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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
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奏月の芽吹

■分割二話目。短く簡潔にまとめることができず……。必ずいつか成長してみせます! まだまだ未熟な作者ですが、いつも応援ありがとうございます!



「ヴィオラのための独奏曲は、とてもとても数が少ないんですの」


 ……殿下が言うには。ヴィオラは単独で演奏されることは、滅多にないらしい。

 オーケストラなどでは、縁の下の力持ちのポジション。

 周囲の楽器の音色を引き立て、旋律を補佐する役目を担うのだとか。

メロディではなく、ハーモニーの担当なのだそうだ。


 地球ではどうなのか、もはやそれを知る術はないけれど。

少なくともアトランディアにおいて、ヴィオラのための曲は希少なのだと言う。



 つまり。これは有難い殿下のお気遣いだった。


「余程名のあるヴィオリストならばともかく。ヴィオラが弾ける一人の令嬢を壇に上げて、『さあ演奏を』

……なんてことは、絶対に起こり得ませんわ」


……私がいつか求められるかもしれない、社交の場での独奏。

 殿下のこのご提案とは、そんな空恐ろしい事態を自然に回避できる手段だったのだ。



 これがバイオリンや管楽器、ピアノなどの楽器であるならば。

 なおかつ、我が男爵家で主催するパーティや、近しいお家柄における開催ならば――思い付くのはドートリシュ侯爵家にご招待を受ける事態だろうかーー、令嬢が独奏する機会というのは、ままあることなのだそう。


