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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
39/91

追憶の悔恨 友へ

■短文投稿。お話の展開や引きに合わせ、各話字数調整をしていきたいと考え中。



 ――――クローディア伯爵様の「宝」。


そのお言葉が意味するものは、…………きっと。

謝るべきことだと。ほんの数時間前まで、理解を求めねばならないことだと思っていた。


ああ……でも。

顔を合わせたことなどなくとも、この場にいる私達は皆。

思いはずっと一つであったのかもしれない。

亡き親友の遺した宝。恐れ多くも私達が受け継いだ"宝"。

それを憂い、想う心によって。


かくしてその想像は、間違っていなかったことを知る。




「私はな。…………貴族にとって何よりの宝とは、領地に住まう民たちであると思っておる」


……そう語る侯爵様のお顔は……陽光に輝く森が、突然の厚い雨雲に覆われてしまうかのように、深緑の瞳が陰を差し。

まっすぐ私達アシュリー家を見据え、目が合っているはずの視点は……どことなく、なんとなく。

私達を通して、その後ろの影を。かつての領主(友の面影)を見ているように感じられる。

固く強く握り締められる拳は悲痛の思いを醸し出し、苦悶の表情をより一層強調していた。



「侯爵閣下という称号。宰相や議長といった役職など、ちっぽけな私の前にはなんの力も持たぬもの。それを痛感する日々であった…………。私は、私は……先に逝った友の遺した宝に、何もしてやることができなかったのだ……!」




 それから……ドートリシュ侯爵様は、とつとつと語って聴かせてくださり、私達もまた時間を忘れ聴き入った。

どれほど針が時を刻んだのだろうか。


親友との世を隔たれし別離。死を悼み、悲しみに暮れる暇もなく、王都で職務に忙殺される日々。友の財産を護りきることのできなかった悔恨の念……お独りで抱えられてきた苦悩。

そして、有難いお言葉の数々には決して値しないだろう、私達への感謝の思いを――――…………。



―――――――――――――――――――



 「クローディア伯爵領は元々、今はブルストロード領に併合されておるバレトノ地区。そして我が領地となったシプラネ地区をも統べる辺境伯家でな。かつて好戦的だったヴァーノン帝国の侵略戦争を未然に防いだり、挑発行為をこの地のみで抑え込んだりと……国境を守り続け、長い歴史の中にたびたびその名を残す。エレーネの誇りと言える名家であったのだ」



以前案内役の役人さんからも同じことを聞いた。

しかし、丁寧に説明してくださろうとしているのがわかるからこそ、私達は皆口を挟まずに傾聴していた。

どうやらエドウィン・クローディア伯その方のみならず、ここは代々にわたりご立派な伯爵様が治めてきた土地だったようだ。

尊敬がより深まるばかりである。



 …………たびたびその名を残すと言えば、たびたびその名を聞くことの多いブルストロード伯爵家。

ご近所さんであるのにも関わらず、そう言えばお会いしたこともなく、どういった家族構成なのかすらも知らない。

一応そちらにも引越しの挨拶代わりにお手紙は出したのだが、全く音沙汰なしだ。


実際原因は私達側にある。

本来ならばパーティーなんかを開催してお招きし、歓待してご挨拶をする。

"貴族らしい交流を図る"のが筋だったのだろう。

もしくは最新版がアシュリー家の手元にも届いた、紳士録。

これを開きさえすれば、基本的な情報もわかるというもの。

何ら積極的に交流を持とうとしない私達が悪い。


しかしまあ、御方々は。

きっとアシュリー男爵家につゆほどの興味や関心もないと思われる。

ドートリシュ侯爵様とは違い、あちらとはこれからも関わり合いになることはきっとないのだろうな…………。




 「あやつもまた、クローディアの名に違わず……優れた剣術の腕、あらゆる武芸に秀でた肉体を併せ持ち、"エレーネ西方の砦エドウィン"の二つ名は、国の内外に広く知れ渡っていた。

…………かように頑強な身体が、みるみるうちに弱り……脆く朽ちてゆくとは、いったい誰が想像しただろうか」



侯爵様の沈痛な面持ちは、当時のご心境と共鳴しているように感じた。


クローディア伯爵様が心臓を患っていることが発覚したのは、五十路を目前に控える、寒冷の風も凪ぎそよぐ冬の終わりのことだったそうだ。


――――奇しくも。いや……むしろ道理であったのか。

侯爵様はそう述懐する。


それは最愛の妻、アデレード・クローディア伯妃がこの世を去った日から。

……ちょうど一年を迎える、忌むべき日のことだったのだとか。




「一枚の肖像画すら残っておらぬのが口惜しい。目の覚めるような美しさで、夜会で彼女の名が話題にのぼらぬ時はなかったと記憶する。……だが、美人薄命の定めということか…………双子神が早く御許にと望んだのであろう。病弱であったご夫人は、流行り風邪をこじらせ、そのまま…………」



 お話はぽつり、ぽつりと、水滴が滴るように。

悲哀を滲ませながら続く。


その後……クローディア伯爵様の悲嘆は、尋常なものではなかったそうだ。

侯爵様が何度声を掛けようとも、聞こえてさえおらず。

外部の情報を一切拒絶しているかのように、夫人の墓の前から一歩も動かずに。喉を枯らし、エルトの森に慟哭の叫びを響かせるだけの日もあったらしい。



それは使用人や領民たちの力強い支えがあって、ようやく立ち直りの兆しが見えた頃。

すっかり目は窪み落ち、こけた頬が痛々しくあったが……その日王宮へ久しく出仕に上がった伯爵様は、冬の寒さを吹き飛ばすかのような昔と変わらぬ陽気な笑みを宮廷の皆々に見せ、侯爵様を始めとした旧友たちに安堵をもたらした。


…………その日の夕刻のことだった、と。

馬車に乗り込もうと外廷から一歩を踏み出した矢先、突如胸を抑えその場に倒れ込んだそう。

病気知らずで知られたクローディア伯の病の噂は、瞬く間に貴族社会に広まることになった。



「心痛に咽び……苦しんだあやつが心臓を病んだは、後にして思えば必然と言えたのやもしれぬ。…………"信じる"とは、時に何より残酷で、他者に全てを押し付けるだけの感情だ。私はあやつの強き心身を信じた。今に立ち直ると信じておった……。無責任にも、な」


それでも、エドはよく生き抜いた。

…………伯爵様への称賛の言葉。強固な絆を感じるとまた同時に。

その呟きには、ご自分に対する嘲笑と自責の念も込められている気がした。



「だが私達は……真にあやつの『心』に寄り添い、救い切れてはいなかったのだな」


ドートリシュ侯爵様……。

そう発したのは、誰からともなくのこと。

自嘲に涙ぐむ侯爵様を前に、他に掛けるべき言葉など見つかりはしなかった。



暫し。

沈黙は侯爵様のお心を慰める……静寂を運んでは来てくれなかった。

耳に届くのは、もうすぐ冬を連れて来る深冷の風。

胸のざわめきを囃し立てるようにも聞こえて。


いつもは何より美しく感じるその音色が、領地に虚しく響いた―――――。



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