リゾート領地、盛況ですわ!
□今話は領地編です。「王宮」→「領地」を行き来する感じで、物語は進んでいきます。
「やあ、お邪魔するよ。ここが受付で良いのだろうか?」
仕立ての良い服に身を包む紳士に続き、艶やかなドレス姿の女性と、10代に差し掛かる手前と見える子供がやって来た。
ここ、アシュリー男爵領の「関所」へと。
わざわざお名前を聞かずとも、身なりからわかってしまう。
どう見たってお貴族様ご一家だ。本日ご予約のシャノン子爵家ご一同で間違いないだろう。
「申し遅れましたな。私共は本日予約していた、シャノン子爵家と申す者」
「いらっしゃいませ! いやあ、ようこそ!
領民一同、領主さまのご赴任をお待ち申し上げておりやした!」
少し面食らったような顔を見せる、目の前のお貴族様ご一家。
自然に口をつくのは……今日まで何度となく練習した、お嬢様が手ずから用意してくださったマニュアル通りの文面である。
お嬢様は常々言っておられた。
「この関所は『普段』っていう外界から遮断する場所。ここに足を踏み入れた瞬間から、もう魔法はかかってるのよ」――と。
そう。関所でやることは、事務的な受付作業なんかじゃない。
俺たちの仕事は、『夢』を与えること。
平民のお客様になら、貴族に取り上げられた僥倖を。
相手が貴族様だってんなら、本来は面倒くせえモンでしかないらしい「第二領地」という財産を。
お嬢様が力を入れて御自ら携わり、建設なさったこの関所。
ここは言わば、リゾート領地へいらしたお客様を、「俺たちの領主さま」に変えてやるための変身舞台なのだ。
「領主さまのお噂はかねがね聞いておりやす。
国への貢献を讃えられ、第二領地としてこの土地を賜ったとか……。
なんでも、お大臣様のような雲の上のお人でさえ、第二領地なんてのはお持ちではないんでしょう?」
「子爵家様の中では、まさに特例中の特例! そんなこたあ、アトランディアが始まって以来だとか!
俺たちの暮らすこの村が、そんな領主さまのための領地に選ばれただなんて光栄で! 今でも夢なんじゃねえかって皆で話してるんでさ」
俺の発言に被せて、領地の仲間が援護に入ってくれる。
この掛け合いも練習を重ねた、見どころのひとつと言えるだろう。
お嬢様曰く、「関所の極意その一。第二領地だとかは、制度としてあるにはあるってだけで、現実はほぼ有り得ない。でも有り得ないことを、有り得ないで終わらせないで! 『有り得ない』を『特別』に変えるのよ!」。
実際のところ子爵様が第二領地を持てることなんざ、天地をひっくり返すような功績でも挙げなきゃ、本当に有り得ないんだろう。
俺たちの仕事とは、それを『特別』や『奇跡』に変える魔法をかけてやること!
台詞回しなんかはアシュリー男爵家の皆様方の手を借りず、3つの関所担当の全員で考え抜いた力作だ。
俺たちゃ作家にもなれんじゃねえか、と真面目に唸った。
"本物"の領主さまの前じゃまだ実践を演じちゃいないが、いつの日かお目にかけたいもんだ。
そんときゃきっと、領地の大事な姫。お嬢様も褒めてくださることだろう。
「『第二領地』……。なるほどね。貴族ぐらしとおっしゃいますのは、下々の方を貴族扱いして差し上げるだけではなくて、お客様の誰しもに、ここの領主の気分になっていただく仕掛けになっていますのね。
……ねえあなた、期待以上ではなくて?」
「ああ。なかなか面白い試みだ。ここは乗ってみるのも一興かもしれないな」
お客人の目の色が変わったのがわかる。
……魔法がかかった合図だ!
お嬢様はコンセプトを駆使してもてなし、料金以上の夢を提供する土地のことを、「テーマパーク」とおっしゃっていた。
最初は言葉じゃ上手く理解できなかったが、俺たちも感覚でそれを掴めてきた気がする。
「この土地は前の領主さまがお亡くなりになって、それからずっと領主不在だったんでさ…………。
だから新しい領主貴族さまがいつか来られるのを、皆ずっと心待ちにしてたんで」
「他の連中も、皆様方のお顔を見ればどんなに喜ぶか。
この日のために、領民みんなで手作りした馬車も誂えておりやす! まずはお屋敷に行かれますかい? それとも領地を先にご案内いたしやしょうか?」
「"お屋敷"というのは、招待状のご返信に記されてあった『ホテル』という宿のことかしら……? 平民の方がお泊まりになるような粗末な宿ではなく、貴族邸をモチーフにしたとおっしゃる…………。ここにも、いえ……至る所に徹底して設定が仕組まれていますのね」
ご夫人様と覚しき女性が、いたく感心しながら呟いている。
お嬢様のお考えになった狙いを、実に正確に推測しているようだった。
子爵様は奥様の様子を見て、満足そうに二度三度頷き。
顔色を光らせ、俺たちの反応に心底期待を寄せながら返答なさる。
「では、まずは領地を案内してもらいたい。領民たちに挨拶もしたいからな。
これから私共が治めてゆく土地だ。きっと素晴らしいところなのだろう?」
「へい! もちろんでさ!
