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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
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夕闇の日食

■初投稿から一年を迎えることができました!

ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします!



 一度話題に出してしまえば、そこからは堰を切ったように、あの子の話は止まらなかった。

あの日以来ルシアちゃんの話しかしなくなったボクに、そろそろ彼も慣れてきてくれた様子である。


 途中。そう言えば、何の用事があったんだろうと思い至り、一旦話を中断して問う。

単に様子を見に来てくれただけならば良いが、実質ボクよりも高位にあたる彼の用も訊かずに、自分だけが喋り尽くして追い返すわけにもいかない。


 このままでは立ち話になってしまうと、無理に勧めたソファに腰を下ろしてくれた彼は……ボクの問いを受け、思い出したように口を開いた。



「聞いたか……? 今度始まる政経学の授業。リアムと合同でやるらしいんだ。マダム・ロビンスが言っていた」

「……ホント!?  やった! 楽しみだな、アーロンくんと一緒だと授業の質が全然違うから」


 重苦しい雰囲気が漂う彼の口から何が通告されるのかと、少し身構えていた。

 しかし、それは特段問題にすべきではない、いつものことだったと遅れて気付く。告げられたのは嬉しい話だった。

面倒な授業が始まることに正直辟易していたのだが、どうやらそれは彼と同じスケジュールであったようで。初めから、合同授業となるよう設定されていたらしい。


 事実。彼と一緒に受ける授業は、気付きや学べることが非常に多く、億劫なだけの勉強を面白いとさえ感じる、充実した時間なのだ。

途端に意欲と興味が湧いてくる。現金な自分に内心で苦笑した。



「私も楽しみだ。リアムとの授業は、新たな知見を得られるからな。ぜひヴァーノンならではの論点を聞かせてくれ。

…………それから、メルも来るんだ」

「そうなんだ。じゃあディベートもできそうだね!」


 薄く呟かれる声は少々聞き取りにくくもある。

それでも、なぜだか少し弾んでいるように感じられたその声。

要因は彼の親友にあったらしい。


 ……最近気が付いたことだけれど、今名を呼ばれた人物がいない時。アーロンくんは困ったような、不安そうな。曇った顔を覗かせている。そして一緒にいる時には、勉学や公務のパフォーマンスが明らかに違うのだ。


 相手への気遣いやフォローがとても上手く、徹底して主君を立て支えようとする、かの公爵家の血統と人格に理由はある。

大切な主(アーロンくん)が関わることであれば、彼はそれが何であれ全力を尽くすだろう。

アーロンくんのモチベーションも段違いだろうし、授業が活発化し、より充実したものになることは間違いない。

目の前の彼だけではなく、ボク自身もまた掛け値なしに期待を持てた。



 ――――やがてあの子の話は、いつの間にやら再開していた。

深海の底を映した瞳が、光を湛え動くことは無かったけれど。

口元には時折笑みを浮かべ、静かに相槌を打ちつつ。

彼は結構長い間にわたって付き合ってくれていた。


 ずっと心待ちにしていた日だったこと。それなのに、宰相の家の者たちに会いに行くとかで、思ったよりもお話しができなかったこと。それでもあの子の笑顔を見た瞬間、不満など掻き消えてしまったこと。

「約束のしるし」として、今日も互いに贈り物をし合ったこと。また手紙でたくさんやり取りをしようと約束したこと…………。


 あの子のことを語らせて、ボクの話が尽きることはない。

本当はたかだか数時間程度しか一緒に過ごせなかったものの、聞いている(アーロンくん)側にしてみれば。まるで早朝からつい先程まで、終日を共にしたような口ぶりにも思えたかもしれない。


 結果としてディアナちゃんが来ていたことなど、微塵も感じさせなかったのではないだろうか。



 きっと余計な真似をしないで済んだはず。

ルシアちゃんの話ばかりになったのはご愛嬌。副次的効果だ。

うまくいったよね?


そう思い、目と目を合わせて少し驚いた。

いや……驚いていたのは、むしろ。

いかなる時も表情を変えない彼が、目を僅かに見開いていたのだ。

衝撃と驚愕。これほど明確に感情を示しているのは、ボクが知る限り初めてだった。



 原因にはすぐに気付いた。

……何の違和感も覚えず普通に話してしまったけど、()()()()()()()だ。

ボクが決してするはずのないこと。それを今、何事でもないかのように語ったのだから。


 ご先祖が引き起こしたかの事件は、各国の上流階級に切々と……ヴァーノンを相手取る際の教訓として語り継がれているらしいからなぁ。



 ボクにとっても、それは身に染み付いた常識で。

慣習、あるいは強い情念をもって、そうした行いをする他国の人々が全く理解できずにいた。

そんな文化であり、一種の信念でもあるそれを揺るがし、覆してまで……そうしたいと思える人が現れるなど、ごく最近まで考えてもいなかった。


 ――――永く国交断然された他国の文化が、平民階層に知れ渡る。

それはよほど奇異で愉快なものでない限り、滅多にないと言えるだろう。


 つまりアシュリー家の皆が知るはずがないのは、当然のこと。

そして……だからこそ訝しがられるわけでもなく、こうして自然にできていることだった。

今ではすっかり、ボクにも違和感はない。()()はもはや、楽しみのひとつでもあった。



 …………そろそろ、領地に到着した頃かな。

()()をちゃんと、アシュリーさんのいないところで開けてくれていれば良いけれど。

アシュリーさんの疲れた身体にとどめを刺しかねないからね。

そして。今日あの子がくれた()()()には、どんな素敵なものが詰まっているのかな?



