秋風すさぶ森の、あったかい贈り物
さあっと森を吹き抜ける一陣の風。
それはもう暖かさを含んではおらず、ひとたびの風ごとに、辺りの熱もさらっていってしまうような錯覚さえ感じさせる。
みずみずしい緑から、少しずつ黄や赤に色を変えつつある、落ち葉のじゅうたんを軽やかに巻き上げ。彩り豊かな季節の到来を、葉の舞いは楽しげに告げていた。
冷え込む体温などお構いなしに、瞳は、そして沼の水面は自然の芸術に喜びを隠せず、輝くばかり。
鼻腔は数々の木の実やキノコ、花々の実りを告げるかぐわしき香りを敏感に感じ取り、山の幸の恵みの味わいを自然と想像させ、胸は期待にふくらむ。
初めて味わった森の夏色が懐かしくも思う。
しかし森の秋もまた、どこまでも天高く、山や木々が青と緑から好みを変え、私達の髪色のごとし紅に装いを改める、美しさだけがあふれる季節だった。
アシュリー男爵領にも、少し、また少しと秋の風合いが彩られてきている。
そろそろホテルも完成目前。事業の本格化も秒読みに迫りつつある今日この頃。
あと数日で、私は誕生日を迎える。
前世では二十歳を越えて以降、また一つ歳を重ねてしまうこの日が恐ろしくも感じていたが、まだ幼い今現在の私にとっては「ちょっと嬉しい素敵な一日」にしか過ぎない。
端的に言えばとっても楽しみなのだ。
しかしそれはそれとして、毎年両親と使用人たちのテンションがやたら高い一日でもあるため、「またあのお祭り騒ぎがやって来るのか……」という、前世とは違う種類の恐ろしさを感じてもいる。
母の出産を心待ちにしていた記憶と誕生の際の爆発的な喜びを、皆今もなお引きずっている。
皆はどうも一年に一度の最大イベントと認識している節がある。
また、祭が始まる。
今年も気合いの入りようがすごいのだろう。今から覚悟が必要だな……。
◇◇◇
「…………で、ここでパンジーとメリーが待機してるでしょ? お嬢様はお誕生日だってことにまだ気付いてないタイミングだから、『森で見つけた花なんですー』って感じで花束を渡すと」
彼女にしては珍しいしかめっ面で、計画書っぽい紙と真剣ににらめっこしているジニー。
女性使用人のリーダーである彼女が計画の総監督を担っているようだ。
ジニーの言葉に、なんとも頼もしい顔で頷くパンジーとメリー。
仕事の時にその顔を見せてほしい。……そうだ、仕事がないから仕方ないのか。
ケイトは無表情ながら、ほんのり口元がやわらいでいる。周囲には花のオーラ。彼女が最高に楽しさを感じている時の証拠だ。
リリアはいつものぽやーんとした表情で、これまた楽しそうにハロルドと計画を語り合っていた。
「そしたら次、ロニー! お嬢様は毎日のお勉強、たびたびの視察でお疲れだから、そこを考慮して! この日一日はアンタが抱えて移動させて。肩車でもお姫様だっこでもいいわ。おうちでゆっくりしてもらうんだから、外には出しちゃダメよ!」
「りょっス~」
「りょっスじゃないわよ! 計画の重要性を理解してんの!? この時点でもまだまだ、お嬢様に気付かれちゃいけないんだからね! 旦那様と奥様の作戦に上手く繋ぐ義務があんのよ!!」
……ま、丸聞こえ……。丸聞こえだ……!
