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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
第一章 〜リゾート領地開発編〜
19/91

アシュリー男爵領、結束の時!


 ジェームスたち五人による広報活動は、非常に好調なようだった。


 先日作成したばかりのフリップは、このわずかな期間で進化を遂げていた。

 私お手製の初期バージョンのものに加え、画力がすごいことが判明したユノーが描いてくれたもの、さらには若者たち自身が考え、領民目線での利点を補足してくれたもの。

 今や無味乾燥な説明用紙の枠を越え、新事業と新形態リゾートの魅力がぎゅっと詰まったものに仕上がっているのだ。


 そんな言わば完全版フリップを手に、理想の室内生活を送る私達家族に代わって、彼らは実にしっかりと広告塔の役割を果たしてくれている。

 というか、コミュニケーションが不得手な私達よりも、その魅力と恩恵を伝えるのが断然上手い。

 もし地球に産まれていたならば、彼らは広告代理店で出世コースを登り詰めていたことだろう……。


 夏の風を浴びながら、時折独り懐かしきオフィスビル群を思い浮かべ、地球に思いを馳せていた。



 彼らは時に全員で、少なくとも一人がローテーションを組んで、毎日報告に来てくれている。

 そして嬉しいことに――屋敷を訪問してくれるのは、もはや五人だけではない。


「お嬢様、今日もめんけえこと。ちょっとお時間いいですかいね? 聞きたいことがあんのですけど」

「ここの若えもんは、おかげさまでみんなやる気になってんべ。ワシら年寄り連中もな、今区域ごとさ集まって『領民』の練習してんですよ。多分お嬢様の想像以上だ。期待しててくなんせ」

「お嬢様の考えてけでくださったこと、ありがてえこって。オレらはもうお代官達が言ってだみてえに、いてもいねくても変わんねえ、つまんねえとこの田舎者なんかでねえんだ。ワシら一人ひとり、『貴族ぐらしの里』の観光資源で、観光インフラの構成員。大事な一パーツなんだってな」

「観光業な、考えたこともねがった。ここば心底気に入って、何回も来てける人がおるようになって……して、それが仕事になんだべ? やんや、楽しみだべなあ……」


 ――そう! 領民の皆がたびたび訪れてくれるようになっていた。

「質問には随時答えるから、わからないことがあればいつでも屋敷に来てね!」とは若者たちを通じて伝えていたのだが、今や想像を遥かに越える頻度で、気軽かつフレンドリーに来てくれる。


 また、事業そのものももちろんのこと。

 私達がここに存在すること、私達が領主であることが受け入れられたようで、とても嬉しかった。


 そもそも二週間という期間を取ったのは、領民それぞれに考える時間を提供したかったためだ。

 一気に情報を詰め込まれ、いつの間にやら有無を言わさず協力させられるより、しっかり考えて見極め、疑問を持つ機会があった方が絶対にいい。

 その疑問に答え、一つずつ不安を解消していく猶予期間にしたかったのだ。


 しかしそれも意味がなかったと言えよう。

 むしろ実情は、やる気と認識を互いに深め、熱意を日に日に高めていくブースト期間と言える。

 このようなプラス方向の意味のなさが発生するとは、実に嬉しい誤算だった。



「皆が楽しみにしてくれてるみたいでとっても嬉しいわ。もちろん皆にとって損はない話ではあるけど、やっぱり私達家族が伝えてたんじゃ、こう上手くもいかなかったと思うの。あなた達のおかげね!」

 お昼時の森の中、陽気な小鳥のさえずりと同じように弾む私の声。肩車してくれているバートをはじめ、若者たちに言うお礼にも心がこもる。


「いいえ、親父共が言ってる通りでさ。誰も知らねえ、考えもしなかった、領地と領民のためになること。しかもこの領地だからこそできる新しい仕事。それを他でもねえ、お嬢様が提案してくれた。話はそれに尽きやす」

