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男爵令嬢の領地リゾート化計画!  作者: 相原玲香
序章 〜転生と叙爵編〜
10/91

私には破滅しかございませんの?


『学園シンデレラ ―真理の国の姫―』。

 前世の私が転落死する直前、やっとの思いで完全クリアした超人気作にして話題作の乙女ゲームだ。


 七人の攻略対象たちと、三人のライバルキャラが登場する。

 アーロン王子とは攻略対象の一人。双子の姉、ディアナ王女は公爵令息ルートと弟王子ルートでのライバルキャラである。


 何が話題なのかと言えば、第一にそのゲームシステムが挙げられる。

 作中のミニゲーム制イベントをクリアしてゆくことで攻略・ルート開放が進むシステムなのだが、これがまあ鬼畜設定なのだ。


「初見殺し」

「こんなの絶対わかるわけない」

「無限ループ脱出ゲームかな?」

 ……と、およそ乙女ゲームに付くとは思えないようなレビューばかりが並び、異質さが光っていた。

 またやり込み要素にもなっており、アラカルトメニューから挑戦できる各ミニゲームでExcellent Clearを達成すれば、特別なスチルが入手できたりもする。

「乙女ゲームに求めるやり込み要素ってこれじゃない」ともっぱらの評判だった。


 やがてインターネット上の各地で話題を呼び、プレイ層は多岐に及んでいた。


 ただしストーリーと世界観がよく練られており、クリアまで到達すれば感涙は必至。クリア済プレイヤーからの評価は著しく高かった。

 発売前から期待値が高かった美麗なキャラクターも高評価のもとだった。

 各人に深い魅力と背景があり、攻略対象のみならず、美少女ライバルキャラたちにも熱烈なファンが存在していた。

 攻略サイトが多数設立され、ルート開放の条件や小ネタ情報が日々更新されてもいた。

 前述のように、本来のターゲット層以外の客層を予期せず掴んだこともあり、縛りプレイクリア動画の配信やキャラ語りスレッドの乱立など、熱気と話題が尽きることのない作品だった。



 いや、今はそれはいいんだ。

 すでに嫌な汗が止まらないが、ここが本当に学園シンデレラの世界だったとしても、私には関係ないこと。

 もし彼らと一切関わり合いを持たなければ。もし私がただのモブであったとしたら。

 その大前提条件を当然踏まえていれば、だが。


 私の脳内を過ぎっているのは……ハイスペックイケメンが好きで、攻略対象全員を狙ってかかる。そのためどのルートにおいてもライバルとして登場する、一人のどうしようもない残念キャラ。


