朔月の光明
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「わたくし、今日を楽しみにしておりましたのよ。
貴女にお会いできて嬉しいですわ。ねえ、一緒にお話ししてもよろしいですこと?」
今まさに我が身に降り掛かっている言葉なのに、やはりまだどこか他人事のようで。
身体は無意識に、その指示に従うべく動いてしまっていた。
そんな自分に驚けたのは、口元だけ。
まだ熱の冷めきらぬ脳が告げる危険信号。それをなんとか言葉にしようと、回らない舌を懸命に動かした。
「……王女殿下、恐れながら。わ……私は殿下とご一緒するに相応しい身分を持ってはおりません。
それに……私は話下手なうえ、日頃から領地や屋敷にこもってばかりおりますので、殿下を楽しませて差し上げられるような……か、会話は……一切望めないかと…………」
よっしゃ、よく言った自分!
口も身体もガッタガタで多少噛みはしたが、言いたいことは全部言えた!
「話すにも相応しくない下級の身分」であること、「話したって全く楽しくないぞ?」という最重要情報。
これだけ伝われば十分だろう。
実際、私は前世からおしゃべりというもの自体、あまり得意ではないのだ。
ひとりでいる時間や、ぼんやりしている時間の方が好き。前世から今世まで、好きな時間不動の1位が寝ている時だ。
「おしゃべりを楽しみたい!」という人とは根本的に合わないし、おおかた向こうも楽しくなかったと思う。
社交的であるというなら尚のこと。
もっと実のある会話ができたり、お話しを楽しみ合える方を数多く知っているはず。
私なんかと話していたところで、なんの面白みもないのは当然だ。
だが……現実は非情で…………。
「あら、お気遣いありがとう。でもお気になさらなくて構いませんのよ? 貴女とお話ししたいというのは、わたくしのわがままなんですもの。
貴女は隣にいて、わたくしに付き合ってくださればそれで結構ですの」
優美に微笑むディアナ王女。
この期に及んでなおも拒める権力など、私には何もない。
「……あ、ありがとうございます…………」と人造ロボットの初動動作みたいな顔をして。
私にはそれを受け入れる以外、選択肢は他になかった…………。
――――しかし。
本来絶望に打ちひしがれていてもおかしくはない私は、何か"違和感"を覚えてもいた。
それはおそらく、自分自身に対して。
その違和感の正体を、私はまだ知らない。
リアムは私の反応を見て、素直に部屋へ案内して良いものかどうか迷っていたようだ。
「大丈夫」と呟かずとも、彼に目を合わせて笑ってみせたら、それで通じた様子。
安堵した息を軽くついて。
私の手を引き、ディアナ王女に無邪気に笑いかけて。先程まで私達が腰掛けていたソファへと連れて行く。
その一方で、部屋の外に待機していた使用人さんの一人に、お茶の用意も指示していた。
―――――――――――――
そのあと私達は、20分ほど話を弾ませたことになるだろうか。
「…………わあ、それ私もほしいと思っていたんです! 殿下のおすすめでしたら、私も父様にお願いして買ってもらおうかな。
今殿下がお話しくださった作家さんたち、どなたの本もハズレはありませんよね。 私の一番のお気に入りは、『ミスター・ゼット』シリーズで…………」
「同感ですわ! 『ミスター・ゼットの海洋記』が特に好きですわね。貴女は他にはどんな本をお読みになりますの?
わたくしは音楽書が主ですかしら。音楽家や芸術家たちの伝記なども読みましてよ」
「お、音楽ですか…………。ちょっと私は、音楽についてはよくわからなくて……。歴史上の人物の伝記でしたら読みます。あは、とは言っても無学ですから。具体的に何をした人かは知らないんですけれどね。
物語の他にですと、私がよく手に取るのは算術式書ですね」
「まあ……すごいですわ! わたくし授業以外で、そうした本は全然読みませんの。難しい本はあまり好きではなくて。
…………難しいことでしたら、あの子の方が得意ですものね」
「? 殿下、"あの子"とは…………」
「もうっ! ルシアちゃん、さっきからディアナちゃんばっかり!
ボクともお話ししてくれないと嫌だよ!」
「ああごめんね、リアム。可愛いわね! いい子いい子!」
ぷくっと頬をふくらませるリアムをなで回す。
抱きしめて背中をさすりながら、彼とだけ目を合わせて。
しばらくそうしていると機嫌を直してくれたらしく、満足気に膝の上で座る位置を整え、私の両腕の間に自ら収まっていた。
王女殿下は、最初こそ目を丸くしていたものの。
……以前のリアムは、これほど楽しそうな様子を見せることは、やはり無かったのか。
どこか安心したように……一瞬目を潤ませるのが見えた。
その後はそんな私達二人を、微笑ましげに見つめていた。
――――私は。
"物語の中では"
"ヒロインにとっては"
"エレーネ王国にしてみれば"
そんな言葉を挙げつらい、回避……あるいは関係の修復、構築の手立てすらも考えず。
逃避の言葉だけが頭にあった。
それは、一種の決めつけ。
恐怖から思考停止し、無意識のうちにはなから彼女を拒絶することしか選択肢に入れていなかったのだろう。
結論から言おう。
ディアナ王女殿下。
…………めちゃくちゃいい人だった。




