白雪舞う煉瓦の街へ
□新年あけましておめでとうございます!
■昨年中は大変お世話になりました。更新お待ちくださり、まことにありがとうございます……! 今年もよろしくお願いいたします。
寒空を舞う雪が、王都に積もることはない。温暖な気候と煉瓦の厚みとが、やがて溶かしてしまうそうだ。
小山の頂を染める白銀の森の景色に慣れた私には、当たり前だったはずの故郷の光景が、なんだか少し不思議に見えた。
喧騒だけを吸い取って、淡く溶けゆく白雪が宙を舞う、エレーネ王都の街並み。
人々が天空の双子神に思いを馳せる、聖月の日。
私は再び、この故郷の地へと降り立っていた。
“聖月“の呼び名に相応しい、美月の王女さま。
……ディアナ様の笑顔を、心に浮かべて。
◇◇◇
「ルシアちゃんっ! いらっしゃい!」
「リアム! 久しぶりね」
ガーベラ宮の扉を開けた途端、勢い良く飛び込んで出迎えてくれたリアムを全身で受け止める。
あー……可愛い……。
紳士モードと甘えんぼモードのうち、今日はどうやら甘えんぼモードのようだった。
抱きとめた姿勢の私の背中を、彼はしっかと抱きしめ離さない。果たして呼吸ができているのか不安になる、合体密着状態の完成だ。
私の腹部に顔を埋めたまま、私の歩みに合わせて私室へと後ろ歩きで進んでいくのだから、器用なものである。
メイドさんたちが危険を注意しようとも、断固として離れようとはしない。
「んむー」と可愛い鳴き声を発しながら、背中にも目がついているかのように巧みに障害物をかわして後退してゆく。
まあ、この間は楽しく過ごすどころではなく、終始沈鬱な空気のうちに別れてしまった。甘える気満々のこの様子も、当然かもしれなかった。
……私を姉のように慕うこの子は、血縁者ですらなく、「隣国の王太子」。
そう、それこそが正しい情報。それは当然理解してはいるが、いつもどこか頭の片隅だ。
彼を弟と思い込んで久しい今日この頃。
リアムが天使の笑顔で私との再会を喜び、懐いて甘えてくる姿を可愛く、微笑ましく思うよりも先に。
「幼い実の弟を遠い土地に置き去りにして、私だけがのうのうと両親と暮らしている」みたいな謎の罪悪感が浮かんでくるんだよな……。
ああ、いっそこのまま連れて帰れたら。本当に弟にしてしまえたらどんなに良いことだろうか……!
◇◇◇
用意していただいたスープを飲み干し、軽く一息つく。
口腔に広がってゆく好物の程良い酸味と塩味は、頭を冷静に引き締めてくれる気がした。
先に「今日の贈り物」は渡しておいた。
この後、ガーベラ宮に戻ってゆっくりできる時間があるとは限らないからだ。
今日作って来たのは、ジャボット。
貴族男性の服の胸元に付いている、あのヒラヒラしたやつである。
私でも用意できる気軽なものをという発想から、今までなんとなくお菓子ばかりを作っていた。
しかし考えてみれば、私がお菓子作りに秀でているわけでも、リアムが特にお菓子好きであるわけでもない。
なら何もお菓子にこだわることはないんじゃないか、と思い至った。
悩んだ末、着脱式のジャボットを作ることに決めた。
ハンドメイド好きの母様に教え込まれ、今世の私は前世を遥か上回る裁縫上手である。イメージさえ固まってしまえば、完成までは早かった。
パッと瞳を輝かせてそれを受け取ったリアムは、早速付けて見せてくれた。
彼を象徴する亜麻色。それから、最近覚えたヴァーノン国旗の色である、黒・金色の三段飾り。
もう少し歳上の男性が身に着けるものということもあり、縫っている最中は大人っぽすぎるかな、とも思っていたけれど……。
いざ見ればフリルに近いこともあってか、リアムの顔によく映え、少々背伸びをしたような可愛らしさを添えていた。
はにかんでお礼を言ってくれた彼の顔は、まさに天使の微笑みと言うに相応しい。
思わず頬が緩む……と言えば聞こえは良いけれど、「ニヤけてしまう」が正しいか。
作った甲斐があったというものだ。
ああもう、この子はどれだけ可愛かったら気が済むの!