厨房で白熱する会議は、廊下の果てまで全漏れだった。
皆が企むサプライズバースデーが真の意味で成功したことは、これまでに一度もない。
数日知らないフリを貫き通し、当日の計画中盤あたりで、あたかも今気付いたかのように一つひとつのことに驚く。
そして「え……!? 今日、わ……私の誕生日……? みんな……!」みたいな演技を入れ、一見大成功に終わる。皆は大満足。それが毎年のルーティン。
つまり、仕掛けられる側の私の努力があってこそなのだ。正直地味に辛い。
好意と善意でやってくれているのがわかるだけになおさらである。
私の演技力は毎年上達してゆくばかりだ。領民の皆の演技にも決して負けることはない気がする。
そもそも、機微を察するのが得意だったり、計算能力が凄まじかったり。紙を見るより聞いた方が早いレベルで在庫数を把握していたり、キャッシュフローを基に経営に携わったりできるような頭の良い彼らが、どうして私に全く気付かれていないと思い込めるのか、本当にわからない。怖い。
両親もまた然りである。
今年もまた祭が始まろうとしている。
何も知らない雰囲気をまとい、日々家庭教師の先生と共に勉強をして、たまに視察に行っては領民を労ったり。
私のたゆまぬ、そして孤独な努力は続いた……。
◇◇◇
――そんなこんなで、誕生日前日を迎えた。
男爵令嬢の朝は早い。
今日は私のお世話係の五人(※労役の受刑者)と一緒に、ご予約からお見送りまでの一連の流れの確認や、ホテルのために新しく引いた井戸の様子を観察したりと、領地内をほぼ一周して視察する、濃密で充実した日程をこなしていた。
夕暮れが迫った昼下がり、ラズベリーティーを飲みながら休憩していた折。
「明日の予定はどうなさいやすか」とバートが聞いてきた。
家庭教師が始まってからというもの、彼らは会うたび必ず私の予定と疲れ具合を確認し、希望があった時にのみ視察に連れ出してくれているのだ。
そういえば最近は授業や視察、事務作業等に勤しむ日々で、完全フリーの日はなかったな。
明日も大丈夫よ、授業もなかったはずだし、と答えようとしたその瞬間。
『おうちでゆっくりしてもらうんだから、外には出しちゃダメよ!』
と喚起していたジニーの言葉と、おそらく誕生日だからこそ勉強もなしという予定を組まれただろうことを思い出した。
もうそれを思い出してしまうと、誕生日くらい一歩も部屋から出なくとも良いだろうという誘惑に甘えてしまいたくなって。
「ごめんなさい、明日は屋敷でゆっくりさせて。一日なんにもないお休みがほしいわ。私、明日は誕生日なの」と少し浮かれながら返答した。
(……あ! 待てよ、コレ言ったらダメだったんじゃないか!?)
答えてから青ざめたが、気付いていることが知られたらまずいのは屋敷の者だけだったと思い直す。
百面相をしつつ安堵の息をつき、胸をなでおろした。
しかし。呑気に顔を上げ五人の表情を見た時、思わずぎょっとする。
彼らは一様に眉をひそめ、困っているような怒っているような、険しさに満ちた顔をしていた。
「な、なにちょっと……? どうしたっていうの……」
こちらも困惑するしかない。何かが彼らの逆鱗に触れたのだろうか。怒らせるような言動を無意識にしてしまったのか? 不安に思いながら、なんとかそうしぼり出す。
一向に押し黙ったままの四人の中、ジェームスただ一人が重々しく口を開き、こう言った。
「……お嬢様……。オレたちゃ聞いてやせんぜ……? なんだってそんな、領地の姫、お嬢様のお誕生日だなんてめでてえ日! 今の今まで教えてくれんかったんでさッ!!」
唸るような声から徐々に語気を強め、最後にはギリギリ私が驚かない程度の声量で絶叫した。
…………っそんなことかよ!!
というか、この若者たちは多少私を可愛がる傾向こそあれ、まだ適度な距離感と良識があるのかと思っていたのに! アレか、使用人の皆と同類か!
怒らせたのかと思って不安になって損したわ!
「びっくりさせないでよ! なにを怒ってるのかと思ったじゃないの!」
「いいや、お嬢様。今回ばかりはジェームスの野郎の言うことが正しいべよ。よろしいですかい? まず領民の気持ちをわかっておられねえ。オレ達領民は、お嬢様をいかに大切に思って…………」
その後かなりの時間に及んで、彼らの説教はくどくどと続いた。
怒られた。怒られたのである。
今世に生を受けてから、この日初めて怒られたのだった。
釈然としない。父様にも怒られたことないのに!