 全力でそれを肯定し、何度も頷く四人。


 私を甘やかす姿勢はどうやら永続的らしく、私への返答はいつも全同意・全肯定である。

 普段彼らだけで会話している時は、お互い肯定などせず、見事な掛け合いが始まるというのに。

 この若者たち、つくづく息ぴったりだ。

 そんなことないわよと返しても、似たような返答の応酬になる。

 またいつもの謙遜のし合いが始まってしまった。

 本当にこの五人の尽力あってこそなのだが、なかなかそれを認めてはくれない。


 現状、二週間というこの期間を長く感じているほどなのだ。

 これがアシュリー家だけでやっていたのなら、未だ周知すらされていなかっただろうことは容易に想像がつく。

 今日この日だって、計画が形になり始めている実感など、さらさらなかったはずだ。


 こよなく自然を愛し、あらゆる苦しみに耐えてまで、必死に地元を守ってきた領民たち。

 惹かれるように、呼ばれるように。

 素晴らしい地に導かれ、ここを統べることとなった私達。

 互いに呼応し、結束と目標を一つにすることができたのも。もしかするとそれは必然であり、道理であったのかもしれない。



 現在、全てが滞りなく進んでいる。アシュリー家側の準備も万端だ。

 私達一家は今、お屋敷を事務所として活用し、商会をやっていた頃のような自宅兼用オフィスの開設を目指しているのだ。

 使用人の皆の全面協力を得ている以上、実現は夢ではない。

 室内業務、在宅ワーク。……これは絶対に譲れない!

 アシュリー男爵家が担当するのは、予約受付、事務全般に、経営・投資。それから何より大切な、従業員として働いてくれる領民の皆の給与管理など。

 内勤業務でできそうなこと、責任が伴うこと。極力皆がやりたくなさそうで、かつ負担になりそうな業務。それらを一手に引き受けることにした。

 これなら全て室内での仕事が可能である。


 それに――私達は仮にも、この土地の領主貴族。

 私達はコンセプトにとって邪魔な存在。

「前領主の伯爵様亡き後、ずっと貴族のいない土地。そこに来たのが新領主であるあなた様!」という最大の観光資源を壊さないためにも、決して表舞台には出ないつもりなのだ。


 まあ要するに、私達の悲願・完全引きこもりライフという目的と、建前とが矛盾なく両立。なおかつ円滑に業務が進むシステムの確立に成功したのである。


 この屋敷を「貴族ぐらしの里・事務局」として運営し、こちら宛に手紙か何かを送ってもらう予約制を想定している。

 たくさんの手紙が来る日が、今から待ちきれない。


「……もうすぐね」

 呟いた後思った。もうすぐ近付くのは、あくまで説明会の日程。まだオープンや着工どころか、全員の了承を得る段階にすらいっていない。

 しかし、確かな手応えがここにある。


 でも。彼らは力強く同意を返してくれた。

 きっと以心伝心なのだ。

 彼らにもきっと、私と同じ光景が見えている。

 もはや説明会は、改めて領地が団結し、ホテル建設に向け、一歩を踏み出すための場でしかないと。

 その先にある準備も、やがて訪れる開幕の時も。

 きっともうすぐ近くにあるに違いないと……。


「こんなにやりがい感じたこと、今までにありやせん。説明会……一人の反対も出ねえくらいの大成功にいたしやしょう!」

「オレ達、その日にゃもう説明することもねえ状態にしてみせます」

「ええ! 頼もしい限りね。……じゃあ、まずは説明会! リゾート化計画、その実現に向けて! 明日からまた頑張りましょう!!」

「「「おお!!」」」


  ◇◇◇


 あれから一週間。

 ついに今日、領民全員を集めての説明会が開催される。念入りに準備と練習を重ね、万全を期した。


 場所はここ、テナーレ地区カンファ―。

 領都のど真ん中に位置する集会所である。

 二番目の代官が無理に建築した後全く利用されず、トマソンとなりかけていたこの建物が日の目を見る時がようやく来たのだ。

 せっかくあるんだから集会所を使いましょうと当初ジェームスに提案したところ、暫しポカンと口を開け、何やら考え込んでいたかと思えば、「ああ……確かに、んなもんありやしたね……」と来た。


 あったところで集まらない、集まったところで特にすることがない、そして血税を勝手に使われた挙句に、気付いたら建てられていただけのもの、という負の三本柱揃い踏み。

 意地でも使わねえと心に決めていたら、いよいよその存在すら忘れかけていたようだ。

 歴史的建造物か何かか。代官はともかく建物に罪はないよ。

 実際お金と土地、両方の無駄遣いであることは事実だけど。


 今一つノってこない彼らには、とりあえず「だっていつ何時なんどき行っても、人っ子ひとりいないじゃないの……。たまには利用してあげましょうよ……」とだけ答えておいた。

