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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
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「お礼」。エレーネ語は難しいですわね



 「き……期待とはいったい……。滅相もないお言葉にございます…………」


そう返すのがやっと。そんな父様の気持ちはよく理解できる。

恐縮です、と繰り返すばかりの母様の気持ちもまた然り。


実際、本当に滅相もない。

というか心当たりがなさ過ぎるのだ。

先程から感謝のされ通しで、私はとぼけた顔で首を傾げることしかできずにいた。

……これが美少女であれば可愛らしいところであるが、傍から見た今の私は、遠くの獲物を注視している赤いフクロウでしかないだろう。



だがそれは決して、的外れなものではなかったと後にわかる。


私達が領地のために考えたことで、絶対に皆のためになること。

しかし絶対に他者からの理解は得られないだろう、と腹を括っていたこと。

侯爵様はそれについて、何よりの感謝の気持ちを持ってくれていたのだった。




「つい先程、私は申したな。『信じる』とは。

時に何より残酷で、無責任な感情であると――――…………。

愚かな私はそれをよくよく思い知ったつもりでいて、再び同じ過ちを繰り返したのだ」


そんな、と呟く声は私だけから出たものではなかった。

でもその後に続く言葉は見つからなくて。部屋の空気と混じり、掻き消されてゆく。



「この地に派遣予定の代官たち。その業務評価程度には目を通していた。実に優秀かつ勤勉であったようだ。……盲従の無能の上司は、やはり無能。彼等の上司の目が映す限りはな。

私はそれを"信じ"た」


その信頼は、きっと本物だっただろう。

しかしその先に待っていた結末は。

代官たちは……その何もかもを裏切っていったんだな。改めて痛感し、歯を食い縛る。



「私は代官たちを信用した。きっとこの美しき領地を愛す者となってくれると。エルトとテナーレの民、エドの遺した宝を守ってくれると。信じて任せたのだ。

だがそれは…………『信頼』との小綺麗な言葉を借りた、『責任放棄』であった。

……あやつの親友として。近郊に住まう同等格の領主として。そして多少の無理さえ通せる、大臣職を有す高位貴族として。

でき得たはずの権力の行使、精査、罰を恐れぬ"干渉"…………。私が為したこととは、それらの一切を放棄するということだった」



領主代理と言えど、きっとクローディア伯爵様と同じように。

領地や子供たちを愛してくれる。同じ領地に暮らす仲間になれる。


…………そんな皆の期待と信頼、希望。

ことごとく裏切り、傷付け続けてきた代官たち。

やはり、彼らの罪は大きく重い。

彼らが傷付けたのは、領民の思いだけではない。


この美しい領地を。そこに生きる民を。葉波ざわめく森を。

共に愛する目の前の御方。

ドートリシュ侯爵様のお心をも深く傷付け、抉り。皆に消えない傷痕を刻み込んだのだ。




空を覆っていた長い雲が、その頃太陽から引き渡ったのだろう。

窓から烈日の光明が差し込み、眩さは反射的に目を瞑らせた。


次に目を開けた時。

――――なぜか侯爵様の表情は、先程までの険しく顰められたものではなく。

春の日差しに目を細めるような、柔らかな顔付きへと変わっていた。





「エドが他界してからの数年……この領地が失ったものはあまりに多大であった。

その最大の損失とは、すなわち『誰かを信じる心』。

……森は長い時間をかけ、やがてその姿を取り戻せる。懸命に働き、また上に立つ者に恵まれさえすれば、失った金はいつか何倍にもなりその手へ返ってくるだろう。


しかし…………命、そして心というものだけは違う。傷付いたが最後、再生や回復の余地を残さずして。一片のヒビから粉々に壊れ、跡形もなく失われてしまうものだ。失くした信頼や友愛の"心"は、決して元に戻り得はしない」




 …………噛みしめるようにゆっくりと語られる、閣下のお話を聴きながら。

私は初めて領地に挨拶回りへ行った日のことを思い返していた。



女性陣やご年配の方はわりと最初から優しかった。


きっとそれは、私という幼子がいたからで。

両親だけで行っていたならば、正直同じ態度でいてくれたかはわからない。

優しく接しようとしてくれていながら、その顔は引き攣っていて。

笑顔で接する、挨拶を交わす。お喋りそうな人ですら、それが「一生懸命」な様子だったっけ。


働き盛りの男性方の態度は、厳しいどころのものではなかった。

目の前で話しかけていようとも、その瞳は私達アシュリー家を見てはいなかった。


それもそのはず。彼らの目に映っていたのは、私達の姿そのものではなく。

「伯爵様のご資産を喰い荒らし、守るべき妻子を貶める敵」。

――――歴代代官たちと重なって見えていただろうから。

口を利いてもらえるようになるまで何ヶ月かかるか。相当な長期戦を覚悟したのを覚えている。




「ほんの一、二年前。国の代表としてこの地を訪れた時分に、目の当たりにした……エルトとテナーレの民たちのあまりに生気のない、濁り淀んだ沼の如き表情。

それは私にのしかかった、重き十字架。あの日は生涯忘れ得ることはないだろう」


そんな矢先。ジェームスたち5人と出会った。

……いや、「出会い」と言ってしまうには、それは少々鮮烈すぎた邂逅だったかもしれない。

あの5人と少しずつ関係を構築してゆく中で、そこにはいつしか絆の種が芽吹き始めた。その芽はやがて、領地中に広がって。

彼らがいてくれたからこそ。

皆がひとつの大家族であるかのような結束も、今まさに私達が過ごすこのホテルも、手にすることができたのだ。




「国や権力への猜疑心、憤怒や遺恨の思い。そして絶望…………。『心』が壊されてしまっていることは見るに明らかだった。その決してさせてはならぬはずの表情は、私をも絶望に染めるに充分。

