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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
29/91

天使との新しい約束


 今日という特別な一日、リアムからもらったお手紙、それにこの美味しいプレゼント。

 幸せいっぱい。お腹だけでなく心も満たされた。

 十二分に大満足だったのに、それだけには留まらなかった。

 なんとリアムは、とても素敵な贈り物を用意してくれていたのだった。


「ルシアちゃん、遅くなっちゃったけど。改めてお誕生日おめでとう! この本がボクのプレゼント。ヴァーノンから持って来た、ボクのいちばんのお気に入りなんだよ。……ルシアちゃんと出会って、王宮に帰って来てから大好きになった本。だからぜひルシアちゃんに読んでもらいたいなって」


 そうして、二冊の本をくれた。

 一冊は装丁が美しい『海の王女さま』と題された本。

 もう一冊は……この重みからすると、どうやら辞書のようだった。

 それから察するに、辞書はおそらくエレーネ語とヴァーノン語の相互訳辞書。

 この「海の王女さま」という本は全てヴァーノン語で書かれており、その解読のために使ってほしいということだろう。


 小説? 絵本? それとも詩や随筆だろうか?

 表紙から察する限りは物語、童話の類かな。ノンフィクション小説の線もあるし、伝記の可能性も捨てきれない。

 なんにせよ、大切なリアムが贈ってくれた本だ。

 きっととても面白いことに間違いないだろう。


「この本ね、ちょっと古い本なんだ。ルシアちゃんも気に入ってくれたらいいな。それにボクが持ってるより、ルシアちゃんが持ってる方がこの本も嬉しいと思うんだ」


 リアム……。

 本に込められたリアムの気持ちも、一緒に受け取った気がした。

 ……何しろあの未知の言語。きっと古代の石版を読み解く覚悟が必要になる。

 それでもぜひ読破を目指し、いつか彼と感想を語り合いたいと思う。


 この本が私にとっても宝物となる未来は、すぐそこにあると確信していた。


 そんな中、本の装丁を引き立てている包みのリボンに気付く。

 それは……今もなおはっきりと見覚えのある、えんじ色のリボンだった。


「リアム……これ、もしかして」

「そう。約束のしるしだよ! えへへ、こっちはレプリカなんだけどね。本物はほら。いつも必ず身につけてるんだよ。『約束のえんじ色のリボン』……これを本に結んでおけば、今度はこの本が、またルシアちゃんと会わせてくれるかなって……」

 とても詩的で心ときめく考え方だと、そう思った。


 きっとリアムの言う通り。

 これはお互いの存在そのものであり、再会を誓う約束のしるしだった。

 きっと、私達の新たな「再会の約束」となる。

 えんじ色と紺色のように、真逆の遠い場所にいる私達。

 でも、このリボンがまた必ず私達を繋ぎとめ、引き合わせてくれるはずだ。


「素敵な考えね。……そうだ! ねえリアム、こうしない? 私のリボン、あなたが持っていてほしいの。この紺色のリボン、屋敷に商会時代の在庫がまだあるから」

 長い赤髪を結っていた紺のリボンをおもむろに解き、リアムの差し出してくれたえんじのリボンに巻きつけてゆく。


 今まで私達は、相反する色のリボンを一本ずつ持っていた。私が思いついたのは……。


「ほら! 見て? えんじ色と紺色のリボン、半分ずつで結んでみたわ。色が混ざり合って綺麗だと思わない? もう願いを叶えてくれた、実績があるこのリボンはリアムが持っていて? こっちの本と一緒の贈り物のリボンは、領地に帰ったら同じように結んで、ずっと持ち歩くことにするわね。新しい『約束のしるし』よ。きっと最強のお守りになるわ!」


