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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
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美月の姫君

 

 

 ディアナ殿下とお話しさせてもらい、うっすら確信したことがひとつある。

私は今日に至るまで、「社交的」という意味を勘違いしていたのかもしれない。


ワーッと自分の喋りたいことだけをまくし立てて、情報のドッジボールをする人。

"喋る"行為がとにかく気持ち良い、おしゃべりが一番のストレス解消法である人。

ただひたすら、共感と同意が欲しいだけの人。


 ……私が苦手意識を持っていたのは、こういった人々。

そして、こうした人こそを「おしゃべり好き」で「話し上手」、かつ「社交的」と言うのだと思っていた。




 しかしディアナ殿下との会話は、自分本位なおしゃべりとは全くかけ離れていた。


 まずはこう始まったのだ。


「貴女、領地や屋敷でいつもお過ごしとおっしゃっていましたわね。

わたくしも自分の宮で過ごすのが大好きですのよ!

ふふ、のんびり過ごすのもとっても楽しいですわよね」と。



 正直な話、かなり驚いた。

私はつい先程、自分は引きこもりですと暗に宣言したようなものだった。

明朗快活なこの方は、そんな人間を軽蔑こそすれ。

それを肯定してくれることなど決してないと思っていたから。



 この方のおしゃべりは、ご自分がただ気持ち良くなりたいだけのものとは違う。

「相手と楽しく時間と気持ちを共有したい」、だからこそ「自分よりも相手に会話を楽しんでもらいたい」という二つの考えが、常に念頭にあるのだと思う。 


 まずはご自分から共感を示すことで、相手の共感をも引き出しやすくしている。

それはおそらく、無意識に。

話術と言うべきか、これを社交術と言うのか。

それはきっとこの方の中に、自然と身に付いているもの。


 そして……ともすれば拒絶と取られても仕方がない、これ以上広げようがない私の話も。

それを会話の糸口に変えてくれた。



「私は……寝ている時が一番好きでして…………。寝具にこだわるのが趣味なんです。

あと、うちの領地は自然豊かな場所で。木漏れ日の光や、森を吹き抜けてきた風の匂い。沼の水面とお互いに反射し合う月の光などがとっても綺麗で、心地よくて。ベッドに横たわっているだけでも充実した時間を過ごせるのですよ。

……あはは、とは言ってもお恥ずかしい話なんですけれど…………」


 言ってから後悔した、こんなどう反応して良いか自分でもわからない返答。

それさえも、まるで卑下する意味もおわかりでないように、貴重で楽しい話であるかのように。



「いいえ。そんなことはなくってよ。

わたくしは国民が頑張って育ててくれた新種のお花を飾ったり、お母さまの祖国で採れた珍しいお紅茶をいただいたり……。

宮で過ごす時間がわたくしの安らぎですの。ですから貴女のお気持ち、よくわかりますわ!」

……そう返してくださったんだっけ。


「貴女とは気が合いそうですわね!」と無邪気に語りかけられ、私は一瞬のうちに、先程までの嫌な緊張感も忘れてしまった。

何か気の利いた返答ができれば良かったのだが、緩みきった笑顔を返すだけに終わった。

 ……引きこもりに、咄嗟の受け答えや愛想笑いなど期待してはいけない。

表情筋も声帯も普段使っていないがために、いざという時まともに働いてはくれないのだ。



 それでも殿下は……同じように私に微笑み返してくれて。

なんの面白みもない私の言葉さえ、全てを肯定してくれているように感じた。




 たぶん、王女殿下は――――……。


他の令嬢から「体を動かすのが好きですの」と言われれば、「わたくしもですわ! 特にわたくしはテニスが得手でしてよ。貴女は何がお好みですかしら?」と返され。


「勉強以外に興味はございません。知識を得ることが至上です」と言われれば、「まあ……素晴らしいですわね! 貴女のような方こそ、国のために必要不可欠な人材ですわ。わたくしにも読めそうな本があれば教えていただけませんこと?」と返されるのだろう。


 そして最後には、「貴女とは気が合いそうですわね!」とお言葉をかけられるに違いない。

満面の笑顔で、きっと本心から。



 八方美人やその時だけの出任せではない。

この方は、"誰かとの共通点を見出そうとすること"が非常に得意でいらっしゃるのだ。


 共通点を見つけられるのは、相手への共感と尊敬リスペクトが常に根底にあるから。

自分の知らないものや理解できないものを見下す気持ちが少しでもあったなら、それは絶対にでき得ないことだ。


 きっとこれは、ディアナ殿下が持つ天性のご才能。 

本当の社交上手とはこういうことか。

つくづくそう思い知らされた心持ちだ。



 …………ならばこそ……このような方が。

双子の片割れを、実の弟を。

感情を失くしたような顔をさせるほどいじめ抜き。人を人とも思わぬ扱いをして。

――「あの方の考えていることがわからない」

――「私が真にあの方と対等であったなら」

などと言わしめる行いを、本当にするものだろうか…………?


