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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
32/91

リゾート領地、開幕ですわ!


 暗雲立ち込める昨日からはうって変わり、天は高く蒼映で。日輪が空と沼に煌々と浮かび上がる。

 紅化粧の森を遥か突き抜け、遠い山々の向こうまで続く清爽の秋は。喩えるならば広大な宮殿の、なめらかな青の天井が敷き詰められているかのよう。

 樹木の葉から差し込む日の光と、沼の神秘的な反射をいっぱいに浴びて、森にそびえる白亜の城。


 森の小さな領地、アシュリー男爵領は――ついに今日という開幕の時を迎えた!


 貴族ぐらしの里、その根幹を担う「ホテル」。

 領地に住まう者の実に全員が、今この場へ集結していた。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます! 私共からほんのささやかなお礼の会とさせてください。これまでのご協力、感謝の限りです。本日は慰労と落成のお祝いを兼ねておりますので、どうぞごゆっくりお過ごしください。では、これからの決意もここに表して。――乾杯!」

「乾杯!!」


 この地の領主、ヴィンス・アシュリー男爵のかけ声と共に、たちまち湧き上がる歓声。

 場は一斉に華やいで、静かな森の領地は熱気と興奮に包まれる。


 今日この日を、皆で迎えられて本当に良かった!


  ◇◇◇


 側近五人組に伝言を頼んでから、約束の一週間。

 領民の皆が続々と集まり出し、やがては全員が勢揃いしたことが判明した時は、とても嬉しかった。

 またこのたび晴れて正規職員となった若者たちの初仕事と、その人望にもいたく感心した。


 ……したはずだったのだが。

 会話の流れの中で、今日皆に集まってほしいそもそもの理由が、領民のほとんどに全く伝わっていなかった事実が明らかとなった。


 状況を整理していくと、伝言ゲームさながらになっていた。

 認識と情報量には区域ごとに差があったのだ。


 まず第一に、「『一週間後、十時。ホテル前に集合せえ。一家総出で準備して、雁首揃えて来い』と言われて来た」という勢力。

 うち、「決闘だと思った」が五十二パーセント、「遠足だと思った」が四十八パーセント。

 第二に、「『オレ正規職員になったんだで! すげぇべ? な、すげえべ! んでな、七日後! 一週間後に十時集合な! 来れなかったら良いから、ホテル前に来いや! ……オレ、今日から正規職員なんだで!』とまくし立てられて来た」という勢力。

 この勢力の内訳は、「よくわからないが、遊んでほしいのかと思った」が実に九十八パーセントを占めた。


 このように、認識が大きく二つに分類されることがわかってきたのだ。どっちも大差ないけど。

 全然伝わってねーじゃねーか!!

 思わず声を荒げてツッコミそうになったが、すんでのところでそれは堪えた。


 ……「ホテルの落成式とお祝い」という正しい目的を理解していたのは、統計の結果わずか数パーセント。

 足りない言葉や感情を読み取って、その裏の事情を推測できる五人それぞれのご家族。そして、ジェームスに伝言を伝えられたテナーレのカンファー区域の住人だけであった。



 もう話を聞いただけで、どれが誰によるものなのかがわかる。


 最低限の情報だけを伝え、あらぬ誤解を生んだのはバートとオリバーが担当した地区の住人だ。

 二人共、クールだからなぁ……。

 正規雇用された喜びを懸命に抑え留めながら、伝言の任務はしっかり果たそうとした結果、言葉足らずになってしまったのだろう。

 集合時間と集合場所という必要事項は伝わっていたが、決闘だと思って来た人は警戒心と緊張感を顕わにして来ていたし、奥さんや子供に革素材のものをたくさん着せて防具にしていた。護身用と思われる武器を持たせている人も。

 また遠足だと思って来た人は、テンション高く家族揃ってリュックと登山靴の完全装備で現れるという、傍から見る限りは面白い事態となっていた。


 そのため十時時点において、テナーレのポンドウィスト区域、エルトのラズクラン区域とマーシュワンプ区域の住人たちは、皆が思い思いの格好とテンションでの集合となったのだった。