 ここを観光インフラの一つとして活用する計画があることは、今はまだ秘密である。



「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。私達アシュリー家の勝手で始める事業に、これだけのご賛同がいただけたのは誠に幸いだ。責任を持って、ここエルトとテナーレをより良い土地に。『発展させない』リゾート開発を行っていくと誓います」

 一家の主であり、この領地の最高権力者である父様が代表し、開会の挨拶を行った。


 盛大な拍手によって迎えてくれた領民に礼をする父。続いて、母と私も順々に頭を下げる。

 若者たち五人が、私の指示通りに長机を並べて設えてくれた会見台の席に着くと、これまた記者席のように並べられた椅子に座る、領民たちのたくさんの輝く眼差しを浴びるほど感じる。

 皆この計画に大いなる期待を持ってくれている。


 計画実現へ、全員で踏み出す第一歩。

 今日この日に備え、私達三人は連携をより密にした。使用人に付き合ってもらい、リハーサルも済ませてある。

 少しの緊張と、高揚から来る胸の高鳴りを感じながら、いざ口火を切ったのだった。


「それでは皆さん、よろしくお願いいたします。バーキンさんやアーチャーさん方のご子息様たちにご協力をいただいて、皆さんきっと、すでに概要はご存知のことと思いますの。改めてご協力に感謝申し上げます。私共の稚拙な説明を繰り返すより、今日は最終的な疑問を解決する会にしたいと考えておりますわ。どのようなご意見でも構いません。どうかお気軽にご質問くださいまし」

 冒頭はあらかじめ決めていたように、母様の前置きから。


 私達の総意は、本当にこの言葉通り。

 ジェームスたち五人が担い広めてくれた、一流営業マンばりの魅力あふれる説明。その後に私達の同じ説明が続いたんじゃ、完全に蛇足だ。ここで熱意も削がれかねない。

 全員が真の意味で結束するためにも、どしどしガンガン意見をぶつけてほしい。



 まずは三人で分担しつつ、計画の全容、この領地における観光資源と観光インフラとは何か、コンセプトテーマ等の、本当に大まかな概要を詰めるところからスタートした。

 皆にとって再三聞いていることというのもあってか、意外にもこの時点での質問は一切出なかった。

 意見が多く寄せられる箇所は基礎から見直しを図るつもりであったし、何らかのご指摘は必ず出ると踏んでいた。

 わかってはいるものの実現の難しい点、私達が気付いていない盲点、双方において。

 想定問答集まで作成していたのだが、いい意味での徒労に終わってしまったようだ。

 要約再解説は実に順調に、予定時間を大幅に巻いて終了したのだった。


 続いては……というより、もうこれしかすることがないが、なんでも質疑応答のコーナーに移行だ。

 ここで誰からも何もなかったなら、ただ無意味な集会を開催しただけになってしまう。

 誰でもなんでもいいから意見をおくれ……!

 その願いが通じたのか。

 森の小さな集会所は、ここに来てついに盛況を迎えた。


「お前聞きたいことあるっつってたべ?」

「待て、一気に聞けば男爵様方に迷惑だっけや。誰か代表せ」

 そのように、若者たちが率先して盛り上げ、取りまとめてくれたのだ。

 ……最も不信感が強かったはずの世代が、今こうして私達のため、私達が主導する領地のために動いてくれている……。

 家族三人、感無量だった。

 私に至っては、少々涙をも滲ませていたのは秘密にしておこう。


 やがておずおずと挙がった手は、オルコックさんのものだった。

「すいやせん、ほんとに卑しい質問だとはわかっとるんですが……事業ば軌道に乗せるために、領民一人あたりの負担額はなんぼほどになるでしょうか……?」


 非常に大事な質問が最初に来てくれた。

 むしろそんな大事なことを、質問されるまで喋らずにいて申し訳ない。


 実のところ。その財源は、もうとっくに決まってある。

 自然と父様が代表となり口を開いた。

「ご質問ありがとうございます。皆さん、その件に関して心配は無用です! ホテルの建設費用、インフラ整備。その他諸々の額、全てアシュリー男爵家が負担いたしますから」


「………っうえ!? そんな、何を言っておられるんで! 聞いてやせんぜ! 雇用も計画も、なんもかんも皆様方に負担していただいて、オレたちが一シュクーの金も出さねえわけにゃ……!」