 その女こそ、主人公のライバル(自称)。作中の悪役令嬢(仮)。

 確か……なんて言ったっけな。おそらく全部私の勘違い。記憶違いであってほしいけれど。


 王都一の貿易商人の一人娘、「ルシア・エル=アシュリー」とかいう名前の…………。



 三人のライバルキャラたちとも確執イベントがあるにはある。

 しかし彼女たちは、ヒロインと真正面から向き合い、ヒロインを認め応援してくれるようになり、恋の高く大きな壁として立ちはだかる。

 そんな正統派ライバルと呼べる素敵な人ばかりなのだ。


 反面、この悪役令嬢(仮)はひどい。

 彼女自身も平民であるにも拘らず、大金持ちで甘やかされきっているために、自分こそ高貴なる存在、清貧なヒロインは遥か格下の存在と信じて疑わない。

 そしてヒロインを徹底的にいじめ抜き、人前で貶め、自分だけを攻略対象たちにアピールする。


 攻略サイトや各スレッドではよく話題にされていたが、その内容は炎上の種でしかない散々な扱いであった。


「ライバル(※自称)」

「悪役令嬢(笑)」

「ルシアって平民だし悪役令嬢ではなくない?」

「一応大金持ちの娘なんだし令嬢だろ」

「いや定義としてはそうだろうけど、こういう世界観では普通令嬢って言ったら貴族令嬢を指すんじゃないの……」

「だから(仮)なんでしょ」

「こいつだけなんか世界観違うよな」

「そもそもこんなわかりやすい悪役令嬢なんかいねーよ と思っていた時期が私にもありました こいつがそのまんまそうだわ」

「思った。浮いてるんだよ、全然別の世界の悪役から設定だけひっぱってきたみたいな」

「皆が考える『悪役令嬢』の概念全部を形にしましたみたいなキャラだよな」

 ……などなど、思い出せる範囲だけでも枚挙に暇がない。


 もちろん攻略対象からは見向きもされない。

 そのうえ、辿る末路はだいたい強制退学。場合によっては攻略対象から殺害されることもあったはず。


 つまり、ひたすら救いようのないチュートリアル要員。誰からも疎まれているどうしようもない悪役令嬢。

 そんなどこまでも残念すぎるキャラクターの姿だ。


 猫目でクセっ毛。

 いかにも気が強そうな、底意地の悪さがにじみ出たような顔つき。

 とんでもなく不自然な髪色。

 本来ならとても上品な色合いのはずの、淡黄色と黄緑色の所属寮カラーの制服を着殺す。

 全身を覆い尽くすピンクの小物。


 その目に痛いカラーリングから、「こいつだけ色彩設定間違ってるんじゃないか」とか言われ、「蛍光ペン令嬢」ともあだ名されていた。


 今まで気付かないどころか、疑問にも思わなかったのもそのせいだ。

 そう、こいつの髪色は。

 まるで「生まれつきの赤髪を嫌がって、無理やり脱色したような」、ビッカビカの蛍光オレンジ髪……!



「……ねえ。父様、母様……。エレーネのブルーム学園には四つの寮があるのよね? ううん、わかってる……絶対に勘違いだって。『誠実・忠誠』のベロニカ寮、『名誉・栄光』のローレル寮、『才能・素質』のローズバード寮、……そして、『努力・勝利』のグラジオラス寮……。……違う? ぜーんぶ違うでしょ? 絶対違うわよね!? 父様母様! 違うって言って!!」


「全て合っているわよ! ああ……なんて賢い子なの。ルシアなら高位貴族の方々にも学力で劣ることはないわ!」

「そうだろうな! いや全く、誰かから聞きかじった程度だろうことをここまで……」

「……もういいわ! 二人ともおやすみなさい!!」


 嫌な予感は、物の見事に全部的中してしまった。

 盛り上がる場の空気はまだ収束する気配を見せない。

 これ以上あのバカップル……もとい両親に付き合う気も、質問を続ける意味もない。

 会話を振り切って、教えてもらった私の部屋にダッシュで向かった。


 だってもう、否定しようがないのだから……。

 ここが学園シンデレラの世界そのものであること。

 そして心から敬愛する我が両親こそ、ルシア・(エル=)アシュリーを甘やかし、残念に育て上げた張本人であることが……!


  ◇◇◇


 以前の家よりも遥かに豪勢な造りの私室。

 前の家も敷地、奥行き共に広く立派だった。

 しかしそれはごく一般的な平民の家と比較すればの話。

 個人の部屋一つのうちに、寝室・居間・客間・トイレと洗面台・バスタブが備えられている造りなど、貴族の家でなければそうそうないだろう。

 しかもこれは私の部屋のみならず、両親がそれぞれ使う部屋でも似たような間取りのはずだ。

 地球でも庶民であれば、ホテルくらいでしかこのような間取りで生活できることはなかった。


 今はいっそそれを「無駄に広い」と称したい精神状態だ。

 この広大なスペースに据えられた木目机と書見台に、私は先程からずっとかじりつき続けている。

 手につく紙という紙に思い出せる限りの情報を書き散らし、飢えた獣そのものの唸り声を上げて。



『学園シンデレラ ―真理の国の姫―』。

 ジャンルは「恋愛アドベンチャー」。


「始まりの国」と呼ばれている、ある小さな国でのお話。



 実の母は物心つく前に亡くなり、大事に育ててくれた実父も出稼ぎ中の事故で失ってしまった少女、ミーシャ・エバンスが主人公だ。


 父の死後、父と再婚していた継母や、そのさらなる再婚相手である継父から疎まれる日々。

 彼女のために遺されたわずかな遺産と養父母への遺言で、しぶしぶではありながら学校には通わせてもらってはいたものの、一挙一動をあげつらっては嗤われ、酒に酔っては暴力を振るわれ、毎日の家事を押し付けられ……ミーシャは実の両親の笑顔を思い出しながら、虐げられる境遇にも負けず、真剣に勉学に励んでいた。