口々に放たれる文句が止むことは一切なかった。
それでも当然の職務とばかりに、日が沈む前にはしっかり屋敷に送り届けてくれた。
まさかこの五人まで私の誕生日を祭と認識する人間だとは思わなかった。
馬耳東風、どこ吹く風。
完全に聞き流していたのだが、そこで屋敷の皆には知らないフリ続行しなければならないんだった、と大事なことに気付いた。
「何にせよ、お願いだから明日はほっといてね。私は誕生日の事実を知ってちゃいけないのよ。ありがたいし申し訳ない限りなんだけど、『おめでとう』とも言いに来ないでほしいの。あなた達の気持ちはもうよー……っくわかったから。ね? 頼んだわよ。明後日以降にまた会いましょう」
渋る彼らに頑として約束を取り付け、いつものように手を振って見送った。
◇◇◇
そして迎えた、誕生日当日。盛り上がりは尋常なものではなかった。
皆の異様なテンションが。屋敷中のあちこちに見え隠れするサプライズの痕跡が。
そして私の主演女優賞も夢ではない、キラリと光る演技が。
両親も使用人の皆も、実に生き生きとしていた。楽しそうで何よりである。そうとしかコメントのしようがない。そんないい笑顔できるんだと毎年この日に思う。
その期待を裏切るわけにはいかず、名演技は炸裂し続けた。
その一方で基本部屋から出ないゴロゴロタイムをも満喫し、なんだかんだで至福の一日となった。
ギリスはここ数日旅をお休みし、食材の調達からごちそうの準備まで頑張ってくれていたらしい。
そんな唯一の新参者であるギリスだけは、私が気付ききって達観していることがわかっていたらしく、ふと目が合った時に苦笑された。味方を得た気分であった。
来年からはひょっとしたらギリスの助言により、(※皆の脳内が)ハッピーサプライズパーティーを回避できるかもしれない。
ごちそうも商人時代の比ではなく、皆が祝ってくれることも併せて、前世も含めた歴年で最も素晴らしい食事になった。
私はスイーツよりも他の料理よりも、何よりスープが大好きだ。
ギリスはそれをまるで昔馴染みのようによく理解してくれている。
これが唯一かつ初めて成功したサプライズかもしれない。
私に気付かせることなく、彼は今日この日の私のためだけに、見た目も味も最高級な五種類のスープを作ってくれていたのだ。
濃厚コンソメとゴロゴロ牛肉のスコッチブロススープ。
キャロットベースの秋野菜煮込みスープ。
ハーブとガーリック、スパイスの香味が心地好い、海鮮魚介スープ。
とろける玉ねぎとグリュイエルチーズが薫る、ウィンストンの名物スープ。
あらゆる種類のキノコがバターチキンの風味を引き立てる、マッシュルームスープ。
どれもこれも最高の一品。お口の中が幸せであふれる至福のひと時であった。
サツマイモとホウキタケのキッシュを主食として時折挟み、嬉し涙に目を潤ませ、一口ひとくちに感謝しながらありがたく完食した。
私のためだけというのも言葉通りで、鍋に誰も手を付けることなく、私一人がおかわり自由。胃の容量を余裕でオーバーしつつ、ひたすら飲み干し続けた。
スープを口に含むたび、かつて天国で過ごした日々が自然と思い返される。
まさにこの世の天国。贅沢、ここに極まれり!
笑顔と祝福を一身に受けられる、こんな恵まれた環境はそうあるものではない。
皆に対して、感謝してもしきれない思いであった。
……後日。私が一番大喜びしていたのは「食事」であると統計を導き出した両親によって、ギリスには特別ボーナスが支給されたそうな……。
◇◇◇
秋の夜長。一年で最も長い濃密な夜も明け、翌日。
門環鐘が叩かれる音と共に、来客を知らせる執務室のベルが優しく鳴り響いた。
ホールを掃除していた私とアンリが真っ先に気付き、二人でドアの方へ向かい出迎えることにした。
するとそこには。
「「「おじょうさまっ! おたんじょうび、おめでとうございます!!」」」
予想よりも遥か下、目線の先には領民と見られる子供たちの姿。
太陽に反射してきらめく水面よりも、鮮やかな紅葉よりもまぶしい輝く笑顔で、彼らは一斉に祝福を投げかけてくれた。
え……。こんなにも嬉しいことって他にあるかしら……?
