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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
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金襴との邂逅

□大変お待たせしております! 皆様お久しぶりです! 


 舞う粉雪が花の匂いを運び、鼻腔をくすぐる。


 リアム一人だけならばテトテトと進んでいけるはずの歩みは、春の田畑を耕す牛歩のように緩やかだ。

 やはり気遣いがナチュラル王子というか……私の速度に合わせ、考慮してくれているらしかった。

 

 ふわふわの小さいお手々がなんとも可愛らしい。



 絶え間なくさらさらと降る雪が積もることなく、煉瓦に溶けゆく。質量の伴わない雪のエフェクトを見ているようで面白い。

 リアムの帽子に淡く溶け合う様は、どこか綿菓子の甘さを思わせた。


 陽射しはともかくとして、今日の外気はなかなか冷たい。しかしながら、防寒についてはお互い心配はなかった。


 リアムに風邪なんて引かせるわけにはいかない。自分で着付けていた軽い身支度だけではあまりに心許なかったので、ハットラックにかかっていた防寒具全部、一辺の隙もなく巻き付けたからである。

 だから今私の目の前にいるのは、もこもこの歩くあみぐるみだ。


 そしてそのお返しと言わんばかりに、私もリアムの手によってもこもこ仕立てにされてしまった。

 引きこもりは体感気温の変化に敏感である。余裕ですぐ風邪を引く。

 しかし今、頬をなでる冷たさはむしろ心地好く、快適だった。



 そして……気が付いてしまった。

 私はすでに――取り返しのつかない間違いを犯してしまっていたことに…………。


 どうして私はジャボットなんて作ってきてしまったのか!


 ただでさえかわいいリアムがふわもこ装備になればどうなるか? 答えは明白、「めちゃかわプリティ あみぐるリアム」が完成するに決まってる!

 これが予期せぬ外出であったならばまだ良い。でも今日は探検すること前提で来たというのに!



 こんなにかわいいリアムに似合うのは……どう考えても――そう、くまみみ……!

 いや、うさみみもアリだろうか……。


「なんて愚かな……! なんたる失態……!」

「ル……ルシアちゃん!?」



 「大人っぽさの演出、ちょっと気の利いた贈り物♪︎」みたいなつもりで、ドヤ顔でジャボットを持参した自分が情けない。

 確かに似合っていた。背伸びした雰囲気がまた可愛かった。でも!

 

「……隠れて全然見えないじゃないの!!」

「そうだよ! せっかくルシアちゃんが作ってくれたのに。ねえ、マフラーとコート取ってもいい?」

「それは絶対ダメ」

「むー…………」



 そもそも普段から高貴な子に高貴なもの作ってきてどうする……!

 現にほら、さっき着せたものはどれも高級品。

 そりゃそうだ。ヴァーノン王宮もエレーネ王宮も、彼の衣類は身分相応のものを設えているだろう。


 薄灰のマフラー、キャメル色のホンブルグ帽に黒のピーコート。マフラーはウール、帽子とコートはアルパカ織だ。

 きっとヴァーノン王室御用達か何かなのか、ワンポイントとして、その全てには誰かの銘と小洒落たデザインのヴァーノンの国章とが刺繍されている。


 そう言えば今日は見ないな、と思っていた約束のリボンのレプリカは、目深にかぶらせたホンブルグ帽の羽細工を取って、あとからわざわざ飾っていた。

 縫い付けられたヴァーノンの黒い国章に、えんじ色のリボンはよく似合う。高級感を引き立てるのに一役買っていた。



 そこになあ……さらなる高級さ、上品さは野暮だった気がする。後付けのようにジャボットを持って来るよりさ……求められるべきはリアムの持ち得る最大の可能性、「あざと可愛さ」でしょうが……!


 幸いにして私には、裁縫の申し子・母エイミーがいる。

 私が習得すべきなのはそういう方向性の裁縫技術だ。

 今日の失敗はいずれ糧となる。この後悔を次に活かそう。事がリアムに絡むとなれば、母様も惜しみない協力をくれるはずである。


 そう。それは叶わぬ幻想でも、見果てぬ遠い未来でもない。

 くまみみリアムは、私の進む道の先にいる!

