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おさらい

 仁平は遠国(おんごく)からの流れ者である。彼は姫路の町で越前屋という名の小さな薬屋を始めたのだが、強く請われて付き従っていた二人の女を嫁に出した。二人とも判で押したような良妻となり、評判となった。すると、それにあやかろうとする者が現れる。是非とも娘に花嫁修業をと頼んできたのはほとんどが大店だ。早く土地に馴染みたいという下心もあってそれを引き受けた彼は、見事に誰もが唸るような娘に育て上げた。評判を聞きつけたお店からは、そんな娘なら是非とも嫁に迎えたいとの引き合いもある。そして彼が両家の縁を結ぶ手伝いをする。本業とは関係のないことだが、彼はそうして信用を得ていった。

 大店や医者に縁をつないだことが商いにも好ましい効果をもたらし、番頭に迎えた重吉の働きもあって、いつしか中堅の薬種問屋になっていた。内は重吉が取り仕切り、外は仁平が客を獲得する。そんな二人三脚であった。


 阿呆橋のたもとに店を買ってからは、二人の分業化がより顕著になった。彼が娘たちの教育に手を取られてしまったからだ。

 読み書きやら生け花、お茶といったことならどこの家でも躾けられてきただろうが、彼は所作を特に厳しく教えていた。わけても歩き方には厳しく、立つ、歩く、座る、お辞儀をする。礼の所作を徹底して体に覚えさせた。とはいえ、それまでの癖を短期間で矯正するのは並大抵ではない。そのために人前では言えぬこともしたのだが、娘たちは素直に従い、見る間に会得した。それがどんな修行だったのか、誰もが口を噤むものだからよけいに評判になった。

 仁平は、仕上げの段階に達した娘を、よく外へ連れ出したものだ。得意先のご機嫌伺いなどの供をさせ、さりげなく見せてまわった。するとそれが人目にとまり、思いもかけないところから縁が転がり込むこともあった。そうして彼は、次々に良縁を結んでいた。

 稽古だ修行だというとなかなか高額な謝礼を求められるものだが、彼は一切の謝礼を断った。それどころか、一年務めた者には四両。半年なら二両、三月なら一両の給金を与えさえした。それだけ辛いおもいをさせたという意味だろうが、真意はわからない。それに加え、衣食の掛かりを自分が負担したうえで着物を与えたりもした。ゆえに誰が言い出したか、仁者の仁平と呼ばれるようになった。ところが、裏に秘めた顔がある。相模の者といえばピンとくるだろう。世に名高い、風魔の末裔なのだ。生まれた土地は狭くて一族を養うことはできないので、彼も自立の旅に出た。しかし人別に載らないことから仕事にありつけず、盗賊として生きるしかなかった。闇の世界で長者と呼ばれた盗賊こそ、この仁平のことである。越前生まれの仁平という男が、旅の途中で死んだ。仁平はその男が大事に持っていた道中手形と寺請け証文をいただいて、仁平として生きている。

 幼年期から始まった一族の修行で、女の扱いをみっちり仕込まれたこともあるが、根っから女好き。しかし性格は穏やかである。一方、女が酷い扱いを受けている場面に遭遇すると非情になる。有り金を残らず奪い、死んだほうがましと思うような仕打ちを平気でしてのける男。それが越前屋仁平の正体だ。


 かれこれ十年ほど前になるだろうか、一人の娘の教育を頼まれた。事もあろうに勘定奉行の一人娘、橋詰菊乃の花嫁修業ということだった。

 渋々応じた彼は、同い歳の下働き、咲と抱き合わせで教育することにした。器量よしなこととは別に、元気者でよく働く咲は二親を亡くしたばかりで気落ちしていたことも理由の一つだ。幸いなことにそれが功を奏して、炊事洗濯などは咲が教え、字や茶の稽古は菊乃が教えるという具合に二人してどんどん知識を蓄えてゆく。彼がしたことは、所作の矯正と閨房術を仕込むこと。

 奉行の娘にとってみれば、それは辛い修行ではあっただろう。が、半年の間にお菊は一皮も二皮もむけた、淑やかな娘に生まれ変わった。

 菊乃が越前屋を去って暫くして仁平は骨休めのために美作へ湯治に行ったのだが、そこで逃散(ちょうさん)一家と知り合った。どうやら阿漕な金貸しに苦しめられているようだった。その一家がまむし酒を作る名人と知った彼は、商売の種を見つけて支援を約束する。彼にとって、田舎の金貸しを襲うくらい造作もないことだ。寝入りばなを狙って有り金と貸付証文を奪い、追いかけられない用心のために足を折り、手の指を叩きつぶした。翌日、なにくわぬ顔で借金を返しに行き、利子が法外であることを指摘。近くで警護に当たっていた役人を呼んで事情を説明する。借金はとっくに返済し終わっていることを確認させると、払いすぎた利子の返却を求めた。つまり、わずかに残しておいた小銭をもすべて奪ってしまったのだ。

 逃散人、甚左を助けてくれと相談をもちかけた宿の女中に金を託し、一家が暮らせるように取り計らってやる。奪った金がうなっているのだから、まったく腹はいたまない。

 甚左の娘、園を伴って姫路へ帰った仁平は、気心を通わせるようになった目付けの尽力で、一家に新たな人別を作ってもらった。

 年が明けて、妙に酒の注文が増えたという噂を大番頭の重吉が聞き込んできた。重吉の伝手で探ってみると、どうやら藩の重役が私腹を肥やす企てをしているようだ。中心となっていたのは次席家老と物産方奉行、そして廻船問屋ということがわかったので、証拠となるものをさがして竹下に手柄をたてさせてやろうと仁平は考えた。竹下とは、人別を作ってくれた若い目付けのことだ。そして三人がよく出入りしている廻船問屋の寮を襲撃すると、そこに勘定奉行の顔もあった。菊乃が輿入れすることになっているのは次席家老の家。輿入れが延び延びになっている理由を察した仁平は、その場で絡み合っていた男と女を、重なり合った状態で縛りあげ、有り金残らず奪ってしまう。ついでをよそおって書付も奪い、姿を消した。

