大樹ドートリシュの枝葉
■続きは近日中に更新いたします!
――――王宮外廷。
社交の場に利用される華々しいホール。
もはや一家族で一生涯住み着けそうなほど、広くきらびやかなパーラー。
双子神エレーネとロイの御姿が残るのはもちろんのこと。
彼らがかつて統べた中央の国――――そこに生きた人々と、神話の時代の面影を象った数々のエレーネ芸術が彩る……稀に平民たちにも一般開放されることもあるらしい、大陸アトランディアの総本聖会堂。
使用人の居室や兵士の控室が並ぶ長い回廊を横目に行き、物々しくも厳かに構えられた軍務局を目印に抜けた先。
大理彫刻で造られた、吹き抜けの螺旋階段を昇って。
私と父様の二人は今……王宮史資料図書館と隣接する、エレーネ紋章院へと足を踏み入れていた。
人間の身長などでは喩えられないほどの高さを有する、四方を埋め尽くす本棚。
一生をかけても読み切れないだろう、圧倒的な蔵書数。
そこはまるで、本と木枠だけで構築された魔法空間。
見渡す限り、一面が本!
紅く揺らめく瞳の輝き。躍る胸の高まりが抑えられない。
ああ、なんて素晴らしい仕事場なんだろう……!
ドサッと音が聞こえ、何事かとふと隣を見ると。
それは今日初めて入室したらしい……私以上に感動に打ち震え、床に崩れ落ちた父様の立てた音であった。
同じ読書好きとして気持ちはよくわかる。実際ここは、父様が想像する「天国」の光景そのものだろうな…………。
そして――――このような素敵な職場で働く方もまた、とても素敵だった。
「よくぞお越しくださった。アシュリー男爵、並びにご令嬢よ」
と、遥か格下の私達にも紳士の礼を取ってくださったのは、ここエレーネ紋章院の実質的責任者。
――ヴィリアンズ・ドートリシュ様。
「我らドートリシュ。永き宿縁クローディアの遺志を継ぎし……アシュリーの御方々にこうして相見えたこと。げに光栄、嬉しゅう思います」
そう続けるのは、本日のためにわざわざ、内廷に存在する尚書官庁から合間を縫ってお越しくださったという――マシュー・ドートリシュ様だ。
「こちらこそ今日の機会をいただけまして光栄にございますっ! ご挨拶に上がるのがあまりに遅く、申し訳ありません!」
「大変お世話になっております! これからもよろしゅうお願い申し上げます!」
決して勢いをつけることなく、首元は曲げず直線に傾け。
二人で深く深く身を沈めた。
平民の時の癖が抜けず、普段の一挙一動にも手間取る私達だが。
不格好ながらも、最近徐々に貴族としての動作が身についてきた気がする。
こちらの方々にようやくきちんと、直接ご挨拶ができた…………!
このお二方は、その御名が示す通り……
宰相と評議会議長を兼任し、領地に住まう民の平穏を治める現侯爵でもある、エレーネ王国の要人。
そしてアシュリー家と、男爵領地共々も多大なるご縁をいただく、アレクシス・ドートリシュ様の血を引く方々である。
そう、ドートリシュ侯爵様の。
お二方の形姿は、まるで侯爵様の若い頃のお姿を見ているかのよう。
濃蜜色の透き通った流れる直髪。全てを見透かすように切れ長で、シプラネの森を映したかの如き森緑の瞳。
渋い魅力をより引き立てる侯爵様のお声も遺伝しているのか…………逆に中性的であるとさえ言えるお二人の甘い容姿に。バリトンの声色はギャップを感じさせ、その美しさを際立てていた。
高貴さと厳粛さのある口調のヴィリアンズ・ドートリシュ様が、侯爵様のご長男。
物腰柔らかで、優美な雰囲気を醸し出すマシュー・ドートリシュ様はご長孫であり、ヴィリアンズ様にとってはご子息にあたるらしい。
父様が他の貴族様方や使用人さんに聞いて回り、調べた情報によれば。
ドートリシュ家の王都邸。
そこは「町屋敷」と称するよりも、もはや"ミニドートリシュ領"とでも言うべき、広大な敷地を有しているそうで。
その敷地内に、「ドートリシュ侯爵様と侯妃様の住むお屋敷」、「ヴィリアンズ様と奥方様の住むお屋敷」。「マシュー様と奥方様の住むお屋敷」、そして「各屋敷に所属する使用人たちの住む宿舎」が存在しているらしい。
役職とご所属こそ違えど……お二方はドートリシュ侯爵様のように、いずれ次官となり、やがては大臣となられるのだろう。
父様に以前手渡された書類のうち、「王都や領主貴族の仕事に関し、何かあればここを頼られよ」との記載があったご連絡先。
それはこのお二人の職場とその所在だったのだ。
侯爵様には、もうお一方ご次男にあたるご令息がいらっしゃる。
奥方様とご次孫様と共に、我が領地と隣り合う侯爵領で暮らしておられるそうだ。
そちらにはまた今度、日を改めてご挨拶に上がる予定である。
つまり……ご長男筋の方々が、代々「大臣一家のドートリシュ」と呼ばれる、国の根幹を支える諸侯貴族・ドートリシュ家としてのお立場を。
対してご次男筋の方々は、シプラネ地区を含めた広大な侯爵領を治める領主貴族・ドートリシュ侯爵家のお立場を、それぞれ継承されておられるそうなのだ。
……なんというか、もう格が違いすぎる。
平民として暮らしていた時は、貴族様は皆まとめて「貴族様」。
爵位や役職の有無でごくわずかな違いこそあるかもしれないが、『高き壁の向こうにいる、実態はそう変わらない方々』であるという認識でしかなかった。
けれど、今にして思えばとんでもない。
領地の規模が違うだけで、領主の仕事の大変さも段違い。
そのご多忙さ。そして私達には絶対にできないと、今ではわかる。
まして役職もお持ちで、領地と王都とを頻繁に行き来するともなれば尚更だ。
前領主、クローディア伯爵様あってのこととは言え。
私達アシュリー家全員……こうして侯爵様にお目をかけていただき、縁故の方々とも繋がりを与えていただいたこと。
――――本当に類まれなる幸運だったと、つくづく実感している。
私達がお世話になっていることとは、大まかに分けて二つある。
ヴィリアンズ様とマシュー様、そして侯爵の地位にあるアレクシス様は、エレーネ王宮における『国政立憲派』という派閥に所属しているらしい。
なんとも有難く、また信じ難いことにも……ドートリシュ侯爵様の鶴の一声によって。
この派閥の皆様方がまるまる、私達アシュリー男爵家の後ろ盾となってくださったのだ。
つまりは地位ある方々が、公にアシュリー家の「身元保証人」になってくれたということ。
私の父様ことヴィンス・アシュリー男爵はすでに王宮において、『国政立憲派』に所属する貴族として認知されているらしかった。
もう一つが、王宮内での「行動保証」。
私とリアムがよりたくさんの交流が持てるようになったのは、――――他でもない皆様のおかげだった。
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