降り積もる懸念
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身分の高い人々には、生まれた時からお付きの者が与えられる。
臣下貴族に従者、乳母や子守侍女…………。
自分からお目付役を志願する者、働きを認められて抜擢される者。元々は親に仕えていたベテランがそのまま子に仕えることもある。ハートランド公爵家が良い例だが、お仕えする主君が代々決められている家系もあれば、城下の街や領地から募集する場合も。
その出自、そしてその思惑は実にさまざまだ。
適切さやわかりやすさを考慮してか、思い悩む様子で語るリアムの説明は、そんな実情から始まった。
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とある王家に、AとBという王族の子供がいたとしよう。
Aのお付きには通商大臣、Bには教育大臣がいる。
通商大臣はAが幼いうちから、産業と経済の根幹を支える貿易産業の重要性を説くだろう。
対して教育大臣は、幼少教育によって各産業の生産性がいかに向上するか、その必要性をBに説く。
やがて……成長を重ねたAは、おそらく「貿易産業の規模拡大」「商家の権益確保」「外交重視」「身分各層に平等に利益をもたらすのは通商」という政策を提唱するようになる。
反してBは、「教育システム・国営負担の強化」「幼少教育の努力義務推進」「内政重視」「身分各層に平等に利益をもたらすのは教育」と謳うだろう。
AとBは、お互い普通の兄弟仲だと思って暮らしている。
顔を合わせた際には会話をした。互いに尊敬し、尊重している。無論嫌ってなどおらず、相手への敵意や害意を感じたことはない。
しかし第三者の目から見れば、この時点で二人の立場は完全に相反している。
両者の意図しないところで、すでに二人を旗頭とする思想や政策は決別し、明確に「対立」しているのだ。
また年月は、二人にそれぞれの分野のより深い見識をもたらす。
そのうちに、当初割り与えられたお付きの他に、きっと二人のもとには志を同じくする者たちが新たに名を連ねだす。
Aのもとには外交や語学を得手とする貴族、諸外国出身の者、領地税収の大部分を通商に頼る領主貴族、大商人などの資産階級層といった人々が。
そしてBのもとには、教育関係者、評議会委員、平民出身の官僚、家庭教師たちや非爵位貴族などの知識階級層といった面々が集うはずだ。
王族を頂点に据えることで、その考え方は大きな力を持つ。こまごまとした小競り合い、蹴落とし合いとは比にならない。新たな研究者や賛同者も増えるだろう。
加えて、決して打算的な目的だけでなく、貴い方と意見を共にできる嬉しさ、二人の人柄を理由に派閥に加わる者もきっとたくさんいる。
二人がそれぞれの道先を見据え、各分野の知識を深めれば深めるほど。その道行を支える者は多く現れる。
しかし彼らは、二人のまなざしを全く逆へと向け、道筋を完全に違えさせてもゆくのだ。いつしか、誰も気付かないままに。
「彼ら」とは、何も政治的身分や意志を持つ者とは限らない。
穏やかで優しいおばあちゃんメイドは、お世話係を任されたA可愛さから、いつの日かことさらにAを甘やかし、Bの些細な悪点を吹聴して回るようになるかもしれない。
昨日採用されたばかりのBの新人召使は、ある日Aの使用人の中にーー例えば先祖を騙し破産に陥れたようなーー積年の恨みを持つ家の人間を見つけるかもしれない。
この頃には、きっと誰もがAとBの対立、不仲を噂し始める。
二人の立つ場所は、切り立った崖の対岸。さまざまな思惑がひしめき合い、愛憎と野望はさながら夏の嵐の如く渦巻く。ただ、当の二人を置き去りにして。
ここまで来ると、もはや誰も積極的に王族の二人に接触しようとは思わないだろう。
近付くということは、すなわちどちらかの陣営に加わろうとしているとみなされるからだ。
自らの信念を声を上げて宣言することと変わらない。
それは、最初は大切な主君をより優秀に、より愛情を込めて育てようとする小さな集団だった。
今や二大巨頭となっているその政策は、ひょっとしたらわずか数年前までは議題にも上がらぬ弱小勢力だった。
しかしそれは……すでに国の主力政策決定戦であり、未来に遺すべき正統な血を決める、世継ぎ争いにも発展しているのだ。
誰も近付きたがらないだけでなく、新参者は近付こうとするのも難しいかもしれない。
派閥に加わろうとする者には、その政策と主君のために心を寄せ尽力すること。同様に、相手方に敵対することが強く求められる。
目先の利益だけを求め、生半可な気持ちで接近しようとする者を、すでに結束された陣営は断固拒否するはずだ。
また貴族にとっては、これは一族の命運がかかる大博打だ。
今後家が興隆するか衰退するか、この折の選択が左右すると言っていい。
それゆえ、重責が委ねられるのは家の最大権力者。貴なる一族の構成員にしか過ぎない一個人には、選択権などない。
たとえ個人的にはA、もしくはBと何から何まで全く同じ考えを持つ者だったとしても、軽はずみな行動はできない。
仲良しグループを選ぶのとは訳が違う。一人の貴族の行動は家の意志であり、一族の決断だからだ。
もし甘い考えから勝手な動きに出た貴族がいたとすれば、その者は一族の中で孤立し、永久に立場を失いかねない。つまりは、継承権剥奪や勘当も有り得るということである。
今言ったことはあくまで一例にしか過ぎず、何かもっと手に負えない、予想もできないような複雑な事情が絡んでいる可能性もある。
二人の意思だけの問題とは限らない……いや、そうではない可能性の方が高い以上、慎重にならざるを得ないのだ…………。
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どこかの史実なのか……わかりやすいたとえ話を織り交ぜたリアムの話は、そんな告白で締めくくられた。
王族や貴族の実情は実に劇場的で、脳内で物語調に変換されて聞いていた。
もちろん実際にはこんな小難しい喋り方ではなく、「そしたらAくんはきっとこんなふうに考えるようになるでしょ?」
「だれかひとりのお兄ちゃん、お姉ちゃんが勝手に好きな方を選んじゃったりしたら、おうちの他の人たちはみんな怒っちゃうよね」
といった、身振り手振りを交えた愛くるしいものだったけど。
なるほどなあ、と内心唸る。
全ての説明がストンと落ちてゆく感覚。それを感じると同時に、自分の無計画ぶりが身に染みる思いでいた。
……これ、私が思ってたよりよっぽど深刻だ……!
彼や両殿下の主観的視点ではなく、俯瞰的な話だったけれど、リアムの説明はその全てを語ってくれていた。
先行きの不安が実量を伴っているように、頭に重くのしかかる。気付けば利き手は自然と頭を抱えていた。
今のリアムの話をまとめるとすれば、要点は二つ。
まず一つ目は。つまりーー
「つまり……どなたにも、何も頼れない……ってことよね」
「……うん」
□だんだん暖かくなってきましたが、イコール季節の変わり目です! お風邪を召しやすい時期なので、皆様くれぐれもご自愛くださいね。