 何もかも、第三者からのあらぬ疑いに過ぎないのでは。


 いや……もしかしてそれは、今の"私"がヒロインと同じ。

『たまたまディアナ王女に気に入られた』存在になったから。

"ルシア・エル=アシュリー"やアーロン王子のように、彼女に排除される立場ではなくなったからこそ、そう感じるだけのことなの……?


 王女殿下にかかる、その全てが濡れ衣であったとして。

ならば、アーロン王子を苦しませる理由とはいったい何?

 


 ……わからない。

 楽しく会話を弾ませる一方で。

それは疑念ではなく、ただ純粋な疑問。信じたいという希望。

決して解けることのない、独り釈然としない思いが。

胸の奥底で渦巻いていた――――…………。




 その後も、会話はどんどん繋がり……広がっていった。

特にご興味を抱かれたご様子だったのは、話題に出てきたアシュリー男爵領について。


「貴女の言葉だけで、情景が目の前に浮かんでくるようでしてよ。とっても素敵な領地ですのね!

もっとお聞かせくださらないかしら?」

と問われた嬉しさは、心に染み入るように感じた。



 …………だってそもそも、おそらく。

聞かずとも概要くらいは当然ご存知なのだろう。

国勢を学ぶ講義か何かもあるだろうし、リアムから軽く話も聞いているはず。


 それにアシュリー男爵領とは。

私達家族や天国のクローディア伯爵様、領民の皆にとっては、何にも替えがたい大切な宝であるのだが。


 しかし、その他大勢……特により広大な領地を有する高位貴族様や、王族の方々にしてみれば。

まだまだ我が領地は、国内の小さな片田舎にしか過ぎない。


 それなのに。

こうしてこの方は、興味を示して聞こうとしてくれたのだ。

自ら厳重に鍵をかけていた心が開かれていくのを、感覚で感じた。



「今、新事業を始めたばかりでして…………。

領民の力を借りて、観光業をしているんです。

豊かな自然を活かし、コンセプトを導入した観光リゾート領地を目指しているんですよ」

 


 殿下はたどたどしい話しぶりを気にも留めず、時折頷きながら。

……それこそその数秒ののち、リアムがやきもちを妬くくらいに。私に目を合わせ、楽しそうにお聞きくださっていた。 


 私が勝手に想像しては恐れていた、自分の好き嫌いで他者を排除し、処分しようとする冷血の王女様など……そこにはいなかった。


私の前には――――どこまでも美しく清らかな、お優しい姫君がいるだけだった。



 ……もしかしたら。

これはあくまで初対面の相手の様子を伺うための、表向きの対応で。

手のひらを返したように、蛇蝎の如く嫌われてしまったり。

あるいは私には優しい方であっても……陰ではアーロン王子をいじめているようなお人である可能性だって、実際まだ有り得る。


 今の私は油断しているだけなのかもしれない。

まだまだ警戒していかなければならないのかもしれない。



 しかし――――

私の取り留めのない話に、「まあ……!」と深海の瞳を輝かせ。


「いつか行ってみたいですわ!」と屈託なく、人形細工のお顔を綻ばせるそのお言葉は。

――――私には、嘘や裏があるようには思えなかった。



 私は考える間もなく、「ぜひいつの日にかおいでください。うちの森と沼が織り成す幻想的な風景は、きっと王女殿下にもお気に召してもらえるはずですから!」と口走っていた。


 いつか、本当にそんな日が来るだろうか。

できるならば……ディアナ王女お独りだけではなく、双りの殿下が揃ってであれば。

それは願ってもないことなのだけれど。




 この双子の王族を、「地球」という別世界で。

……そして現実のこの世界でも、きっと現在進行形で。

双りを苛んでいる要因とは、いったい何なのだろう?


 今私にできることは。

双りのどちらにも一切の罪は無く……全てが和解と平和のうちに解決される事由であるのを、祈ることだけだった。


 その「いつかの日」には、何の疑念も警戒もなく。

美しき双子を心から歓迎できていたとしたら、それはどんなに素敵なことだろうか――――……?


―――――――――――――――――


 途切れることのない会話の中で、ディアナ殿下が読書がお好きだということが判明して。そこからさらに話は盛り上がっていった。


……そう言えば、原作にもそんな設定があった気がする。

両殿下のどちらもが読書が好きだが、読むものは全くの真逆で、本の好みまでもが対比している……くらいのわずかな描写だったけれど。


 そして、今に至る。 


 こんなに白熱した読書談義ができるとは思ってもみなかった!

リアムも機嫌を直してくれたことだし、三人でこれからまだまだ語り続けられそう………………!



 おそらく殿下も同じことをお考えになったのだろう。

二人の視線が交差し、紅と蒼とがきらめき合った。


――――ちょうどその矢先。


 

 応接間に掛けられた、豪華ながら品のある置時計が短くベルを鳴らした。

短針は1を。そして長針は真上を差していて。


……しまった! すっかり忘れてた!

慌ててその場を立ち上がるも、もう何もかも遅い。



「いけない! リアム、今日はありがとう。あまりお話しできなくてごめんね。王女殿下、申し訳ありません!

私もう行かないと!」



 そう……時計の数字は、"今"が「父様との待ち合わせの時間ちょうど」であることを、端的に告げていた――――。

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