シャノン子爵家様の本領地にも負けねえくらい良い土地だって、胸を張って言えます!
ささ、どうぞどうぞ! 皆待っておりやすぜ!」
――――――――――――――――――――
11月ももう半ば。
一枚……また一枚と朽葉を散らし、森もすっかり冬支度の装い。
それもまた美しく、自然と共に生きる実感を湧かせてくれる。
森の楽園、ここアシュリー男爵領。
――――我が男爵家が誇る新事業。「リゾート領地」は絶好調!
プレオープン期間である10月を、私達は予想を遥かに上回る純利益を叩き出して終えた。
本オープンのはずの11月が始まった時点で、すでに経営は順調と言えていた。
本当に有難いことに、もう再訪客と呼べるお客様が何組もいるのだ。
プレオープン以前から早期予約を入れてくださっていた、シャノン子爵家様やユール男爵家様などはその代表格と言える。
確かシャノン子爵家様は、この一ヶ月あまりで実に3回のご来訪。ユール男爵家様も、一週間後に控えたご予約で3回目を数える。
そして、狙い通り!
最初は平民階層に話が広がりようがないため、下級貴族を中心とした貴族のお客様しか来なかった。
しかし今や、親しくしている領主さまや取引先の貴族様から話を聞いたらしい、平民のお客様もちらほら増え始めているのだ。
これから本格的に冬を迎えれば、貴族のお客様は滅多にいらっしゃらなくなってしまう。
冬は上流階級の社交シーズン。
私達みたいな引きこもりとは違う、ごくごく一般的な貴族様方は、夜会やお茶会で非常に忙しくなる時期だからだ。
だからこそ、これは理想通りの歓迎すべき傾向だった。
平民の客層では……お得意様の領民と思しき人々の他に、各国の貿易商人さんたちが担う貢献も大きい。
この領地が皆が必要とする最低限の分量のみならず、業務用に多量の物資を仕入れるようになったのは、もう随分前のことだ。
ヴァーノンを最終目的地とする貿易旅団から少しずつ買っていたのを、この地の男爵である父様が表に出て、「アシュリー男爵領分物資」をあらかじめ用意してもらえるように交渉したんだっけ。
エレーネ王都を本拠とする貿易商人さんがこの地に行商にやって来たのは、そのさなかのことだった。
行商人が現れたとラルフから報告を受け、身支度を整えた父様が向かった先にいたのは。
「おお! 『から紅のアシュリー』氏ではありませんか!
どうしたんです、こんな片田舎で? 珍しい品の仕入ですかな?」
…………思いっきり知り合いであった。
というか、私も知っている人だった。
あ、この人ゴイル輸入商会のおじさんだ…………。
「いやあ……それが実はですね…………」
かくかくしかじかの理由で、未だに自分たちでも信じがたいのだが。叙爵されて貴族となり、今はなんやかんやでこの土地の領主をやっているのだ――――。
そんな夢物語のようなことを、なんだかいたたまれなくなりながら説明したなあ。
すると、大層驚いてはいたが信用してくれた。
「最近王都でご家族をお見かけしないから、どうしたのかとは思ってはいたんですけどもね……。いや、これは大変なご無礼を」と脱帽して頭を下げるおじさんを、使用人の皆も含む一家総出で止めたっけな。
「これまで通り接してください!」と。
まずそもそも、最近見なくなった知り合いがいたところで、「もしかして貴族になったのかな」なんて誰も思わない。
叙爵の噂など日々忙しい商人は把握してもいられないし、私達自身、知り合いに貴族扱いなどされても困る。
それは当然の話だった。
そこからは、歴戦の商人同士。
ビジネスの話となると早かった。
商人時代の人脈があったおかげで、私達は定期大口契約をかなりの安値で取り付けることに成功したのだ。
それだけに留まらず、新事業と聞くと商人の血が騒ぐのか。
恐縮にも「昔のよしみで何かお力になれることはありませんかな」とさらなる協力を申し出てくれた。
そこで私達が提案したのは、貿易商人の皆さんに「最安値で『ホテル』に泊まってもらう」こと。
各国を常に移動し続ける、長旅の疲れを癒してもらいたいという目的ももちろんあったが…………。
しかし、そこもやはり商人同士である。
私達の真の狙いを読み取り、それも含めて快諾してくれた。
そう、私達が行った第二の取引とは。
この近辺にお越しになる際、アシュリー男爵領に荷を売ってくれる貿易商人さん相手ならば、私達は必ず安価で宿を提供させてもらう。
赤字覚悟に見えるが、実はこれで収支トントン。その日分の人件費がギリギリ賄えるよう計算している。
向こうにとってみても、ただの屋根貸し宿屋と全く同じ額で、遥か充実したサービスの宿を借りられる。
まさに、互いに損のない取引。
その代わりの条件として、「行く先々でこの領地の概要を宣伝してもらうこと」を約束してもらった。
これにより、もし他に一切お客様の入りがない事態になったとしても、定期的に最低限の収入は確保することができる。
そして――――噂の届きようがない地域にも、リゾート領地を広く知ってもらう広報手段となる!
