天使からの手紙
「今日も結構な数が届いているわね……」
羽ペンを手にした私達アシュリー家三人の眼前には、今日も今日とてたくさん届けられたお手紙。
一つ一つに返信を書く、いつもの日課が始まろうとしている。
この手紙の正体とは、何を隠そうホテルのご予約……だったならどんなに良かったことか!
悲しい事実を言えば、さまざまな貴族家からいただいているご招待状だ。
領地に引っ越してきてからしばらくは、アシュリー家のことなど忘れ去られているかのように、他の貴族家から何の音沙汰もなかった。
「皆様、叙爵式の終了と同時に、私達のことなど忘れてしまったんだろう」
「きっとそうね……! このままぜひ、一切の存在を永久にお忘れでいてほしいわね」
そうしみじみと語っていた両親に、私も完全に同意だった。
もっとうんざりするほどにお声がかかるものかと思っていたが、それは全て杞憂だったようだ。
良かった良かった。忘れてくれていてありがとう! ずっとこの先放っておいてください!
……何ヶ月かの間、至極真剣に喜んでいた私達。
ところがそれは、極めて都合の良い勘違いにしか過ぎなかったのだ。
出仕の免除と同様に、叙爵されて貴族になった新興の貴族家には、その立場と暮らしに慣れるまでの間、貴族として求められるべき役目……社交や交渉などの機会も免除となるらしい。
つまりこの数ヶ月平穏だったのは、貴族のしきたりや私達へのお気遣いから、招待がなかっただけ。
名実共に貴族となった今、数々のご招待が山のように届くのは自明だったのだ。
それからというもの、一通一通のお手紙にお断りの返信をするのが私達の日課になっている。
ただし必ず直筆で、心を込めて。
その傍ら、新事業の宣伝を盛り込むことも忘れない。
『――私共アシュリー男爵家では、現在新しい価値観のもとに創出する、観光リゾート地の開設準備をしております。皆様方のご来訪とあれば、ぜひご優待させていただきますので、日々の御労苦の慰安としてご検討くださいませ。お越しをお待ち申し上げております』
お断りしておいて書く告知として、かなりギリギリのところだとは思う。
ただ流石にご教養のある貴族様がお相手のため、「それは素晴らしいことですね。ぜひとも参りたいものです。事業のご成功をお祈りしております」といった素敵な返信をいただくばかり。
「まだ誰からも怒られていないのでセーフ」理論で地獄のルーティンをこなす日々だ。
「こちらは先日お会いした伯爵様……こちらは東の男爵領の家門の方……。なぜだ……どうしてどなたも私達を放っていてくださらないんだ……? 社交の場だなんて絶対に行きたくはない……! 辛い、最近は毎日が辛くて仕方がない……! 生き地獄とはこのことだ……」
「……あなた……私も真実同意するけれど、きっとその反応は違うものなのよ……。『人脈にも利点にもならない、私達新興の家へのご招待……!? なんて名誉なことなんでしょう!』というのが、おそらく本来正しい反応なのだわ……」
「父様と母様、どっちにも同感よ……。こんなすごいことを……揃いも揃って嬉しく思えない私達だからこそ、どうしても辛く感じちゃうわよね……」
顔色然り、覇気のなさ然り。ゾンビと見紛おうともおかしくはない私達ながら、その手の動きは実にこなれたものだ。
毎日必死でせめて失礼にならないよう言葉を選び、丁寧な筆跡を心がけた結果、今やすっかり文章構成やら好印象の筆跡やらが上達してしまった。
もはや手紙のプロと言っても過言ではない腕前だ。
「とりあえず、私が書いてたのはもう終わりそうよ……! あとはこれだけかしら? ねえ見て、なんだか豪華な封筒。いかにも高位の方っぽいわ。それにほら、赤い封蝋じゃなくて、金と黒……っ!?」
心理的苦痛と罪悪感に死屍累々ながらも、ようやく今日の担当分の手紙を書き終わりかけていた私。
最後に手に取った一通だけ、これまで見たことのない紋章が刻印されているうえ、紙質から装丁まで絢爛仕様のお手紙だと気付いた。
私の言葉にこちらを見遣った両親と共に、心臓が止まりそうになるほど驚愕した。
自分自身の言葉に。その言葉通りの、特徴ある封蝋に。
誰かから聞いたことがある。
アトランディアにおける封蝋とは、貴族によるものは赤い封蝋。
赤蝋燭を溶かして垂らしたものに、指輪の刻印を押し付けてシーリングをする。
……そして、王族の封蝋は特殊なのだと。
各国を象徴する国色を使い、貴族家のものとは一目で区別が付くのだと。
一色ではなく二色仕様。
濫用を防ぐべく、国色の蝋は一般には出回らず、王家のみに献上されているのだと……。
自身の手にある封筒が、何か信じられないものに見えてくる。
その封には、黒色の蝋。
黒を象る紋章は、羽を空高くに掲げる気高き大鷲。
印影を残すだけに留まらず、大鷲には金色の蝋が微細に垂らされ、かの身分をありありと伝えていた。
瞳が示す感情は、期待。
思い返すのは不用意に、かつ身の程を弁えずにした、再会の約束。
横髪に揺れる紺色のリボンが柔らかな風にまたたき、光にきらめいた。
幼い指の動きすらももどかしく取り出した便箋。一人読んだ文面には自然と笑みがこぼれた。
この手紙の差出人、その宛名は――……。
『あなたがまたひとつ歳を重ね、その美しさに磨きをかけられたことを聞き及びました。
無知にもそのめでたき日に、あなたのおそばにいられなかったこと、とても残念に思います。
……今からでも、僕にお祝いさせてはもらえませんか。
恩人であるアシュリー家のあなた方が、貴なる一族に列せられてから。今日までどんな素敵なことがあったのか、ぜひ僕にもお聞かせください。
つきましては、エレーネ王城へご招待いたします。
クラウス陛下から賜った僕の宮がありますので、そちらにお越しください。
あなたとお話しできる時が、あなたに再びお会いできる時が今からとても楽しみです。
――親愛なるルシアちゃんへ リアム・スタンリー』




