手を挙げた。
ぽかんと口を開ける私達を尻目に、彼らは一斉にまくし立ててきた。
「旦那様はお人がよろしい。しかしどうも、ご自分らの価値を低く見積もりすぎですな」
「そそ、聞かれるまでもねーっつーか? オレたちは一生アシュリー家で働くに決まってんでしょ!」
「私たちはどこまでもついていきますよ! もういらないとクビにされるその時までね!」
……みんな、そこまで思って働いてくれていたなんて……!
感涙に視界がぼやけた。
やっと決死の思いで覚悟を決めた私達とは違って、気持ちは寄り添ってくれつつも、従業員の皆は新たな環境へのやる気と希望に燃えていたようだ。
本当に私達は、良い従業員……いや、血の繋がらない家族に恵まれたものだ。
そして、大して「話し合い」というほど話し合うこともなく、職務内容はあっさりまとまった。
番頭のジョセフは執事長に。家事手伝いと経理をしてくれていたアンリはメイド長に。仕入や品出し管理担当の男性従業員たちは執事、売り子だった女性従業員たちは侍女として、雇用継続が決まったのだ。
心機一転、これからはアシュリー男爵家として。
このグダグダしながらも温かい、忖度なく笑い合える関係が、これからも続いてゆくことがとても嬉しかった。
そんなこんなで、アシュリー商会こそなくなったものの、その内情はなんら変わらない円満なお引っ越しとなったのだった。
商会の買い手は、叙爵式前の準備段階ですでに見つかっていた。
「ルシアにはまだ難しい話だよ」と詳しくは教えてもらえなかったが、なんでも芸術家一家が売値よりも高い価格を提示してきて、あっさり交渉成立したそうだ。
まあ、主要街道へのアクセスもいいし、うちには氷室もお風呂もある。立地と利便さは非常によい。
我が家は店舗兼用住居として使っていたけれど、改築すれば戸建て住宅や別宅、アトリエとしても使えるであろう。
有効活用してもらえるならば、何よりありがたい。
◇◇◇
――次第に市街地から遠ざかり、新緑の木々が視界に映り出す。
流れゆく車窓をぼんやりと眺めながら、私はここ数日頭から離れないあることを考えていた。
話が違いすぎる。
何回でも言うけどさ、私出世も身分もいらないって言ったよね?
本当に何回でも言うよ。どうしてこうなった?
最近バタバタし過ぎてて全然考える余裕なんてなかったけれど、今は領地に着くまで時間がある。
思い出せる範囲で、あの時のことをもう一度思い返してみよう。何か私の気付いていないヒントがあるかもしれない。
そう、あの時――「転生処理」の時にあった出来事。神様と交わした会話を。
希望はなんでも叶えてくれると言った神様に対して、私が望んだ条件は二つ。
「赤髪赤目であること」と、「通勤通学しなくても済む引きこもり生活が送れること」だ。
月を眺め、歌を詠み、楽器の調べ合わせをして。基本室内で、心穏やかに日々を暮らす。そんな平安貴族のような生活を。
どちらも叶っていた。だからこそ、これまで平穏に暮らしていたのだ。
中流商会の一人娘である以上、どこか他の店で働いたり、別の職を探す必要はない。
まだ幼いからか具体的にそんな話をされたことはないが、将来は商会主を継ぐことを内々に期待されていた。
つまり、「通勤不要」の条件は問題なくクリアしていた。
次に通学。これがおかしいんだよ。
何が違うって、貴族になったら学校に行かなきゃいけないんだよなあ……。
この世界にも平民のための学校はある。各都市の区域ごとや貴族の領地に一つずつほど。
ただし六歳から十一歳までが通う、地球の小学校にあたる程度のもの。
さらに、入学するもしないも自由。
経済的に厳しい家もあれば、学問をあまり重視しない親もいる。親の自分たちが勉強を教えるので別にいい、という家庭も。
代々引きこもり気質、読書家の多いアシュリー家は、後者であった。
私ルシアもまた、独学や両親の教えによる勉強をしていた。
中学〜高校にあたる学園に至っては、当然その気がさらさらない私には関係のない話だったのだが、よほどの才能がなければ入学することすら叶わない。
才能を見出された子だけが、居住地域の領主様や有力者に推薦され、費用を全額負担してもらった上で入学するのだ。
なんでも平民の子供を推薦入学させることは、貴族様にとってもステータスらしいのである。
まあ確かに、才能あふれる平民の子など、滅多にいようはずもない。
そのような子が自分の領地の子供だったのだ、その原石を見つけ出したのは私なのだと、社交界でも大いに自慢できることなんだとか。
しかし、それは平民ならばの話。貴族となれば、学園に入学することは義務なのである。
ここで「通学不要」がアウトになっている。
このエレーネ王国に存在するのは、王立ブルーム学園。
卒業までの五年間を寮で過ごす全寮制だ。個性や特色の違う、四つの寮で構成されている。
そうだよ、貴族になったらそんな学園に絶対通わなきゃいけなくなるんだ。
十二歳になったら入寮決定書が来るんだろうな、否が応にも。
全寮制の学校に五年かあ……。
そもそも全て叶っていたんだ。完璧にクリアしていたはずの条件に齟齬が生じた。
真紅の髪を持つ父、紅玉の瞳を持つ母のもとに生まれ、見事に遺伝した赤髪赤目。
学校に通わずともよい仕組みの世界に、そこそこ裕福で教養のある引きこもり商家。
なんでだろうな、私言ったのに。
平安貴族みたいなのんびりライフを送りたいって。通学も、したくない……、って…………。
ん? あれ。あれ?
