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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
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雪白の月華

□挿絵付きの主要登場人物紹介も同時更新です!

「第一部分」をご覧くださいませ!

 

 


 白雪が煉瓦を淡く彩る王都の街に到着したのは、午前10時を半刻ほど回った頃のことだった。


 秋頃より遅く着いたのは事実だけれど、慣れない冬道。

このくらいの遅れは許容範囲内だ。


 何より当然ながら、稼動力はエンジンなどではなく、馬という生き物。

その生き物を操って、車内にも命を預かりながら運転するのは、御者。生身の人間である。

氷の張った地面や露草に足を取られ、いきり立つ馬を業で制御しながら。主人たちにできるだけ負荷をかけぬよう、また一定の速度を保持しつつ、安全に進行し続けなければならないのだ。



 「こんな遅れるとは思ってなくて! マジすみません…………」

と恐縮そうに平謝りするハロルドだが、安全運転を徹底してくれた彼が、謝るべきことなど何もない。


 少しかがんでもらうようにお願いして、その白黒の頭をなでる。抱えてもらった方が早いかと気付き、途中からは父様に持ち上げてもらいながら。

 思う存分なでて満足したのち……待ち合わせ場所を確認し合い、賑わう王都の街並みを父様と後にした。



 王宮に到着すると、騎士団の方と軍部の方がお一人ずつ門番に立っていた。

父に敬礼し城門を開けてくださったのは、こちらが挨拶するよりも早かった。

……もう我々アシュリー家は、顔パスならぬ”髪パス”で身分証明となっているようだ。


 もはや目的地も知られているため、ご案内いたしましょうか、と親切に申し出てくれた。

 しかし度重なる来訪で、本来迷宮であるはずの目的地……ガーベラ宮までの道のりは、完璧に頭に入ってしまっている。

丁重にお断りし、外廷前で父様を見送ったあと、独り奥へと進んでいった。


 私の大切な友人。愛らしい天使の許を目指して。



 ――――ところが。


「大変申し訳ありません……! リアム殿下は、まだ講義からお戻りでいらっしゃいません」



 応接間に案内され、勧められたソファに腰掛けた時。

招き入れてくださった、リアム専属のおばあさんメイドが、心苦しげにそう告げた。

確かお名前をヒルデガルトさんといっただろうか。


 深々と頭を下げる彼女の声に、年若いメイドさんたちも続いた。

口々に謝られるとんでもない事態に発展したため、慌てて立ち上がり、お顔を上げてくれるよう懇願する。

そもそも謝罪することでも、私が怒って然るべきことでも全くないうえ、彼女たちに何の責任もないはずだ。


 いつも耳に届く……子猫の駆けるような彼の足音がいつまでも聞こえないので、おかしいとは思った。



 聞くところによると、政経学とやらの講義がだいぶ押してしまっているらしい。


 もともと今日の訪問時間は、リアムが設定したものだ。

もしものためにと、正式に招待状もしたためてくれた。

招待状に記載された時間を、私自身も何度も確認した。


 ……聡明なあの子のことだ。

きっとこれは、全ての予定がこの時間までには終わるだろうと計算し、そのうえである程度の余裕を持って設定したものだったに違いない。

それなのに姿さえ見せられずにいるのだから、本当に大幅に遅れているのだろう。



 「政経学の教師には厳重抗議いたしますわ!」と怒りの声を上げるメイドさんもいる。

大切な主人のリアムだけでなく、おまけの私まで慮ってくださるのは有難いことだが……なんとか気持ちを落ち着かせてもらった。


 先生にも何らかの事情があったのかもしれないし、有意義な意見が活発に交わされたりして、充実した授業が続けられているのかもしれない。

何にせよ、私に口出しできることではないだろう。私はリアムに時間を割いてもらい、ただ取り留めのない話に付き合ってもらっているだけの立場だ。


 政経学とやらがどういったことを学ぶのかすら知らない。

 高校の時の科目だった、「政治経済」の授業とは何が違うのだろうか…………。

 まあおそらく、社会の仕組みの中に生きる民の立場からの学びとは別物で……”政治を行い”、”経済を回す”側として習得すべき知識学術なのだろうな、とはなんとなく想像できるけれど。


