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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
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葛藤の追憶と月姫の提案



 ディアナ殿下のお言葉が、脳内で繰り返しこだまする…………。

しばらくの間、本気でその意味さえ呑み込めずにいた。

理解するのを無意識下で拒んでいたというのが正しいか。


 いや……本当にあるんだね、「調べ合わせ」のお誘い!



 ふと音楽の先生の発言を思い出す。

「音楽教養は貴族の嗜みの一つでもあります。社交の場で披露することもあれば、ご友人と合奏を楽しむ機会もございますよ」


 貴族教育リベラル・アーツの初期課程で、そう言われたことがあった。

当時の私は……そんな優雅で無慈悲な世界があってたまるものかと、引きつった顔で微笑みながら、独り現実逃避に勤しんでいたっけ。



 しかし今まさに、その非情な現実に直面してしまった。


 「この本棚の漫画読んでいい?」「お菓子買い足しにちょっとコンビニ行かない?」みたいな普通のノリで、こんなにも風流なお誘いが我が身に降りかかるとは、今この時まで考えてもみなかった。


 そうだよね。きっとこれが上流階級の交流であり、日常なんだ。

可愛いリアムはいつも、全てを私に合わせて接してくれているんだなと改めて実感した。


 そう言えば、リアムはどんな楽器が弾けるんだろう?

私はあの子のことを知っているようで、まだまだ知らないことがたくさんあるんだな……。


 

 私の音楽的教養は、皆無と言ってしまって差し支えない。


 気が付けば貴族教育リベラル・アーツを受け始めて、もう随分と月日が流れた。

この長い時間の中で、私の音楽の才能は一向に開花する素振りを見せていない。

もはや最近1周回って、自分でもこの状況を面白く感じているくらいには。



 「ルシアお嬢様の楽器を見つけるところから始めましょう」

……かつて音楽の先生はそう言った。

その『私の楽器』というものを、未だ見つけられていないのが現状である。


 これまで本当にたくさんの楽器に挑戦してきた。

ピアノ、トロンボーン、ホルン、バイオリン、クラリネット、ハーディ・ガーディ…………。

 だがこれがまあ、何をやってもダメ。

真剣に取り組んでいるにも関わらず、そのどれもが「音楽」と呼ぶには程遠いものだった。



 「ルシアお嬢様に相応しい楽器を必ずや見つけてみせます!」と当初は使命感に息巻いていた先生だったが、次第にご自分が、躍起になって私をいじめているような気持ちになっていったのだろう。


 意欲あふれるお顔から、日を追うごとに意気が削がれていく。

だんだんと心底申し訳なさそうな、心苦しげな面持ちに変わってゆくのが手に取るようにわかった。



 ここ最近に至っては、おそらく先生の中で”自分の楽器を見つける”という目的はもう打ち消えた様子だ。

先生がその日選んで持って来てくださった楽器を、とにかく懸命に演奏するだけの授業になっている。

 

 慈愛と悲哀に満ちた、痛々しい微笑みを一身に受けながらーー…………。


 あの本当に哀しそうな表情をやめてほしいけれど、原因は私にあるので何も言えない。

先生も辛いだろうが、私だって辛い。


 この間バイオリンに再挑戦してみた時は、ガーゴイルのいびきのような音色が出た。

自分でも音楽と楽器に対する侮辱だと思った。



 適当にやっていてこれならば責められる筋合いもあれど、私の必死さは先生も重々理解してくれているようで、何も言わない。

だが、その無言すらも互いに辛い、悪循環。


 音楽の授業が行われるたび、そこにはお互いがお互いを深く傷付け合う……ただただ悲しい時間だけが流れ続けている。



 どうお断りするのが正解だろうか……?