 素っ頓狂な裏声を出したラルフに対し、他の領民も「そ……そりゃねーべ、したらオレたち男爵様たちにただ寄っかかってるだけでねえか」「そだよ、あたしらも持ち寄って協力しねば。たとえこったらべっこでもさ」「んだな、その通りだ!」などと呼応してざわめきだしてしまった。

 皆、私達を心から信頼し、慕ってくれているらしい。

 最初から協力前提のつもりだったようだ。


 ……しかし! 他でもない私達としては、それでは困るのだ。それに返答したのはまたも父様。


「いや、ぜひ私達に出させてほしい。実は私達、爵位と一緒に余りに余った褒賞金をもらってしまってね……本当に困っているんだ。どうか、ね? これも人助けと思って出させてはくれないだろうか?」


 そうなのだ。むしろ私達に総額を負担させることこそ、領主への奉仕だと思ってほしいくらい。


 押しに負け、桁を間違えていると疑うレベルの褒賞金を受け取ってしまい、途方に暮れていた私達。

 領地リゾート化計画の勃発により、やっとその使い途が見つかった。

 しかも浪費ではなく、領民のために使える手立て。

 このお金を惜しみなくつぎ込み、立派なホテルを建てさせてもらう!


 父様の言うように、私達の勝手で始める事業である。

 なんとしてでも使わせてもらわねば困る。

 ……似たようなことをこの褒賞金を持って来てくれた官僚様にも言われたような気がするが……。

 その願ってもない使いどころに、つい先日一家で小躍りして喜んだばかりなのだ。


「……おかしい。俺たちが不利益被る話ば頼まれるならともかく……」

「あたしらは今なんば頼まれてんだってね。金は出せません、男爵様出してくださいってこっちから言ってんだらわかるけど……。ううん、むしろお願いするべきでないかい? どうか協力させてくなんせってさ……」

 などと首をひねる声、それに同意する声が次々聞こえ出したあたりで、

「さぁっ! 次行くわよ次! お次はどんな質問が来るかしら!? どんっどん回答していくわよー!!」と突如絶叫し手を打ち叩いて、全力で無理矢理空気を切り替えた。


 それ以上、考えるのをやめてほしい。

 さもなくばあの膨大な額を押し付けるぞ。

 その後は必死の司会進行によって、なんとか質疑応答の流れに戻すことができたのだった。



 次に出たのはこのような質問。


「お嬢様に異論挟むようで申し訳ねえ。この『貴族ぐらしの里』のコンセプト、平民には絶対に受けるもんだと思います。だが、もし本物の貴族様がいらしたらどうするんで? 貴族扱いも何もあったもんでない。逆にいつも通りだと思うかもしれねえ。せば、貴族様にとっちゃ、ここのコンセプトはなんも普段味わえない体験じゃない。お嬢様の言う『観光資源』にはならないんでないかと……」

「た……確かにそうだ! しかも貴族様とくりゃ、裕福な方が多いに違いねえ……! お嬢様、アイツの言うことが正しけりゃ、もしかしたら客層が平民だけに絞られるんじゃ。太い客をみすみす逃すことになるんでねえべか?」


 先程の質問を上手く補足するように、このような意見が飛び出したのも意義が大きい。

 こういった詳細面は、立案者であり実質責任者である私に采配が委ねられている。

 念のため左右の両親と視線を合わせるも、二人は無言で頷き回答を促してくれた。


「いい質問ね! 二人とも意見をありがとう。これは私から答えさせてもらうわ。さっきの父様の言葉を借りると……大丈夫! このことに関しても心配は無用よ。絶っ対にここを気に入ってもらえる貴族様がいるの!」


 いざ取り出したのは、今日のために新たに作ってもらったユノーの新作フリップ。

 フリップには、よく似た顔の男性と共に仕事に取り組む貴族の姿と、商人と顔を突き合わせて経営の相談をしている貴族、そしてお城で働く貴族のイラストが描かれている。


「みんな、これを見てほしいの! 貴族様には、私達やクローディア伯爵様のように、領地を治めて暮らす領主貴族ロード・ノビリティ様、それからお大臣様みたいな、王宮の役職を持って国を治めている諸侯貴族ロード・フューダー様といった方々のほかにも、非爵位貴族ヤンガーサン様、宮廷貴族ロード・カーター様と呼ばれる方々がいらっしゃるわ。そして……何を隠そう、この方々こそ最大の顧客候補! この領地のメインターゲット層よ!」