 「私は大丈夫ですから!」と説得を重ねると、ようやくガーベラ宮の使用人の方々は安堵した様子を見せてくれた。



 下手に出歩いてリアムと行き違いになってしまっても困る。

それに……何をするでもなく部屋で過ごすことにおいて、私の右に出る者はこの世にいない。

紅茶をいただきながら、のんびり待つことにした。


 今日出してもらったのは、冬に嬉しいアップルジンジャーティーだった。

林檎の香りが強めなのにも関わらず、茶葉の繊細な味わいを絶妙に引き立てていて、とても美味しい。高級品を使用しているのは無論だが、淹れる腕前も非常に優れているのだろう。



 その後二人ほどがこの部屋に残り、何やらリアムが来るまで私の世話を焼いてくれるという話になりかけていたのを、再び慌てて遮った。

ただゆっくりさせてもらうだけの身分で、流石に申し訳なさすぎる。

 そもそも、私は別に放って置かれても大丈夫だ。

ティーポットさえここに置いていってくだされば、それで構わない。

おかわりも自分でやるし、こぼしても自分で拭く。わざわざ呼び付けるまでもない。


 その旨を伝えるも、私を最大限もてなそうとしているのか。

なかなか了承が得られなかったのには参った。

最終的に、いつものようにドア付近の廊下で待機してもらうことで、なんとか双方の折り合いがついたのだった。

 



 ――――一人きりになった室内で。

窓の外に広がる景色だけが、彩りと動きを放つ。


 この宮から見える、彫刻造りの噴水。

風に吹かれて舞う、凍てつくように透き通る水流。それはそっと触れただけで、きらめく霜氷と同化しそうなほど。


 もう私は慣れてしまったけれど、目くらましが施されたこの宮までの迷路は、改めて一望すると実に風雅だ。

そびえ立つ内廷の宮殿や闘技場、人々が集うテラス。

この宮はまるで、草花に擬態する生き物のよう。


 鮮やかに咲き誇る、丹念に手入れされた庭園。

四季折々の花々へ何となしに目を遣るだけで、心が癒されていくのを感じる。

さながら大地に咲く、冬の太陽のように美しい。


 ……なぜあらゆる世界の貴族たちが、「芸術」なるものを生み出して来られたのか。風流で優美な暮らしを営んで来られたのか。

その気持ちが、今なんとなくわかった気がする。


 凝縮された「世界」が、全て眼下に広がっているのだ。

瞳に映る景色。それは鮮烈で、情熱的で。時に物寂しく、時に涼しげで。

どこまでも美しさだけが、そこに在る。


 感動が静かに身体を包む、不思議な知覚。

私には芸術的センスなどまるでないけれど、こうして雪に溶け込む宮の中で。

……ただ景色を眺めているだけで、なんだか詩の一編も詠んでしまえるような気がした。



 もう数時間はそうしていたような感覚がある。

それでも景色に心を奪われてから、実際は数分も経っていなかったのだろう。


 不意に鳴り響いた鈴の音に、意識がふと現に引き戻された。


 神が降り立った祝福を告げるかのような、神聖な響き。

一瞬その意味を理解できずにいたが、すぐに思い出す。

前回ここを訪れた、つい先日のことを。


 

 ……これは、王族の御方々の来訪を告げる合図。

このガーベラ宮は、現在リアムのためだけに存在する場所。

宮の主人に重要な来客を報せるために鳴らされるのだろうから、よもや彼自身が帰宮したというわけではあるまい。


 ならば、この音が伝える来客とは――――…………。



 リアムが私以外の人物と、どういう交友関係を築いているのか。私は何も知らない。

この鈴の音、そして足音の正体。

つまり、私は()()にしか絞り込めていなかった。


 しかしここに今、そのどちらの方もが目的とする人物はいない。

代わりに佇むのは、どこの馬の骨とも識れない私一人だ。

驚かれてしまうのは確実として、どうご対応するのが正解だろうか…………?



 かくして軽やかな足取りの主は、想像よりも早くこちらへとやって来た。

扉が開かれる音に少々驚いて、振り返ると。

その方は全く予想だにしていなかった言葉を。

…………()を見据えて言った。



「お久しぶりですわね! ご機嫌よう、ルシア様(レディ・ルシア)

貴女にお会いしとうございましたわ!」


「…………は、ディアナ殿下(ハイネス・ディアナ)…………!!」

■政経学の授業、どうやら盛り上がっている様子です。


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