 それには風魔の修行が大いに役立っている。顔かたちを変え、大きな傷で変装もする。それを強く印象づけるために、最後の最後に顔を曝してもいる。

 身分の高そうな武士が女と抱き合ったまま縛られていたという噂は、みるまに広まった。一方で仁平は、奪った書付を譲り受けたといって竹下に託した。園と甚左一家の人別を作ってくれたことへの礼のつもりだ。

 そうして企ては未遂に終わったのだが、私腹を肥やすばかりか、城代家老を失脚させる手筈をととのえていたことが発覚。黒幕たちには重い罰が下され、菊乃の婚儀は立ち消えとなってしまった。

 婿探しに焦る母、照乃は、出入りの呉服屋にも婿探しを依頼する有様。そこで仁平が竹下を薦めるととんとん拍子に事が進み、めでたく婚儀が整った。勘定奉行の家柄である橋詰家の当主、照乃は、不祥事を理由に夫を離縁し助五郎を当主に据えた。

 気がかりだった菊乃の祝言が済み、仁平の気が緩んでいたのだろう。園の悪戯によって咲が身篭ってしまった。彼は、重吉に指摘されるまで何も気付かなかった。しかし重吉に問い詰められて、自分が父親であることを素直に認めた。すると重吉は咲と祝言をあげることを強要し、そして隠居することも強要した。が、それは重吉なりの優しさで、のんびり暮らせということだったのだ。仁平はそれを快く受け入れた。


 今回の騒動で片棒をかついでいた廻船問屋がつぶれると、重吉はそこを買い取り、店をそっちに移してしまった。急に寂しくなった店で、仁平は次の仕事を考えた。お通じの悩みを解消してやる仕事だ。

 口開けの客は、照乃だった。自身が便秘症なこともあるが、菊乃のことで世話になった礼のつもりだったのだろう。しかしそこで、悩みの種だったものをすっきりと出してもらい、熱心な客となった。いや、熱心すぎて深い仲にまで発展してしまった。

 打ち解けてみると照乃も好人物である。ただ、菊乃が懐妊しないことに苛立っていた。

 そうこうするうちに、こんどは園が身篭ってしまった。それを知った照乃が怒る。どうして菊乃に子ができないのかと。

 あれこれためしたあげく、仁平は菊乃の子作りの手伝いをさせられる破目に陥った。

 といっても、実際にたずさわったのは園だ。自分のみならず家族全員の人別を作ってくれた大恩人のことだから、対人恐怖症を理由に断るわけにはいかなかったのだが、二タ月ほど通ううちに菊乃が懐妊した。

 喜んだのは照乃ばかりではない。助五郎も大喜びで事の顛末を殿様に報告したからいけない。自身が子宝に恵まれないことに悩んでいた殿様は、自分にも子を授けろと言いだした。しかしそんな願いを仁平が受け入れるはずがなく、さりとて主命には抗し難く。


 窮状を救ったのは照乃だった。茶会仲間の後家ばかりを誘って『子安方(こやすかた)』という組織をつくったのである。とはいっても、指導は仁平に丸投げだ。

 お殿様が参勤で江戸へ行くと、さっそく子安方が勤めに励み、見事に奥方様が御懐妊。気をよくしたお殿様は、子安方の拡充を命じた。


 その頃すでに、仁平は独自に子種(こだね)屋という名で施寮院を始めていた。その店は園の兄に任せるつもりでいた。が、兄は日延べを繰り返すばかりで姫路に出て来ず、嫁の勝だけが先に来ていた。旅籠で女中をしていただけあって勝は客あしらいが上手い。そうして店は繁盛していったのだが、肝心の兄がいつまで待ってもやってこない。痺れを切らした仁平が家を訪ねてみると、腹ボテの女を伴っていた。説明を求める仁平に兄は、その女と生きてゆくと言った。勝に対する完全な裏切りだと詰め寄った仁平は、その場で去り状を書かせた。

 そんな残酷な事実を仁平が伝えると、勝は店を出ると言い出した。元はといえば園の兄に託そうとしていた店だから、本人が来ないのなら自分が残る理由がないというのだ。すると咲が常にない厳しい顔で言い放った。仁平の妾になれと。そうして仁平は、園と勝という二人の妾を囲うことになった。


 さて、お殿様直々の命で子安方を拡充することになったわけだが、娘たちを集め教育できる者など藩内にはいない。そこで仁平に白羽の矢が立った。

 仁平は幾度も断り続け、国家老がそれを宥める。そしてとうとう、御先手組屋敷を貰うことを条件に要求をのまされてしまった。やむなく領内の娘を集め、足軽の娘を加えて教育を開始。ついに総勢四十名ほどの組織を作り上げてしまった。

 諸大名の要請に応え、着々と実績を積んでいる最中に国替えとなった。先回の騒動で、指揮監督の不行き届きを咎められたようだ。そのとき、足軽の娘から子安方となった富永絢女(あやめ)だけが国替えを拒み、藩籍を離れてしまう。そして仁平の三人目の妾におさまったのだった。


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