 非爵位貴族ヤンガーサン

 貴族の家柄に生まれながら、出生順やご健康状態、その他何らかの事情によって、爵位と領地を継承する権利を持たなかった方々のことだ。


「イメージはこのイラストの通りよ。領主の座を継いだご兄弟とご協力して、一緒に領地を運営している方もいれば、相続した財産をもとに、商人のパトロンになってくださる方もいる。ご才覚を活かして、官僚様になってバリバリ働く方もいらっしゃるわ」


 平民にとって、貴族とは雲の上の存在。

 たまたま私達がそれに価値を見出せない人間なだけで、多くの人にとり、爵位や領地を賜るなど、現実では有り得ない至上の大成と言える。

 おとぎ話に過ぎないからこそ、この領地のリゾートコンセプトは、きっと夢の非日常として映ることだろう。


 それでは、非爵位貴族ヤンガーサン様にとってはどうだろうか?

 ご一家の領地に生誕し、領主として君臨する家族の姿を見て育つ。

 爵位や領地とは遠いものではない。ご自分のすぐそばにあるもの。

 やがて時は経ち、その全てはご自分ではなく、ごく身近な方のもとへ。

 心からの祝福、一抹の口惜しさ……。複雑な思いを抱いた方もいらっしゃるはずだ。


非爵位貴族ヤンガーサン様から見た『領主』っていうのは、ご自分のすぐ近くにあったのに、決して手が届かなかったものなの! 現実味のない夢物語じゃなく、渇望した、可能性があった夢。……つまり! 『貴族ぐらしの里』、このコンセプトテーマを誰より喜んでくれるはずの方々ってこと! 皆で心をこめておもてなしすれば、きっといつかお得意様になってくださるわ!」


 そこで感嘆のざわめきが広がった。 皆楽し気に周囲と話し合っている。中には、さすがはお嬢様だと少し大げさに称える声もあった。


 そう。むしろこの計画は、かの方々にこそピンポイントに刺さると言って良い。

 のどかな領地。自らを慕う領民たちから、待ち望んだ領主様として歓迎される。

 その光景は――きっと非爵位貴族ヤンガーサン様の心に秘められた、願いの顕現。

 笑顔と喜びを引き出し、そのお心に深く響くだろうことは、想像に難くない。



「初めてお迎えする際、お客様によってご対応を使い分けるのも良いかもしれませんわね。平民のお客様であれば、やはり『功績を讃えられ叙爵された』設定がよろしいかしら。非爵位貴族ヤンガーサン様でしたら、『宮廷での働きが評価され、ご次男筋で新たに系譜を築く許可が出た』という設定も良さそうですわ。それぞれのお客様が最も喜んでくださる最高のおもてなし。私共アシュリー家と一緒に、これからいろいろな策を考えてまいりましょう」


 母様の補足に対し、納得したようにうなずく姿が多く見られた。

 そしてすぐに、「こんな設定だらどうだべ」「好みとかば聞いといて、二回目来てくださった時に掘り下げんのも面白そうだな」と、活発に議論が展開し始める。

 皆の琴線に触れたようだ。事業を本当に楽しみにしてくれているのだと伝わってくる。

 質問をくれた二人も力強く返事をくれ、母様の発言によって、この質問は綺麗に締めくくられた。


 実際に私が考案したコンセプトは、とりあえずの基本設定にしか過ぎない。

 皆で相談し、さらにテーマを突き詰め。

 領地の全員で最高のコンセプトリゾートを演出していきたいものである。



 その後はちょっとした質問はあったものの、どれも議論や詳細を必要とするものではなく、すぐに解決へと至ってしまった。

 雑談に近い話が数分続く。

 雑談の中でわかったのは、皆今日来てくれたのは、あくまで認識を深めるためだけ。最初から大きな疑問や反対があって来た人はいないという。

 これといった意見が出ることもなく、どうやら話題の種も尽きてきたようだ。


(もう少し待ってみて、これ以上質問が出ないようなら、ここでお開きにしても構わないかな……)


 そう考え終わるより早く、「あっ!」と声を張り上げ、慌てて質問をくれた女性が現れた。

「こんな間際にすみません。さっきのお話で、ここのコンセプトば好まれる貴族様もいんだってわかりました。でもやっぱし、それ以外の貴族様にはどうしようもねってことでしょうか……? だって来てくださる中には、本物の領地、本物の領民を持っとる方もいるでしょう。したら、私らから『領主様~』なんて言われたって、薄気味悪いだけなんではないでしょうか?」


 おお、これはフィナーレに相応しい質問が来た……!