胸がいっぱいだ。
代表の少女二人が背伸びして手渡そうとしているものを受け取る。
それはこの時季にしてはまだ珍しい、真紅に色付いた葉と草、赤によく映える木の実だけを使って編まれた、可愛らしい手作りのブレスレットであった。
よく見ると皆の手には、遊びの中だけではつかないような引っかき傷もあり、幼いこの子たちが懸命に作ってくれたものだということがひしひしと伝わってきた。
「ありがとう、みんな……。とっても嬉しいわ! そうだ、うちに上がっていかない? 何かお茶菓子を用意するから」
「ありがとうございますっ! でも、おじょうさまは今日はいそがしくなるって、わたしたらすぐ帰るぞってお父さんたちにいわれてるから……」
「ねー。また、つぎの機会におねがいしますっ!」
「そうなの? 残念ね。そのお父さんたちって……」
そこまで発して、はたと気付く。
この六人の子供たちの髪と瞳の色に。
今ブレスレットを渡してくれた、黄緑がかった金髪の女の子二人はおそらく姉妹だ。そちらの灰色の髪をした男の子たちは兄弟だろうか。
外見の特徴という特徴が、いつも会っては共に仕事に取り組む――彼らのそれと酷似しているのだ。
視線を少しだけ奥へ遣ると……。
「……やっぱり! 皆来てくれたのね! ありがとう、わざわざこんな……」
「いいえ。渡すったら渡す、行くったら行くって聞かねえもんですから……いきなりお邪魔して申し訳ねえです」
そう、そこにいたのは。
もはや立ち位置がよくわからなくなって久しい、すっかり領地の総合開発職員兼、私専属の体のよいお供と化した、ジェームス率いる若者たち五人であった。
――彼らが語るところによれば。先日私を送り届けたあと、顔が広く発信力のあるこの五人は、由々しき緊急事態だと、私の誕生日という一大イベントを領地中の家々に広めて回った。
明後日までにお気持ちを用意すべきこと、誕生日当日は屋敷の者たちに知られてはならないので、領民もお嬢様と心をひとつに、素知らぬフリを貫く必要があることも一緒に。
エルトからテナーレまで、驚愕の新事実に阿鼻叫喚。領地中が大騒ぎに包まれていたのだとか。
……もうどんな顔で聞いていれば良いのかわからなかった。
「お、おう」としか言いようがない。
複雑すぎる面持ちを浮かべる私を尻目に、彼らの話は続く。
もう審判の日が差し迫っていたので、大したものは用意できなかったが、皆それぞれ考えてできる限りのことをしたつもりだ。お嬢様にとってはつまらないものばかりかもしれないが、どうか受け取るだけでもしてやってほしい、との本当にありがたい、恐縮すぎる事のいきさつを聞かせてくれた。
「何がお好きなのか。んなことすら誰もようわかってなかったもんで……お嬢様のイメージと言やぁ鮮やかな赤色だべ、って考えるヤツが多くて」
「こっちが家内たちから預かって来たヤツでさぁ。なんだっけか、ブローチ? とか言ってやした」
そう言って金髪姉妹をそばに抱き寄せた、また紫っぽい白髪の少年の腕をそっと掴んだ、その子供たちによく似たオリバーとヒューゴが手渡してくれたのは。
色とりどりな「赤」のビーズだけで作られた、とても繊細で綺麗な薔薇のブローチだった。
この若者たち然り、子供たちも然りで、奥さんたちもまた生まれた時から一緒の、幼なじみ同士であるらしい。
売り物と遜色ないほど完成度が高く美しい。かなり成長してからもずっと長く使っていけそうだ。
仮に学園や社交界に付けて行ったとして、「お抱えの装飾職人に作らせましたのよ」などと吹かしても十分通用しそうである。
一枚一枚の花びらが赤ビーズの折り重ねた波によってグラデーションになっている。遠目から見ただけでは、宝石細工にも見紛うかもしれない。
「ありがとう! 本当に素敵。こっちのブレスレットもね。セットにして使わせてもらうわ」
ブレスレットを早速身に付け、そう口にしながら微笑み、子供たちの方を見遣る。
皆はふにゃりと頬を緩ませ笑い返してくれた。
かわいい……。ずっと守っていきたい、大切な笑顔だ。