利回りの良い各国の商人を始めとした、新たな客層の創出に繋げられるのだ!
貿易商人の皆さんが約束を守ってくれていれば、いつの日にか外国人客が爆発的に来る時が訪れるはず。
「高級宿」「貴族のような暮らし」という需要は、どの国にもあるはずなのだから。
いずれエレーネ王国を代表するような観光事業地として、広くアトランディアにこの地が知れ渡る日も、そう遠くはないかもしれない。
ドートリシュ侯爵様からいただいた馬車は、今や8台にのぼる。
「今月の末頃までにあと2台をお届けしよう、もう暫しお待ちくだされよ」と恐れ多いお手紙が、先日届いたところである。
馬車係の皆は"馬車のシフト"を組んで、被ることのないよう回してくれているみたいだ。
つい3日前にお届けいただいたのは……漆黒のボディが金細工で彩られた、豪華な馬車。
走らせるのがもったいないほどにきらびやかで、芸術品と言っても差し支えない絢爛さだ。
……多分、お金に困った時にこれを売れば、丸一年は領民全員が食いつなげるだろう。それくらいのお金は注ぎ込まれていると素人目にもわかる。
間違っても売ることはないけれど。
おそらく、黒の部分は全て黒鉄。金とオレンジ色、赤色の装飾は、元は全て純金だろう。混ぜ物と加工法を変えることで異なる色合いを醸し出す、手の込んだ金細工でできている。
どこかで見たような気がする……と、私と両親は首をひねった。
その既視感も、よくよく考えてみたら判明した。
リアムの宮で見たのだ。
黒と金を基調とした金物作りは、帝国時代に流れを汲むヴァーノンの伝統工芸であるらしい。
調べてみると、「ヴァーノニック様式」と呼ぶそうだ。
ヴァーノン帝国のコアなファン層に受けそうである。歴史好きの貴族様なんかが拝み倒す馬車になるかもしれない。
何も知らずに乗っても、黄金の国の王族になったような気分で楽しめる。
誰もに愛される我が領地の宝が、またひとつ増えたのだった。
この『馬車コンテンツ』、評判は上々。
再訪してくださっているお客様から時折いただく、「事務所」あて――――つまりアシュリー男爵家直通――――のお手紙の中には…………
「馬車には種類があったのかね!?」「この前とは違う馬車が迎えに来た。細かい所に『夢』が仕組まれていて楽しい」といった、興奮や感動を伝えるご感想。
領地を楽しみ尽くしてくれているご様子が、すでに多々見受けられる。
領民の皆には、逐一お客様からのお手紙を見せている。
私達家族が屋敷から出ることはないため、毎日交代で定時報告に来る側近の5人を仲介して。
その顔は誇らしげで、達成感と充実感に満ちていて。
この間、「ただ食い扶持稼ぐだけじゃなく、都会の連中やお貴族様方にまでここを気に入ってもらえて。今の俺たちにゃ、出稼ぎなんかじゃ感じなかった楽しさとプライドが確かにある。このなんもねえけど大切な土地で、みんなで働くことができるたぁ…………。ホントにまだ夢見てんじゃねえかって思ってやす。
アシュリー男爵家の皆様方が、ここに来てくださって本当に良かった」…………なんて、とても嬉しいことを言ってもらえた。
領地に来たばかりの頃とは、皆の顔つきがまるっきり違う。
私達がやったことなど、ただの提案と資金提供のみ。
懸命に働いて、領地の評価を上げてくれているのは……紛れもなく、領民一人ひとりの力なのだけれど。
しかし素敵なお礼は有難く受け止めておくことにした。
――――皆の笑顔を受けて、より一層輝く森の煌めきを。
きっと天国のクローディア伯爵様も、一緒に喜んでくださっていることだろう。
……ただ、ジェームスたち5人が考えついたという、「面白い案」とやらはまだ教えてもらえないんだよなぁ。
せがんではみたものの、優しくなだめられるだけで聞き入れてもらえない。
馬車が10台全部揃ったら、相談も兼ねて教えてくれるという話になった。
でも、「★4レア馬車」「★5スーパーレア馬車」について。
まだ彼らに内緒にしているのは私も同じ。
10台が揃ったタイミングで選定し、大々的に発表したいからだ。
結局お互いさまということだろうか。
さらなる馬車コンテンツの充実が待ち受けていようとは、お客様も思いも寄らないはずだ。
より多くのご感想が殺到する光景や、お得意様の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
月末にはきっと、私達双方の計画を。
あそこに領民全員を集めて発表できる。
そう。テナーレの集会所に。
――――今新たに『リゾート施設』に生まれ変わるべく、大改築が進められている場所!
