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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
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carriage"s"

■作者、今週は怒涛の忙しさでした。更新が不定期になってしまい申し訳ありません。「リゾ計」を皆様に楽しんでいただけたら嬉しいです!

 ぱかりと開けられた口から漏れる、声にならない息の音だけがややの間室内を満たした。



 …………馬車?

馬車か。意外と実用的なものをくださるんだなぁ。


もしこれで「私の感謝に見合う量の宝石を差し上げよう!」とか仰ったならば、引き続き拒否の手段を模索したところだけれど。

容量の少ない古びたパソコンに計算させるが如し、突破口をなんとか探るべく。

嫌な音を立てながら必死に高速回転させていた頭の動きを、今ようやく止めた。




 いや、でも。

もっと桁やスケールの違うものが飛び出してくるかと身構えていたため、一瞬インパクトが薄れたが、馬車自体かなりの高級品。

当然、馬もセットで購入する必要がある。馬車とその馬の維持費もかかり続け、単純に購入金額だけでは済まない。


平民の身分で自分の馬車を所持しているのは、相当身周りの良いごく一部の層に限られる。

一般市民が一生のうちに乗れるのは、王都や各領地が管理運営している貸し馬車がせいぜい。

実質貴族専用、富の象徴と言って良い。


 私達アシュリー家はと言えば。

褒美の品としてあの時貰いでもしなければ、それこそ一生用意することもなかっただろう。



…………だって所有する馬車(移動手段)なんてあったら、遠出できない口実がなくなってしまうじゃないの…………!


無用の長物。猫に小判も良いところだ。



 父様があまり出仕する必要もなくなった現在、我が家の紋章入りの馬車はリゾート領地で存分に活用されていく予定だ。

今日侯爵様を関所からこのホテルまでお連れしたのも、ヒューゴを始めとする馬車係の皆が運転する、まさにその馬車である。


「領地観光にお客様を乗せている真っ最中なのに、男爵様ご一家が急遽おでかけに使われるそうだ!どうしよう!?」…………なーんて事態は、心配すること全くなし。

絶対に起こり得ないと言い切れる。

『アシュリー家が外出したいと言い出した』ということの方が、よほど予期せぬトラブルだろう。異常事態とさえ言える。




 思考が逸れた。論点が違う、そんなことよりも。


たった今考えたように、また話題にも上ったように。

私達は褒美の品として、()()()()()()()()()()()()


 ……なぜそれをご存知でいながら、あえてまたしても。

侯爵様個人で馬車をお贈りになる必要性がある?

どうしてわざわざ馬車というチョイスがなされたのか?


 そのうえ冷静に考えれば考えるほど、馬車一台の贈り物はやはり高価すぎる。先程の私は少々呑気に捉えていた。


 国からいただいた馬車だって、それこそまさに「国」からもらったのである。

国家予算クラスの桁違いなお金をもってして、ようやく贈り物の枠になり得るもの。とても個人からいただけるようなものではないだろう。

 これは例えるとすれば、道で偶然助けたおじいさんが大企業の社長で、『お礼に私の秘蔵のベンツをプレゼントしよう!』と言われたのに近い。




 と、考えた直後のこと。

なんとなしに遠目から眺めていただけの書類を、譲渡の理由などが書かれていないかと隅から隅まで読み込み始めていた。


 そこで私は目を疑った。おかしい、あまりにもおかしすぎる。

両手の拳で荒く目をこすり、大げさなくらい瞬きをしても。視界に入ってくる情報は、その見方を変えてくれることはなかった。


"10 carriages"(馬車10台)



じ……………………

じゅ…………10台!?


いやいやいや!嘘でしょ、何言ってんのこの人!とは直接口には出さないけども!

いくら見ても10と記された数字に間違いはない。複数形を示すエリエッタが末尾に付いている。

じゅ……10台!?いや何度でも言うよ、私は!



 訂正させてもらおう。

これはもはや言うなれば、道で助けた外国人が石油王だったのと同義である。

現在起こっているこの事態とは、お礼に彼のカーコレクションを分けてもらう、といったところか。ベンツやフェラーリ、リムジンといった高級車の数々を、目の前に自家用ジェットで運んで来られた気分だ。



 開いた口が塞がらない。

でも正確な金額がわからない私には、今ひとつ現実的に状況を掴み切れていなくて。


今にも気を失いそうな青白い顔をした母様に、小声でおおよその総額を聞いてみた。

 母の実家は大豪商。今は母の兄二人、私にとっての伯父たちがニ家族で協力して経営する貿易通運商会である。

何度か遊びに行ったことがあるが、荷馬車の他に家族用の馬車も所有している。

母は当然平民でありながら、先に挙げたように、「相当身周りが良い」家に馬車がある環境で育った大金持ちのお嬢様なのだ。


 吐息も震えながら耳打ちで告げられた金額に、目を剥く。そのまま目がこぼれ落ちるのではないかとすら感じた。


こ…………この石油王!侯爵!評議会議長め!