 そう、二色を結び合わせたダブルリボンだ。

 互い違いのリボンは、やはり全然違う色合いながら、何よりしっくりと調和しているようにも見える。

 それはまさに、強い想いが互いに絡み合った約束そのもの。


 私のもらった本が次の再会への誓いだとすれば、リアムに渡したリボンは、実証済みの縁結びのお守りだ。

 再会の機会を自然と、何度となく創出してくれる、私達二人の絆のあかし。


「新しい約束と、結び合った約束か……。うん、いいねいいね! おはなしの中に出てくる約束みたい! このリボン、ボクこれからもずっとずっと大切にするよ。そうすれば絶対ぜったい、また会えるもんね!」


 伝えた考えは稚拙なものだったが、彼は満面の笑みで強くそれを肯定してくれた。

 そして二色の新しい約束を、そっと、ぎゅっと受け取ってくれた。



 ――楽しい時間が経つのは早く、もう日が暮れる間際だ。


 一応言っておくと、残り時間がずっと私のスープターンで終わったわけではない。

 お膝の上のリアムにタルトを食べさせたり、領地でのできごとや近況を語り合ったりと、とても充実した時間を過ごしていた。


「もうこんな時間かぁ……。ルシアちゃん、今日はありがとう! アシュリーさんもエイミーさんも。お家でゆっくりしたいところを来てくれて、本当にありがとう」


 リアムは一瞬だけ俯いて表情を暗くしたが、すぐに明るい笑顔になり、ぱっと気持ちと表情とを切り替えていた。

 お互い後ろ髪を引かれることのないよう、精一杯振る舞ってくれているのだろう。

 やはり年齢に見合わないほど思いやりと気遣いのある子だ。


「リアム、今日は楽しい時間をありがとう。お礼を言うのはこちらの方よ」

「本当にお世話になったね。娘のためにここまでのことをしてくれてありがとう。私達夫婦もとても楽しい時間を過ごせたよ。そうだ。月に一度の出仕の際、良かったら今度からはルシアも連れて来ようと思うんだが、どうだろう? ぜひまた遊んでやってほしい」

 微笑む両親の表情は、実の息子を見る目そのものであった。


 父の提案に、「わあ、さすがアシュリーさん! お願いします! ね、ルシアちゃん! いいよね?」と飛び跳ねて喜ぶリアム。


(やっぱりあのリボンのおかげかしら?)

