本日より、貴族ですわ
「これより、エレーネ王国国王 クラウス=ロイ・フローレンス……我が名において、叙爵の儀を執り行う!」
大陸中央部に位置する、四方を大国に囲まれた内陸国。
小国でありながらも、長い歴史と美しい芸術品を誇るエレーネ王国の謁見の間は、新しく「貴族」となる者を――今、まさに迎え入れようとしていた。
国王の宣言ののち、場の貴族たちは好奇に沸き立つざわめきを潜め、厳粛な面持ちで一斉に頭を垂れる。
一瞬、謁見の間は水を打ったかのように静まったが、代わりに響き渡るのは大陸にも名高い、エレーネ王国宮廷楽団による荘厳かつ盛大な演奏。
ほどなくして、二人の近衛騎士に守られるようにして、一組の夫婦とまだ幼い娘がしずしずと入場してきた。
彼らこそがこの叙爵式の主役。永代貴族「男爵」の爵位を賜る、アシュリー一家である。
平民からの成り上がり。平民から貴族に、しかも一代貴族ではなく、子孫代々に地位の受け継がれる永代貴族である。これほどの名誉ある出世は他にないだろう。
一商人、商人の妻、娘に過ぎなかったアシュリー一家。
このどこまでもきらびやかな空間で、彼らは今――……白目をむいて放心していた。
喜びにではなく、あまりの絶望に。まあ一応、誰にも見られないように。
「ヴィンス・アシュリー。貴殿の我が国エレーネへの忠義、貢献をここに讃える! 汝ら、アシュリー家に本日を以て男爵位を授けるものとする!」
威風堂々とした、国王による名誉の宣下。新たな忠君の尊い血筋を迎え、謁見の間は歓喜と祝福に沸く。
……それは威厳と栄誉に満ち溢れた、栄光ある叙爵の宣下であるはず。しかし場の主役たるアシュリー家の面々――私達には、もはや国王直々の処刑宣告にしか聞こえていなかった。
私と母様は設えられた長椅子に案内され、静かに腰を下ろし、遠い瞳で目の前の父様を見守る。
「有り難き御宣辞、しかと受け賜りまする。敬愛する陛下、王国のため。貴族として、持てる者の義務を決して忘れず、栄誉に恥じぬ献身をここに誓います」
父様は陛下の御前に恭しく跪き、一家を代表し忠誠の誓いを述べる。
あたかも今自ら考えたかのようにつらつらと喋るのは、母様と私と、アシュリー商会の従業員みんなで必死に考え、今日まで幾度となく練習した台詞。
栄誉と喜びに打ち震え、紅潮する頬と緩み切る表情。
……そんな状態こそ、本来この場には相応しいのだろう。
だが、父様の顔は渋い。苦渋に引きつる表情が隠せていなかった。
否、父様だけではない。私の今生の母様、エイミー・アシュリーの表情もまた、以心伝心の苦渋に歪んでいた。
ちなみに私は今、白目をむきながら絶望に打ち震え、口は半開き状態で微笑んでいる。さながら貼り付けた能面。ホラーそのもの。
それもそのはずだ。家でゆっくり過ごすひととき。誰にも邪魔されず文句も言われない、各々の穏やかな時間。貴族の仲間入りによって、その全てが失われてしまうのだから………。
これからお茶会だのパーティーだのに出席したり、たびたび王宮やら他の貴族家に出仕しなければならないのだろう。
高位貴族の夫人や令嬢にお仕えさせられることも有り得る。
税収や領地管理などの問題で、領民ともめたり、宮廷貴族様との板挟みになることもあるかもしれない。
さらば、快適引きこもりライフ――
華やぐ歓声の中、意識が徐々に薄れゆくのを感じる。
話が違う。身分も財産も出世も、なんにもいらないって言ったよね?
私ルシア・アシュリーは今、私たち一家がこの残酷な刑に処され……否、栄誉極まる叙爵を賜ることになったきっかけであるあの日の出来事と共に、「前世」の記憶もゆっくりと思い返していた…………。