……どれも悪口じゃないな…………。





 「閣下…………?あ、有難い限りにございますが……。正直なお話、使い途もないかと…………?宝の持ち腐れとなってしまいますわ。あの、これはなにゆえ…………」


放心したままの父様に代わって、なんとか気力を奮い立たせた母様が相変わらず震える声で質問した。


 その通りなんだよね、実際。

馬車10台もあって何をしろと言うのか。

コレクションとしてのプレゼントだとしたら、侯爵様のセンスが独特すぎる。成金趣味。

よっぽどおでかけがお好きな高位貴族様ご一家であっても、せいぜい3台くらいあれば十分なんじゃないかな。10台をフル稼働させる状況なんて思い浮かばないけれど…………。



 私達は、その後良い意味で仰天することになった。

その回答は全く思いもよらず。しかし心底納得のゆく、本当に私達のためになる嬉しいお申し出だったのだ。





――――――――――――――


 「リアム殿下からお伺いしていた、この領地の“コンセプト“。

概要を聞き及んだのみでも、実に面白きアイデアに思わず唸り声をあげたよ」



『宿』自体に意味を持たせること。

発想の転換であり、逆転。最も思いもよらなかった妙案だ。

…………そのように絶賛していただいた。



 侯爵様のお話。それは、この世界の固定概念と呼べるものだった。

要は、「まず見るものありき」。

観光名所があるから、そこに宿を造る。貿易や流通の拠点に、宿を置く。


平民たちが仕事や旅の都合上、どうしても最低限の衣食住を確保する必要がある。そうでなければ万全な仕事はできないし、旅を存分に楽しむこともできない。

 でも、あくまでそれだけ。宿というものは、「必要最低限」の域を決して出ることはない。

そして貴族にしてみれば、一生縁もゆかりもないもの。事実、利用せざるを得ない状況など想像したこともなかったと言う。


 アシュリー男爵領地の『ホテル』という宿は、その真逆を行く。

まず、「宿ありき」。

最低限の衣食住。その枠を外れた、"高級宿"という全く新しい概念。

しかしただ高級路線をアピールするだけであれば、いつか遠い未来。どこかの誰かが思い付いても不思議ではなかった。



「そこへ――――身分を問わずただ懇切丁寧に接するというのも違い、単に客人を『貴族』や『お大尽』と持て囃すのでもなく。

相手を『この地の領主』という、他に二つとない存在に仕立てあげる」


目を瞑り、噛み締めるように話す。本当に恐れ多いことだが、もうご表情に感心の思いが滲み出ていた。


「これはまさに、何をしようとも領主が出張り、その存在がちらつく他の地では決してできない体験。長らく領主貴族不在であった事実があり、新しき領主の貴殿らご一家が、未だ周知されていないこの地にしかできぬことだ」



 侯爵様の語った私達の狙い。

それはリアムにも話していないほとんどを、ピタリと当てていた。

……そう、奥底の内心。「アシュリー家は絶対に外に出たくない!」という、真の狙いを除いて…………。

 


「ここに参った客人は、ただの観光客ではなくなる。彼の者こそは『領主』にあたる。……この"コンセプト"の為す目的。これにはいたく驚かされた。

この地は豊かな自然が何よりの魅力。領民たちはもちろんのこと、我が友。エドの最期まで愛した美しき森と沼…………。しかしながら……代官たちが良い例だな。田舎の風景を愛せぬ者もいる。華美に遊ぶことを観光と捉え、のどかさに魅力を感じ得ぬ者がいる。それは個々人の好みであって、責めるべきではない。


だが、アシュリー男爵領はそれを仕方なきこととはしなかった」



その通りです、とまだ言い終わらぬうちから口を挟みたくなった。

この先に続くお言葉がもうわかっているから。

クローディア伯爵様は「二手先を読む」方だと仰っていたけれど、ドートリシュ侯爵様には一つの物事を、裏側まで深くご考察するお力があるのではないだろうか。



「客人こそが『領主』。この『ホテル』という宿を『領主邸』と定義することによって、自然とこの地はその者の『領地』と位置付けられる。

――――素晴らしいお考え、実に感じ入った!


前述のような者は、普通にさせていては森を観て回ろうという気すら起きないだろう。しかし、そこが自分の財産。自分の治める領地となれば話は変わる!

高級宿によって儲けを出す。領民に領主が主導し保証する安定した仕事を与える。貴殿らは、それらの基本的な目的も果たしながら、この土地が『誰からも愛される領地』となれる手立てを構築してくださったのだ!」


「…………ドートリシュ侯爵様……」



 呟きが漏れたのは、両親のうちどちらだったか。


やはり閣下は、私達に常にお心を寄せていてくださったのだ。

……それを私達は……のうのうと引きこもり続けて…………手紙で挨拶全部終わった!みたいな気になって…………。



「ここにいる私達のみならず、領民たちの故郷であるのみならず…………他の誰からも愛される土地となること。それは言わば、クローディア伯爵家が最期まで成せることのなかった領主の仕事。