―――――――――――――――――――――――――


 

 ――――近頃は自分のピオニー宮にこもりきりだった。

度々我が親友が遊びに来てくれ、勉強や読書に付き合ってくれるため、寂しさを感じることはない。

今読み込んでいる書物に没頭しており、気が付けば以前彼と会った日から、随分と日にちが経ってしまっていた。


 ちょうど用事があったのをきっかけに、伝達を出すよりも直接会おうと不意に思い立ち、ガーベラ宮へと訪れた。

リアムと顔を合わせたのは実に久しぶりのことだ。


 しかしリアムは、無愛想で不精な上、約束もなしにやって来た私を咎めるでもなく、笑顔で歓待してくれた。



 時間も時間だ。

用件だけを告げたら話はそこそこに、宮に戻るつもりだった。その方がリアムにとっても都合が良いだろう。

そんな気で来たのだが、むしろ話をそこそこに切り上げられたのは私の方だったことに苦笑する。

彼の話は花が咲くばかりで、一向に終わる気配を見せなかった。


 話題の種は決まっている。リアムの誘拐事件を円満に解決し叙爵に至ったという、くだんの男爵家の令嬢についてだ。

以前は誰が何の話を振ろうとも――それに愛らしい笑顔で応えはするものの、一片の興味も感じてはいない、氷のような瞳をしていたはず。

……私は、そんな彼に密かな親近感シンパシーを覚えてもいたのだが。



 打って変わって今となれば、大切な友人だというその令嬢の話ばかり。

正直なところ、よくそれほど語るに落ちないものだと感心してもいる。

まあ……それに関して言えば。私自身もまた、「たまに口を開いたかと思えば友の話しかしない」と思われている可能性は十分考えられるため、おあいこかもしれなかった。

私の傍にいてくれるのは、……真実メルだけなのだから。



 しかし似た者同士と思っていた彼は、もはや私と同じ位置にはいない。王宮に帰還して以来、こうしていつも楽しそうな様子を見せる。

きっと相手の出方など多少も気にならないほどに、その者のことであれば何でも愛おしく感じるほどに、心から大事に想っているのだろう。


 私には理解しがたい感情。そしてきっと、これからも永遠に。

それは少し寂しくもあり、勝手に彼を弟分のように感じている身としては……どこか親心に似た嬉しさもあった。



 暫く会話とも言えない会話が続いていたが、顔も知らぬ男爵令嬢の話は決して尽きずにいた。

話をするのも聞くのも得手とは言えない私に喋りかけていたところで、さほど楽しくはないだろうとは容易に予測がつく。

それでも相槌を打ち、懸命に聴いていた最中……我が耳を疑った。

まるでなんでもないことのように話は続いていたが、驚愕に歪む顔を抑えることはできなかった。



 今なんと…………。「贈り物」と言ったのか。

リアムの口から贈り物、と……耳が確かに捉えたはずの音。

それが果たしてうつつの出来事だったのか、信じがたい。



 『おくものいみもの』。

ヴァーノン王国に強く根付く、遥か古からのことわざだ。


 ――――物には人の念がこもる。

受け取るだけで、見えぬ間に縁が繋がれてしまう。

そして相手方は……同じだけの物か、念か。相応の対価を求めてくるものだ。

締結。成就。婚姻。謀略…………。

ちっぽけな物を受け取って生まれた縁は、やがて運命を縛る呪いと化す。

他者から施しを受け、呪縛を手に入れる行い。

すなわち、贈り物とは一方的な言葉。因縁を構築するだけの忌むべき物。いみものである。


 そういった考えが基盤にあるらしい。

私にはなかなか的を射ているように感じられ、また誇り高きヴァーノンらしい文化であるようにも思える。



 こんな話も残っている。


400年の昔、西南の果てに王位を巡って骨肉の争いを繰り広げる、王族の兄弟がいた。

国民からの支持を集め、優位に立つのは兄の方であった。

それを妬み、顕著な功績を挙げ、国史に刻まれる名君として王位に就こうと企んだ弟は……当時軍国主義的考えが勢いを増し、侵略による国土拡大で国内外に影響力を強めていた、ヴァーノン帝国に取り入ろうと考えた。