 なるべく社交界に出席するつもりはないけれど、もしそんな事態に遭遇したとすれば。

……考えるだけで背筋が凍る。

 大恥をかく羽目になっていたかもしれない。


 ヴィオラ奏者であるならば、それこそプロでもない限り。そうした場でも独奏を求められることはまずない。

正当にお断りする理由にもなるし、もし演奏することになったとしても、他の者との合奏、あるいは伴奏になる。

 慣れてくれば、それぞれの楽器に合わせた旋律を咄嗟に弾けるようにもなるだろう。

 きっと幾分気が楽なのではないか、と。


 殿下はそこまで考えて、私のためにヴィオラを選んでくださったのだ…………。



 感激に、思わず涙が滲んだ。

 私は心身共にこれほど美しい御方に、あれこれとご配慮していただけるような身分ではないのに……。



ーー決めた。

私は、絶対にヴィオラを『自分の楽器』にしてみせる。


 ディアナ殿下に選んでいただいた『私の楽器』。

 本当に自分に相応しい楽器だと、胸を張って言えるようになりたい。


 次の音楽の授業で、先生に提案してみよう。これからは全てヴィオラの授業にしてほしいと。

自分の楽器を見つける第一段階でつまづいていたのだから、先生も喜んでくれるのではないだろうか。


 いつかヴィオラの独奏曲が弾ける腕前にもなってみせよう。

 ヴィオラの名手に……というのは、流石に言い過ぎだろうか。

いつの日か、きっと殿下の誇りになれるように。


……その時には、殿下に聴かせて差し上げたいな。



 熱を持つ涙が、胸にほんのり灯った決意を表しているように感じた。


「いかがかしら? ルシア様(レディ・ルシア)。いくつかの音が出せるようになれば、きっと楽しいと思いますわ」


「……殿下」


 涙に気付かれないよう、そっと拭う。

本来私は、この方と距離を詰めようなどとは、まるで考えてもいなかった。

 しかし、その危惧は間違いだと確信したから。

今、心のままに言葉を紡ぐ。


「殿下。敬称など不要にございます。私のことは、ぜひ『ルシア』とお呼びくださいませ」


 できるだけ優雅に微笑んでみせたつもりだった。


……この時の私の表情は泣き笑いにしか見えなかった、と聞かされたのは、もう随分と後のことになる。


 殿下のお顔は、きらきらしさを崩さぬまま。しかし少しばかり気安げなものに、ほんの一瞬変わった。



「……うふふ」


 冒頭。それはどこかで聞いた台詞。

そう思ったのも、だいぶ後のこと。

この時分の私は、内心はかなり必死だったのだ。


 それは乙女ゲームの中で、彼女が主人公ミーシャに言った台詞だった。


「わたくしの名前も、“ディアナ殿下(ハイネス・ディアナ)”ではありませんのよ。

わたくし、愛称は『ディー』と申しますの。ーールシア」


 海を映した瞳が、波打つようにきらめいたのを感じた。


「……はい! ディー様!」



 神祭節が続く……聖月と呼ばれる、十二月のとある日。

ーーリアムだけだった私の友人が、この日一人増えた。



  ◇◇◇



 その後ぜひにと教えを乞い、ヴィオラの手ほどきを受けていた。


 やはり、難しいものは難しい。

 先程の決意が早くもくじけそうになったが、殿下……ディー様の優しく粘り強いご指導の甲斐あって、二つの音の弦の押さえ方を辛うじて習得できた。



 それを足がかりに、合奏もどきのこともやっていただいた。


「少し聴いていらしてね」

 そう仰って、バイオリンで何らかの曲の一小節を演奏された。

……私には、本当に「何らかの曲」ということしかわからない。

 一小節だけのその響きは、あまりに涼やかで華麗だった。


「これが独奏ですの」



 そして、今しがた習得したばかりの音を弾くようにお願いされた。

一音だけで良いですわ、と。

 何もわからない以上、素直に従うより他はない。

指導を思い出しながら構えを整え、一音に集中する。


 アルト歌手の歌声に似た音が、手の動きから何拍か遅れて響く……。


 その音に重ね合わせるようにして、先程の一小節が再び奏でられた。


 ーーね……音色が全然違う!

 先程殿下が独奏なさった音も、非常に綺麗だった。

でも、音に遥かに深みが加わった気がする……!


 耳に届いたのは、同じ小節とは思えないほど、全く違った印象を受ける旋律だった。



「ね、音の響きが違いますでしょう?

ヴィオラはこうして、他の楽器の良さを引き出してくれる音を出しますの」


 確かに音の味わいのようなものが、格段に変化した気がした。


 これがヴィオラの役割。そして、これが合奏の楽しさか……。


 上流階級の方々の嗜みだというのも、なんだか今なら理解できる。

 たった一音、しかも未熟な奏法でこの違い。

もっと上達すれば、それはどれほど楽しいものになるのか?



 私の顔つきが変わったのを、きっとありありと感じ取られたのだろう。

 ディー様のお顔も晴れやかで、美しく輝いていた。



 たった二つの音を奏でる。

それに呼応して、ディー様は様々な曲の小節を弾きこなしてみせた。


「調べ合わせ」と言ってしまうには、それはぎこちなく、あまりに単調で。

 しかし、バイオリンの音を決して殺してはいない。どこまでも広がってゆく音の愉しさがそこにあった。



 それからおそらく、数十分ほど経った折。


 私はひたすら覚えたての二音を弾いていただけだが、どうやらバイオリンで一通りの楽曲を弾き終えたらしいディー様。

 彼女は「笛ですと、また一味違った音色を楽しめますのよ」と、バイオリンを棚に片付けて、部屋の奥へと歩を進めていた。


 今度は何をお持ちになるんだろう。

フルート……それともクラリネット? オーボエかな?


 少しワクワクする思いで待っていると、宮の奥、廊下の先から。

子猫の駆け抜けるような軽快な音が聞こえ出す。



 あ、と思うよりも速かった。


「ルシアちゃーーん!!!」


 ……私の腹部をめがけて、勢い良く飛び込んできた亜麻色。

 経験の末受け身を会得した私は、何度か回転しながら、その衝撃をふんわりと受け止めてみせた。



「ルシアちゃん、お待たせ! ……やっと会えた……!」

「リアム! お疲れ様。久しぶりね!

講義を受けてたんでしょう? よくここがわかったわね」


 私のみぞおちの辺りで、高速で頬を擦り寄せる亜麻色のうさぎ。

 背中に回された、ぎゅーっとしがみつく小さな手。

 なでればなでるほど、私に甘えつくすようにもたれかかり、お腹にうずもれてゆく。


 ああ……今日もなんて愛らしい、私の天使!



