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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
20/91

この私が視察に参りましてよ!


 鬱蒼と生い茂る深い森の中。

 さわさわと涼やかな葉音を立て、風に揺れるコバルトブルーの木々。一束の風が吹くたび、日光に照らされる葉は蒼に緑にと色を変える。

 まるで、大海原の波のよう。

 耳に確かに聞こえるはずの、自然の優しくざわめく音色は、むしろ森の静けさを引き立てるばかり。

 真夏の生温い風に、突き刺さるような陽光。

 それらは頭上を覆う葉波によって、どこまでも冷涼で柔らかに変えられ、軽く身体に降り注ぐのだった。



「ハァ……ッ……ヒィ……! やっと着いた……。あ、おはようみんなぁ……!」

「お嬢様! おはようございやす」


 アシュリー男爵家の屋敷から沼を迂回し、北に向かって数十分。

 辿り着いたここはエルト地区の北端、アイヴィベリー区域と、今はドートリシュ侯爵領となったシプラネ地区とのちょうど境目。


 育ち盛りの子供とは思えない息の切らし方、よろめく足。

 なんとか挨拶だけは元気に発したものの、それは同じ年頃の子供を持つ彼らが想定する元気とは程遠かったらしい。

 口々に身を案じられ、半強制的に一番良い椅子に座らされた。

 今初めて聞いたのだが、どうやら私達アシュリー男爵家三人が来た時用にと、わざわざ用意してくれたものらしかった。

 口を付けてないヤツですから、とレモンベースの薄塩水をまたも半強制的に摂取させられる。スポーツドリンクに近い味わいながら、今までに飲んだことがないくらい美味しい。

 聞けば、バートの奥さんが全員分を作ってくれたものらしい。あとでお礼を伝えておこう。


 久々に外出したら、このなんとも心地よい麗らかな空気。

 外では珍しくテンションが上がってしまい、ちょっとしたハイキング気分で寄り道したり、途中ペースを変えてみたりとはしゃいでいたところ、目的地に着く頃にはこの有様だ。本当に行き倒れるかと思った。


 すっかり最近はインドア生活を謳歌している身。

 引きこもって過ごしていると、常人では衰えないはずの筋肉と体力が、知らず知らずのうちに減退してゆく。前世でも長期休暇のたびに起き上がり方がわからなくなったり、喉が声の出し方を忘れたりしたっけ……。

 また、引きこもりは気温の変化に弱い。

 暑かろうが寒かろうが、部屋にいれば体感気温はある程度調節できる。ぬるま湯に浸かり続けた今、日光の刺激を受け、少し強い風を浴びただけで身体が驚く始末。一気に疲れを感じてしまった。


 せっかく三つあるうち、一番屋敷から近い場所を視察場所に設定したというのに。

 肝心の話が始まる前から、私ただ一人だけがすでに疲労困憊である。


「……で、本題なんだけど」


 ゼヒゼヒと肩で息をしながらも、これ以上無駄に待たせるのは悪いと切り出した私だったが、せめて息が整うまで待つ、なんなら日を改めても構わないと皆が譲らない。

 それどころか彼らは、「なして誰も迎えに行かなかったのか」「お嬢様の御御足で歩かせるという罪」「断られたって迎えに行くべきだった」などと真剣な面持ちで後悔し、次回の課題点をも議論し始めた。

 ……これってそんな後悔する話? そんなテンションになる?

 遠慮していても埒が明かなさそうだったため、お言葉に甘えて休息を取らせてもらった。


 この五人は労役受刑者というのは名目ばかりで、すっかり引きこもり領主一家の箱入り娘(※本当に部屋という箱からほとんど出ない)の、お目付け役兼お守り役と化してしまった。

 ありがたいやら申し訳ないやら。

 おそらく見ず知らずの人が彼らを見れば、本当に産まれた時からのお世話係に見えることだろう。


 しばらくの休憩の後。

「もうずいぶん完成に近いんじゃない? 想像以上だわ! 本当に綺麗!」

「んでしょう? 雇いの工人が言うことにゃ、あとは仕上げの塗装をすれば完成だそうで」

「ここ、『エルトの森』関所だけじゃありやせんぜ。『芽吹丘の上』と『池ざかいの小道』関所も、もう塗料ば一揃え準備するだけだと。ご指定通りの色が出るようにと、今取り寄せてるとこだとか」


 ようやくひと心地ついて、興奮を隠さず内部を弾む足取りで見て回る。

 私の誰ともなしに発した言葉に、間髪を入れずオリバーとラルフが感慨深げに返答してくれた。


 私は今、建設真最中の関所の視察に訪れている。


 図面など書けるはずもなく、抽象的すぎるイメージだけを一生懸命説明することしかできなかったため、果たして領民や大工さんたちに伝わったのかすら不安だったのだが。

 私の理想を遥かに超えて、木くずの香り漂う小綺麗な小屋が、温かみと可愛らしさを湛えながら、もうほとんど出来上がっていた。

 ここはもう、塗装と仕上げを行いつつ、中に必要な家具などを運び込む作業を並行する直前。最終確認として父様に見てもらい、許可が出たら完成という運びらしい。


 説明会を終え、わずか数週間。

 森の小さな領地がすっかり夏色に染まる頃。

 現在アシュリー男爵領は……一致団結、総員総出で各インフラの建設、整備にあたっている。

 何もかも、計画の全てを上回る順調ぶりだ。



 ――説明会の次の日。屋敷の門環鐘ドアノッカーが朝早くから鳴り響いた。

 いったい何事かと思って応対に向かうと、そこには領民のほとんどが熱気を滲ませ勢揃いしていた。

 そして、「何から始めましょう?」と言う。

 ポカンとする私達とは対照的に、皆やる気十分。準備万端だった。


 皆が言うには、説明会で大方の疑問を解決した後は、もうすぐにも役割が割り振られ、即刻計画が動き出すと思っていたそうなのだ。

 それが蓋を開けてみれば、男爵家は「よかったら協力してくれると嬉しい」としか言わない。それどころかそこで解散となってしまった。

 とっくに腹は決まっていたうえ、老若男女を問わず楽しみにしていた。

 それにもかかわらず、肝心のアシュリー家側は現状と離反した、一歩引いた遠慮腰。

 ポカンとしていたのはむしろ領民の方だったらしい。


 実際私達はこの期に及んでも、「一人、また一人。一ヶ月ずつでも一年ずつでもいい。途中で離脱してしまう人も出るだろう。それでも日進月歩、領地が少しずつ結束していけたら……」などと考えていたのだ。