この子たちの笑顔を守っていくのは、他でもない私。領主である私の役目なのだ。
実感が湧くと共に、改めて決意と覚悟を深める。
――その時。視界の端に映るクローディア伯爵様のお墓が、ひときわ眩く光を照らした気がした。
暫しの談笑の後、長居しては悪いと、子供たちを抱きかかえたり引っ張ったりして帰路についた彼ら。奥さんたちにはまた後日お礼をしたいと伝言を託した。
私よりも全員歳下であるらしい子たちに、今度絶対一緒に遊びましょうねと約束し、お互いに手を振りながらその後ろ姿を見送ったのだった。
――この領地というキャンバスに、また新たな色が描き加えられた。
屋敷に戻ると、来客には気付いていたものの、何人も出ていっては迷惑かと後方から様子を伺って待機していたと言うユノーとリリア、メリーの三人がいた。
彼女たちに今起こった素敵な出来事を話し、掃除を一時中断して歓談した。
しかしその時間も長くは続かなかった。
数時間後に再び屋敷に響いた、門環鐘とベルの音。
偶然近くにいたことだし、父様は出仕中、母様は体調不良で寝込んでいる今、一応家主の娘である私が出た方が良いかもしれないと、何の気なしに再びドアを開けた。
……そこで私は、先程の子供たちと若者たちが言っていた意味を知ることとなる。
「お嬢様は今日これから忙しくなる」という、あの言葉の。
「ルシアお嬢様ぁ。お誕生日、どうもおめでとうございました。今日もお元気そうで、可愛くってまあ! 年寄りにゃ眼福ですわいな。ほれ、あの二枚目の料理人さんになんか作っていただきなさんな。ババアと収穫したストロベリーとラズベリーでさ」
「なんにがババアかいね、こんジジ! ……お嬢様すみませんねぇ、どうぞと差し上げられるモンなんか、こんくらいしか思い付かんくて。採れたてのみずみずしいヤツだから、きっと美味しく召し上がってもらえっかとは思うけんどねぇ」
「お誕生日おめでとうございます、バロネス・アシュリー。以前領地にいらっしゃった直後、うちの主人もなんか失礼な態度を取ったらしくて……。今までまともに謝罪にも来れてなくって、すみませんでした。これ、お嬢様の髪色にお似合いかと思って。マフラーです。こんバカ旦那にも手伝わせて作ったんですよ」
「重ね重ね……。あんの悪友共がちゃんと謝罪したって聞いて、ヤベェとは思ってたんでさ。ホントに申し訳ねえことばしました! これ果実染めで、素材はウールなんでさ。天然素材? っつの王都の人は好きだって聞いたもんで。これから寒くなっから、使ってくださればありがてえです」
決して途切れることのない、人の波。人の嵐。
途中からはもうホールにいた使用人を合わせてもとても手が足りなくなって、母様の看病を申しつかっているジョセフとケイト、パンジーを除く全員を総動員。
カラスが夕刻を告げる頃に、ようやく捌ききったのだった。
いただいたプレゼントの山がすごい。
てきぱきと片付けていっているつもりでも、次から次へと積み上げられていく一方だった。
供給がストップした今、全員で手分けすればなんとか仕分けられそうである。
「忙しくなる」とは、このことであったらしい。
皆ジェームスたちからの箝口令を厳守し、一日が経った今日、解禁日だとばかりに堰を切っておいでくださったのだろう。
すると人懐っこく社交的で、領民全員とすでに友人であるジル&ジニー兄妹が何やら愕然とした顔で打ち震えていた。いったい何事か。どうしたのと聴いてみると。
「りょ……領民の皆さん、全員いらっしゃいました。全員!」
声が出なかった。ただただ、無言で目を丸くしていた。
本当に信じがたく、ありがたく……幸せの限りだ。
感謝やこそばゆさ、心が暖かくなるような幸せなこの気持ちを、私ではうまく言葉にできなかった。
皆からもらった優しさで、身体がいっぱいに満たされている。
この幸せは……リゾート領地を成功させることで、皆に少しずつ返していきたい。
――領地で迎えた初めての誕生日は。
秋の物悲しさなど感じさせない、暖かなたくさんの笑顔と幸せに包まれながら、こうして幕を閉じたのであった。




