懸念吹き去る小春の風
ーー多分、全てを根本的に勘違いしていた。
自分の微力を尽くす覚悟はあった。
この世界は乙女ゲームのフィクションではなく、私が生きる現実。そのうえ私は高位貴族でも主人公でもないのだ。
まさか直接双りの間に介入したり、高位の方々を動かしたりできるわけもないし、するつもりもない。
そもそも誰かが婚約者だとか家同士の繋がりが深いとか、私の今後にめちゃくちゃ関わってくるような問題じゃない。
それでもディー様のため……一人でできるだけのことをして差し上げたい。
その上でもしリアムの協力を仰げたとしたら、もう言うことはない。
そう考えていたのは事実だ。
しかしその一方で、
「ボクの奉迎女中のゾフィーがね、こんな話を聞いたんだって」
「このコ、ディアナちゃんの宮で見習い女給をしてるんだ」
「ルシアちゃん! あのね、お城の馬世話下男のガイくんが今日から協力してくれるって!」
……その実、リアムがそうして「ちょっとした支援者」を見つけてきてくれることを、内心どこかで期待していたような気がする。
何よりリアムの立場を考えられていなかったことがつくづく有り得ない。
リアムの地位、安全、身分……あらゆる権利を揺るがしてしまう可能性があること、ヴァーノン全体にも影響を及ぼしかねないこと。どうして頭の片隅にも浮かばなかったのか?
ちょっとやそっとの謝罪、賠償なんかで責任が取れる問題じゃないっていうのに……!
「…………だからね、ルシアちゃんが謝ることはなんにもないんだよ。あれ? ルシアちゃん?」
なんというかこう、喩えて言えば……私は外壁から密かに首を突っ込んで、階下には降りず、そのまま屋根裏や軒下なんかの縁の下をうろちょろする。
そんなイメージだった。
「もー……考え込んでるルシアちゃんかわいいんだから…………じゃなくって、ルシアちゃんは考えちゃうと聞こえなくなっちゃうんだから……」
でもこれ、実態は全然違う。
壁だと思って穴を開けたのは、高級なお部屋のド真ん中にある間仕切りみたいなものだ。
しかも首を突っ込んだが最後、引っかかって抜けも戻れもしない。
だが、そこにいるのは間仕切りをぶち破ってしまった迷惑者。誰も手を貸すこともフォローすることもできず、文字通り首が回らないまま、ただ独り白い目に晒され続けるのみ…………。
「ルシアちゃん。ねえ、ルシアちゃんってば」
……いや、恐ろしすぎるわ!
この喩えでいけば、今まさに目の前の間仕切りに振りかぶって頭突きする寸前だったわけでしょ?
「行き当たりばったり、危うく処刑」をいったい何回繰り返すつもりなんだよ! 挙句リアムも共犯にしかねる直前でーーー
「もうっ! ルシアちゃんってば!!」
「……あ!? ご、ごめんねリアム……」
またいつもの悪い癖が出たらしい。
気付けばリアムはごく自然に私の腰掛けていたソファに中腰になり、私の顔を覗き込んでいた。
というより、だいぶ近い。
先程彼に巻き付けた羊毛が全身にあたり、なかなか心地よい。
湯たんぽリアム(ウールタイプ)。いや、もふもふリアム(ひつじさんver)。ああ可愛い……。
……って違う!
「リアム、ごめんなさ……」
「もう! ルシアちゃんのほっぺふにふになんだから!」
「え?」
「あっ違う! そうじゃなかった。もう! ボクのお話ちゃんと聞いてくれなくちゃダメだよ!」
少しすねた様子の彼の声色からは、台詞ほどの怒色を感じられない。事実、それほど怒ってはいないようだ。
純粋なリアムは当然狙ってやっているわけではないのだろうが、その様子は実にあざと可愛い。漫画の効果音にすれば「ぷんすこ!」とでも表記されそうな、両頬に木の実をたくわえたハムスターそのものだった。
そして。謝ろうとしたのは良いものの、結局なんだかんだでうやむやになってしまった。
……なんだかわりと好き勝手されていたような……現在進行形で頬を弄ばれているような、ツッコミどころが多々あるような気もしたが、私に追求する資格はないため黙っておいた。あと、可愛いからよしとする。
ぷんすこ状態のリアムからなんとか話を聞き出してみると、私が謝罪すべきことは何もない、謝るべきなのはボクの方、私の話を聞いて協力しても大丈夫だと思った……ということを繰り返し伝えてくれていたようだった。
「リアムあのね、それなんだけど……」
そうだよ、それ! まだ解決してないんだった、その疑問!
何がどう大丈夫なのか、まるでさっぱり……!
「ルシアちゃん」
しかし、その問いを終えるまでもなく。
(いつまでも私が納得しないと踏んだのか)先程の抵抗もどこへやら、いつの間にか全身に防寒具を着込んだリアムの触れる手に、文字通りふんわりと唇を塞がれた。
「今日ずーっとルシアちゃんがここにいてくれるなら、このままゆっくりお話ししていたいけど……歩きながら話そうよ」
◇◇◇
「ルシアちゃん、こっちこっち!」
弾む声、弾む足取りに引かれる手。
その声色だけを聞けば勢いよく引きずられていきそうなものだけど、私の歩幅に合わせてくれているらしく、ゆっくりと景色が移り進む。
白雪が舞い、柔らかな風が頬をくすぐる。
外の空気が心地好いな…………。
私達は今、リアムの住むガーベラ宮から、彼の呟きにも一瞬出てきた泉の東屋という場所を目指して。
春を想わせる暖かな陽光の中、手と手を繋いで歩いていた。
▪️今度こそ! 今度こそ次話まで間を空けずに更新いたしますね! 皆様、いつもありがとうございます。