 この三区域の誤解が解けるまでには、時間を要した。



「何がなんだかさっぱりようわからんが、機嫌がいいことと、十時にホテル前に行けばいいことはわかった」と疑問符を浮かべたまま来てくれたのは、ラルフとヒューゴが担当した地区の住人である。

 伝えるべきことは伝えてくれたようではあるが、とにかく終始嬉しそうにしており、大はしゃぎしていたそうだ。

「アイツらがまだチビだった頃を思い出した」と、おじいちゃんとおばあちゃんたちはほのぼのしていた。彼らの子供たちと何が違うんだという声も出ていた。

 彼らと歳が近いがグループが違うらしい若いご家族なんかは、「で、何して遊ぶよ?」と遊び尽くす気満々で来ていた始末である。

 完全に遊んでほしいだけだと思われている、この二人……子供扱いされてるじゃないの……。

「遊んでほしくて声掛けて回るわきゃねーべ!」とマジギレしていたが、そういう解釈をされても文句は言えないと思う。


 それに可愛いからね、この二人は。

 ヒューゴは成人男性ながら、幼女の私から見てもどことなく可愛らしい雰囲気があるし。

 ラルフは感情と連動して、犬耳にしか見えない髪が謎にぴこぴこ動く。高速ぴこぴこ。

 あまりにも可愛いので、ジェームスに持ち上げてもらいながら頭をなでさせてもらったこともある。私には怒らないし。


 そうして、エルトのアイヴィベリー区域とテナーレのファンティム区域の住人は、老若男女を問わずとりあえず遊ぶ気満々。やる気と熱気に満ちて集結したのである。


 なんだこの状況。

 まあ今回は勘違いなわけだけれど、これから様々なイベントを企画していく過程で、皆のその気概、その若い心は必ず役に立つ。大切にしていきたい。


 子供たちは遊ぶ準備万端で連れて来られていたので、やがて大人しくしていられなくなったのか、小難しい話を始める周囲の大人にはお構いなしに、鬼ごっこなどをして遊び始めていた。


「今日は男爵様方のお心遣いで、ホテル完成とオープンのお祝いの会を開いてくださるんですってな。ほんに有難いこってす」

 そう言いながら、テナーレのカンファー区域の住人たちが集まって来た時には、逆に驚いてしまったほどだ。ちゃんと事態を認識してくれている! と。

 唯一の伝言ゲームの成功例だった。


  ◇◇◇


「皆さん、よくいらしてくださいましたわね。お忙しい中、ご都合を付けるのも大変でしたでしょう?」と母様が問うていたが、領民の皆からは。

「よくわからねえまま来たけども、あんの悪友共五人が呼んで回るってことは、そもそもがアシュリー男爵家のお望みだっつうことにまんず間違いねぇから。たとえ目的がなんであれ、皆様方のためなら当然全員集まります」

 ――そのように、嬉しい返事をもらえた。


 あたりに温かい空気が流れるのを感じた。心だけではなく、実際にそうだったと気付いたのは数秒の後のこと。

 小春日和の風が、領地を一斉に包み込む。

 それは双子神からなのか、森の木々や沼のせせらぎからなのか。もしくは、天国のクローディア伯爵様によるものなのか……領地と私達の門出と団結を祝う、優しい祝福の風であるような気がした。