 そこからは急展開だった。

 何が何やら、嬉しさ半分驚き半分の私達であったが、各自の意欲や得意分野に合わせ、早速様々な作業、準備に取り掛かってもらった。

 若者たちが逐一現場の声を届けてくれている。

 ありがたいことに、ぜひお嬢様にも直接見てもらいたいとの要望を受けていたことと、また私自身の希望もあり、今日はいざ現地視察というわけだ。


「いつか叶うといい」「力を貸してほしい」などとのたまい、感傷に浸っていたのはなんだったのか。

 ここ最近に至っては、つい先ごろの自分達の発言がアホらしくさえ感じているほどである。



 未だどこか信じられない思いがある、どんどん進行してゆく計画。それを特に象徴しているのは、まさにこの「関所」だろう。

 関所と言っても、何も領民に槍を持たせて見張りに立たせ、来る人を追い払ったり、所持品検査をするようなためのものではない。

 ここは領地への入口であり、非日常空間への入口。

 外界と「お客様の領地」を遮断する役目を担う、コンセプトリゾートの要となる施設なのである。


 設置を予定しているのは、他領との境界になる三ヶ所。


 まずはここ、大自然の空気を楽しめる北側の道、「エルトの森」関所だ。

 次に、最もたくさんの人が訪れるであろう東側の道、「芽吹丘の上」関所。

 東の丘をまっすぐ進むと、王都へとたどり着くからだ。丘を越えて見える景色はきっと圧巻だろう。

 最後は、旧クローディア伯爵領でもあるバレトノ地区との境界、西側の「池ざかいの小道」関所。

 ちなみに、この領地の南側には続く土地や道はない。


 ……お客様が関所に到着した段階から、物語コンセプトは始まる。

 新しい領主様のお名前、嗜好、お話ししてくれるようであれば経歴等をお伺いし、領主様を乗せることを心待ちにしていた御者へとお身柄を託す。その後は領地ののどかな景観を眺めながら、領主邸へお連れする……。


 現実的に言えば、予約の有無の確認、お客様情報の聞き取り、次部門である馬車係への引き継ぎ。

 関所とはそれらの仕事をしてもらうための部署だ。馬車係からは、続いてホテル係への引き継ぎも行ってもらう。

 ここで聞き取ることができた基本情報や、実際にお世話を担当するホテル係から上がってきた情報は、「お客様カルテ」としてアシュリー男爵家で管理する想定もある。

 次回の再訪に繋げ、サービスの向上に役立てていきたい。

 日常からの切り替え、よりよいおもてなし、世界観の構築。

 この領地に意味のないものは一つもない。一つひとつ、一人ひとり。全てが重要拠点であり、それぞれに大切な役割が存在する。


 ――仮にホテルの建設が終わったとしても、従業人員の確保、何より実際のオープンまでにはかなりの時間がかかるだろうと踏んでいた私達。


 しかしそんな懸念も必要なかった。

 驚くべきことに、領民からの希望は一瞬にして出揃った。すでに全ての人事が決定しているのだ。あとは竣工を待つばかりと言えよう。

 関所においては、演技力に定評のある人、お話上手の人たちが多数名乗りを上げてくれている。


 実質の機能性だけでなく、外観にもこだわり抜いた。

 建築を担当してくれている領民の皆や、大工さんたちにお願いし、山小屋風の可愛いパステルカラー関所が完成する予定なのだ。

「エルトの森」はクリームイエロー、「芽吹丘の上」はライムグリーン、「池ざかいの小道」はアイスブルーの色合いを指定した。


 無理そうならば廃案にしてくれて構わないし、現場に合わせて臨機応変に作ってほしいとは伝えていたのだが、先程オリバーとラルフが言っていたように、塗料を取り寄せたり微調整を重ねたりと、私の理想通りのものができるよう頑張ってくれているらしい。

 より完成が楽しみというものだ。


 実はこれ、今時を同じくして建設中である、「ホテル」をミニチュア化したデザインになっている。

 構想を伝えているのは両親と使用人の皆、そしてジェームスたち五人のみ。

 全ての建築が終わったあと、皆の驚く顔が見られることだろう。

 いずれやって来るお客様にとっても、関所が見えた時点からワクワクを感じること間違いなし。

 つまりこれもまた、観光インフラでありながら、「貴族ぐらしの里」を構築する観光資源でもある、大事な要素なのである。


 一歩一歩、一人ひとり。

 それに間違いはなかった。

 ただ、一人ひとりの熱意は森の木々より高く、秘めたるポテンシャルは碧空より深く、一歩の歩幅は沼を軽く飛び越えるほど。


 ……私達の見積もりは、はじめから大ハズレだったのだ。言うまでもなく、やはりプラス方向に。


 明日は計画がどこまで進むだろう?

 皆とまた一歩を踏み出す明日には、領地はどんな風に変わってゆくのだろうか?


 思わず目を細めた夏華の日差しは、私の心境と領地の未来を、そのまま映しているように感じた。


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