 そんなシンデレラさながらの生活を送る主人公の元に、十二歳になったある日、王立学園からの入学許可書が届く。


 平民である自分は、誰かからの推薦がなければ学園には上がれないはず。

 疑問に思い学園に問い合わせるも、すでに推薦してくれた人物によって、入学金も寮費も払い込まれていた。

 その人物は名前も名乗らず、ついひと月ほど前に「この娘の類稀なる才は、学園生に実に相応しい」と述べ、推薦書とミーシャの素質を書き連ねた文書を提出していったというのだ。


 入学の準備が整う頃には、謎に包まれた人物から推薦を受けた平民の主人公の存在は、すでに学園から大いに期待を寄せられていた。

 新天地に胸をふくらませるミーシャの、小さなシンデレラストーリーが今始まる!

 ……といった作品である。



 あの可愛いヒロインが、まさか天敵になるかもしれないなんて考えたこともなかったな……。


 ゲームでは「とある小さな国のとある学園」という表記でしかなかったが、ここまで状況証拠が揃っている以上、もうエレーネ王国のブルーム学園で確定だろう。


 各寮それぞれに異なる特色と理念がある。

「ベロニカ寮」「ローレル寮」「ローズバード寮」「グラジオラス寮」――類稀なる才能を見出されたヒロインが、自らの可能性を最も研鑽できる寮へと入学を果たす。

 メタいことを言ってしまえば、プレイ選択中の攻略対象によって決定される。

 通常ルートの攻略対象四人は、四寮それぞれに所属しているのだ。


 通常ルートを全てクリアすると、隠しキャラである何かの先生と騎士団長ルートがそれぞれ開放。

 その二人をも攻略すれば、最後にシークレットキャラのルートが開放されたはずだ。


 思い出せる情報はこれくらい。

 ただこれは、私にとって重要な情報とはとても言い難い。正直どうでもいいとも言える。


 ――何より肝心なのは、どう考えても今生の私である、ルシア・エル=アシュリーについてなのだ!



 ルシア・エル=アシュリー。


 貿易商人の一人娘で、周囲の人間にちやほやされて育ったために、自分がプリンセスのような特別な人間だと思い込んでいる。

 ローレル寮の所属。わざとらしいお嬢様口調でしゃべる。

 希望を持って入学してきた主人公ミーシャを、彼女の義理の両親の如く嫌らしくいじめ倒す。


「エル」というミドルネームは、おそらく自分で付けて名乗っているだけだろうな。

 この世界では、ミドルネームはわりと自由に自称することができる。

 よく耳にする話では、爵位を継承できない出生の貴族の方が、ご自分の血統を主張するため、本来この国では使われない「フォン」を名乗る例がある。

 自分は最も美しく、高貴な身分だと知らしめるため、「高貴な人」という意味合いの「エル」を自称しているんだろう。

 多分ね、あくまでゲームのルシアがね。


 そして、最初から持って産まれた髪色とは考えられない、目に痛い不自然な色合いのオレンジ髪。

 私がこの残念令嬢に転生しているのにこれまで気付かなかったのは、この髪色の差異によるものだ。


 この世界においても、ブロンドは美しく、赤髪は垢抜けないという悲しい固定概念がある。

 吉川祈里よしかわいのりの意識を受け継ぐ「私」と違って、ゲームのルシアは赤髪を嫌悪し、それを捨てることを選んだのだ。


 ……私は赤髪に憧れて転生の条件にも出したくらいなのに、地毛の赤髪を染めるなんて! どれだけもったいないことかわかっているのか!