「いやぁ……」「ううん……」と、声にならない声を曖昧に呟きつつ逡巡していたものの、適切な返答は全く思いつかない。


 こうしている間にも、殿下は輝かしい期待の微笑みを浮かべている。

 しかしどう断るも何も、別に特段の理由や驚異の事情があるわけではない。単に私にセンスがないだけの話だ。

そう思い直し、正直にお話しすることに決めた。



 「殿下、まことに申し訳ありませんが……」

洗いざらい話した。


 音楽の授業を受け始めてだいぶ経つものの、一向に上達しないこと。

管楽器、弦楽器、鍵盤楽器……。あらゆる楽器に挑戦しても、未だに「自分に合った楽器」すらも見つけられていないこと。

一曲を1人で演奏することもできない腕前のため、とても調べ合わせなどできようはずもないこと。

殿下の演奏を汚してしまうような恐れ多いことをしたくはないので、どうかご理解をいただきたいこと……。




 真剣に話す私を、殿下もまた真剣な眼差しで見つめておられた気がする。

話し終えた一室には、わずかに沈黙が流れた。


 私達くらいの貴族であれば、きっと自分の得意楽器がすでにあってもおかしくない年齢なのだ。

他のご友人の方とは、お互いの演奏を聴き感想を述べ合ったり、合奏を楽しんだりというご交流もよくなさるのではないか。



 それにこの方は、特に芸術面に優れた才覚をお持ちである。

もちろん情報ソースは、前世でプレイした乙女ゲーム。


「ダンス」「ピアノ」などの音楽ミニゲームの際、ディアナ・フローレンスは相当やり込まなければ倒せない強敵。



 ーー全ての譜面で『Excellent』を連発してくる。『Excellent』のみでコンボを取り、異様な高得点を打ち出してくる場合もあるため、普通にやっていたのでは絶対に勝てない。

こちらが上回るためには、『Miss!』を絶対に取らないようにしつつ、なるべく『Good』を減らす。

コンボを『Nice』と『Excellent』で断続的に取るように心がけ、ボーナスタイムで一気に点を稼ぐ。

ここまでして、ようやく勝てるか勝てないか。プレイヤーの「慣れ」が重要になってくる。



 ルシア・エル=アシュリーやアーロン王子、モブ生徒とも対戦することがあるが、こと音楽においては、ディアナ王女の実力は段違い。

「幼い時分から宮廷楽士を超える腕前を有していた、王女殿下よりも好成績を修めるだなんて……!?」というモブ令嬢のセリフもあった。


 つまりこの方は、現時点で素晴らしいご才能を発揮し、私とはすでにレベルの違う地点に到達されているはずなのだ。



 おそらく、呆れられてしまったことだろう……。


「申し訳ありません。きっと殿下は、聴く者の気持ちを高め、お心を癒してしまわれるような、素敵なご演奏をされるのでしょう。

私とでは、せっかくの殿下の調べが台無しになってしまいますから……。嬉しいお誘い、ありがとうございます」



 なんとか丁重に、失礼のないように断ったつもりだった。

 ーーお優しいこのお方の、失望に染まったお顔を見たくはなかった。

ぎゅっと目を瞑って沈黙をやり過ごす。


 しかしいたたまれない気分で、瞳を開けた時。

ディアナ殿下のご表情は、私が想像していたものとは全く違っていた。


ルシア様(レディ・ルシア)。……音楽というのは、そんなに気負い過ぎるものではございませんのよ?」



 知らず知らずのうちに、硬く握りしめられていた私の手に、殿下の白く形の良い手が重ねられる。

戸惑う私に、殿下は思わず同性でも見惚れてしまうようなお顔で微笑んだ。


「『音が鳴る』こと、『音が響く』こと。それをただ楽しめればよろしいんですの。

わたくしと一緒にやってみませんこと?」



 私の手を握って、キラキラと輝く瞳で。

そっと持ち上げられた手につられて、いつの間にか立ち上がってしまっていた。

 しかし不思議と、嫌な思いは感じず。

どこかそのお言葉に期待する気持ちすら感じる。


 それでもなお、この方は「私と一緒に」と言ってくださるのか……。



 手を引かれるままに、自然と足が動く。

連れられた先は、レッドカーペットが敷かれた小部屋だった。

壁には防音が施されており、さながら学校の音楽室のよう。


 入室してから気が付いたが、以前リアムに案内されたことがある。

私にあまり興味がないことを察したのか、足早に次の部屋へと連れられ、一瞬しか目にしなかった部屋だ。

あの子は私は甘やかしすぎなんじゃないだろうか。



 お話によれば、殿下がガーベラ宮に遊びにいらした際には、ほぼ必ずここでリアムと合奏を楽しむのだとか。

ボクがいない時でも入っていいよ、とも言われているらしい。

今の今まで知らなかったけれど、やはりリアムも何らかの楽器を弾きこなせるようだ。



 優しく握られた手の感触が離れる。

殿下は一切()()()()()()、とある楽器の置かれている場所へと向かわれていった。


 音楽の先生でも見つけることができなかった、私に相応しい楽器。果たしてそんなものが存在するのだろうか?

 殿下のご様子からはもう、それがわかりきっているかのようだけれど……。



 まさしく「海の王女さま」によく似た美しく、愛らしい微笑み。

かつて何度も読み込んだ、利発さが窺える語気。



ルシア様(レディ・ルシア)! こちらはいかがですかしら?」


 私には一瞬、()()の正確な名称がわからなかった。

差し出されたその楽器は。



「…………ヴィオラ?」


■第21部分のお話は、「ディアナ王女に楽器を選んでもらう」という要素のために書いたものでした。やっと書けました!


□ついに見つかった、ルシアの楽器……!

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