 胸元に下げた紅薔薇のペンダントが頭にぶつからなかったか、ふと不安がよぎる。

 でも咄嗟の衝撃で宙に浮かび上がったこともあってか、どうやらその心配はなさそうだった。


 彼にもらった指輪を加工してできた、このペンダント。

 今ではすっかり私の宝物だ。

 今日はようやく直接お礼ができる機会。その宝物で贈り主にケガをさせてしまっては世話がない。


 今は甘えるのに夢中らしいリアムはまだ気が付いていない様子だが、あとでお礼を言うとしよう。



 後宮で行われたという政経学の講義。

ガーベラ宮の使用人さんたちは、私の居場所を記した紙を、リアムをお迎えに上がった軍部の方に持たせて報せていたらしい。


 それを手に、一直線にここまで駆けて来たそうだ。

「ヒルデとレーアから聞いたんだよ」と、完全密着のあまり、くぐもった声で言っている。可愛い。


 ……多分、ヒルデガルトさんとレオノーレさんのことかな。

 ぼんやりと浮かぶ、ガーベラ宮の使用人さんたちの脳内データベース。

よし、だいぶ覚えてきた。だいぶ顔と名前が一致してきたぞ……。



 この部屋には、余計な音がしないようになのか。

時計の類が存在していない。

 リアムの首から下げられている懐中時計をそれとなく確認したところ、約束の時間からはおよそ40分ほど遅れていた。


 完全に計算外だったのだろう。

 気にしなくて良いのよ、という私の呟きも上の空なのか。

何度も「遅れてごめんね……」と繰り返しながら、私をきゅっと抱きしめて離そうとはしなかった。


 招いてもらっている立場で、どうして遅れたのかなどと聞くつもりは毛頭ない。

 しかし、余程身を焦がしていた様子。

 全力で甘えようとする姿勢はキープしたまま、とつとつと語られる経緯もまた、止まることはなかった。



「あのねあのね! まず、講義自体が遅れて始まったんだよ。でも皆……ボクも含めて、スケジュールが少し押して集まったから、これはまだ仕方なかったんだ」


 「集まった」との言葉から察するに、やはり複数人で受ける講義だということか。私の勝手な想像は、あながち的外れではないようだ。

 うんうん、と返事をしながら、ふわふわの髪をなでる。



「だからね、内容をまとめて簡潔に、ちゃんと時間通りに終わらせましょうって話になったの! 途中までは順調だったんだよ!」


 話によると、いわゆる座学をやっている時までは問題なかったらしい。

 1.5倍速くらいのスピードで、しかし内容を理解しつつ、順調に進められていたようだ。



「でもね……! ディベートをやろうってことになって」


 私の腕の中にすっぽり納まったまま、顔を出そうとはしないリアム。

 なんだろう、やはりディベートが余程白熱していたのか。


 私に状況を理解してもらおうというよりも、ぐずっていると言った方が近い。

 時折大人びた表情を見せる彼だけれど、まだまだあどけない可愛らしさがある。

 時間に気が付いたその時から、相当焦りを感じていたのだろう。



「結構厳しい教師でね、ちゃんとそれぞれ意見を用意しないといけないんだ。もう……一個目の議題から……!

ボクの意見が終わって、次にアーロンくんの番になって」



 あ……アーロンくん!?

 いつも普通に呼ばれるがために、脳がすぐにアーロン王子殿下のことだと理解してくれなくて困る。


 リアムは気安く、まるで平民の友達のように話すけれど。

 ……おそらくこれ、とんでもなく高貴な集いだったんだな。

 彼の「対等」は、私にとっての対等では全くない。

 リアムにつられて、迂闊なことを口走らないように気を付けよう。



 手にぎゅっと力が入ったのが、身体の感覚でわかった。

 少しばかり憤っている様子。

 白熱していたというよりも、ディベートで予定が狂う何かの事件があったのだろう。


「アーロンくんもボクとは違う観点からの意見を言って。そこまでは良かったんだよ!

そしたらね、そしたらね! ルシアちゃん!

メルヴィ…………」



 「そしたらね」と言ったタイミングで、リアムはバッと顔を上げ、私の瞳を見上げようとした。


 勢いのまま顔を上げた先に、視界の端に人影が映ったのだろう。

 ふと右を見遣り、……そして硬直してしまった。


 彼の視線の先には、ディアナ殿下がいらっしゃる。

 ちょうど彼女が部屋の奥へと足を踏み入れた矢先に来たために、リアムからは完全な死角になってしまっていたのだ。

 私にくっつくのに夢中で、本当に気が付いていなかったのだろう


 言葉の続きは、「……る、くんが…………」と聞こえた気がしたが、そこでぷつりと途切れてしまった。

 ずっと殿下のいらっしゃる方角を見つめたまま、一言も発さずに固まっていた。


「……ディ、ア……ナちゃん」


 ようやく開かれた口から呟かれた言葉は震えており、怯えと動揺が感じられた。

 認識していなかった人がいたことに驚いたにしては、その反応は少々オーバーに思えた。



 「どうしたの、リアム」と問いかけ。疑問を感じながら。

 私も彼だけに向けていた視線を、ディー様のおられる方に移す。


……そして、一瞬。

 少しぎょっとしてしまった。



 そこには。ほんの十数分前までの輝かしい微笑みが、お優しい声色がーーまるで嘘だったかのように。

 感情を失くしたような、彫刻細工のように無機質なお顔で、ただこちらを見つめる……ディアナ殿下の御姿があった。



□リアムの口から出た人物の正体は!? そして、ディアナ王女の無機質な表情の理由とは……。


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