貴殿らをこの地に招致すべく取り計らったは、全てにおいて正しきことと知った。まだ赴任し間もない中、かような偉業を遂げてくださったのだからな。


本当にありがたく……御礼申し上げたい。

――――ありがとう」




 ちなみに今私は、侯爵様のお膝に座っている。

いつの間にやら完全にお膝抱っこされていた。

深々と頭を下げ、立ち上がってさらに身を深く沈めようとした両親を良い良い、と杖から手を放してなだめながら。

もう片方の手でそのまま頭を撫でられた私は、まるで領民か誰か。ジェームスたちとかから褒められたような気になってしまい、つい油断してえへへと照れ笑う。


 続く言葉に、神妙に顔を引き締め拝聴することになるとは思わずに。



「だからこそ。――――馬車だけが惜しい」



――――――――――――――――



 侯爵様のご提案とは――――



"差し上げる10台の馬車それぞれに、異なるデザイン・紋章を施してはどうか"

ということであった。


 今日ここにいらっしゃるまで悩んでいたものの、先程領民が運転してくれた馬車を見て、それまでの悩みが嘘のようにたちまち思い付いたらしかった。

その馬車とは、つまりアシュリー家の紋章が刻まれたもの。

 

…………何が問題だったのか?

疑問は私達自らが解決できることはなかったが、ぽつり語られた話を聞けば大得心だった。



 


 

 アシュリー男爵家。その紋章は。


アシュリー(トネリコの木)」というその名が指し示す通り、トネリコを象っている。

まあ、叙爵された時に新しく考案したものではない。

先祖代々使っていた商会時代の紋章から、「日用雑貨 王都アシュリー商会」の記載を取っ払っただけである。



トネリコの緑色の葉の中に、「商家」のイメージカラーである澄んだ青色の葉が混じっているデザインだった。

今のデザインはと言うと、商人魂を決して忘れないようにするため、青色の葉も残してあり。

当代のアシュリー家の象徴とも言える鮮やかな赤色の葉、有難くも男爵位を戴いたので、「貴族」のイメージカラーの黒色の葉も混ぜたものとなった。

緑・青・赤・黒。4色の葉色が綺麗に配置された、トネリコの葉の一房がモチーフだ。



 私達は…………というより私達家族の命を受けた領民たちは、その紋章が刻印された馬車に乗せて侯爵様をここ、ホテルまでお連れしたわけだ。


 侯爵様曰く。

「そちらの馬車一台によって、せっかくのコンセプトが文字通り台無しになってしまう恐れがある」とのこと。


 本当に、聞けば納得。

どうして今の今まで考えつかなかったのか、逆に甚だ疑問である。

だってこの紋章。リアムとの会話にも上ったことがあるが――――

このたび新しく発行された、()()()()()()()()()


最初のうち……せいぜい数回程度の再訪では何の気にも留められずに済むだろうが、何回かご覧になればだんだん紋章の一つや二つ、記憶に残ってくるだろう。 

つまりは、そのうちお手持ちの紳士録を見て、いなかったはずの『この地の本当の領主』の存在に気付かれてしまうではないか、という危惧だった。


 アシュリー男爵家の馬車は、それこそご家族で時折使用するに留め、普段他者の目に触れぬようにした方が良いだろう、とも。


 ……いや待てよ、屋敷に紳士録を所有する貴族だけではなく、平民のお客様だって図書館で読んだりできる。

それだけではない。一人のお客様が気が付いてしまえば、知り合いの貴族、ご自分の領民たち。一人、また一人とやがてお話が広がってしまう。


その後はアシュリー家の紋章がしっかり刻まれた馬車で関所に来られるだけで、もう気分は萎えてしまうだけだろう。

 …………実際にご来訪予定のユール男爵家様方をお迎えする前に、こうしてご指摘いただけて良かった。本当に良かった!





 侯爵様は、その恐るべき可能性を見兼ね。


『存在し得ない架空の紋章』を刻印した馬車を贈ってくださるという。そしてデザインも、遊び心を交えたオリジナリティあふれるものに。


"関所へ迎えに来る"。"観光に利用する"。

そのお客様が当日お使いになる馬車を「完全にランダム」に。

どの馬車が迎えに来るのか、その時まで誰にもわからない。関所をくぐった瞬間から、そういった楽しみ要素を設けてはどうか、とご提案してくださったのだった。


これはまさに名案。素晴らしいアイデアだった。

……正直、この領地内でそうした案が出なかったのを悔しくさえ感じた。



 先程大企業の社長や石油王に脳内で喩えたが、実情は少し違ったようだ。

適切に表現したら、『知り合いの車屋の社長に社用車を斡旋してもらえる』というのが近いかもしれない。


 適当な紙にサラサラと羽根ペンを走らせ、プロ顔負けの仮デザイン案を見せてくださった。





 例えるとすれば。

――――――それは「馬車ガチャ」と言うべきだった。


■今話中に出てくる「エリエッタ」は造語です(地球でも名詞ではあります)。

□「エレーネ語におけるアルファベット」のような意味、エレーネ文字のことを示しています。

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