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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
序章 〜転生と叙爵編〜
3/91

前世は「日本人」でしたの


 私がかつて望んだ願い。ここではない世界で生きていた記憶。

 私は、吉川祈里よしかわいのりという名の日本人だった。



 吉川祈里は、今世――引きこもり一家・アシュリー商会の一人娘、ルシアとなんら変わりのない性質の人間であった。

 生粋のインドア派。家にいるの大好き人間。


 ただ違うのは、彼女の容姿、そして日々の生活のみ。

 地毛ではない染めた赤髪。

 黒髪にブリーチと染色を繰り返し、毎日のトリートメントでも取り繕えなくなった傷んだキューティクル。

 紅花のような、二次元のキャラしか持ち得ないような、子供の頃から望んだ理想の赤髪とは程遠かった。


 本当は一日中ベッドで過ごしていたい。もふもふすべすべに埋もれて微睡んでいたい。読みかけの漫画も読みたいし、ハマっている乙女ゲームも進めたい。


 しかし現実は無情。現代地球は国民総現役時代。

 働かなくては生きていけないのである!!

「働きたくないでござる」とか言っている場合ではないのだ!


 いや別に、働くこと自体がそんなに嫌なわけじゃないんだよ。

 働きたくないというより、部屋から一歩も出たくない。

 ただ外に出るのが嫌いなだけで。昔から通学は勿論のこと、友達と遊びに行くのすら億劫だったほどだ。

 通勤の必要がない在宅ワークには心底憧れていたけど、私のスキルでは余裕ある収入は得られないのがネックだった。


 食費に光熱費、雑費。引きこもりの友である、漫画に小説、ゲーム代……インドア生活にだってお金はかかるのだ!

 お金は! かかるのである!

 大事なことなので二回言いました。


 せめて帰宅後におうちライフを満喫すべく。憂いなく休日ヒッキー生活を送るべく。

 その日も祈里は涙を飲み、仕事に打ち込んでいた…………。


 生まれ変わったら平安貴族になりたい。

 一生部屋から出ずに、歌を詠んだりして心穏やかに過ごせるなんて最高じゃない?

 あっ、あと赤髪。地毛で赤髪になりたい。

 よし、転生後の夢は赤髪の平安貴族に決定。

 いや、どんなだよとは思う。死んだ後のことを考えてる場合じゃないだろと自分でも思う。思うが、もはやこういうことを考えていないと、仕事中に心が折れそうになる……。


 自分自身が旅行している気分を味わえるかと思い、あとなおかつ福利厚生が良かったため、選んだ観光事務のお仕事。

 しかし現実は、これから楽しい時間を満喫されるのだろうお客様を見てはうらやみ、時間に忙殺される自分とのギャップを少し辛く感じる日々だった。


 お客様の波が途切れ、手持ち無沙汰になるわずかな時間。

 そのたび思わず視線を落としてしまうのは、山あいの歴史ある名門リゾート地観光――当社の人気プランのパンフレットだった。


 ……もしここで長期休暇を過ごせたなら。自然いっぱいで、他者の目や時間を気にする必要なんてなくて……。

 ああ、でも。できるなら休暇を過ごすだけではなく、こんな山あいの村に一軒家を建てて、ずっとそこで暮らしていけたとしたら。

 それはどんなに素敵なことだろう?

 そして毎日心穏やかな、「どこかに通わなくてもいい生活」を送るんだ……。


 ……まあ、それを叶えるためにも仕事だ、仕事!

 そのための資金稼ぎだと思って割り切ろう。


 そんなことを考えていた、ちょうどその日だった気がする。

 突如としてその時は訪れた。


(こんなに終わらないとは思わなかった……! もう一刻も早く寝たい! 家に帰りたい!)


 夜半を大きく回った残業終わり。街灯の薄明かりだけが夜道を照らす街並みを、はやる気持ちで進んでいた。

自覚なく覚束ない足取りは、きっといかにも危なげなものだった。


 そして。アパートの階段から足を踏み外し、後ろ向きに落下。――転落死。


 吉川祈里の短い生涯は、あまりにあっけなく幕を閉じた。個人事故であり、巻き込んだ人がいなかったのが幸いであった…………。


  ◇◇◇


「……あれ…………ここは……?」

 身体いっぱいに浴びる、暖かな黄金の光に気が付いて目を覚ました。

 そこは異質な空間。目が覚めたその瞬間、見知った場所どころか、地球の風景ですらないことがわかった。


 辺りを見回すと、大地にはありとあらゆる時代の建築物が林立していた。

 バロック建築の荘厳な教会。古代ギリシャの神殿に、神々の彫刻。ロシアのクレムリン。五重の塔。中国皇帝の住むような宮殿。現代の高層ビルやタワーマンション。

 よく見れば、魔法によるオーラを纏った城や、ペガサスを当然のように乗りこなす騎士の像など、地球のものではない建築物も。

 宇宙の全ての時空を押し込めたような空間に、「たった今建てられたような真新しい姿」でそれらはあった。


 この明らかな異空間の中、私は不安と困惑でいっぱいだった。

 だがややしばらく途方に暮れていると、やがて人当たりの良さそうな一人の男性が駆け寄ってきた。

 背中に生えた、白銀の羽根を揺らしながら。


「あぁ、お目覚めでしたか! いやぁすみませんね、お待たせいたしました、はい。吉川祈里さん、『地球 日本』の所属。享年二十四歳の女性。死因は頭部強打による脳挫傷と、出血性ショック死、と。……以上の情報でお間違いございませんね?」

「あっ、……ええ、はい」


(やはり私は死んだのか……)

 そう感傷に浸りかけたのも一瞬だった。


「私、この度吉川さまの転生処理をご担当させていただく者でしてね、えぇ。これからいくつかご質問して参りますので、ご協力お願いいたしますよ。まずですね、えー……あ、これだこれだ。吉川さまの来世についてなんですけどね、何か具体的なご希望はございますでしょうか?」


「……ん!? 来世の希望ってそんな軽い感じで……え? どんなものでもいいんですか? いや違う! 待ってください。私、現世や地球に対して特に何の功績も残してませんし、運命が取り違えられたような人生を送ってきたわけでもなければ、壮絶な死を迎えたわけでもありませんし……来世への希望なんて、そもそも聞いてもらってもいいものなんですか?」


「えぇえぇ。勿論でございます。その辺りも含めまして、担当の私の方からご説明させていただきますのでね。まずはこの場所と、私共の立ち位置についてお話ししていきましょうかね」


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