 


「リアム。次の贈り物……もとい、次に会える日も楽しみにしていてね。くま界のトップを一緒に獲るのよ……! 私、必ず成長してみせるわ!」

「? うん!」


 わかっているのかいないのか、急に肩を掴む私の不穏な発言にも、輝く笑顔でとっても良い返事をしてくれた。

 そうなんだよ、どうしてなのか。さっきも思ってしまったけれど、こんな混じり気なしのピュアで健気な子なのにも関わらず、時折なぜか「あざとい」という言葉がふと頭をかすめるんだよな……。


「……なるほど、くまさん(クヌート)……クヌートコーデ、今度仕立て屋に頼んでみようかな? ううん、ルシアちゃんの手作りじゃないと意味ないよ……。『ジャボットありがとう! 似合う?』じゃなくて、『付けられないよぉ』の方がよかったかもしれないね…………」


 なんだかヴァーノン語が聞こえたような気がして、前を歩く彼の顔を覗き込んでみたが、キョトンとした顔で小首を傾げ、不思議そうに微笑んでいた。単なる空耳であったらしい。


 ああ可愛い、リアムったら本当に可愛い…………。


  ◇◇◇


 今私達が歩いているのは、先程のリアムの話に出てきた泉の東屋……がその先にあるという、同じく聞いたばかりのシャルティア庭園……に、繋がっているというエマ・フローラの道。

 リアムの住むガーベラ宮から眺められる美しい景色は、このシャルティア庭園というところであったらしい。


 王宮の真裏ながら、当然荒れ果て寂れた裏路地とは異なる。

 多くの人々が日々手入れを重ねているのだろう。風に揺れる小ぶりの花々のそばに雑草はなく、よく整えられた土道は小石ひとつなく歩きやすい。


 人通りもそれなりにある。

 お仕えする宮、勤める省庁がこちらの裏道側からの方が近いのか。書類を抱えた女官チェンバラー様や、何度も小走りで往来する官僚コーティア様方が時折視界に入る。

 人が多すぎも少なすぎもせず、綺麗な庭園がある道。

 たとえいかにも不審な令嬢が長時間うろついていても目立つことはないはずだ。

 尾行・偵察にはうってつけと言える。


 またこっそり目印になりそうなもの、隠れられそうな場所を探しつつ歩いていたのだが、探すまでもなかった。

 それらがありすぎるのだ。

 こりゃ次からは一人で余裕だな……。


 例えば、つい先ほど通り抜けた植え込みのアーチ。

 それは見るも珍しい装飾だった。

 こちら側から見て右側にある植え込みは、生き生きと色鮮やか。しかし左側の植え込みの花々は、一瞬枯れてしまっているように見えた。

 よくよく見るとそんなことはなく、しっかり手入れが行き届いた元気な花だった。


 観察し気が付いた。右側はあえて色がはっきりした花、左側はあえて……一見枯れていると誤認してしまうほど、トーンの暗い花を植えていることに。しかも両側ともに同じ品種でもあった。

 明るい色と暗い色、おそらく古い品種と新しい品種。アーチを中心に、この庭園全体はきっちり左右対称になっているのだと。


「ここの庭園、この道を境に、右と左で全然違う世界みたいね。不思議で歩いてて面白いわ。何かテーマがあるの? あと……エマ・フローラって多分人の名前よね? 有名な方なの?」

「あ、やっぱりルシアちゃんもそう思う? だよね、すっごく不思議だよね! たぶんエレーネの偉人か誰かなのかな。でも、ボクもよく知らないんだー……」


 隣を歩くリアムに聞いてみたが、彼も詳しくは知らないようだ。

 そういえば確かにそうだ。彼は離宮からほぼ外出が許されない身。それこそ何かテーマや曰くがあったにせよ、情報を知る機会はきっと少ない。

 そのうえ、ここはリアムにとって母国ではないのだ。

 ヴァーノンとは歴史や文化、庭づくりの仕方なんかも違うだろうし、それは当然かもしれなかった。



 それにしても……リアムが「たぶん文句を言われない」と呟いていた場所とは、全てこの付近。宮のごく周辺だったらしい。

 ほとんど彼の庭と言って差し支えない範囲。

 それが護衛付きでやっと許される行動範囲なのか……。

 私が思っていた以上に、彼の身の回りは窮屈なのかもしれない。

 ……その分、私との交流が彼にとって楽しいものであればいい。


「外の風が気持ちいいわね。連れ出してくれてありがとう」

「でしょ? ボクもお気に入りの道なんだよ。実際に歩けることはあんまりないんだけど……ルシアちゃんと一緒に歩けて嬉しい!」


 今後の不安感やら懸念やらでいっぱいいっぱいになっていた思考が、靄が晴れるように澄み渡っていくのを感じる。

 あのままぐるぐる考え続けていたところで、事態は何も進まなかっただろう。

 ひやりと揺れる風が、降り積もった懸念を吹き去ってくれるよう。とても良い気分転換になった。



 ……そして。頭が冷えるのと同時に、様々な事柄を冷静に考えられるようになってきた。

 私はさっきの話に二つの論点を見出したけれど、リアムが提示した論点は、おそらく三つあった。


 誰からの助力も得られないこと。そして王族に関わる問題は、家や一族に大きな影響を及ぼしかねないこと。この二つには話の中で気付くことができた。

 有力者による強力なサポートどころか、私と近い立場の下級使用人さんにでさえ、一切の協力は望めない。全ての人にしがらみ、確執、火種があると言って差し支えないのだ。


 リアム専属の使用人さんを例とするとわかりやすい。


 彼女たちはリアムが信頼を置く、有能かつ人間性も穏やかな方々ばかりだ。私にでさえ優しい。

 だが極端な話、ヴァーノン特有の歴史観ゆえ、エレーネ王族に対する敵対的思想があったりだとか。あるいは、一応主君の恩人であるアシュリー男爵家以外のエレーネ人に偏見があったりだとかするのかもしれない。