それからしばらくの間、歓談は続いた。
前回からさほど日にちも経っていないのに、お互い随分長いこと会っていなかった感覚だったのだと思う。
話題の種も笑顔も、一向に尽きないように思えた。
しかし話の勢いは次第に弱まり、やがてどちらからともなく、続きを語るのをやめた。
シン、と空気が満ちる音が耳鳴りのように響いた。
リアムと向かい合う眼前には、ビロード造りのテーブル。
今日の予定を慌ててやり取りした前回の手紙と、メモの必要性を感じてのことなのか、羊皮紙と羽根ペンが置かれている。
そう。今日の再会は、目的があってのこと。
準備が整えられた空間の中、何も言わずとも場の空気が引き締まっていったのは、きっと自然なことだったのだろう。
「リアム。改めて、今日は時間を作ってくれてありがとうね。忙しいあなたと過ごせる時間が、いつもより多くて嬉しいわ」
「ルシアちゃん……。ルシアちゃんから遊びに来たいって言ってくれて、ボクも嬉しかったよ! 領地の運営で忙しいだろうし、わがまま言えないと思ってたから」
物々しい計画を思わせる机上に、つい視線が落ちてゆく。無為に考え込みそうになる頭を上げて、目を合わせる。
目と目が合ったリアムの顔も、まるで鏡写しのように険しく、強ばっているように見えた。
「あと、突然のお誘いも、その内容も。あまりにも突拍子なくて、改めてごめんなさい」
正直な話、「まあね……」と苦笑が返ってこようとも仕方ないと思っていたが、リアムが微笑みと共にくれたのは、「ううん、全然だよ!」と優しい言葉で。
かぶりを振って見せ、否定の意を愛らしい笑顔で示してくれたことに、じんわり心が熱を持つ。
ひとり抱え込んでいた緊張感が、だいぶやわらいでいくのを感じていた。
「それで。……今日の本題だね」
今日ここへ抜け抜けと来ておいて今さらすぎるが、果たしてなんと切り出せば、上手く話が繋げられるのか。
私はこの期に及び…とまだ話の取っ掛りを思案していた。
しかしこの時、こうしてリアムの方から切り込んでくれて、スムーズに本題へ移行してゆくことができたのだった。
「お城を探検したい、って話だったよね?」
その言葉に思わず一瞬口ごもる。
胸が痛んだ。他でもない、後ろめたさによって。
私は確かにそう言った。
そのようにリアムを誘い出し、時間を確保させた。
ただ……彼も薄々感づいてはいることだろうが、それはとある狙いがあってのこと。
私は今日、リアムの案内で城内を探索する予定だ。
リアムを伴わなければ行けない場所。
その周囲にアシュリー男爵令嬢がうろついていようとも不審に思われにくい、男爵家や宮廷貴族など、身分が近い人々がよく集うところ。
私ひとりで歩いていても安全な地帯。
国の最高位の方々がよく利用するだろう……たとえば、ハートランド公爵様やそのご令息なんかがよく通る地点。
王女殿下のお気に入りスポット。
王子殿下がよくお過ごしになる秘所。
使用人たちの口さがない噂話が聞けるかもしれないエリア。
などなど、リアムの純粋な好意を無碍に、一緒に遊ぶという名目を盾にして。
そんな箇所を案内してもらいたいのだ。
そう、全ては目的のためである。
両殿下とメルヴィル・ハートランドの行動パターンを把握するため。
ーー今後リアムと行動を共にせずとも、断続的に彼らの監視を続けていくために。
□作中にて「前回の再会からさほど時間が経っていないのに」などとのたまっておりますが、皆様とのご再会はめちゃくちゃお久しぶりですね……! 改めて申し訳ありません!
■また少しずつ更新してまいります!