 ここでも回答権は私となった。


「アボットさん、質問ありがとう! 確かに高い身分の貴族様には、『叙爵されて』とか『新たな貴族家に』とか、さっき説明したような同じ設定は使えないわ。でもこれも安心して。本当の領地をお持ちの貴族様がいらしたら……『第二領地』っていう設定でいきましょう!」


 このアトランディアでは、貴族の持ち得る権力、恩恵を抑制し、貴族がいることによって社会全体に利益が分配される、理想的かつ厳格な貴族制度が構成されている。

 特に象徴的なのは、貴族の持ち得る爵位、そして領地は、原則として一つのみという決まりだ。


「祖国への著しい功勲が認められ、該当所属国における、諸侯貴族ロード・フューダーの八割以上の同意が得られた場合において、また二つの領地と領民を同時に、贔屓差別なくして統治運営が可能と予見し得る者のみが、第二領地を保有する権利を有する」

 要約すると、何かとんでもない功績を成し遂げ、かつ誰もが認める敏腕貴族だけが「第二領地」を持つことができる――と明文化されているのである。


 私の後を引き継いで、以前商会の顧客だった貴族様からうかがったという話を、父様が皆に語ってくれた。

「なんでも、大手柄を立てれば手に入るという話ではないそうです。貴族様の功績に与えられる褒賞とは、新たな家門の創設だったり、宝石や現金などの直接支給、家格の昇格などが主。第二領地という制度はあるにはあるが、実際に適用される例はごくわずからしいのです。現実に第二領地を持っている方は、なんと現在お一人もいない。大陸中の歴史を遡っても数えるほどしかいないのだとか」


 つまり、貴族にしかわからない価値。貴族にとってのおとぎ話。

 それこそが第二領地なのだ!


 そこで再び、私に交代した。

「もともと領地をお持ちの貴族様には、言うなれば『最高のごほうび』になるわけね。まとめるとこういうこと! 第二領地とは、貴族様にとっての夢物語。現実では叶わない、ここアシュリー男爵領でしか体験できないものってことよ! ……ってことは、つまり……?」

「観光資源にあたるってわけだ!!」


 喰らいつく勢いで答えてくれた複数人の声は、もはや誰のものだったのか。

 会場は今や、張り上げた声も届かないほどの盛り上がりを見せている。

 各席で炸裂する何らかの破裂音に驚いてしまったが、それは発砲音さながらの皆の手を打ち叩く音、あるいはハイタッチの音だった。


「大正解! どうかしら? 全部の要素を観光資源に変えられて、全部の人に喜んでもらえる方法。ここにはそれが揃ってるのよ! ……私の考えだけじゃ足りないけどね。それこそ夢のお話で終わっちゃうわ。だから、力を貸してほしい。いつか実現に向けて、一緒に動いていける日が来るといいな」


 そう、皆はもっと誇っていい。

 この領地が持つ「何もなさ」とは、夢を与えられる余地そのもの。

 領地全体、領民全員。

 唯一無二の観光資源であり、観光インフラなのだから。


 皆が一丸となって準備に取り組み、やがてオープンの時を迎える。

 いつになっても……何年先になってもいい。

 いつかそんな日が訪れると、今は信じていたい。


 それを伝えると、皆の顔色は一様に晴れ渡り、期待したような輝かしい笑顔へと変わった。

 どこか頼もしい顔付きでこちらを見つめてくれていたのは、私の気のせいだろうか。



 ――そして。ここでいよいよ幕切れのようだ。

 興奮のざわめきも徐々に収束し、新たな声が発せられなくなったのを見計らい。

 会場を見渡した後、式次第は自然と父様による謝辞へ移行した。


「皆さん、本日は改めてありがとうございました。娘が言ったように、私共には皆さんのご助力が不可欠です。全員でつくる観光リゾートの実現。我こそはという方がいれば、いつでも構いません。ぜひ気軽にお声がけいただきたい。こうした機会はたびたび設けたいとも考えています。……長くなりましたが、この領地に『ホテル』がそびえる日を、皆さんと迎えられること。今日の説明会が実りあるものとなることを祈念し、これにてお開きとさせていただきます。――それでは、良い一日を!」


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