あ……ちょっと待って……。
なんか、気付いた。気付いてしまった。
私は確かにこの口で言った。「通勤通学しなくていい立場」「平安貴族みたいな生活」と。
叶ってるじゃん……!
仮に貴族として働くことになったとして、使用人や女官、はたまた家庭教師か……何にせよ、別に通勤する必要はない。
住み込みでお仕えすれば良い話だ。
もちろんその中にも、通勤の方が一般的な職種もあるのだろう。
あるいは「うちには住まわせる余裕はないから、自宅から通ってほしい」と申し付けられることも存在するのだと思う。
でもきっとそういった条件のお話は、私には舞い込まない設定になっているのではないか。来るとしても住み込みでのお話だけ。
通勤はナシでと、私が言ったから……!
通学についてもそうだ。
「全寮制」であるならば、確かに通学はしなくて済むじゃないか。
家から時間をかけて、徒歩なり馬車なりで「通う」ことはしないのだから……!
なおかつ、あの時神様はなんて言っていた? どういう状況で対話をしていた?
そう、神様はこう言ったんだ。
――「『地球 日本』における執政階級の人間ですね」
当然録画手段なんてあるはずもない時代の、おそらく実際の過去映像。地球人には理解不能な技術力だ、と間抜けなことを考えながら見つめていたホログラム。
そう、そこには映っていた。
最も高貴と思われる方を囲むようにしてお守りしている武官。式典の準備に奔走する文官。重い十二単で仕事に勤しむ女官。的確に指示を出している尚侍の姿が……。
――「このような暮らしぶりが吉川さまの理想だったと」
ヤバい。全身の血がサーッと音を立てて引いていくのがわかった。
これ、違う。話は何も違わない。
私の言い方。解釈。言わんとしてることは伝わるだろうという驕り、思い込み。
神様はちゃんと希望を叶えてくれている。「私の言った言葉通り」に……!
――全部私の、契約ミスだ……!
「あ……あぁ……あ…………」
「ルシア? どうしたの、気分でも悪い?」
違う。違うの、神様。
「平安貴族」っていうのはインドアぶりを表現せんとするものの例えであって、その身分とか地位は関係ないの。
「平安貴族のような、貴族になりたい」っていう意味じゃないの……。
「公爵令嬢に生まれるとかいきなり大出世するとかでなければ、貴族になる分にはOK!」って言ったわけではなかったんだ。
あと通勤と通学についてもそう、「通わないならOK」ってことではなかったの……。
……今気付いても、今言っても何もかも遅いのだけども……。
「ああああ! うわああぁぁ!! あああ!」
「ちょっとルシア!? いったいどうしたの!」
「ルシア、具合が悪ければ馬車を止めてもらおうか? おーい、ルシア?」
あのね。ちゃんと確認しなかった私が誰より悪い。
話半分で聞き流していたのもまずかろう。
今さら何を言ったところで無駄なことも重々承知の上だ。
でもこれだけは言わせてほしい。
……あんまりだ!
もうちょっとなんかこう、ニュアンス的なものを汲み取ってくださっても良かったんじゃないですかね!
「うわぁぁああ! ふざけんなーー!!」
「「ルシア――!」」
新しい運命の土地、アシュリー男爵領。
馬車は山並みを越えて森の奥へと進んでゆく。私の絶叫を後ろに引きずりながら……。
美しい木々や川のせせらぎは意識の外。
頭を抱え髪を振り乱す私には、何か食堂のような場所で、背中から羽根を生やした同僚っぽい人達と一緒に、おそらくお昼休憩を取りながら。
「そういえば、以前私達のチームが担当させていただいた吉川さま。お元気でやってらっしゃいますかねぇ」
なんてぼやいている神様の姿が、脳裏を過ぎっていた――……。