 これで効果は二度実証されたことになる。

 こうして早速、次の再会への約束ができたのだった。


 私達は、今日この一日で――本当の家族になれた気がする。


「じゃあリアム、名残惜しいけれど……」

「うん。寒くなるから、エイミーさんも身体に気をつけてね。絶対また来てね!」


 母様の言葉を皮切りに、ゆっくり城門の方角へと足を向けた。



 ……そこでやっぱり名残惜しくて……私一人踵を返し、リアムのそばまで駆け戻る。

 たくさんの話を楽しんだ今、目を丸くしているリアムに対し、新たな話題はない。

 しかしそれでも、あとわずかでいい。もう少しだけ彼との時間がほしかった。あとほんの少し、ただなんでもない会話がしたかった。

 両親はその思いを汲み取ってくれたらしく、歩みを止め振り返り、何も言わず待ってくれていることが気配で伝わってきた。


「リアム……ねえ、領地には。アシュリー男爵領には来てもらえないのかしら……?」

 何度となく繰り返した話だった。先程までは残念には思いながらも、納得していたこと。


『領地で今度リゾート観光業を始めるの! もうそろそろオープンなのよ。リアムもぜひ来られないかしら? 最高のおもてなしを約束するわよ』


「……うん。ごめんね、ルシアちゃんのお願いなのに……」


 そう、返答はわかりきっていた。

 自分でも忘れてしまったわけでも、押し通せると思ったわけでもない。ただ何か、なんにもならない会話がしたかっただけ。


 ……しかし、それを聞いたらなぜか落ち着いてしまった。私は本当にあと何かの一言が聞きたかっただけらしい。

「そっか……そうよね、ごめんなさい。わかってたのに」


 リアムはこの宮を離れることはできないという。

 厳重な警護は、事件の後さらに強まった。一歩出歩くのにも許可が必要な中、王宮どころか王都をも出て、辺境領地へ踏み入れる許可などもらえるはずもない。

 また、彼を大切に思う家臣や使用人の方々のためにも、無用な心配はさせたくないのだと。


 そして。理由はもうひとつあった。

 ――リアムは「人質」であることを、自ら選択したのだ。


 悩んで絶望して、知って、気付いた。

「ただのリアム」でありたかった。「殿下」というはじめから付けられた、外すことのできないネームタグが大嫌いだった。


 でも――周囲の人間は、ちゃんと自分をリアムとして大切に思ってくれていた。


 平和の存続、栄光の渇望、信頼の友情。

 その数多の希望を背負えるのは、「リアム王太子殿下」にしかできない。ただのリアム・スタンリーには決してできないこと。

 皆は便利な道具としてその名を呼んでいたのではない。

 これは希望の称号。

 全ての人にとっての希望を、この身に託してくれていたのだ……。


 あどけなさが残る口調で、しかしはっきりと。自身の新たな希望の道を、決意を聞かせてくれた。


『だから。その希望に応えたいんだ。なにができるのかは全然わからない。わかんないけど、考えてみたの。……「隣国の殿下」として、おとなしく王宮で過ごしている。それが今のボクがエレーネと、ヴァーノンの王国派と、帝国派と……いろいろな人にしてあげられる、唯一できることだって』


 ……確かにそれを聞いておきながら、私は何をやっているのか……!

「ごめん。ごめんね、リアム。違う、こんなことが言いたかったわけじゃなくて……」


 リアムは周囲への期待に、希望に応えようとしている。その幼い身には確かな覚悟が灯っている。

 ……私は何が言いたい? 私はそんなリアムに、どう応えられるだろう?


「……リアム。私、頑張るわ。領民の皆の幸せのために。皆からもらった幸せを返したい。……今までにない新しい事業を始めるんだもの。失敗もあるかもしれない。でも……私にしかできないことだから。あなたがそばにいなくても、頑張ってみせるわ」

「う……うん! だいじょうぶ、ルシアちゃんならできるよ! ボクも応援してるからね」

 少し面食らった様子。突拍子もない言葉にも、優しいリアムは応援で返してくれた。


「ありがとう。あのね、リアム。あなたもよ。リアムならできる。私達ぜーんぶ一緒なのよ? 誰かのために、わからないことを頑張ろうとしてるのも。きっと自分にしかできないことだっていうのも」

「あ……!」


「あと、普段は領地(王宮)から出なくたって、私達がいつも繋がっていることは変わらないわ。会いたいって思う気持ちも、絶対に何度でも再会できるってこともね。……ひとつ違うのは、本当は飛び出したいのにおとなしくしているか、本当に出たくなくてそこにいるかってことだけかしら?」

「ふふ。……あはは、そうだね! ボクとルシアちゃん……一緒なんだよね……」


「ね? だからあなたも大丈夫! 私はリアムの応援をもらったから。私にしかできない、領地の運営を頑張る! だってリアムも王子様として、違う国で頑張っていることを知ってるから。……リアム、頑張って! 離れたところにいても、私達はずっと一緒よ」


 伝えたいことを、やっと伝えられた気がした。

 ……自分の言葉に納得する。そうだ。立場が違っても、私達は全部が一緒。いつも一緒なんだ。


「ルシアちゃん……。うん、そうだよね! ありがとう。ボクも頑張る。だっていつもルシアちゃんと一緒だもんね。頑張るよ! 『王太子殿下』を頑張る。ルシアちゃんも領地の運営、頑張ってね! ずっとずっと、ここから応援してるから!」



 これはまた次に会うための、一時だけのお別れ。


 空はまだ青々と澄み渡り、橙を軽やかに散らす木枯らしの涼しさが心地好い。

 しかし雲ひとつない青空は、やがて夕刻の訪れることを、人々に静かに告げるかのように。端の方から少し、また少しと。薄紅だった細雲をたなびかせ始めている。


 その時リアムが見せてくれた表情は……一番素敵で、頼もしくて。とても愛らしい笑顔だった。


 懐かしき王都の風が、約束のリボンを柔らかに揺らした。

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