財の限り、考え付く限りのありとあらゆる品を贈り。強大な後ろ盾を得ようと、東に独り向かった。


 暫くして……弟王子の行方が一切わからなくなった西南の王国に、帝国からたった一人きりの使者が送られて来た。

使者が持っていたのは、麻袋と手巻紙。

手巻紙にはこう記されていた。

『貴国から受け取りしいみり、相応の品にてお返しいたそう』

麻袋には、切り落とされた弟王子の首が入れられていた――――――



 弟王子は無惨にも……いや、自業自得と言うべきか。

時の皇帝に、文字通り切り捨てられてしまったのだ。


当時この話は瞬く間に大陸全土に広まり、各国の王家や貴族家に強く衝撃を与えたという。

他国の王族などものともしない。例え恨まれ戦を仕掛けられようと帝国には些末な問題で、もはや外交や対等な交渉を期待できる国ではなくなった――ということは、本題ではない。


 ヴァーノンが持つ独特の文化。

贈り物は忌り物(その言葉)』さえ彼が知っていれば、このような悲劇は起こり得なかっただろうからだ。

これが他国であったならば、贈り物は実に有効な手段となり得ただろう。

彼がもしヴァーノン帝国の風習や考えを学んだ上で、適切な手段で近付いていたならば?

……あるいは自国の王位獲得という理想も超えて、命尽きるまで揺るがぬ、大陸にも及ぶ権威さえ手にしていたかもしれない。



 『贈り物は忌り物』。それはヴァーノンでは至極当然の考えを現した、取るに足らないありふれたことわざ。

”異国の地には想像も及ばぬ固有の考えがある”

”文化や風習を無視した交渉は、突然の侵略と同然”

”自分の「善」は他者にとっては「悪」かもしれぬ”


 そして、”ヴァーノンに贈り物は禁忌”。

ヴァーノンを相手取る際の心得のみならず。西南の王子の死をもって、教訓として大陸中に深く刻まれることとなった。


 少しばかり歴史ある貴族家の出ならば、誰しもが知っている逸話だ。



 肩書きとしての王位だけではなく、ヴァーノンの軍事力や誇り、精神文化を一身に継承してゆく王太子として生を受けた彼が、知らないわけはない。

絶対に有り得ないこと。相手が何の気なしに贈ったものであっても、本来リアムは固辞するはずなのだ。


 それを……友人だと言う男爵令嬢と、会う度に贈り物をし合っていると?



 それではまるで「とぎもの」ではないか。


 初めから縁を結んでゆきたい相手。将来を見据えた相手にのみ行われるという、唯一の例外。

これも物に念と縁とを見出す、ヴァーノン特有の風習だ。



 いや……最初からお互いそのつもりなのか?


私の中に、うっすら気にかかる意識が芽生える。

…………ひょっとしたら、これが「興味」と呼ばれる感情なのか。

平民からの叙爵という稀有な快挙を成し遂げた、リアムと伽り物を交わすという、その男爵令嬢。


リアムと多少仲が良いというだけの、どこにでもいる令嬢かと思っていたが……。



 彼女がもし、あの方と謁見する機会があったなら。

あの方はたちまち気に入ってしまうに違いない。そして常に傍に置き、心通わせる……そんな存在となり得るのだろう。


あの方の周りには、才にも人柄にも秀でた人間ばかりが集まるのだから。

今日あの方は、いかがお過ごしだったのだろうか?

私に知る術はない。



 私には何もないのだ。

何も持っていないからこそ、何かを吸収しようとして。

様々な書物に手を付ける。あらゆるものに触れようと試みる。

しかし何にも興味を抱けないために、最後には虚無が残るだけ。


 才能も人望も、気高さも。

全てをお持ちのあの方とは、まるで真逆。



 あの方のようになりたいわけじゃない。

私などがたくさんの綺麗なものに囲まれて……御自らも美しく輝かしい、あの方と同じ高さに在れるはずがない。

ただ私は――――あの方の近くにいられたら。あの方の周囲に自然と集まる、人波の一部でいられたら。

それはどんなに素晴らしいことだろうか…………。


 決して叶うはずのない望みであることは、自分が一番分かっているのだけど……………。




 この感情は興味ではなく、羨望なのかもしれない。

あの方に認められ、傍にいることを許され。笑顔を向けられる対象となるだろう、その少女に対しての。



 そう、きっと。

――――出来損ないの……私とは違って。




 とぷり。

先程まで王宮を煌々と照らしていた日輪が、音を立てて地平線に沈んだ。

しかし一刻前から薄雲に覆い隠され、人々はその存在をもはや認知してはいなかったために。

陽がいつの間にか落ち、昏い闇夜が訪れたことに、誰も気が付かずにいた――――………。

□リアムが気を遣っても「あの方」のことが頭に浮かぶアーロン王子、なかなか重症です。


■領地編を挟みつつ、真相に迫っていきます!

親友の公爵令息の登場も間近!


□いつもご愛読ありがとうございます。皆様の応援に支えられております。

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