 そんなこんなで、すでに満ち足りた幸せな空気と、なんだか収拾のつかない愉快な食い違い会場という非常にカオスな雰囲気の中。

 ようやく全員が事情を理解し、冒頭の父様の挨拶により、開幕式が始まったのだった。


 私達家族に使用人、領民皆で和気あいあいと時間を過ごす。

 今日までの苦労や、ホテルが完成した時の言いようのない感動。恐縮なことにも、アシュリー家に対する感謝の思いなどを聞かせてもらったりしながら、楽しい会話が続いた。


 軽食をつまみながら歓談し、お酒が入り始めてきた頃。

 領民からちらほら訊かれ始めた。

「ところで、あの五人が『正規職員』になったっつうのはどういうこと?」と。


 最初に質問をもらうまで考えてもいなかったのだが、当然の疑問だった。

 ご年配の領民たちは、ジェームスを始めとする五人が私に顎でこき使われ……いや、私達アシュリー家に見込まれ、働き始めるようになった経緯を知らない。

 皆にとっては、とっくに彼らは「正規職員」であるという認識だったはずなのだ。

 ふと視線を感じた方角へ目を遣ると、ヘレンさんやサラさん……彼らの奥さんたちが申し訳なさそうな表情でこちらを見つめ、頭を下げているのが視界に映る。

 なんとなく事情を知っている他の若い世代の人たちは、どこか居心地悪そうに苦笑していた。


 今では真に信頼している彼らの傷口を抉るかのように、「実はあの五人は以前私達に石を投げてきて……」と、別に気にしてもいない過去の話をバカ正直に説明するのも気が引ける。

 そのため、「今までは試用期間だったの! 試用期間を満了して、これからも領地の最前線で働いてほしいと思ったから、もっともっといい待遇とお給料で本採用することにしたって話よ!」と真実に十パーセントくらいの嘘を織り混ぜたことを言っておいた。


 おじいちゃんたちは、「なんだ、そうだったんけ! 良がったな、おめぇら!」とそれで納得してくれた様子で若者たちの肩を抱き、自分のことのように嬉しそうに彼らを祝福していた。

 その後も特に深く聞かれなかったので、嫌な話を蒸し返すことなく、この件は円満な形で収束した。



 越冬のための餌集めに駆け回る森の動物や鳥たちが活発になり始め、沼を彩る睡蓮が眠りから覚めて花開く時分。

 式次第は本日の目玉へと移行した。

 うちの料理長シェフ、ギリス主催。

 これからホテルで働いてくれることになる、料理人さんたちの大発表会である!


 まずは、副料理長スー・シェフがお二人。

 ギリスと同じく、前菜から肉料理まで総合的に作れ、監督能力もある人たちだ。

 一人は、ある料理店で副料理長スー・シェフになりかけていた人を直前で発見。よりハイグレードの条件を掲げて引き抜いたらしい。もう一人は、実力は十分であるのに出世の機会に恵まれずにいた、かつての同僚を探し出し抜擢したそうだ。

 彼ら三人のうち、毎日誰か一人が責任者として必ずシフトに入ってくれるという。


 続いて、ソテー担当(ソーシエ)さんが一人。

 将来性があると目を輝かせてギリスが語っていた、期待の女性コックさんだ。


 肉料理担当ロティシエさんは、全部で三人。

 そのうち、ロティ部門長が一人。

 残る二人のうち一人は、肉の調理(ロティシエ)直火焼き(グリラーダン)を兼任。

 もう一人は、肉の調理(ロティシエ)と、揚げ物料理(フリティリエ)を兼任してもらうことになった。

 なった。などと言っているが、私達はギリスの采配をただ承認しただけに過ぎないけれど。


 前菜料理担当アントルメティエさん、野菜担当レギュミエさん、スープ担当ポタジエさんはそれぞれ一人ずつ。

 魚料理担当ポワソニエさんたちと、お菓子担当パティシエさんたちは二人ずつだ。


 お菓子担当パティシエさんは一人が男性、もう一人が女性。

 紅二点で実に華やかだ。

 アトランディアでは双子神のもと、尊き二柱の下に属する人間は全て平等という意識が根付いており、男女の待遇に差はない。男性職人にも負けないその素晴らしい才能と実力を活かし、ぜひとも活躍していってほしいものである。


 この充実した完璧なる布陣――!

 アシュリー男爵領のグルメ列伝が、今(※多分)幕を開ける!