 アシュリー商会では染髪剤も扱っていた。

 いざこんな髪色は嫌だと喚けば、いつでも入手はできたはず。

 また、私が産まれるまでは赤髪が嫌いだったらしい父様も、愛娘が嫌がるならばと喜んで染髪に協力したであろう。


 ただこの世界の染髪剤とは、植物を煮出した液に砕いた鉱物を混ぜた原始的なもの。

 地球の技術のように、赤味の残らないアッシュカラーになどできるはずもない。

 その微妙な技術のせいで、ビッカビカに光を放つテカピカのオレンジ髪になったのだろう。



 そんな彼女は、どのルートでも必ず破滅の時を迎える。


 理由は単純。他者を陥れて喜ぶ。それでもなお、自分こそ正義と信じて疑わないどうしようもない性格であるから。

 退学で済むエンドならばまだいい。最悪の場合は攻略対象によって惨殺、あるいは王女によって処刑されるエンド。

 ヒロインにとってのハッピーエンドはまるで関係ない。


 ライバルキャラでもある王女は、このゲームの女性キャラ特有のとても良い人で、どのルートでもヒロインの憧れの存在でもある。

 しかしルシアに退学処分を下すのも、時に処刑するのもこの王女なのだ。


 つまりルシアとは、そんな優しい王女が毎度見限るほど呆れ果てた人間で、毎度手を下さざるを得ないほどの嫌われ者なのだろう。


 放校オア殺害。

 どちらにせよ、待ち受ける運命は破滅のみ。


 ……どうしたらいい? どうすれば自分の身を守れる?

「主人公をいじめない」。

 それくらいしか対策が思い付かない。

 というか、ゲーム云々以前にそんなひどいことは絶対にしない。



 出口の見つからない迷路のようにぐるぐる巡る思考の中、私はとある恐ろしい事実に思い至っていた。


 そう、そうだよ。私には対策の取りようが何もない。

 取るべき行動の指針がまるでない!

 私は孤立無援なのよ……!

 なにしろ登場人物たちの誰もと、何一つ繋がりがないんだから!



 たとえば……誰かが婚約者や親類であったとしたら、対策は多々思い付く。

 きっと原作通りの関わりをしなければいい。


 本来の「自分」がその人をいじめていたり不仲だったのなら、良好な関係を築く努力をする。

 ヒロインとの恋路を決して邪魔せず、むしろ一番の理解者、協力者になる。それが破滅を避ける意味でも、その後の関わりを断ち切るためにも最善と思える。

 婚約破棄を目指して嫌われるような行動をしたり、自ら破棄を申し出るのもありだろう。

 もし上手くいかなくても、少なくとも原作よりはマシな状況が築けるはず。

 そしてもし上手く関係が構築できたなら、むしろ現実世界では自分の最大の味方になってくれる可能性もある。


 原作の登場人物とは全く関係ない人脈を利用するのも賢明だと思う。


 原作では「モブ」にあたる人や、地位と実権のある人、絶対に自分を守ってくれるような人……。

 うん、妄想するだけならいくらでも思い浮かぶ。



 しかしどれもこれも、私にとって選択肢にはなり得ない。

 そんな人物に心当たりなどないからだ。

 今後そういった人物と出会えるとも考えられない。

 どうやって攻略対象と知り合って、どう上手く取り入るというのか。

 成り上がりの引きこもり男爵令嬢に、そんなコネもツテもあるはずがない。

 私にはまるで関係ないストーリーである。


 そして男爵令嬢というこの身分、立場が微妙すぎる。


 家と家の繋がりがあったり、我が家や私を慕ってくれるような知り合いなんていない。つまり味方はゼロ。

 私を破滅させかねない攻略対象もライバルも皆、確かほとんどが王族か地位ある貴族。

 当然、私より身分が上。

 それどころか国でも有数。逆らえる人なんかいないような立場なんじゃないのかしら……。

 それを考えると、どんな努力をしようと、彼らに対抗しうる味方など絶対に見つからない気がする。


 広い領地のはじっこに逃げるだとか、遠方の第二領地や親戚の屋敷で暮らすだとか、そもそも学園には行かなくて済むように取り計らってもらうだとか……そんな高位貴族だったり、特別な身分だったなら考えられる選択肢も、最初から存在しない。


 逆に、破滅させた側が「弱い者いじめ」と非難されたり、誰かの絶対的な庇護下に置いてもらえたりするほどに低い身分とも言えない。



 ――貴族になるなど絶対に嫌だと考えていた。


 しかし辿り着いたのは、まるで前世に切望した約束の地そのもの。

 ここで暮らしていけるのが今からとても楽しみな、素敵な領地に来ることができた。

 これからこの小さな森の楽園で、快適インドア生活が始まるんだと思っていたのに……。


 解決策どころか妥協案も浮かばないし、できれば取りたくない手やほぼ不可能な方法すら一切浮かばない。

 私は破滅するしかない、ゲームそのままの救いようがない人間なの? 破滅が訪れることをわかっていながら、ただその時を待てというの?



 私は……私はいったいどうしたら……!


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