 もしこの失礼な想像が本当だとしても、それはリアムにさえ与り知れぬこと。

 誰がどのような地雷を抱えているのか、誰にもわからないのだ。

 そしてそれは、きっと踏んでしまってからでは遅い。

 また、当人にも王族の方々にも深い傷を与えてしまうことになる。


 それであってもリアム個人がこうして協力を申し出てくれたのは、多分私の要求の幅が意外と浅かったからだろう。


 これで私がヴァーノン王太子の名と権力が使えないかだとか、絶対に仲直りすべき! 仲良きことは美しきこと! 絶対に仲直りさせてみせるから紹介の場を設けてほしいだとか、はたまたこのままアーロン王子の宮まで案内しろだとかほざいたのなら、おそらく断るつもりだったのだろう。

 きっと優しいこの子は、それでも私のお願いを聞けないことに心苦しさすら抱きながら。


 まあ自分で言うのも何だけど、実際私は王宮内部や重要拠点どころか、ここら一帯の裏通りで大満足しているような人間だ。

 案外リアム以外の高位の方にも安心してもらえたかもしれない。


 その二点と、なぜリアムが賛成に転じてくれたのか。

 それがリアムのおかげで先程気付けたことだった。


 そしてもう一つの論点とは……ディアナ王女・アーロン王子の双り、そして同じくディアナ王女・メルヴィルの二人が不仲なのは、私が言う通りであり、かつ誰の目にも明らかな事実。


 しかし、本人たちにその自覚、その原因はおそらくない。


 ゆえに私の懸念こそ認めるが、あと二つの事由も合わせ、この件はあきらめるのが賢明。

 解決どころか改善に導くことすら、ほぼ不可能だろう――……彼はきっと、暗にこう伝えたかったのだと思う。


 AとBという架空の王族を例に挙げ、その心情や背景を懸命に説明してくれていたのには、そういう意図があったのだと推測した。

 案外本人たちがモデルのつもりだった可能性もある。



 しかし。その論点に気付き、リアムの暗黙の助言を得てなお、私はそうは思えないのだ。

 思い返す彼らの記憶――()()が当人に自覚がないとは信じがたい。

 なおかつ、明確な原因がきっとあるとも思える。


 むしろあのような壊滅的な仲だからこそ、そこにあるのは絡まった細い糸先ではない。太くわかりやすく、根本的な糸口が見つけられるはず……!



 なんて考えながら歩いて、数分も経たないうちだった。


「あっ! なんで? 嘘……!……ルシアちゃん、こっち!」


 驚きの声を上げたリアムの手に、背丈よりやや低いロウバイ低木の陰へと突如引き込まれた。


「えっ何? なになにどうしたの」


 そう言い終わらぬうち、口にそっと手のひらを押し当てられ、「しー」と声をひそめるよう指示される。


 五歩後方を付いてきてくれていた護衛さんは、前方の様子からリアムの意図をすぐさま察知したようだ。

 ミリタリージャケットをおもむろに脱ぎ、芝生の上に敷いてくれた。どうやらここに座っても良いということらしい。


 「いやいや、いいです」と断りたいところだったが、なんだかそんなことも言っていられない様子。

 リアムはさすが育ちが良いからか、無言の申し出を素直に受け取り、躊躇なく腰を下ろしていた。



 冬に咲き誇るロウバイの爽やかな香りは、今は鬱陶しくさえある。何が何やらよくわかっていない私の狼狽する心情には、どこかそぐわない場違いなものに感じられていた。


「なんで……そっか、ピオニー宮からちょっとよりみちすれば……」

 私より幾分落ち着いているとはいえ、混乱しながら何事かを考え込むリアム。

 我が目を疑う、といった様子からだんだん理解を深め、何やら一人納得し始めた。

 しかしながら呟かれる言葉からも、私は依然として何もわからないまま。


 声を出さないなら問題ないのだろうと自己判断し、極力ゆっくり姿勢を上げ、彼の視線の先を見て……私もまた、我が目を疑った。



 ――喉元で切り揃えられた金色の髪。淡いピンク色のきらめく瞳。50シュクー札の肖像を現実に映した面影――


 メルヴィル・ハートランド。


 予期せぬ会遇。しかし望んだ金襴の姿が、今そこにいた。

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