 ひっそり森の中に佇む、若い人口の少ない領地。

 新たに加わる仲間を、領民の皆は優しい笑顔と盛大な拍手で迎えていた。

 実は少し懸念もあったのだが、この様子では打ち解けられる日も早そうだ。

 ――この領地は、きっとこれからどんどん豊かに。住む人も……そして訪れる人も。皆が毎日笑って過ごせる土地になっていくだろう。

 一人、そう確信していた。


 そしてなんと、料理人さんたちはサプライズを用意してくれていた。

 そう、この「料理人さんたちという新しい仲間の紹介」こそ「本日の目玉」のはずだったのだ。


 しかし飛び出してきたのは、見るも鮮やか絢爛豪華な料理の数々。

 私達の誰一人にも気付かれることなく、「本当の目玉」を夜明け前の厨房で計画を詰め、極秘裏に準備を進めてくれていたらしい。


 主宰者であったりする私達アシュリー男爵家の面目はまるでなかったと言える。

 プロの料理人さんが作る、舌も喉もとろけてしまうような美食が皆に振る舞われ、舌鼓を打つ音は暫し止むことはなかった。

 料理人さんたちの心尽くしのサプライズは、領地の皆の心に温かく、素敵な思い出として刻まれた。



 宴もたけなわ。

 満を持して――一応本日のラストイベントとしていた、ホテルの名前発表会に移る。


 別にそんな指示はしていなかったが、使用人の皆は私のためだけのステージを用意してくれていた。

 普段仕事がないから仕方がないかもしれないけれど、無駄に手がこんでいた。

 どこに労力をかけているのか。きっと喜々として作ったんだろうな……。


 ベロンベロンになっているおじさん方を始めとした、男性陣から「お嬢様ー!」とかけ声が飛ぶ。

 それに片手を挙げてキザに応えながら、自分ではわりと上手に書けた部類のカリグラフィーが書き記された巻紙を勢い良く広げ、皆に聞こえるよう声を張り上げ。

 いざ得意満面に告げた。


「これから領地のシンボルになっていくこのホテル。その名前は! ――『森緑の宮殿ブリッツェン・ヴァルト・パレスト』よ!」


 おお、とざわめく声が徐々に聞こえ出す。一拍置いて、ワッと広がる歓声と拍手が場に響く。

 若者たち五人は先に知っていた優越感からか、どこか得意気な表情をしていた。

 ちなみに両親や使用人たちには、今初めて聞かせた。

 父様は顎に指を当てて、感心したような顔。母様は領民の女性たちと一緒に、優しく微笑み私に拍手を贈っていた。


(リアムからもらったヴァーノン語辞典、今役に立ったわよ……!)


 成功の高揚感で震える肩。カリグラフィーに記されたヴァーノン語の綴りを、無意識に祈りの対象にして、遠く王宮に暮らすリアムに感謝の念を送った。


  ◇◇◇


「では皆さん、今日までお疲れさまでした! 我々はついにオープンという門出の時を迎えようとしています。また決意を新たに、そして皆が共に! 気を引き締め邁進していきましょう!」


 父様の挨拶と共に、皆で一斉に最後の盃を高らかに掲げる。


 現在は夕闇の誘いが間近に迫る、四時を迎える直前。

 これ以上この場に留まっていてしまっては、エルトの住民は帰宅に危険が伴うことになる。

 暗闇の森は足を取られ、思わぬ事故が起こりかねない。今日は全領民が集まってくれたので、小さな子供もいる。無理は禁物だった。

 皆それをわかっているので、少しの名残惜しさを滲ませながら。


 ……でも、今日は終わりの日などではなく、期待と発展の始まりの日であることも、ちゃんとわかっているから。


 父様が宣言する乾杯の合図が静かな森に響く頃には、皆が満面の笑顔を見せてくれていた。


 そこで私にバトンタッチだ。

 最後の締めは私でと、なぜだか屋敷の皆から頼まれていたのだ。


「えっと……みんな、今日までありがとう。そして明日からもよろしくね! この領地が、明日からは唯一無二の観光リゾートに変わる。他のどこにもない素敵な領地、これからも一緒に作っていきましょうね。……それじゃあ皆、いいかしら? 森緑の宮殿ブリッツェン・ヴァルト・パレスト、ならびにアシュリー男爵領――始動!」


 この美しき森の領地、アシュリー男爵領。

 きっと大陸中から愛され、後世にも大陸一のリゾート地と名を遺すことになる伝説は……この瞬間、華々しく幕を開ける。


 男爵令嬢の領地リゾート化計画!

 ――ついに本格始動だ!

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