ドブ金の象徴。見るたびに代官の顔が思い浮かび、ただ胡乱気に睨むだけだった、この集会所の役割は終わる。
竣工は近い。ここはもうすぐ、西のリゾート領地を語る上で決して欠かすことのできない施設となり、領民の皆にとっては、誇るべき村の職場のひとつとなるのだ。
男爵家の若い使用人たちにも言ってはいない。
完全に箝口令を敷いて、私と両親、ジョセフとアンリのみが知る計画である。
せっかくある建物。使わなければもったいない。これは歴代の代官たちが残したものの中で、唯一有効活用でき得る資産だった。
皆の喜ぶ姿が見られるその日は、きっと近い。
ドートリシュ侯爵様への返礼品に考えを巡らせながら、その時を楽しみに待つことにしよう。
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リアムの住まうガーベラ宮へ招かれた日から、もう一ヶ月が経とうとしていることに驚きが隠せない。
そしてまた、次の来訪があと数日に迫っている。
「もう少しで、あなたをくれたご主人さまにまた会えるわよ。
私と一緒に行きましょうね。――――ルート?」
私が語りかけるのは、枕元に置かれたテディベア。
今はすっかり日課となった着せ替えを終えたところ。
あれは一ヶ月前、父様とロニーと共に帰宅した夜のこと。
この子を贈られたことが嬉しくて、つい皆に見せて自慢してしまった。
そんな私を見た母様とユノーが、たった数日でたくさんの小さなお洋服を作ってくれたのだ。
大切に手入れをするのを、ここ一ヶ月欠かしたことはない。
毛並みはふわふわ。まるでリアムの分身であるかのように可愛らしい。
両耳に飾られた、対比色のリボンが揺れる。
きっとこの子も、もうひとりのご主人さまに会えるのを心待ちにしているはずだった。
名前は考えた末、「ルート」に決めた。
ヴァーノンの上流階級で使われる人名であるらしい。
また、この子は約束のしるしでもある。
私とリアムを繋いでくれる、「route」になってくれますように、という願いも込めた。
初めて名前で呼んでみた時、なんだかこのテディベアもそれを喜んでくれているような気がして。
……以来、毎晩眠る前に話しかけるのも日課になってしまっている。リアム本人と話しているようで可愛いのだ。
読書の方も順調だ。
しかし一向に、先日リアムに課された"宿題"は読み解けずにいる。
少し残念そうにする彼の顔が、ふと頭に浮かんだ。それもまた愛らしいけれど。
あと数日後には、リアムとまた会える。
私の大切な友人と。
きっと、ルートが繋いでくれる絆。
……実は今回その他に、王都でやるべきこともあるのだが。
まあ、それは父様と一緒に頑張るとしよう。
「じゃあおやすみ、ルート。明日もお仕事頑張りましょうね!」
かつてリアムと共に過ごした、あの日が自然と思い起こされる。
「おやすみ」という彼の声が、ルートから代弁して聞こえたような幻想。
あとわずかに迫った再会の日。
高揚する気分のままに、意識を手放すのは早かった――――。
――――今にして思えば。
今、対峙する「この方」を目の前に考えれば…………。
この日の私はあまりに呑気だった。
……リアムに釘を刺しておく。手紙でだけやり取りをして、会う機会を最低限に抑える。回避の方法はいくらでもあったはずなのだから。
フラグが怖いと言っておきながら、それを回避する努力を何もしてこなかった――――。
現在のことは、自らが引き起こした油断が招いた結果と言えよう。
無意識に力がこもる、テディベアを抱きしめた両腕。
きしむ感覚に慌てて手を緩める。
リアムから贈られた。願いをこめたこの子。
リボンが紡ぐ約束の糸。
「ルート」は、リアムと私とを繋ぐだけではなく。
――――他者をも繋ぎ合わせるきっかけに。
『route』となってしまっていたことに、この時の私は未だ気付かずにいた――――…………。
■次回、ついに運命の邂逅……!