痛感した。私はなんとも悪質にも、知らずのうちに親友が最期まで守りたかった宝……私にとっても確かに宝と言い切れる、領民の笑顔を打ち砕く、悪魔の所業に加担してしまっていたのだとな……」



侯爵様のお話と私の回想は、まるで全くの別世界。

鏡の国のように相反する世界の出来事であるかのよう。

しかしこれはどちらもこの領地で起こった、紛れもない正史の物語なのだ。


そこまで考えて、ふと気付く。


閣下は『失った心は二度と戻りはしない』と仰った。

しかし今、私達の手中には。

領民の信頼が、互いを思い合う心が。領地を愛し、伯爵様を想う心が。

…………確かに存在しているはずだった。


どういうことだろう?

自問する前に、感覚がその答えを悟らせてくれた。

つまり――――



「――――領民たちの『心』。あやつが愛し、最期まで憂いた何よりの宝。失ったはずのそれを取り戻し、閉ざされた闇にいた者を救ってくれた。

……新たなる種を植えた、と言う方が的確か。遥か昔、この中央の地に叡智という一粒の種が蒔かれ……やがて大陸アトランディアに文明の森が広がったように」



そう、侯爵様のお話はきっと全て正しくて。

領民の『心』は、壊され失ってしまったはずだった。

そしてそれは、伯爵様がご存命の頃と同様には決して戻りはしない。


では。今私達が手にする領民との絆は。

「クローディア伯爵様との間」にあったものとは違う。

私達アシュリー男爵家との間に、新たにできたものなのではないか。

きっと、私達が創り出した新しい『心』。

自惚れとも言えるこの考えを口に出すことはなかったが、まるで読み取ったかのように頷き、その全てを肯定なされた。




「一度崩れ去り、粉々に壊れた信頼の心。ちょうどアイヴィベリーの森が奪い壊されてしまったように、信頼という森は失われ、吹き荒ぶ風が轟々と渦巻いていたはずだった。元に戻りはしないそれは、今確かにここに在り。『アシュリー』という名の木漏れ日を浴び、豊かに肥え茂る。

そなたたちは彼等を守り、導き。そして赦しを与えることで、『心』を再びゼロから。種から創り上げてくださったのだ。救い出されたのは領民だけではない。……この老骨、私もまた然り。これを感謝せずして、何を思えば良いのか」





 …………今日何度目か最早わかりはしない。

心がぽかぽかと暖かい。感謝から伝わる感謝の念、「こちらこそありがとう」の気持ちでいっぱいだった。

じんわりと染み渡る感動が、瞳に静かに涙を誘発させる。


父様は何と返すべきか、同じように涙ぐむのを堪えながら、言葉を探しているようだ。

これ以上有難いお言葉をいただける筋合いは何もないため、感傷に浸りつつじっくりと。


そんな折、次に口を動かしたのは。

……事もあろうに、再びドートリシュ侯爵様であった。



「爺は前置きが兎にも角にも好きでな。話が長くなり申し訳なかった。本題に入らせていただくとしよう。

話というのは他でもない!この私から改めてお礼をさせてくれたまえ」



……ん?

いや、お礼だったらもう十分していただいたよね…………?

侯爵様のお言葉を借りるならば、「これをお礼と言わずに何とするか」といったところか。


三人揃って、数秒脳が空転する。

おそらく顔文字のような……しょぼん顔と言うべきか、実にコミカルな表情を以心伝心閣下に見せ付けていることだろう。


脳が検索結果候補を弾き出し、意味を察するまでやや時間がかかった。

そこで私達は、この長い時間全く気が付いていなかった、とある大きな思い違いに気付く。



「今日まであれこれ思案しており、しかし高潔なアシュリー男爵家にこれぞ相応しきと呼べるものは、ついぞ考え付かずにいた。

だが本日の来訪によって、実に良き候補が見付かった!」




「お礼」。

 意味は二つある。

感謝の言葉を贈ること。また、それを受け取ること。

もうひとつは、功績や実働に対する感謝を、象徴としてそれ相応の物品を贈ること。


私達は当然、前者の意味だとばかり考えていた。

お礼をいただけることすら、身に余る光栄。

そもそも高位、それも大臣級の身分にある方から何かお品をいただけるなど、本来未来永劫、子孫永代にまで受け継ぐべし"下賜"にあたるのでは…………。



「私からの感謝、深く御礼申し上げる。僭越ながら、領民たちの感謝をも代理しようではないか。…………加えて、贖罪も果たさせていただきたい。

どうか快く受け取って欲しく存じ奉る!

いかがかね?私がぜひ贈りたいと考えるは――――」




――――やっぱり!


両親の顔から一気に血の気が引いてゆく。

青を通り越して白い。

私も嘘でしょ?とつい口まで出かかったが、慌てて押し留めた。



侯爵様の「お礼」って。


恐れ多くも何か『贈り物』をいただけるっていうこと!?

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